ことり True End 「約束の日に」
?「…必ず、行くから!」
?「俺も…になって必ず、お前の……!」
?「だから、それまで……!」
* * * *
こ「……んんっ」
カーテン越しでも感じる日差しを受けて目を覚ます。どうやら昼まで眠ってしまったらしい。昨日は仕事を夜中までし続け、そのまま机に突っ伏して寝てしまったようなので仕方ないが……それにしても…。
こ「懐かしい夢、見ちゃったなぁ…」
まだ日本にいた頃の記憶。懐かしい夢を見たせいか、頭のなかに大切な人々との思い出が駆け巡った。音ノ木坂学院、お母さん、μ'sのみんな、穂乃果ちゃんに海未ちゃん、それに……。
こ「ゆうくん……。」
ゆうくん。宮澤勇次くん。私の王子様のような人で、大好きな男の子。いつも私を助け、励まし、楽しませてくれた。彼との思い出、特に付き合い始めてからの楽しかった日々は思い出すだけで顔がにやけてしまう。
でも、今は……。
こみ上げてきた寂しさを強く頭を振って振り払うと、誤魔化すように思いっきりカーテンを開けた。容赦なく降り注ぐ陽の光に目を細める。眼前に広がるのは、神田の町並みとは似ても似つかない、洋風で明るい家々の並ぶ住宅街────私は二年ほど前からここ、フランスに留学に来ていた。理由はもちろん、一流のファッションデザイナーになるため。μ'sの解散直後、つまり3年生になってすぐこっちに来た私は、元々のツテがあったデザイナーの方に弟子入り(弟子入り、というのはあまりに日本っぽいけど)し、一年ちょっとその人の元で必死に勉強した。一年前から自分で服をだしはじめ、最近ようやく少しずつ知られてきた所なのである。
陽の光に押されるように自席に座り、ふうっと一息つく。あ、でもご飯作らないと……私は一人暮らしなので、朝起きたらご飯が出来ているなどという極楽はここ数年経験していない。ゆうくんが作ってくれたらいいのになぁと思いながらしばらく目を閉じていると前方から声がした。
?「ほら、コーヒー飲め。スッキリするぞ。」
こ「あ、うんありがとう…。」
頭がボーッとしていた私は懐かしい日本語にも違和感を感じること無くそのカップをそのまま手に持つ。すると今度は呆れたような声がかかる。
?「ったく、よっぽど疲れてるみたいだな…。頑張りすぎじゃないのか?」
こ「うん、でもやりたくてやってる事だから…。」
言いながら、いれて貰ったコーヒーを飲む。少し熱めの程よい苦さが口いっぱいに広がる─────
「ぶーーーー!?」
────ところで思いっきりコーヒーを吹き出した。目の前の人物に盛大にコーヒーが降りかかる。…ん?目の前の人物?いや、だって私は一人暮らしだし、目の前に人なんているはずが…と、ようやく起きてきた頭を上げると、そこにはコーヒーのかかったポロシャツを見ながら困ったように笑う男の人が立っていた。
こ「ゆ、ゆうくん……なの?」
声を震わせながら聞くと、ゆうくんは今度こそ呆れながら、
勇「おいおい。2年で恋人の顔を忘れるってそりゃねーぜ。せっかくこっちに用事が出来たから会いに来たって言うのによ。」
と言った。
こ「え?用事って…でも…え?」
なおも混乱し続ける私を見てゆうくんはもう一度笑いながら私の頭のうえにポンと右手をのせながらいった。
勇「……待たせちまって悪かったな。久しぶり、ことり。」
大きく、温かい手。高校時代、何度も私を励まし、引っ張り、手を取ってくれた手が髪に触れた瞬間、止めていた感情が一気に溢れ出してきた。
「……うわぁぁぁぁぁあん!!!ゆうくーーーーーん!!」
それは涙を流そうとも全く止まることはなく、気づくと私はゆうくんの肩に思いっきり顔を押し付け、子供のようにわんわんと泣き叫んでいた。ゆうくんは二年前と同じように
私が泣き止むまでずっと私の頭をなで続けた───────。
* * * *
こ「す、すごい……」
30分後、ようやく泣き止んだ私を待っていたのは、ご飯に味噌汁、鮭に肉じゃがという絵に書いたような和食の食卓だった。
驚く私をみて満足したのか、「スゲエだろ?」と得意そうに笑うゆうくん。
勇「どうせことりは忙しくて和食を作る余裕なんてないと思ってな。花陽に頼んでオススメの炊飯器を持ってきたんだ。」
こ「うん…和食なんて本当に久しぶりだよ…。」
勇「花陽は「もしことりちゃんが欲しいなら今度はお米1年分お届けします!」って言ってたぞ。」
こ「ええっ…花陽ちゃんの1年分ってことりの10年分くらいありそう…。」
勇「ハハッ。違いねえ。さ、食べちまおうぜ。多分冷めちまってるけどな。」
二人して「いただきます」と言って食べ始める。そう言えば人と食事するのも何年ぶりだろう。
こ「…!美味しい!!」
勇「だろ?あのにこに鍛えられたんだ。味は保証するぜ?」
こ「そっかあ、にこちゃんいま料理研究家だもんねえ。」
にこちゃんは今、安くて美味しい家庭料理研究家としてテレビで大人気なのだ。
勇「そう言えばこの前絵里にも会ったぞ。あいつ……」
その後はずっとみんなの近況の話で盛り上がった。ゆうくんの話は相変わらず面白くて、何度も吹き出しそうになりながら食事した。懐かしい故郷の味を楽しみながら、私はこんなに思いっきり笑ったのはいつ以来だろうとぼんやり考えていた。
* * * *
こ「それで、ゆうくんはいつまでこっちにいられるの?」
食後、ゆうくんがもう一度いれてくれたコーヒーを飲みながら聞いてみる。もし余裕があるのなら色んなところを見せてあげたい。
勇「あ、ああ、一週間くらい…かな?」
何故か目を泳がせ、疑問形のゆうくん。
こ「……?そういえばゆうくんのこっちの用事って?」
勇「あ、あーっとそれはだな……。」
ゆうくんはその後もボソボソと何か言っていたが、全く納得していない私の顔を見ると諦めたようにはーっとため息をついた。
勇「……分かったよ。用事が出来たからっていうのは嘘だ。本当は─────」
────その瞬間、図ったようなタイミングで私の電話が鳴る。私たちは思わず顔を見合わせたが、とりあえず電話にでる。
こ《 …はい。もしもし。》
セ《 もしもし。ミスことり。セレアです。》
こ《 あら。セレアさん。》
アジャーニ・セレアさん。私の仕事仲間で、今はマネージャーのようなものをやってもらっている。
こ《 おはよう。何かあった?》
セ《 ええ。今日の会合の資料について2、3確認したい点が…》
こ《…え?会合? 》
セ《 え、ええ。今日の5時からクレース・カルロス社長と…忘れていたのですか?》
慌てて時計を見る。今は1時。あと四時間……。
……ダメだ。どうやっても間に合わない。
セ《 もしもし?ミスことり?もしもし?》
頭が真っ白になり、セレアさんの声が遠ざかっていくのを感じる。体中の力が抜けていく。
─────倒れる。という所で背中をしっかりと支えられる。顔を向けると、声も聞こえてないだろうにいつの間にか後ろに回り込んでいたゆうくんが私の背中に手を回してくれていた。
頼もしい、温かい温もりを感じるだけで頭に熱が戻ってくる。やるべき事がしっかり浮かんでくる。ゆうくんに小さい声で大丈夫と声をかけて自分の足で立つ。
こ《 もしもし。セレアさん。》
セ《 ことり。大丈夫ですか?》
こ《 ええ。こっちは大丈夫。あなたはあなたの準備をよろしくね。》
セ《 は、はい…分かりました。》
受話器を置いてふうっと一息つく。すると、それまで腕を組んで静かに見守ってくれていたゆうくんが口を開いた。
勇「で、結局何があったのか、話してもらえるのか?」
正直時間的余裕はないのだが、このままだと八方塞がりなのも事実だ。ここは頭の整理をするためにも話すべきだろう。私はゆっくりと頷いた。
* * * *
その話が持ちかけられたのは、3ヶ月前のことだった。がむしゃらにやってきた成果が出て、ようやく軌道に乗り始めたところに、いつもお世話になっているブランド会社の部長さんから言われたのだ。《 あなただけのブランドを作ってみない?》。
それは、費用は投資という形で会社が負担するから私だけの新しいブランド、私だけの新しい服を作ってみる気はないか、というお話だった。
私には夢があった。それは、西洋の動きやすい服装に、日本の伝統的な和のテイストを合わせた新しい服を作ること。その夢を叶える絶好の機会。私は二つ返事でお願いした。
それからは苦難の連続だった。昔から夢見ていたことではあったものの、いざ実際に作ってみるとどうしてもどこかに無理が生じてしまう。試行錯誤を繰り返し、ようやく服の案が完成したのは2ヶ月前のことだった。
しかし、それを見せた時の部長さんの反応は冷たかった。当然だ、私の作ろうとしている服はあまりに今までのものと違いすぎる。まだ駆け出しの私に、名前で売れるだけの知名度もない。部長さんが大企業でもなく、資金が余りに余っている訳でもない会社の利益を考えるのは当然のことだった。それでも辛抱強く交渉した結果、部長さんから一つの条件を出されながらもOKを頂けたのだ。その条件は『2ヶ月後に行われる商品会議までに出席する幹部全員を説得すること』だった。
それからはそれまでとは比にならないほどの忙しさだった。普段の仕事をこなしながら、一人一人の方々に1からプレゼンをしに行った。何度も何度も門前払いを食らうこともあったし、出張に行った方を説得する為に海外に行くこともあった。
──────そうしていよいよ明日が商品会議という今日、私は最後のひとりであるクレース・カルロス社長との会合をここですることになっていた。カルロス社長は甘いものに目がなく、日本好きという話なので、私は得意のチーズケーキを振るまい、日本のお話もさせていただこうと思っていたのだが───
こ「時間が、間に合わないんだよ……」
今は1時過ぎ、おそらくここからどう頑張ってもまだ完成しきっていないプレゼンの準備で精一杯だろう。おもてなしの準備も出来ないまま迎えるしかない───。
勇「……なるほどな。」
そんな私の相談どころかもはや弱音に近い話を最後まで黙って聞いてくれていたゆうくんが、懐かしの高校生時代の時と変わらない、ニヤリとした笑みを浮かべた時、私はこの状況にも関わらずドキッとしてしまった。ゆうくんはそんな私を見ようともせず電話の横に置いてあったメモにすごい勢いで何か書き始める。
…一応ここで言い訳をしておくと、ゆうくんがこの笑顔を浮かべた時は私は必ず助けてもらうか大変な目に遭うかだったので、今回はどちらだろうというドキドキも少なからずあっただろうということだ。
ゆうくんはその笑顔を浮かべたまま私に書き終えたらしいメモを渡して言った。
勇「話は分かった。ことり、お前は構わずプレゼンの準備をしろ、そして社長さんがきたらこの店に連れてくるんだ。後のことは俺に任せとけ。」
そう言って渡されたメモにはこの家からそのお店までの地図が書いてあった。私がわけも分からずとりあえず受け取るのを見届けるとゆうくんは家から飛び出していく。完全に姿が見えなくなる直前、振り向いて叫ぶゆうくんの顔には、あの頃と全く変わらない自信満々の笑顔が張り付いていた。
勇「一応その店の名前も教えとく!店の名前は───────」
────そのお店の名前は《 la fleur de lis》日本語で〈ユリの花〉だった────。
* * * *
カ《ふむ、それでキミのオススメというケーキ店はこの辺りなのかね?》
こ《は、はい。もうすぐ…あ、そこを左です。》
四時間後、私は運転が趣味だというカルロス社長をゆうくんに言われたお店に案内していた。軽快に運転する社長からはかなりの風格が滲み出ていて、これからこの人を説得するんだと思うと寝不足気味の身体に緊張が走る。
クレース・カルロス社長は、一代で今の会社を──大きいとは言えないまでも十分に安定し、力のある会社だ。を、作った張本人である。それだけあって社長は仕事に関してはかなり厳しく、やれることは全て自分でやらないと気が済まない性格らしい。そんな社長を果たして、ちょっと前まで高校生だった私が説得できるかどうか──。
カ《おっと、どうやらここのようだな。 》
私が不安で1人悶々としているといつの間にか店についたらしく社長が車を停めた。
大通りから1本離れた、静かな雰囲気の店だった。白を基調とした外装はいかにも新しく、私の家の近くにあるのに気づかなかったことからも出来たばかりのお店なのだろう。不安にはなるが、オススメと言った手前オドオドもしてられないので、社長を案内するように先立って店内に入る。
?《 いらっしゃいませ。》
中々の数のお客さんで埋まった店に入ると、タキシードに近い格好をしたフランス人女性に迎えられた。きめ細かい白い肌と透き通るような瞳はハニーブラウン。まるで海未ちゃんをそのままフランス人にしたような美人だった。美人さんはつづけて私にだけ聞こえる声でこう言った
?《ミス・ことりですね?私は、ブルーム・アレクシアと言います。お話はユウジから聞いていますよ。》
そして社長にも聞こえるように、
《 ご予約、ありがとうございます。お席にご案内いたします。》
と言って歩き始める。
こ「……。」
お話ってどこまで聞いてるのよ、ていうかお席にってゆうくんはこの混雑の中予約まで済ませてたの、というかそもそも貴女はゆうくんとどういう関係なのよ、と聞きたいことは山ほどあったが、社長の前ではそれもできない。私は案内されるがままに店の奥へと入っていった。
ゆうくんが配慮してくれたのだろう。案内されたのは、入り口から少し離れた、個室のテーブル席だった。
ア《それでは15分程でケーキをお持ちしますので、少々お待ちください。 》
アレクシアさんはそう言って戻っていく。私が何か言おうとする前に社長が先に口を開いた。
カ《…ふむ。いい店だな。雰囲気が気に入った。》
こ《あ、ありがとうございます。》
カ《これだけでも今日来たかいがあろうというものだ。…さて、15分と言っていたな。良ければ先に君のプレゼンを聞かせて欲しいのだが、構わないかね?》
こ《……。》
私のプレゼンは10分ちょっと。ちょうどいい時間だ。正直どう切り出したものかと悩んでいたので、ここはこの流れにのっからせて貰おう。
こ《…はい。それでは始めさせて頂きます。今回、私が考えたのは────》
* * *
───10分後、自分の全身全霊を込めたプレゼンを終えた私は社長が口を開くのを待っていた。
……大丈夫、上手くいった。試行錯誤を繰り返した甲斐あって、メリットを最大限に出しつつ、デメリットやリスクに対するフォローについてもしっかり話せた。今まででも最高のプレゼンだったはず────。
そう心の中で言い聞かせ続ける私の前で、ようやく社長がその重々しい口を開いた。
カ《……面白い。》
こ《……え?》
カ《面白い、と言ったんだ。成功した時のメリットは言うまでもなく大きいし、リスクについてもしっかりと考えられている。正直、やってみる価値はある────》
こ《ほ、ホントですか!?》
じゃ、じゃあ……!
カ《───だが、残念だが、私はこの企画を認めることは出来ない。》
こ《えっ……なぜですか!?》
思わず強く言ってしまったが、社長はそれに対し顔色ひとつ変えることなく続ける。
カ《確かに、この服は素晴らしい。だが、客観的に見ようとはしていたものの、これはあくまで私個人の意見だ。お客様が同じことを思ってくれるとは限らない。……私も一つの会社の社長だ。たくさんの社員を抱えている。リスクを恐れないわけにはいかないんだよ。》
こ《……。》
社長の理にかなった話に、私は何一つ言い返すことが出来ない。というより、何も間違ってないのだ。この服は従来の服とは全く違う。もしこれを売りにだそうとしたら、まずは大々的な宣伝が必要となるだろう。私の知名度、この服のもつリスク、会社の状態。これらを考えれば社長がこの判断を下すのは当然のことだった。
カ《……残念ながらここでケーキを、という雰囲気ではないな。私はここで────》
?《お待たせ致しました。こちら『本日のシェフオススメケーキ』となっております》
──恐らくは、帰らせてもらう、と言おうとした社長のセリフを、空気を壊すように入り込んできたその不必要に明るい声には聞き覚えがあった。
こ「ゆ、ゆうくん!?何でここに!?」
パティシエ専用の服に身を包み、様になった動作でケーキを置いていくその人物は間違いなくゆうくんだった。思わず日本語で叫ぶ私に、日本好きゆえに日本語も少し話せることが出来るカルロス社長が怪訝な表情を見せるが、ゆうくんは社長や私を意に介することなく続ける。
勇《それでは、ゆっくりとお召し上がり下さい。》
芝居がかった動作で一礼するゆうくん。私はケーキとゆうくんの間で視線を動かす───こう言ってはなんだが、見た目は普通のケーキだ。間にチョコレートクリームを入れたスポンジ。表面には生クリームを塗り、その上にはイチゴのようにチョコクリームをのっけてある。確かに美味しそうではあるが……なんというか、自信満々というゆうくんの表情とは合わないような……?
カ《……まぁ、いい。頂こう。》
ということを考えているうちに先に結論が出たらしいカルロス社長がフォークを掴む。一口サイズにケーキを切ると、そのまま口に頬張った────。
カ《……!?こ、これは……!?》
────ケーキをひと噛みした瞬間、カルロス社長は驚愕の表情を浮かべフォークを落とした。驚く私に、ゆうくんが社長のフォークを取り替えながら「お前も食べてみろよ」と言うのでとりあえず私も一口サイズにケーキを切り分け、口に入れる。
初めに濃厚な生クリームを堪能し、噛むとそのままチョコクリームが口から溢れ────
こ「……え!?」
────これ、チョコレートクリームじゃない!?驚きのあまり叫びそうになった口を抑えながらゆっくりと咀嚼する。……この優しい、懐かしい甘み……まさか、これ、穂むらの!?
私がそこまで気づいたところでゆうくんはニヤリと例の笑みを浮かべながら言った。
勇《こちらが本日のオススメケーキ、『生クリームとあんこの和風スポンジケーキ』です。》
和風スポンジケーキ。確かにそうとわかって食べてみると、生クリームもあんこもそれぞれの味を潰しあわないように甘味が調整され、良さを引き立てあっている。ゆうくんは無言でフォークを動かし続ける社長の方を向くと言った。
勇《どうです?和風と洋風の合体ケーキ。中々いい味出してるでしょう?》
まさか、と思う。社長もゆうくんの言わんとすることを察したのか、フォークを置くとゆうくんの方に向き直る。
勇《もちろん、服がこれと全く一緒とは言いません。ですが、社長さん。アンタが会社を作ったのだって、何か新しいものを作り出したかったからじゃないんですか?新しいものを作りたい、何かを変えたいと考えたからこそあなたは今そこにいる。》
ゆうくんはそこで私の方へと一瞬だけ目を向けて続ける。
勇《コイツも新しいものを作ろうとしているんです。プレゼンの服もこのケーキとコンセプトは同じだったはずです。和風と洋風、それぞれの良さをそれぞれが引き立て、それぞれの悪さをそれぞれが補う…変わらないことが悪いとは全く思いません。ですが……お願いします。もう一度だけ考えてやってくれませんか。》
ゆうくんはそこで頭を下げた。
ゆうくんはもう何も言わない。
その姿勢が後は私の役目だと言っている。
────さっき向けられた目。ゆうくんの強い意志を反映したように爛々と輝いていたあの目は確かに私に言っていた。
“やりたいんだろう?”
……そうだ、あの時もそうだった。ファーストライブ。お客さんはゆうくんと花陽ちゃんたちしかいなかったあの会場で、絵里ちゃんに詰め寄られた時も私達は決して諦めようとしなかった。
あの時の気持ちを、そして、私を信じてここまでしてくれたゆうくんの気持ちを、捨てるわけにはいかない。私はなおも黙っている社長の方を見て言った。
こ《……カルロス社長。私には夢があるんです。世界の様々な国や文化の衣装に、日本の服を組み合わせた服をそれぞれ作ること。…幼稚な夢です。無茶苦茶な夢だと思います。でも!私はこの夢を追いかけたい!誰にバカにされても、今はこの気持ちを大切にしたいんです!お願いします!もう一度!もう一度考えては頂けないでしょうか!!》
頭を下げながら全力で今の気持ちをぶつける。社長はなおも黙り続ける。やがて最後の一口となったケーキを口に入れると荷物を手に立ち上がった。
カ《…ごちそうさま。悪いが急用ができた。私はここで失礼させてもらう。》
こ《えっ…》
───やっぱり、ダメか……。ガックリと肩を落とす私にカルロス社長から呆れたような声がかかった。
カ《当然だろう。商品会議は明日だ。ここへきて主軸となる商品が入れ替わるんだ。他の商品との調整、それに資金についても見直さなければならない。大忙しだよ。》
こ《えっ!?てことは……!?》
社長はそれには答えず、ニヤリと笑う。
カ《フッ……『夢を追いかけたい』か。その感覚、久しく忘れていたな。……私も君の、いや、君たちの夢に乗ってみたくなったよ。ことり君にはこれから忙しく働いてもらおう。……それからパティシエくん。》
勇《は、はい!》
まさか、呼ばれると思っていなかったのか、慌てて返事をするゆうくん。
カ《これから週に2回、いや3回、このケーキを私の家に届けるように。あとここのお店のカタログを頂こう。》
勇《は、はい!ありがとうございます!》
もう一度頭を下げ、カタログを渡すゆうくんを見てカルロス社長は大きく笑った。
カ《……まったくことり君はいいパートナーを持ったものだ。それでは失礼するよ。急ぐのでお見送りは結構。》
社長はそう言うと心なしか嬉しそうに、店を出ていった。
社長が出ていったあとも、私は顔をあげることが出来なかった。
これは本当に現実なのか?顔を上げたら目が覚めて、何も変わっていないんじゃないか……?
と、その時。大きな手が、そっと私の頭に触れ、ゆっくりと顔をあげさせた。あげられた目線の先に立っていたのは世界一の私のヒーロー。大きな黒い瞳を真っ直ぐ私に届けながら、やがて小さく囁いた。
勇「お疲れ様、ことり。」
その言葉と早くなる鼓動で、ようやく私はここが現実だと確信した。どっと肩から疲れが押し寄せ、ゆうくんにもたれかかる。ゆうくんはもたれかかってきた私の肩を両手でしっかり支えてくれる。
勇「外で…風にあたりに行こうか?」
そのまま、ゆっくりと優しく語りかけてきたゆうくんの言葉に、私は小さく頷いた。
* * * *
勇「……落ち着いたか?」
こ「うん…ありがとうゆうくん。」
勇「どういたしまして。しかしすごいな、ここは…。」
こ「そうだね…。」
社長との説得に思ったよりも時間がかかっていたらしく、外に出るともう日が沈もうとしている所だった。赤い夕日が優雅な白い建物たちを染め上げ、街全体に幻想的な情景を映し出している。
こ「私もこんなにゆっくり見たのは初めて…。」
勇「そっか…。」
そこからしばらく私たちは無言で落ちていく夕日を眺め続けていた。
勇「ことり、話があるんだ。」
こ「…?」
どれくらい経っただろうか。優しい、けれどしっかりとした声で私を振り向かせた彼は社長を説得した時と同じ、もしくはそれ以上の真剣な表情を向けていた。
ゆうくんはゆっくりと私を自分の方に向かせ話し始める。
勇「…俺がこっちに用事があったってのは…嘘だ。本当は、俺はお前を…」
勇「俺は、お前を“迎え”に来たんだ」
こ「……!」
声が、出なかった。
頭は動いてるのに、浮かんでくる言葉はどれ一つとして形にならない。思い出すのは、今朝も見た、そして、この2年間何度も見た、あの夢──────
勇「…必ず、行くから!」
─────それは、あの時の記憶。
勇「…俺も、いつかお前の隣に立てる人間になって、必ず、迎えに行くから!」
─────日本を発ったあの日、空港に乗る直前に交わした、
勇「だから、それまで……!」
──────たった一つの、口約束。
勇「待っててくれ!!ことり!!!」
* * * *
こ「覚えてて…くれてたんだ。」
結局、私の口からはそんな言葉しか出てこなかった。言葉の代わりに出てきた感情がどんどん溢れる。
勇「そりゃそうだろ。正直そうじゃなきゃあの穂乃果のオッサンの修行は耐えられるもんじゃなかったぜ。……まぁ、2年間も待たせちまったんじゃ無理もないか。」
ゆうくんは両手で私を抱き寄せると耳元で囁いた。
勇「…待たせちまってごめん。約束、果たしに来たぜ、ことり。」
こ「うっ、ううう……」
気がつけばまた私は泣いていた。
溢れんばかりの感情のせいなのか、それとも説得が上手くいって安心したせいなのか─────私は人目もはばからずゆうくんの胸に飛び込んで大声で泣いた。
こ「うっ、うわぁぁぁぁん!!!!」
勇「ったく、しばらく会わねえうちに随分とまあ泣き虫になっちまって────」
そう言いながらも優しく慰め続けてくれるゆうくんの目尻に夕日に照らされた光が反射していた。
* * * *
〈side勇次〉
ことりが無事泣き止んだ後、俺たちはそのまま歩いて帰路についていた。本当は俺にはまだ店があったのだが、今日は任せて帰れとアレクシアに厳命されてしまったのだ。ったくアイツは普段ドSなクセにこういう時だけ空気読みやがって────
こ「ふんふんふーん♪」
勇「随分ご機嫌だな、ことり。」
ちなみにことりは今世界一幸せそうな笑顔を浮かべながら俺の腕に巻きついて鼻歌を歌っている。今朝死にかけで机で寝ていたやつと同一人物とは思えないほどだ。
こ「当然だよ♪ゆうくんが約束を果たしにきてくれたんだから!これからはずっと一緒だしね♪」
勇「どうだろうなぁ…明日の企画が通ればことりはますます忙しくなってひょっとすると今までより会えない、なんてことも…。」
こ「もう!意地悪言わないで!」
……ちなみにことりはこのアイデアで大成功を収め、本当に世界を右に左にの大忙しとなってしまうのだが、それはまた未来の話だ。
こ「でも…企画が通ったのはゆうくんのおかげだよ。ありがとう。」
勇「俺は何もしてない。頑張ったのはお前だ。」
あのオッサンの考えを変えられたのは間違いなくことりの真っ直ぐな意志と言葉だ。俺はそのきっかけを作ったにすぎない。
話しながら、どちらともなく空を見上げる。いつの間にか夕日は完全に沈んでいて、代わりにたくさんの星々が空に輝いていた。
勇「…ことり。」
その星を眺めながら、ことりの手を少し強く握る。
こ「ん…?」
俺は可愛らしく小首を傾げることりの方を見ながらこわばった口をどうにか動かした。
勇「これからも、よろしくな。」
その時みせたことりの最高の笑顔を、俺が忘れることはないだろう。
こ「…うん!」
その笑顔は夜空のどの星よりも輝いていて、小さく頷いた頬に一筋の涙が光となって流れた。
〈 ことり true end 〉
…はっはーいきなりTrueルートでしかもEnd偏とか間違ってるって?それがこの小説のリアルよぉ!
……とまぁこんな感じに書きたいものから書いていくスタイルでノロノロやって行こうと思います。とりあえず次はことりgoodend偏か分岐ルート偏、または真姫出会い編辺りを書こうと思ってますが、いつになるかは未定。
それでは読んでくださった方々どうもありがとうございましたm(_ _)m