ヤンデレな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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4.時雨『時雨には向いている職業 前編』

 ひとりだった。

 提督である俺には味方がいない。

 軍人と艦娘の全員が。

 そんな日々は苦しかった。

 それでもやりたいことがあった。

 小さい頃に1度だけ会った軍人のお姉さんから『提督は自分の夢が素敵になる職業だよ』と教わったことがあった。

 今の世界は深海棲艦という海から現れた存在と争っていて、敵と戦うのは素敵なことで提督と艦娘は人類を救う勇者だなんて言っていた。

 世界を救うという言葉に憧れた俺はどうしたら実現するか幼い頃から勉強し行動をした。

 そうして提督になったが、やはり現実は違う。

 派閥争いに賄賂もある。

 提督という職業になるために自分もそれに手を出した。

 提督になってからも嫌がらせなどがあった。やりたくないこと、嫌なことは多くあった。

 汚い人間の欲を学んだ俺は自身の心を殺し、与えられた仕事をやるだけになった。

 心の余裕も何もなく、艦娘たちを指揮して平和な海を作るために敵を殺す。

 誰にも褒められることはなく、できて当たり前と上司や同僚たちに言われた。

 自分がやることは他の提督のための支援で、海域攻略しろだなんて指示はない。

 援護や囮をしろということだけ。

 華々しい行動や成果は与えられず、失敗の責任だけを押し付けられた。

 それでも全体の最善のために、個を犠牲にした。

 軍からの命令を達するために、数多くの艦娘たちの命を失った。

 艦娘たちからの信頼を失い、侮蔑の目で見られることばかり。

 そんなことにはもう疲れた。

 やりがいもなく、仕事を頑張って続けても誰からも感謝されない。

 提督なんてやめてしまおう。

 そう思っていた頃だ。

 俺のところへ彼女がやってきたのは。

 

 ◇

 

 秋が深まった頃、冷たい雨が降り始めた昼前の時だった。

 ソファーに執務机、暖炉と小さな本棚が置いてあるだけの小さな執務室で、着任する艦娘を待っていた。

 秘書の子は艦娘たちに指示を出しに行き、暇な俺は窓から外を見ていた。

 外はで雨が降りはじめ、艦娘たちがきゃーきゃーと黄色い声をあげて突然の雨に驚いている。

 その姿は兵器として扱われる存在だというのに年相応の子供にしか見えない。

 そんなはしゃいでいる様子を椅子に深く寄りかかり、何の感情もなく眺めていると執務室のドアをノックする音が聞こえる。

 腕時計を見ると、着任予定より15分遅れていた。

 艦娘に侮られないように顔を引き締め、姿勢をただすとドアへと体を向ける。

 

「入れ」

 

 大きめな声で言うと、ゆっくりとドアが開く。

 部屋に入ってきたのは白露型2番艦の時雨。

 どこをどう歩いてきたのか体は雨に濡れて制服が体に張り付いてて、胸元まである三つ編みの髪も雨でしっかりと濡れている。

 俺の顔を見たとき、何かに驚いたのか目と口を開けてちょっとのあいだ固まっていたが、すぐにそれはなくなって柔らかな笑顔を俺に向けてきた。

 

「時雨、着任しました」

「これを使え」

 

 俺は執務机からタオルを取りだし、椅子に座ったまま時雨へと放り投げる。

 けれど、思ったより遠くに飛ばなくて床へと落ちていった。

 早くタオルを渡そうと、考えもせず投げ飛ばしたことに後悔する。

 けれど時雨は気にした様子もなく、タオルを床から拾い上げると髪や顔を拭き始めた。

 ちょっとの罪悪感があるも、俺は気にしていない風を装って会話を続ける。

 

「着任早々に迷惑をかけてすまないね」

「突然の雨だ、仕方ない」

 

 自分でそう言ったあとに、ふと思い出したことがある。

 それは日本海沿岸での秋から冬に降る一時的な雨を『時雨』と呼ぶことを。

 誰かに教えられて妙に記憶に残っているが、誰に教えてもらったかを思い出せない。

 その人の名前がなんだか大切な気がして一生懸命に考えるが思い出せない。

 元から知らなかったか、自分の妄想だったかと考えていると頭がぼんやりとして意識があやふやになってくる。

 そんな具合でぼーっと時雨がタオルで体を拭いている姿を見ていた。

 俺の視線に気付いた時雨が先ほどと同じ笑顔を向けてくれる。

 

「僕がどうかしたかい?」

 

 明るい声で言う時雨は執務机の前までやって来て、肌に張り付いた服が少々色っぽく見える。

 わざと前かがみになり、さらに見せつけようとするのは何かの意図があってのことだろうか。

 俺の勘が"面倒な女"とささやいてきて視線をずらし、時雨の顔をまっすぐに見る。

 

「なんでもない。挨拶はあとでいいから、着替え終わったら来てくれ」

 

 固い声で返事をしながら引き出しから出した寮の鍵を手渡すと、背中を向けて窓の外を見る。

 雨はもうやんでいた。

 

「……そう。じゃあ、後で来るよ」

 

 元気な声にどこか寂しさが混じり、時雨は執務室から出ていった。

 俺はいつの間にか冷や汗をかいていて緊張していたことに気付く。

 そして、時雨がいなくなった途端に安堵のため息をついてしまう。

 ―――違和感があった。

 柔らかな笑みや明るい声、色っぽい仕草も何もかも。

 気になって引き出しから彼女に関する書類を取りだす。

 そこに書いてあるのは、上司の元からやってきた時雨は駆逐の艦娘。

 数多くの作戦や護衛などに参加し、成功率は非常に高い。

 その分と言っていいのか、彼女と一緒に出撃すると周囲にとって不幸な目にあうらしい。

 彼女の近くにいる艦娘は大怪我をしたり沈んだりといったことが多く書かれている。

 他にもなにかあるかと思い、じっくりと見たが気になるのは精神が強いからひとりでもやっていけるとか、単独行動でなら妙に褒めていることぐらいか。

 それと年齢と日付だ。

 歳を取ることのない艦娘は、上司である提督が記録に年齢や作戦時の日時をつける義務がある。

 でもそれが一切書かれていない。

 ……まぁ、そんなに重要ではないし、記録が面倒だっただけだろう。身体と精神のほうは健康的と書いてあるから、誤魔化すわけではないだろうし。

 書類を見返すと、さっきの違和感は生きるために必要だったのだと思う。

 顔と心で思っていることが違うということは。

 

 ◇

 

 時雨と出会って1カ月ちょっと経った、12月も終わりに近づいた日の午後3時。

 世間一般ではクリスマス、年末年始といった魅力的なイベントがある。

 ひんやりとした空気が執務室に俺と摩耶はいる。

 机を挟み、着任当初から付き合いのある摩耶が「艦娘を代表して来た」と不満たっぷりな顔でいた。

 目の前の執務机にあるのは17枚ほどの休暇申請書類。

 そのうちの1枚はなぜか俺の休暇申請が摩耶の名前で勝手にされていた。これについて聞こうとも思ったが、余計にややこしくなるから見なかったことにした。

 摩耶が持ってきた休暇申請の他にも要求があった。

 臨時の給料、食堂の食事を豪華に。街での買い物や、クリスマスプレゼントの要求など。

 最後はかわいらしいお願いだけれど。

 でも譲るわけにはいかない。

 俺から提案するのはいいが、ここで要求を満たしてしまうと同じようなのが後にも続く。

 1度断ったあと、必要だと思ったのはこちらから実行する予定だ。

 22歳でここに着任してから6年間、ずっとそうだった。

 でも今年は違う。

 海域も安定し外国との輸出入が再開して少しずつ人が余裕を持つようになった。

 それにともなって、部下の艦娘たちも生活水準をあげろと要求をしてきた。

 そういう気持ちはわかるし、させてあげたい。

 艦娘を代表して、との言葉は重いが、全部の要求は無理だ。

 俺は「当初の予定通りに」としか言えない。

 摩耶もこれ以上は無理だとわかったのか、机を思い切り蹴り上げ、ドアを勢いよく閉めて執務室から出ていった。

 慰安旅行も何もなかったなぁ、とため息をついて今までのことを思い返す。

 他の提督を支援するために、数多くの艦娘が死んでいった。

 入れ替わりに新しい艦娘が来ては訓練し、死んでゆく。

 そんな繰り返しではストレスどころか恨みが思い切り溜まる。

 それでも俺が提督でいられるのは、上官にとって役立つ存在であるからだ。

 俺や艦娘たちに支給される金銭も資源も少ない。

 嫌がらせを受けたり、不意の事故で大怪我をしたこともあった。

 提督という職業をやめて平和に暮らしたいが、世界平和のために貢献したという感触を得るまではまだ辞めるわけにはいかない。

 ひときわ大きいため息をつくと、ドアノブが静かに引かれる音が聞こえた。

 俺が目を向けると、そっと入ってきたのは時雨だ。

 

「ノックはどうした」

「気を使ったんだよ」

 

 怒ってる摩耶を見たのか、そんなことをさらっと言って暖炉へとまっすぐに向かう。

 置いてある小さな薪と新聞紙を暖炉に入れると、じっと俺を見てくる。

 今はひんやりとした空気のままで、頭を活発化させたくなかったが時雨は自分の言うことを簡単には捻じ曲げない。

 なので、問題がない場合は仕方なく彼女のいうことを聞くことにしている。

 摩耶と扱いが違うのは、なんだか親近感を感じるからだろうか。ひとりぼっちなところとか。

 自分で思ってて悲しくなりながらも、ポケットの中からマッチの箱を放り投げる。

 受け取った時雨は薪に火をつけると、ソファーに行っては深く腰掛けた。

 

「摩耶とケンカでもしたのかい?」

 

「お互いに相手を無視しているからケンカは起きないさ。ああ、俺は摩耶のことを嫌っているってわけじゃない」

「それは過ごしてきた1カ月でわかったさ。協調性とか平穏な人間関係を作りたいとは思っていない提督だからね」

 

 時雨はポケットからトランプを出すと、いつもやっているようにテーブルの上にタワーを作り始めた。

 俺が執務室にいる時は用がなくてもやってきて会話をするか、今のように静かに遊んでいる。

 普段は仲良くなると情が移ってしまって、死なせるときに苦しいから遠ざけているが、時雨はそうじゃない。

 不思議と安心感があり、はじめのうちは遠ざけていたが今ではいるのがあたりまえとなった。

 出撃以外の時は休日の時でもここにやってきている。

 はじめは俺を監視するためかと疑ったが、俺と挨拶以外の会話もほとんどせずに数時間は過ごしていなくなるということも結構あった。

 ただの物好きな少女なんだろう、そんなふうに決めつけて放置していた。

 俺にとって時雨がいることは秘書とのギスギスした空気感を和らげてくれるし、時雨のなにげない仕草を見るとそれに癒されたりもした。

 時雨も俺に対して微笑んでくれ、一緒にソファーで並んで本を読んだりもする。

 そんな穏やかで静かな日々を過ごしていると、時雨には嫌われたくないと思ってくる。

 最初に会ってから俺に対する態度が今でも変わらず、嫌われることも無視されることもない貴重なひとりだから。

 机の上にある書類をもう1度見て、約7割にあたる16人の休暇申請をどうしようかと思う。

 今回のを無視すると『艦娘たちの上官だから』という立場的理由ではもうおさえることができない気がする。

 かといって特別な休暇はあげれない。

 他の提督たちに、遠まわしな言葉で自分たちが休むために俺に休暇を取らないように言われた。

 俺は断ることもなく承諾したが、近いうちにストレスで頭の髪がなくなってしまいそうだ。胃も痛いし。

 今日、何度目かわからない大きなため息をつくと、時雨からの視線を感じて目を向ける。

 

「提督は大変な思いまでして何がしたいの?」

「給料と世界平和のために」

 

 部下である時雨に愚痴の代わりに軽く言うと、時雨はトランプタワーを息で吹き飛ばして言葉を続ける。

 

「他の子たちから聞いたところによると、提督は作戦成功のためにはいかなる犠牲でも構わないそうだね」

「そういうわけじゃない。成功率が高いほうを選ぶうちにそうなってしまっただけだ」

 

 時雨に言葉を返すのも辛い。

 本当は死なせたくない。

 小さい女の子たちを自分の指揮のもとで死なせるというのは特に。

 戦争だから。人類のためだから。俺を含めて多くの提督は艦娘たちの死を味わう。

 自分の指揮下で死んでも問題ない。そんなふうに自分へと言い聞かせても辛いのは辛い。

 夢にまで出てきて、俺への恨みごとを言うのは慣れてきそうな気もしてくるほどに。

 落ち込んでいると、ソファーから立った時雨は暖炉の薪を増やしてから俺のそばへとやってくる。

 

「提督にとって正義とはなにかな」

「人類の敵を倒すことだろ」

「僕は提督の、個人が持つ正義を聞いているんだ。艦娘の僕でさえも正義を持って今までやってきたんだ」

 

 時雨の言葉を聞き、時雨が以前見た書類とは違っていたことを思い出す。

 今までは、出撃のたびに艦娘が死ぬことが多かったが俺のところへ来てからは1度もない。

 まだ来てから日が浅いだけかもしれないが艦娘同士でも仲がよく、書類とは違った。

 正義と時雨は言った。

 同じ艦娘を殺すのが正義だったのか、正義があるからこそ俺のところでは誰も死なないのか。

 正義とはなんなのだろうか。

 

「そんな不思議な顔をしないで欲しいな。提督もやってみればいいよ。僕と同じように、人の機嫌をうかがうことをしないでやりたいようにやれば」

「簡単に言われても、俺とお前は立場や責任が違うんだ」

 

 自分にそうやって言い聞かせるが、本当はもっと自由にやりたい。

 他の提督たちのためにだけではなく、自分自身の艦隊を作って動かすことを。

 他人の尻拭いや支援、無理な指示はとっくの昔に飽きている。

 

「僕はキミのことを気にいってるよ。以前の提督たちは艦娘たちと仲良くしすぎで、戦争というのをまるで知らない生き物だったよ。誰かが死ぬと悲しむけど、それは前線に立ったことのない人間の感情だよ。キミは僕たちと同じような苦しみを多く味わっている。前線に立つのと同じようにね」

「そうだとしても何も変わらない。俺は他の提督たちとそう変わらず、艦娘に対してならそれよりもひどいはずだ」

「変わればいいじゃないか」

「……今の俺からか?」

「そうさ。僕だって味方を殺す必要がなくなったから、ここではおとなしくできているんだ」

 

 その言葉に寒気を覚える。

 今までのことを考えると、時雨は今まで出会ってきた提督たちの艦娘を意図的に殺してきたと言っている。

 艦娘と同じような悲しみと苦しみを味あわせたくて。

 

「必要だと思ったら従う必要はあるけど。もう艦娘に関することはひととおり知っているよね?」

 

 俺の肩に手を置き、覗き込んでくる時雨の目は光を失っているように見えた。

 いつもの柔らかな笑顔はなくなっていて、顔に笑顔を張り付けた固いものになっていた。

 時雨の過去は書類に書かれている以上のことは知らない。

 過去を聞いたことも聞かされたこともない。

 だから想像する。

 艦娘という仲間を使ってまで、今までの提督たちに悲しみを、絶望を与えたかった理由を。

 上官や他の提督たちからいいように使われている俺へと、反抗するように言ったことを。

 

「キミは僕と同じ匂いがする。僕たちはもっと仲良くなるべきだ……だって、ここまで来れたんだから」

 

 時雨は俺へとさらに近づき、耳元でささやくように言ってくる。

 終わりのほうの言葉の意味はわからないが、俺と同じ匂いと言った。

 嫌われ続けても仕事を続け、目的のためには耐え続けることか?

 時雨も同じことをやってきたのか?

 そうだとしたら、時雨は目的に対する意思が相当に強い。

 

「これからバカにしてやろうじゃないか。散々使うだけ使って、感謝の言葉も言わない低能な奴らのことを」

 

 心地よい言葉は、まるで悪魔のささやき。

 俺には世界を救うという大きすぎる目標がある。

 けど、今のままではそれができない。

 だから俺は時雨の言葉に乗ってしまった。

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