ヤンデレな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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6.時雨『時雨には向いている職業 後編』

 記憶を思い出し終わり、気付くと飲んでいたコーヒーはなくなっていた。

 マグカップの底を見ていると、時雨が俺からマグカップを取ってテーブルの上へ置く。

 

「僕は今でも覚えているよ。僕のために涙を流してくれた、初めての人だったんだから。また会ったときは嬉しくて、戻って部屋で泣いたほどだよ」

 

 俺に目をあわせ、真剣な顔の時雨は俺へとぴったりくっつき、太ももへと手を置いてくる。

 まっすぐすぎる視線は辛く、俺は目をそむける。

 今まで忘れていて、覚えていたのはごくわずか。

 再会してもすぐにそれを言わず、俺が多くの問題を解決して余裕ができるまでは何も言わないでいてくれた。

 俺を気遣い、評判だけで判断せずに正面から会話をしてくれたのは嬉しかった。

 ……けれど、初恋の人が目の前にいるというのは恥ずかしい感じだ。

 

「また会えて嬉しいよ、と言ってもいいかい時雨?」

「僕も会えて嬉しかったよ。まぁ、会ったときに気付いてもらえれば1番だったけれどね」

 

 苦笑して「ごめん」と謝り、時雨は「許す」と笑ってくれた。

 懐かしさと嬉しさ、それに優しげな気持ちがあって気分はとても安らぎを得ている。

 眠気で目が閉じてしまいそうなのに耐えていると、時雨は俺から少し距離を取って膝枕の姿勢になっている。

 見た目は小さな女の子相手に膝枕とかどうなんだ? と思いながらも時雨の嬉しそうな笑顔と頭を撫でてくる優しい手によって俺の体は時雨の太ももへと倒れていく。

 時雨のやわらかな太ももの感触と甘い香り。

 頭や頬を撫でられながら、俺は目を閉じていく。

 

「ねぇ、さっきの話だけれど、ご褒美として僕は提督が欲しいな」

 

 なぜか寒気を感じる言葉を疑問に思う間もなく、俺は眠気のために意識を落としていく。

 眠ってしまう直前に「大好きだよ、僕の提督」と甘ったるい声がすぐ耳元で聞こえた。

 

 ◇

 

 目を開けると真っ白な天井が見える。

 視線を横へと動かすと、夕日の差し込む光がまぶしくて目をつむってしまう。

 段々と光に目を慣らしながら周囲を見回すと、俺は執務室ではない小さなフローリングの部屋にいた。

 部屋にはカーテンやタンスもなく、殺風景な景色となっている。

 立ち上がろうとしたが足は縄で縛られ、手も体の後ろに回されて同じように縛られていた。

 他の部屋を見ようにも、唯一ある扉は閉められている。

 耳を澄ますが人がいるような音は聞こえない。

 窓から空を見るが、電柱と電線が見えるだけでどこにいるかはわからない。

 アパートの一室っぽいところと状況を確認したあと、ここに来てしまった原因を考える。

 と、いっても時雨の膝枕で寝た以外は思いつかない。

 時雨がなんらかの理由で連れてきたのだろう。

 考え事は終わり、やることがなくなったが逃げることはしない。

 何のために連れてきたか気になるし、もし勝手にいなくなったとしたら悲しむに違いないと思って。

 他にやることがないために空を見上げる。

 床に転がって見る空は新鮮で、夕焼けがとても鮮やかなのに驚かされる。

 今までは忙しくて空を見るなんてことはなかった。

 ただ夕焼け空を見ていると、玄関のカギがガチャガチャと音を鳴らし、ドアが開く音が聞こえてくる。

 足音が近づてきて扉へと振り向くと、背中にリュックサックを背負って両手に寝具を持った時雨が部屋に入ってきた。

 

「ひとりにしてごめんね。住むためには色々と持ってくる必要があって」

 

 とても機嫌がいい時雨は、床に荷物を置いていく。

 毛布5枚と枕、ペットボトルの水とおにぎり料。

 他には体を清潔にして欲しいのか、女物のシャンプーやボディソープにバスタオルとドライヤーがある。

 

「明日はもっと生活用品を持ってくるから、今日は我慢してね?」

 

 床に転がっている俺の前に膝をついては首をかしげて可愛らしく言ってくるが、俺はどう言葉を返せばいいかわからない。

 行動や言葉におかしさを感じ、下手に言うと暴れる危険がある。

 だから情報を得つつ、機嫌を悪くしないようにしなければいけない。

 

「時雨はここに住んでるのか?」

「違うよ。ここは先月に借りたばっかりだよ。提督と一緒に暮らすためにね」

「一緒に? ……すまない。そう言われた記憶がないんだ」

「まだ言ってないからね。それにしてもいきなり怒ったり叫んだりしなくて安心したよ。もしそうだったら殴る必要があったからね」

 

 ニコニコとしている時雨は俺の体を起こすと、壁にくっつかせて倒れないようにしてくる。

 そうしてから俺の横に座り、頬をあからめながら抱きついてくる。

 俺の髪に顔をうずめ、深呼吸したかと思ったら頭を思い切り撫でてきたり。

 今までの時雨は甘えるようなことなんて1度もなかった。

 

「予定より早かったけど、提督とふたりっきりだなんて夢のようだよ」

「俺の予定ではこれから多くの艦娘たちと仕事をする予定だったが」

「もうそんなことしなくていいよ。これからは僕だけを見て生きてくれればいいんだ」

「時雨は俺がきちんと仕事ができるように応援してたじゃないか。だから、これから来る子たちと一緒に―――」

 

 言葉を言い終えれず、時雨に突き飛ばされて床へと倒れる。

 受け身も取れず、強く頭をぶつけてしまって一瞬だけ意識が遠のいてしまう。

 

「何を言っているのかな」

 

 時雨は表情を失い、それを見た俺は背筋に寒気がやってくるのを感じた。

 

「他の子たちなんて邪魔なだけだよ。この2カ月もふたりで一緒にやってきたじゃないか。これからもできるさ」

「俺はそうは思わない」

「ふたりでもできることはあるよ」

「……俺は艦娘たちと仲はよくなかったが、大勢の子たちと世界を救おうとしていることが楽しかったんだ。だから大勢でいたい」

 

 悲しげに言うと、時雨は目を見開いては俺の腹を勢いよく蹴ってくる。

 7回ほど蹴られたところで、時雨は蹴るのをやめて大きく肩で息をしている。

 

「せっかくふたりになれたっていうのに。この2ヶ月間もそうだった。普通の男の人なら、僕にさわったりしてくるのに1度もそんなことはなかった。なんで?」

 せき込み、息を何度かついてから俺は口を開く。

 

「時雨が大事だからだ」

「嘘を言わないでよ。そう言っても本当は僕が嫌なんだろう? この体は血に汚れ、軍人も艦娘も民間人さえも殺してきた僕を。抱きたいとすら思えない。そうなんだろう!?」

 

 初めて聞いたことに驚くが、声をあげないように歯を食いしばる。

 今、なにかを言えば時雨は自分に対して不安になるだけだ。

 時雨に関する詳しいことは知らない。

 書類で見ただけで、聞いたこともなかった。

 興味がなかったわけじゃない。

 過去を知ったからと言って、付き合いを変えたくなかったからだ。

 人に流されやすいからこそ情報を制限してきた。

 

「艦娘はね、上からの指示を断れないんだ。僕の仕事は命じられるままに裏切りや反抗的態度を持つ人たちの拷問をやっていたんだ。ひどく嫌な仕事だったけど、続ける限りは姉妹たちに何もしないって言われたから。でも、みんなして僕から離れていった。それでもやり続けたんだ。守りたい人から嫌われても、その人を守るために」

 

 時雨は俺を仰向けに転がし、腹の上に乗ってくる。

 俺をまっすぐに見てくる目はうるんでいて、今にも涙がこぼれそうだ。

 

「本当なら僕に惚れさせるか、既成事実を作って運んでくる計画だったのに。僕だけを見て、僕のために生きてくれる。そうなって欲しかった。……提督は真面目すぎるよ。優しすぎるよ。艦娘は人権なんかなくて兵器扱いされているのに。」

 

 時雨は俺の胸を、右手で何度も強く叩いてくる。

 しばらくして、叩くのをやめると目に涙が浮かんでいた。

 

「時雨、今まで何人を殺したんだ?」

「……艦娘は6人、軍人は2人」

「俺は17人の少女たちを死なせた。俺のほうが罪が重いな」

 

 今までの作戦行動で17人の艦娘を俺の命令によって死なせた。

 無駄死にもあるし、身を犠牲にして多くを救った者もいる。

 だが、死に方に価値の違いはない。

 死なせたという罪が命令した者に残るだけだ。 

 

「俺のほうが嫌われるべきだよ」

「違う! 提督は僕にも、他の子たちにも平等に接していた! 僕なんかにも優しくしてくれた。書類を見ただけで、誰もが僕を嫌うのに。僕なんていなければいいって言われてたのに」

 

 時雨はどうにも嫌われ者であるべきという認識に捕まってしまっている。短い付き合いしかないが、嫌われるような子じゃないのを知っている。

 それに時雨のおかげで俺は自由を得たから。

 だから伝えたい。俺は嫌ってなんていないということを。

 

「俺の夢は世界平和なんだ」

「……それがどうしたのさ」

 

 今までの流れを切る発言を聞き、時雨はいらだちはじめた。

 俺の胸をさらに強く殴ってきて、一瞬呼吸が苦しくなる。

 けれど、俺には言いたいことがある。

 

「小さい頃、時雨にあったおかげで俺は目標ができたんだ。提督という職業になることを。それと世界平和っていう大きい夢だ」

「1度しか会ったことのない人の言うことを真に受けただなんて」

「そりゃ、初恋の人だからね。その人が言ったなら、盲目的に信じたんだよ。あの頃の俺は」

 

 時雨は目を見開いて硬直していたが、すぐに元へと戻った。

 

「僕が好きになったのは、再会して少し経ってからだけど」

「俺なんて最初に出会った頃からだぞ? 一目惚れだ」

 

 できうる限りの笑顔を浮かべると、時雨の目から涙が一筋落ちていった。

 

「今も僕のことは好き?」

「好きになっていきたいと思ってる」

「なっていきたい?」

「時雨のことをもっと知って、好きだって大声で叫びたいんだ」

 

 俺から目をそらし、うつむく時雨。

 何度か手で涙を拭き、赤くなった目でじっと見つめてくる。

 

「キミを監禁しようとした僕がいいの?」

「穏やかな手段でなら」

「僕とふたりで暮らしてくれる?」

「いいとも。だけど、提督の仕事は続けさせてくれ」

「いいよ。でも心の底から僕に惚れさせて、夢を実現させてもらうよ」

 

 時雨はポケットから折りたたみナイフを取り出すと、俺の手足を縛っていた縄を切っていく。

 ナイフを持っていた可能性にはまったく思い当たらず、返事によっては俺が刺されたんじゃないかと冷や汗が出てきた。

 縄から手足が解放され、ちょっとぶりの自由を感じる。 

 転がっていた姿勢から起き上がり、あぐらをかいて楽な姿勢になる。

 

「夢? 時雨の夢は昔と同じ世界平和だったか?」

「今は違うよ。お嫁さんになって、専業主婦になるんだ。僕的には艦娘より向いていると思う」

 

 そんな夢をはにかみながら語る姿はかわいいけれど、俺はまだ独身でいたい。

 今では一緒に仕事をやるのが当然となっているから、時雨がいないと寂しくて仕方がない。

 

「時雨がいないと執務室が広く感じてしまうよ」

「そうだよね、知らない子が秘書をやるのは問題だよね。僕の提督にちょっかいを出したりしたら、なにかしないといけないし」

 

 黒い笑みを浮かべる時雨はとても美しく見えるが、時雨がなにかをしてしまわないように見張る必要がある。

 そもそも結婚なんてまだ早いと思ったから、時雨がいないと寂しいと言ったのに斜め上の言葉を返されて焦ってしまう。

いいんだろうか。

 

「俺は海の上にいる時雨が好きだし、まだ艦娘をやって欲しいと思ってる」

「……提督は艦娘と主婦、どっちが僕に向いていると思う?」

 

 目を細めて威圧してくる時雨から目をそらすが、無言のプレッシャーが痛い。

 そっと視線を戻すと、持っていたナイフを手でくるくるとまわしていた。

 どう言葉を返そうか。時雨を刺激せず、ナイフを手放させるには。

 頭を必死に動かしていると、時雨はにやりと笑みを浮かべる。

 

「どっちを選んだとしても、提督はどーんと僕を受け入れてくれればいいのさ!」

 

 大きな声で言うとナイフを部屋の隅へと放り投げて、俺の胸へと強く飛び込んできた。

 不意を突かれて受け身も間に合わず、また頭を床へとぶつけてしまう。

 そんな無抵抗な状態になった俺を、時雨は胸へ頬ずりをしたり匂いをかいだりしている。

 普段の時雨から聞いたことがない恍惚の声や、とても気が抜けた声が出ている。

 体から力を抜き、好きなようにさせているとそんなに俺が好きなのかと思うと同時に聞いていなかったことを思いだす。

 

「なぁ、時雨が俺を好きになった理由を聞いてもいいか?」

 

 すぐに俺の胸から顔をあげると、俺の耳へと口を寄せてくる。

 

「背筋がゾクゾクしそうないい声をあげそうだったから」

 

 ささやく声に寒気が走る。

 恋愛感情での好きじゃなく、痛めつけることでの好きだったのか!?

 まったく予期していなかったことに時雨との会話に早まったことをいいまくっていたかと後悔する。

 だが、俺との鼻先がこすれあうほどの近さで見つめ合うと、からかうような笑顔を浮かべる。

 

「冗談だよ。そんなことして提督がいなくなったら、僕は自分を許せなくて深い海の底に沈んでしまうね」

 

 俺をからかい、自虐する言葉にいらだってしまい、時雨の体を掴んで俺の横へと勢いよく引き倒す。

 そうしてから優しく抱きしめたり、体が痛くなるほどに強く抱きしめられたりした。それから一緒に夕ご飯を買ってきては食べさせあいをし、同じ毛布にくるまって寝た。

 2月はまだ寒く、毛布だけでは辛かったがくっついて寝たから多少はマシだった。

 翌朝、朝日を感じて目が覚めると隣にいるはず時雨はいなかった。

 脱いでいた上着を身に付けながら慌てて部屋を見回すと、まるで俺ひとりだけがここにいて時雨はいなかったかのように思える。

 隅に寄せられた弁当の空箱と荷物。

 時雨と会話した時間。

 ふれあってた瞬間。

 すべてが夢だったんじゃないかと思ってしまう。

 だが、耳にはかすかな水音が聞こえてくる。

 じっと耳を澄まししていると、それはシャワーの音だった。

 少しして、シャワーから上がってきた時雨が昨日と同じ制服のままやってきた。

 シャワー上がりでいつも結っている髪は広がっていて、湿っている髪や肌は上気して物凄く色っぽい。

 

「時雨といたのが夢かと思ってた」

「僕はそんな薄情な女じゃないよ」

 

 不満そうに言い、部屋に置いてあるドライヤーをコンセントにつないで俺を手招きで呼ぶ。

 呼ばれるままに近寄っていくと、時雨はドライヤーとポケットから小さな櫛を俺に渡して座りこむと背を向けた。

 それの意味を理解し、部屋の隅っこに置いてあるバスタオルを手にとって髪の毛を拭いていく。

 シャンプーのいい香りがして鼓動が強くなり緊張するが、1度ゆっくりと呼吸をして精神を落ち着ける。

 タオルで髪の水分をしっかりと取ったあとに、時雨にドライヤーの風をあてながら丁寧に髪へと櫛を通していく。

 かわかしていくうちに、髪はさらさらになっていく。

 それを何度も手でさわったり、櫛を通しては感触を楽しむ。

 

「楽しいかい、そんなことして」

「時雨だからな」

「意味がわからないよ」

 

 呆れるようなため息をついた時雨は、俺に振り向くと赤いリボンを渡してくる。

 それはいつも三つ編みにしている髪に結んでいるものだ。

 

「あー、悪かった。だから許してくれ。髪は結えないんだ」

「別に気にしないからいいよ。ほら、早く」

 

 本当に女性の髪は結ったことがなく、無理にやるとバランスが悪いものにしかならないと自分でもわかる。

 けれど時雨のお願いなら聞いてあげるしかない。

 リボンを受け取り、それを置いてから三つ編みなら髪の毛をみっつの束にわける。

 次に端の束をまんなかの束に絡ませ……。

 普段の時雨の髪型を思い出しながら長い時間を、けれど一生懸命にやっていく。

 最後に赤いリボンを結び、できたのは不格好な三つ編み。

 綺麗なバランスになる予定がところどころ雑になってしまっている。

 時雨はそんな三つ編みを手でさわると、嬉しそうな顔へと緩んでいった。

 綺麗にできてないのに喜ぶなんて俺にはわからない。

 

「ありがと」

 

 ほんわかとした幸せ、みたいな感情を浮かべる笑顔を見てしまうと、俺の顔は赤くなってしまう。

 その顔をそれを見られたくなくて急に立ちあがると部屋を出ていく。

 

「腹が減った。鎮守府に帰るぞ!」

「ん、提督がそういうなら仕方ないね」

 

 時雨は軽いため息をつき、すぐに俺のあとをついてくる。

 今日からはひとりではなく、俺と時雨のふたりになった。

 以前のようにひとりで寂しさや苦しさを全部耐える必要はない。

 お互いに相手を頼って生きていけばいい。

 人はひとりでも生きていける、そんなことが頭に浮かぶがそれは文字通りの生きるだけだ。

 人生を楽しく、充実して生きていくのはひとりでは難しい。

 そんなことを時雨と一緒になってわかることができた。




おしまい。
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