僕が22歳という若さで司令官になって2カ月目。
士官学校を下から数えたほうが早い成績で卒業し、体を鍛えても立派な体にはならなくて心がとても広い普通の人という評価をもらった。なのに艦娘たちを預けられ、現在は他の鎮守府から性格の扱いが難しいと厄介払いされた5人の艦娘たちの上司だ。
けれども、僕にとっては皆いい子たちで手間がかからず、司令官の仕事である書類や様々な雑事をして静かな日々を過ごしている。
訓練と演習、近海警備だけで感情が揺れ動かないつまらない日々を送っていた。
実は人類は深海棲艦と戦争なんてしていなくて、架空の敵を作って平和な世界を生み出しているんじゃないかと疑ってしまう。 それくらい平和な今だ。
平和すぎるというのも問題で、忙しくないということは給料も低くされてしまうということだ。基本給はそこそこあるが、危険手当や深夜勤務などのお金がもらえないために裕福にはなれない。戦争をしているとはいえ、削れる支出は削りたい軍だから新人である僕には官舎などは割り当てられない。
だから住んでいる場所は節約のためにもアパートへと住まずに執務室という狭い部屋を住居化して暮らしている。
……僕らと違って艦娘たちは立派な衣食住が割り当てられているのは仕方がないと思う。いくらでも替わりがいる司令官とは待遇が違って当然だから。
今、僕が住んでいる執務室は8畳ほどの広さがあるフローリングで冷蔵庫、ベッドにタンスが置いてあり半分ほどは居住空間となっている。
残りは執務机、ファイルキャビネットに本棚がある。執務室という仕事部屋は寝て仕事するだけの仕事兼住居の狭い空間になってしまった。
こんな状態だから人を迎え入れるなんてことはとてもできない。なにかあるときは僕自身が外へと行く必要がある。
そういうときに僕が部屋からいなくなれば盗聴器が時々仕掛けられる。
それらに気付いたのは、駆逐の子である如月が僕の行動について説明を求めることがよくあったからだ。誰にも言ったことのないことに対しても。
不信に思った僕は、発見機を使って場所を確認しただけでどうにもしない。
なぜなら執務室には艦娘たちしか来たことがなく、犯人は秘書である如月ということはわかっている。
盗聴器を仕掛けるのは僕のことが何かの理由があって気になるのだろう。
だから設置したことについては文句も言わずに許している。それにこういうのでもコミュニケーションとなって仲良くなれるかもしれなくて。
ただ、カメラだけは落ち着かない気分になるから全て外させてもらっているけれど。それ以外は嫌がらせも何もなく穏やかな生活を過ごしている。
現在時刻は午前5時28分。
そんなことを、パジャマを着た僕はベッドの上で考えていた。
7月である今はもうこの時間から太陽が昇っており、カーテンを閉めていない窓から朝日が入ってくる。
部屋全体が明るくなってきて起きようという気分になりそうだ。
でも僕は起きない。
昨日の夜に加賀さんに愚痴を聞いてもらいながら、ふたりっきりでお酒を飲んだために頭痛がするということもあるがそれとは別の理由がある。
毎朝来ている如月が僕を起こす楽しみをなくしてしまわないように。
以前早起きしたら、涙目になって顔を殴られたことが1度だけあった。
泣いている女の子には勝てないなとあの時のことを思い出してため息をつくと、耳に心地いい声が部屋の扉越しに聞こえてくる。
「おはよう。司令官、起きてる?」
その声を聞き、タオルケットを体にかけると目をつむって眠ったふりを始める。
少しして合鍵を使って扉の鍵が開けられ、静かに如月が部屋へと入ってくる気配を感じた。
意識が起きたままで如月が部屋に入って来るのは初めてで普段はどんなことをしているのか興味がある。そうして、実は起きていたと言ってから怒られるのも楽しみにしている。
わくわくと如月の行動を待っていると僕が寝ているところを通り過ぎ、カーテンが静かに開けられていく音が聞こえ、そのあとは僕のそばまでやってくる足音が聞こえる。
俺の部屋を漁るとかいたずらをすると思っていたが、意外と何もしてこないことに安心と寂しさが入り混じっていた感情で起こされるのを待つ。……けれど起こしてはこない。
すぐそばから如月の視線は感じているというのに。寝たふりだってことがばれている? と緊張と冷や汗が出始めた頃にようやく如月が動いた。
「おはよう、私の司令官」
目を開けて如月を見ると、仰向けに寝ている僕の頭の横に両手をついて挟み込むようにし、いつもと変わらない可愛い笑顔で見下ろしていた。
如月の着ている服は制服ではなく、薄緑色のパジャマ。髪はいつもの髪飾りをつけていなくて、寝起きのままであるぼさっとした長い髪が見える。
顔は中学生のような幼さと色っぽさがあり、時々仕草が大人っぽくてドキドキしてしまう。
ブラをつけてなくても形がいい大きめな胸が服の隙間から見えるというのはイケナイ気分になってしまいそうで胸から目をそらす。
「今日もいい朝ね」
「ああ、そのとおりだね」
お酒のせいで痛む頭を気にしつつ、今起きたように返事をする。
そんな返事をすると笑顔だった如月の顔がふと色を失ったように無表情になり、僕の枕へと顔を近づけて匂いを嗅いでくる。
「……加賀さんの匂いがするわ」
「日を越した頃からちょっとのあいだだけ一緒にお酒を飲んでて、酔いつぶれたからベッドで休ませてたんだ」
耳元で背筋が冷たくなるほどの無機質な声。いつもの明るい如月の面影は感じられない。
「そのあとはどうしたの?」
「僕が飲み終わったあとに加賀さんを抱きあげて、部屋に連れていったよ」
「そう、それを聞いて安心したわ。そのあとにえっちなことをしていたら、この執務室を私の血で染めるところだったかも」
僕の言葉を聞くと如月は体を起こし、右の人差し指で自分の左手首を切る動作をしたあとに唇が触れそうになるほどの近さで僕を穏やかに見つめてくる。
如月は他の艦娘たちが僕に関することになると僕が女の子たちに手を出していないか気にするが、それは彼女の経歴を知ると男である僕に対してきつく当たる理由がわかる。
前の提督のところで如月は性的に犯されかけて処女を散らされそうになった。幸いにも寸前に近くにあった花瓶で殴り、重傷の怪我を負わせて逃げ出したとのこと。
以前から胸を触られたり露出を強要され、殴る蹴るという暴行を受けていて、怒りが爆発したらしい。
その事情も考慮して成績優秀だった如月を処分するかどうか上層部は悩んだらしく、僕のところへとやってきた。
上官に怪我を負わせても反省する様子はなく、普通の提督なら嫌がる子。でもそんなことを後悔している風でもなくすっきりとしている如月を僕は喜んで受け入れた。
「如月、言い忘れてたことがあったよ」
「なぁに?」
「おはよう、今日も髪が綺麗だね」
言い忘れていた朝の挨拶を言うと、にっこりと微笑みをくれた。そうして挨拶を終えると、如月は僕から離れてタンスへと行く。
いつの日からか、気付かないうちに彼女の服と髪飾りはタンスに紛れ込むようになっていた。
今では毎朝こうやって着替えをしに、朝と夜のたびに執務室へとやってきている。
如月は下着と制服を取り出して僕の前へとやってくると上の服からゆっくりとボタンを外し、胸を見せつけるようにしてくるので僕はタオルケットを顔までかけて見ないようにする。
残念がるため息に「意気地なし」という声が聞こえてくるが、堂々と見ていれるほど僕の精神力は強くない。
恋人同士でもないのに如月は大胆すぎる。
からかっているのかと思っていたが、毎朝してくるのだから本気で僕に肌を見せたいらしい。
見せてくれるというのなら見てやろうと考えるのが男だが、提督になるまで女性と会話することさえ少なかった僕にはそんな度胸はない。
衣擦れの音が聞こえ、如月の色っぽい息や声が終わるのを待ってから僕はベッドから起き上がる。
するとそこには僕の制服を持った如月が立って待っていた。
「たまには自分で着るから今日はいいよ」
「ダメよ。司令官が自分で着ると服にシワやヨレがついちゃうから」
「いつも如月に頼りっきりだと僕は1人で生活が―――」
「……夜、誰かを部屋に呼ぶときは私の許可を取ってからって言っているじゃない?」
僕の言葉をさえぎり、如月は僕の隣に座りると僕の目元のあたりを指先で強めに触ってくる。
その触り方は目を潰してくるんじゃないかと少しの恐怖があるが、如月なら僕に対してそんなことはしないという根拠のない自信を持つ。
「でも会話の内容は知っているんでしょ?」
そう言うと如月は頬をふくらませ、不満げに僕を見つめてくる。
「もう寝てたわ。きちんと寝ないと艦娘としてのお仕事ができないじゃない。司令官は私をなんだと思っているの? つぐないとして、カメラの設置を許可してね」
「それは恥ずかしいから嫌だ」
「じゃあ、私にあなたの着替えをさせて欲しいわ」
なんでそうなるの、という疑問は頭の中に抑え込こんで如月が納得するならと僕はそれに頷いた、
如月は声を出して喜びながら僕の服を楽しそうに脱がしてきて、下着姿にされると如月は僕の肌をいとおしそうに触ったり舐めたりしてくる。
ぞくぞくとやってくる気持ちのいい快感に耐え、如月が満足するまで自由にさせる。5分ほど経ってから、ようやく僕に服を着させてくれた。
そうしてから僕を椅子に座らせると服を整え、
「このままだと僕は如月なしでは生きていけなくなりそうだ」
「あら、私は構わないけど。この如月に任せていただければ司令官のおそばにずっといるわ、いついかなるときも。両手両足を取ってもいいのなら、私の全てをかけてお世話するのだけど?」
「病めるときも健やかなるときも、って言葉が続くかい?」
如月の物騒な言葉に心がちょっと冷えながらも、その部分を無視して他のところを冗談めかして言うと如月は櫛の動きを止め、僕の前へと回り込んでくる。
「んー、それはまだ無理ね」
「そうだね。僕なんかじゃ如月には似合わな―――」
「違う、私なんかが結婚だなんて! そんな大それたことを!!」
自虐する言葉に如月は櫛を放り投げながら大声をあげ、僕の襟首を掴んできた。
今までの如月の行動には慣れていたため動揺なんてしてこなかったが、今の反応は初めてだ。
僕はどう返事をすればいいか悩んでいるあいだに話は続けられる。
「如月があなたの隣に立つ覚悟がないの。料理や掃除は勉強しているけれど他にもまだ……」
「僕にはもったいないぐらいに君はいい子だよ」
「……昔、私はあなた以外の男に肌を見せ、さわられたことがあったの」
「僕が想像できないぐらいに辛かっただろうね」
「前にいたとこでは自分の上官を殴ったことも」
「同じ立場だったら僕だって上官を殴ったと思うよ。僕から見て如月は素敵な女の子だと思う。だからそんなに自分のことを下に見ないで欲しい」
如月は以前のことを思い出したのか、その目には涙が浮かんでいる。
「……私はあなただけを見ていたい。私だけを見て欲しい」
僕は本当に如月のことを悪く思っていない。
彼女は自分自身を汚れている女と思っているようだけど、それがどうしたという感じだ。
はっきりと割り切れないこともあるけど、後悔や反省をして人間は成長をする。目の前の如月もそうだ。
―――そう思っていると、ふと出会った頃を思い出した。
あの時の如月は僕が信用できるか調べるためになのか、僕にべったりとくっついて反応を調べてきた。
はじめのうちは悪口を言ったり、殴ってきたりしたがそれらに対しては言葉で注意するだけだった。
態度がおとなしくなると、今度は盗聴器やカメラを仕掛けてきた。そのことに気付くのは半年が経って如月が僕に謝罪してくるときにようやくわかった でも僕は怒らず、最初の時と同じで言葉で言うだけ。
それからだ。如月の態度がはっきりと変わったのは。
「僕は君が好きだよ。自分の考えをしっかり持っているし、意思が強い」
どういう意味かの好きかはあえて言わない。
僕自身、これは恋愛なのか部下としてなのかはわからない。
ただ、今の続いている生活はそう悪くないものなんだ。
襟首を握り続けている如月の手を掴み、力が入っているその手をゆっくりとほどいていく。
「むしろ僕のそばにいてほしいね。君で堕落していく生活は幸せかもしれない」
「……如月でいいの?」
「君がいいんだ」
僕からそっと離れてから急いで机へと走っていって引き出しから如月用の髪飾りを取りだすと、僕のすぐ目の前まで戻ってきては髪飾りを押し付けるようして渡し、つけやすいように頭を差しだしてくる。
毎朝の髪飾りは必ず僕がすることになっている。今からするのもなんてことのない日常だ。
如月の髪につけようとすると、視界いっぱいに如月の顔が近づいてくる。
「今日はいつもより近いんだけど」
「別にいつもと変わらないじゃない?」
僕は如月の顔を押して距離を離してから髪飾りをつけ、立ちあがっては如月の手を握る。
朝の準備はもう整い、次は食事だ。
如月の手を引き、執務室の外へ出ようとすると如月が腕を組んでくる。
顔を赤くして恥ずかしそうにするその表情を見ると、僕の顔がゆるんでいくのがわかる。
そんな幸せな気持ちで食堂へと向かう。
人間、誰しも不安や欲望といった感情がある。
それがちょっと強くなりすぎているだけで対応の仕方によってはとてもいい恋人、または友人関係になれるかもしれない。
もっともそう思えるのは僕の経験が少ないだけかもしれない。
時々息苦しくなることもあるけど、強く想われているってのは幸せなんじゃないかって感じた。
僕は如月と辛くても愛がある生活を送っていきたいと強く願う。