【完結】Fate/Epic of Gilgamesh   作:kaizer

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13.蠢動する牙

「なにぼーっと突っ立ってるのさ。戦いに来たんだろ、衛宮?」

 

 知っていたはずなのに……この馬鹿げた光景に、頭が上手く回ってくれない。

 彼こそが……間桐慎二こそがマスターだったという衝撃に、愕然として立ち尽くす。慎二がマスターだという推測は立てていても、そうであって欲しくはないという一縷の希望もあったのだ。それが打ち砕かれた今、脆弱な覚悟しか持たない俺は、大きく揺らいでしまっている。

 震えが止まらず、手に握っていた箒の柄が落ちた。このままではまずいと、拳を強く握りしめ、混乱する自分を落ち着かせる。そして正面から慎二に向き直り、最終確認の声を掛けた。

 

「慎二。おまえ、本当にマスターなのか」

 

「は、今更何言っちゃってんだよ。見て分かんないの? 衛宮だってマスターじゃないか」

 

 呆れたように肩を竦め、手に持った魔道書のようなものを見せつけてくる慎二。それはまるで、玩具を自慢する子供のようで──同時に、ひどく歪なものを感じさせた。

 それ以外、慎二に特段変わった様子は見られない。さも当たり前のように、笑みを浮かべたまま佇んでいる。つまり……間桐慎二は何の躊躇いもなく、同級生であったはずの俺と遠坂の命を狙ったのだ。

 

「……なんで遠坂を狙った」

 

「はあ? おまえ、本当に馬鹿なのか? この聖杯戦争(ゲーム)は殺し合いなんだぜ。なら、やることは一つしかないだろ」

 

 心底小馬鹿にした表情で、慎二は俺の質問に答える。

 人を殺すという禁忌をあっさりと口にできる慎二は異常だが、魔術師という異世界に於いては異分子なのは俺の方だ。この聖杯戦争が魔術師のルールで成立している以上、その観点から見れば慎二の言うことは正しいのだろう。俺とは絶対に相容れないが、彼らに取ってはそれこそが普通なのだということぐらいは理解できている。

 だが、百歩譲って、聖杯戦争のマスターである俺と遠坂を狙ったのは理解できるにしても──他の生徒まで傷付けるのは、許せない。

 

「なら、俺たちだけを狙えばいいだろう。なんであの女子生徒まで襲った?」

 

「ああ、僕もできればあんなことはやりたくないんだけどさ。サーヴァントっていう連中は、維持するのにも結構手間がかかるわけよ。おまえと遠坂が引っかかったのはそのついでさ。

 あいつらサーヴァントにとって、人間は絶好の餌なんだよ。おまえもサーヴァントを強くしたかったら、その辺の奴を捕まえてくるといいぜ」

 

 一体何がおかしいのか。そんな狂ったことを口にしながら、慎二は愉快そうに笑う。

 人間は餌、だと?

 そんな。そんな下らないことのために、こいつは無関係な人間を襲ったって言うのか……?

 

「──慎二。本気で言ってるのか」

 

「当たり前だろ。そういうルールなんだってば、これはさ。

 食物連鎖って言えばいいのかな? 人間は豚や牛を食べる。サーヴァントは、その人間を餌にする。で、弱いサーヴァントは強いサーヴァントに倒されるってワケ」

 

 だから、人間がサーヴァントに喰われるのは当然だと。肩を竦めて、慎二はそう言い切った。

 ギリ、と歯を噛み締める。おかしい。目の前に立つこの友人は、根本的な何かが違ってしまっている。

 先の女子生徒の一件と、慎二の言葉で確信が持てた。美綴を襲った昏睡事件の犯人は、慎二だ。いや、それだけではない。人を人とも思わぬそのやり口、この学校に結界を仕掛けたマスターも十中八九この男だろう。

 止めなければならない。もう手遅れな所まで、間桐慎二は歪んでしまっている。まともな一般人ならば人を襲うなど考えもしないだろうし、真っ当な魔術師なら神秘の秘匿という原則に正面きって喧嘩を売る行為には及ばない。

 つまり。サーヴァントを従えるこの人間は、一般人でも魔術師でもない。倫理観というものを捨て去った、忌むべき犯罪者だ。

 

「そんなことは駄目だ、慎二。おまえ、自分が何をしたのか分かってるのか。すぐ止めろ」

 

「止めろ? おいおい、何言い出すんだよ衛宮。魔力がなければ、あいつらサーヴァントは満足に動けさえしないんだぜ。そんな役立たずを連れ歩いてみろ、あっという間に僕は他のサーヴァントの餌食さ。そんなこと、とても怖くてできないね」

 

「だとしても、関係のない人を襲うなんて絶対に駄目だ。やって良いことと悪いことの違いぐらい、おまえなら分かるだろ」

 

「──しつこいな。おまえ、僕に命令するなんて何様のつもり?」

 

 機嫌よく笑っていた慎二の瞳に、剣呑な色が宿る。

 

「大体、ムカつくんだよね。そういう善人ぶってるトコがさ」

 

 慎二が右手に握っていた本を開くと、ページから莫大な魔力が立ち上る。それは魔力を持たない人間には似つかわしくない、濃密な、悪意を孕んだモノだった。

 遠坂曰く、慎二には魔術の適性がない。それ以前に、魔力回路が存在しない。恐らく慎二が手に持つあれは、そうした弱点を補うためのマジックアイテムなのだろう。

 こちらに敵意を向けながら、慎二が空いた左手を指揮するように振るう。それに従うように、闇に染まった大地から影のようなナニカが湧き出した。影は直立し、刃のように収束する。先ほども目にしたあれは、さながら地を這うギロチンだ。

 立ち上る黒い刃を従え、慎二の顔が獰猛なそれに変わる。俺を侮っているのか、見下すような目つきが正面から向けられた。

 

「痛い目に遭わないと、自分の立場ってものが分からないようだね」

 

 揺らめく刃。触れた物を例外なく両断する凶器が、慎二の指示を待っている。何の躊躇いもなく殺意を向けてくる慎二を見て……俺はようやく、選択肢は残されていないと理解した。

 駄目だ。間桐慎二は、話し合いを完全に放棄している。話が通じない相手は、壁と同じだ。こちらがいくら声を掛けようとも、空しく跳ね返るだけ。

 平然と人を手に掛け、それを反省するつもりもなく、こちらの話に聞く耳も持たない。慎二を放っておいては、あの女子生徒のように被害を受ける人間が増える。どうにかして止めるしかない。

 けど一つ、確かめておきたいことがある。以前から、慎二が関与しているのではないかと疑っていたこと件。慎二が第三者を巻き込むことを本当に厭わないというのなら、これだけは聞いておかなければならない。

 

「……その前に、一つ聞かせてくれ。学校の結界と、行方不明事件。これをやったのはお前か?」

 

 その問いが予想外だったのか。一瞬、慎二がきょとんとした表情を露にする。

 慎二が魔術師として戦っていないのなら、魔術師の常識からは程遠い、この二件に関与している可能性は高い。まさか慎二がそこまでやるとは思いたくないが、どうしてもこの場で確かめておきたかった。

 だが俺の質問をどう受け取ったのか、数秒ほど呆けていた慎二は突如ケタケタと笑いだした。

 

「なんだおまえ、まだ気付いてなかったのか! そうそう、ここの結界は僕のサーヴァントの仕事さ。

 本当、サーヴァントって連中は化け物だよね。こんなものをあっさり作っちゃうんだからさ。生徒が十人いようが百人いようが、お構いなしなんだぜ、アレ」

 

 笑っちゃうよね、と同意を求めてくる慎二。影の刃を従えながら、何百人もの人間を巻き込む結界について、まるで冗談のように楽しむ異常さ。それを仕掛けたという事実以上に、その様子は不気味ささえ感じさせた。

 口にする内容の恐ろしさと、あまりにかけ離れた慎二の態度に思わず怒りを忘れる。困惑を振り切るように、もう一つの質問を投げかける。

 

「そうか。じゃあ、行方不明の方もおまえがやったのか?」

 

「はあ? おいおい、あんな間抜けと僕を一緒にしないでくれる?」

 

 今度は一転、慎二の口元が不愉快そうに吊り上がる。その感情に呼応するように、召喚した影がゆらゆらと揺れた。

 ……おかしい。慎二は、これ程感情の起伏の大きい人間だっただろうか?

 

「誰がやったのか知らないけどさ、ニュースにまでなってるなんて、馬鹿な奴だよね。やるなら、もっとバレないようにすればいいのにさ。あれじゃ、サーヴァントがやってますって言いふらしてるようなものだよ」

 

 俺の違和感を余所に、慎二は饒舌に話し続ける。だが聞き過ごせない一節を耳にして、はてなと首を傾げる。

 冷静さを失っている慎二の様子からして、嘘を吐いているとは考え難い。行方不明事件について知らないというのも、おそらく本当だろう。

 しかし、今口にした言葉と、慎二が及んだであろう犯行には矛盾点がある。まだ発動していない結界については言い逃れができるだろうが、それを差し引いても行方不明事件の犯人を笑えるような立場ではないはずだ。

 

「なら、何で美綴を襲ったりした? それこそ、バレないようにすればよかったんじゃないか」

 

「ふん。おまえたちがあんまりにも間抜けなもんだからさ。ヒントをあげたんだよ」

 

「……ヒント?」

 

「そうさ。衛宮も遠坂も、僕がマスターだってことに全然気づいてなかっただろ。さすがに可哀想になってね、あの煩い女に思い知らせてやるついでに、ちょっとサービスしてあげたのさ。

 まさか、それでもおまえ達が僕の所まで来ないってのは驚いたよ。仕方がないから、もう少し分かりやすくしようとしてたところに、偶然おまえ達が釣れたワケさ」

 

 優越感に浸っているのか、ポロポロと情報を零していく慎二。言わなくても良いことを次々と自分から話していくその姿は、やはり普段の慎二とはかけ離れていた。ハイになっている、とでも言うべきだろうか。いや、それ以前に慎二の行動はおかし過ぎる。 

 まず慎二は、自分が不利な立場にあるという状況を無視している。慎二のサーヴァントが一人なのに対して、こちらにはセイバーとアーチャーの二人。しかもセイバーは、あのバーサーカーにすら拮抗して見せるサーヴァント。正面から戦って勝てるはずがない。にも関わらず、慎二は身を隠すどころか、わざわざ自分から姿を晒すような真似に及んでいる。

 仮に慎二のサーヴァントが、あのバーサーカーに匹敵するような猛者ならその自信も納得できる。しかし、セイバーにただ圧倒されていたあのサーヴァントは、恐らく俺が見てきた英霊の中でも最弱。一対二どころか、一対一でさえ勝てないだろう。

 下手を打った他のマスターを嘲りながら、衆目を集める愚行に走る。戦力差が明白な状況でありながら、自分を不利な立場に追い込む。矛盾に満ちた慎二の言動は、理解し難いものだった。少なくとも、戦略的に物事を考えているとは到底思えない。今俺と慎二が対峙しているこの状態ですら、謀略ではなく偶然の産物だと言うのだから。

 訝しがる俺の視線にも気付かず、慎二はにやにやと笑っている。

 

「いや、それにしてもラッキーだったよ。これで気付かないようなら、次は藤村あたりを襲おうかと考えてたところだった」

 

 ──は?

 

「……おい。藤ねえをどうするって言った?」

 

「あいつ、元々ウザかったしさ。この際、美綴のついでにアイツも始末しようって思ってたんだよ。藤村がやられればいくらトロい衛宮でも気付いただろうし、一石二鳥ってとこかな。まあ、おまえが自分から来てくれたんだから、手間が省けたけどさ」

 

「──おまえ」

 

 声が震える。慎二の思考を推し量るどころではない。今の俺は、怒りを抑えるので必死だった。

 こいつは大勢の人を巻き込むであろう結界を敷き、同級生の美綴を手に掛けたばかりか、藤ねえまで毒牙にかけようとしていた。それも、ただ不快だというだけで。

 

「あのさ、いい加減ムカつくんだけど。その態度。おまえ、そろそろ身の程ってものを弁えたら?」

 

 慎二が何か言っている。だが今の俺にとって、そんなものは雑音に過ぎない。

 この男は越えてはならない一線を踏み越えた。その領域に踏み込んだ以上、間桐慎二はマスターですらなく、人の道を外れた外道だ。

 

 ──倒すしかない。

 

 ガキン、と脳の回路が入れ替わる。衛宮士郎は、目の前の存在を明確に『敵』だと認識した。

 

「──身の程を弁えるのはおまえだ、慎二」

 

「ハッ、いちいちうるさいんだよおまえは……!」

 

 慎二の怒声。それと共に、影の刃が地を縫って迫る。あれに斬られたが最後、俺の体は真っ二つになるだろう。

 ……しかし。そんなもの、今の俺には怖いとさえ思えなかった。

 脳裏に蘇るのは、俺を叩きのめしたセイバーの竹刀。反応するどころか、視認さえできない速度を前にしては、実戦なら軽く三桁は殺されていただろう。

 そして、文字通り俺の体を斬り飛ばしたバーサーカーの大剣。岩より重く、風より速いあの剣は、ただ剣圧だけで鉄をも砕き、剣の英霊たるセイバーを圧倒した。

 だが、目の前の刃には速度も力もない。ただ斬れるというだけの虚仮威しを恐れる理由など、微塵も見当たらなかった。

 

「ふっ──!」

 

 二歩で躱し、そのまま慎二目掛けて突貫する。ギチ、と握り締めた拳が軋んだ。

 

「……え?」

 

 驚いたように固まる慎二。その、呆けた横顔を──

 

「いい加減にしろよ、おまえ──!」

 

 容赦なく、全力で殴り飛ばした。

 

「ガ──!?」

 

 唇を切ったのか、鮮血を迸らせながら吹き飛んでいく慎二。受け身すら取れず、後ろに(そび)えていた木に背中から叩き付けられると、そのまま無様に倒れ込んだ。

 その場から起き上がろうとする慎二にゆっくりと近づき、真っ向から睨み付ける。

 

「ひ……お、おまえ……!」

 

 怯えたように後ずさる慎二。唇から血を流し、恐怖を貼りつかせた表情には、一瞬前までの威勢など綺麗に吹き飛んでいた。

 

「最後だ。人を襲うような真似はやめろ、慎二」

 

「う、うるさい。ライダーが居ればおまえなんかに……!」

 

 そう睨み返してくる慎二。それを更に追い詰めようとしたところで……轟音と共に何かが、木々をへし折りながら地面を転がって来た。

 

「な……っ!?」

 

 慎二の目が大きく見開かれる。俺たちから僅か数メートル横、慎二と同じように地面に伸びているそれは……先程までセイバーと剣を交えていたはずの、紫髪のサーヴァントだった。セイバーに敗れたのか、右手に握った釘剣は中途から折れ曲がり、左肩から胸にかけては、剣で斬られたと思われる深い傷が刻まれていた。

 誰が見ても虫の息と分かるそのサーヴァントは、尚も起き上がろうとする素振りを見せる。だが傷が深すぎるのか、地面から立つことさえままならない。流れる血の量はそのまま、彼女が負ったダメージを表している。

 

「おい、嘘だろ……何やってんだよライダー!」

 

 突然の罵声。目の前の光景が余程信じられないのか、慎二は俺の存在を忘れたように勢いよく立ち上がり、憎悪すら宿った目つきで、ライダーと呼んだサーヴァントを見下ろした。

 ライダー。そうか、あのサーヴァントは騎乗兵(ライダー)だったのか。

 

「誰がやられて来いなんて言ったんだ! ふざけるんじゃない……なんであんなサーヴァントにやられるんだよ!? ええ!?」

 

 癇癪を起こした子供のように、ライダーを罵倒する慎二。治療するでもなく、助け起こすでもなく、ただひたすらにサーヴァントを怒鳴り散らす。

 その余りの狂乱ぶりに、怒りよりも先に呆れが込み上げた。この男は自分のサーヴァントが傷ついていても、労わるということをしないのか。敵ながら、ライダーに同情したくなるような、胸糞の悪くなる状況だった。

 

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!!!! サーヴァント風情が、僕の言いつけを守れないって言うのか……!!!」

 

「──そこまでだ、ライダーのマスター。最早貴様に勝ち目はない」

 

 慎二の醜態に嫌気が差したのか。不可視の剣を握ったセイバーが、背後の茂みから現れた。勝者の余裕さえ滲ませるその雄姿に、慎二の顔が恐怖に染まる。

 

「ひ──!? お、おい、さっさと立てって言ってんだよライダー……! 僕を守るのがおまえの仕事だろ! 早くしろよ!」

 

「あ…………ぐ、ぅっ──」

 

 悲鳴めいた慎二の叫びに、ライダーが必死に体を起こそうとする。だが右手を大地に突き立てたところで力が抜け、再びどさりと崩れ落ちた。

 無理だ。ライダーは戦うどころか、自分の体を支える力さえ残っていない。人間ならば即死している傷だ、サーヴァントであっても致命傷に近いだろう。今すぐ治療しなければ死ぬのは明白なのに、マスターの無茶な命令のせいで、ライダーはますます自分の命をすり減らしていく。それを理解していないのは、皮肉なことに、ライダーの主である慎二だけだった。

 敵とはいえ、もう勝負はついている。見るに堪えかね、俺は慎二に向けて口を開いた。

 

「慎二、いい加減に……」

 

「降伏しろ、ライダーのマスター。令呪を破棄し、敗北を認めるか──それとも、我が剣の錆になるか。選ぶがいい」

 

 その辺にしておけ、と続けようとしたところで。いつの間に隣に来ていたのか、慎二に剣を突き付けたセイバーが、冷たく言葉を遮った。

 見ることこそできないが、首元に鋼の冷たさを感じたのだろう。ようやく自分の置かれている状況を悟ったのか、慎二は顔を引き攣らせてガタガタと震え出した。

 

「は、は、敗北……? ぼ、僕が負けるだって……?」

 

 まだ握っていた本と、セイバーの剣の間を何度も視線が行き来する。だがどう見ても、この状況で詰んでいるのは慎二だった。

 頼りの綱のライダーは瀕死。あの黒い刃を出そうにも、セイバーに追い詰められている今、そんなことをすれば瞬きの間に首が飛ぶ。いくら慎二でも、この劣勢を認識できないはずがなかった。

 やがて現実に押し潰されたように、力無く膝をつく慎二。そこにはもう、これ以上抗おうという意思は感じられなかった。愕然と、震えながら大地を睨むその姿は、打ちひしがれた敗者のもの。一組のサーヴァントとマスターは、実にあっけない終わりを迎え──

 

 

 

「──そこまでだ、セイバー。悪いが、先にオレと遊んでもらおう」

 

 

 

 瞬間、紅い稲妻が宙を穿った。

 

「危ない、シロウ──!」

 

 それを槍と認識するより早く、セイバーが俺を抱えて横に跳ぶ。コンマ数秒の差で、真紅の魔槍が、抉るように大地に突き刺さった。

 

「なに……!?」

 

 その声は、誰が発したものだったか。全員がこの突然の闖入者に、驚きの目を向けていた。

 青い鎧に身を包んだ、飄々とした態度の男。その姿を見違えるはずもない。槍を引き抜き、敵意と共に俺たちを見やるその英霊は──あの夜俺を一度殺した、ランサーというサーヴァントだった。

 予想外の要素に、頭が混乱する。どうしてランサーがここに現れたのか。そして何故……ライダーと慎二を庇うように、俺たちの前に立ち塞がっているのか。

 呆然とする俺たちを一瞥すると。ランサーは、地面に膝をついたままの慎二を冷たく見下ろした。

 

「とっととライダーを連れて失せろ、小僧」

 

 氷と錯覚させるほど、温度の感じられない言葉。信じられないことに……あのサーヴァントは、敵マスターである慎二に『逃げろ』と口にしていた。

 しかし、そこに込められた冷気を感じ取れなかったのか。状況を理解できずに固まっていた慎二は一転、縋るような笑みを浮かべてふらふらと立ち上がった。眼前に立つ男の敵意にも気付かぬまま、慎二は青いサーヴァントに近付いていく。

 

「は、ははは……! やっぱり僕はラッキーじゃないか! アンタ、僕たちを助けてくれるのか? だったら、そこの衛宮とサーヴァントをさっさと倒──」

 

「──聞こえなかったか?」

 

 ランサーの声が、唐突に静かになる。その違和感にやっと疑問を感じたのか、慎二の言葉が止まった。

 

「オレは()()()と言ったんだ」

 

「ひ、っ────!!!」

 

 それだけ。殺意さえ潜ませた、その一言で十分だった。

 竦み上がった慎二は、一歩、二歩と後ろに離れ……三歩目を迎えたところで、脱兎の如く逃げ出した。それに伴って、血を流して倒れていたライダーの姿も消える。恐らく、霊体化して遁走したのだろう。

 慎二とライダーが消えると、残されたのは俺たちとランサーだけ。油断なくランサーを睨み付けていたセイバーが、ここでようやく口火を切った。

 

「どういうつもりだ、ランサー」

 

 何故ライダーに肩入れしたのか。怒りを宿して、セイバーがランサーに剣を向ける。

 本来、あの場で慎二とライダーの命運は尽きていた。だがランサーの介入によって、あの二人は生き長らえる形になってしまった。

 あの二人を逃がせば、また襲われる被害者が出てしまう。だからこそ、ここで確実に倒しておきたかったのだが……ランサーが間に居ては、下手な動きはできない。

 セイバーも同様だ。ランサー一人か、或いは死にかけのライダー一人だけなら、セイバーは圧倒的に優位に立てる。しかし、一撃必殺の宝具を持ち、全くの無傷であるランサーと戦いながらライダーを倒すことは、如何にセイバーであろうと至難の業。一瞬でも隙を作ったが最後、『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』が飛んでくる。

 発動したが最後、敗北が確定しているという脅威の宝具。バーサーカーのような蘇生能力を持たないセイバーにとって、あの槍の傷は致命傷になる。故にセイバーも、慎二とライダーを見逃すしかなかったのだ。

 

「あー、そう怒んなよ。オレだって好きでやってるワケじゃねぇ。いけ好かねえが、マスターの方針ってヤツだ」

 

「マスターの方針だと?」

 

 そのランサーの言葉に、聞き過ごせないものを感じた。

 ランサーがあの二人を助けたのは、マスターの命令によるもの。通常この聖杯戦争で、他の陣営を助ける理由など存在しない。それがあるとするなら……ランサーのマスターは、慎二と手を組んでいる? そうだとしても、腑に落ちない点は数多く残るのだが……。

 

「まあそういうことだ。あいつらを追いたきゃ、オレを倒してからにしな」

 

 今までの不本意そうな顔から一転、獰猛な笑みを浮かべたランサーが槍を構える。くるり、と手首で得物を一回転させた次の瞬間、雰囲気が切り替わっていた。

 言葉を拒絶するように、鋭く向けられた槍。その先端はセイバーを指し示し、今にも心臓を食い破りそうな殺意を纏わせている。

 

 ──本気だ。どういうつもりか知らないが、ランサーはあの二人を逃がしただけでなく、セイバーと戦うつもりでいる。

 

「シロウ、下がっていてください。ランサーは私が」

 

 言われるまま下がった俺に対し、セイバーが一歩前に踏み出す。一瞬前までの困惑は、既にそこにはない。あるのはただ、ランサーに匹敵する戦意のみ。ライダーのことは割り切り、今は目の前の敵に集中すると決めたようだ。

 この戦士は、ライダーとは比較にならない強さを持つ。意識を逸らせば、倒されているのはセイバーの方だろう。ランサーとの対決が避けられず、アーチャーの姿が未だ見えない今、頼りになるのは彼女だけだ。

 

「────」

 

 空気が軋む。英雄と呼ばれた者たちが向かい合うだけで、重圧に木々が震えていた。

 既に日は落ち、視界は闇に染まっている。太陽に代わって光を齎すのは、星々ではなく輝く騎士。煌きを放つサーヴァントは、互いに互いの光を喰らおうと、それぞれの武器を掲げていた。

 剣を握ったセイバー。槍を構えたランサー。二人はじりじりと距離を詰め、やがて円を描くように動き出す。音すら逃げ出す程の緊張の中──動いたのは、同時だった。

 

「はぁ──っ!」

 

「そらァァァ──!」

 

 地面が爆発した。

 莫大な魔力の放出によって、弾丸のように飛び出すセイバー。迎え撃つランサーは、槍を思い切り振りかぶると、間近に迫った剣へと横薙ぎに叩き付けた。

 剣の騎士は弾かれた勢いをそのまま、左足を軸に一回転し、槍兵の首を刈り取らんと蹴りを放つ。だがランサーもさるもの、巧みに体を捻って死神の鎌から逃れると、左手一本で槍を繰り出して見せた。片手ですら魔槍の乱舞を披露するランサーに、セイバーの勢いが止まる。

 

 それは、あの始まりの夜の焼き直しだった。

 

 校庭で戦っていた時と同じく、セイバーとランサーは激しく打ち合う。だがあの夜とは違い、戦況は互角だった。

 ライダーと一戦交えたとはいえ、それは戦闘と呼べるようなものではない。強者が弱者をただ一方的に狩り立てるそれは、蹂躙と呼ぶのが相応しいだろう。掠り傷すら負わず、一撃の下にライダーに致命傷を負わせたため、セイバーの消耗は限りなく零に近い。

 そしてランサーの方もまた、万全の状態だ。二人の条件が互角なら、勝負の趨勢は見えている。リーチの長い武器を持ちながら、あの夜あれだけ押されていたランサーは、セイバーに及ぶべくもない。

 

 ──だが。あの夜が嘘であったかのように、ランサーはセイバーと戦えていた。

 

「どうしたセイバー、動きが鈍ってるんじゃねえか?」

 

「くっ……!」

 

 愉しげに笑みを浮かべながら、ランサーは矢継ぎ早に突きを繰り出す。一体どういう絡繰りなのか、その技のキレは、数日前のそれを確実に上回っていた。

 一方のセイバーは、真剣な表情でランサーの槍先を凌いでいる。そこにはあの晩のように、爆発的にランサーを攻め立てた姿はなかった。劣勢には程遠いが、少なくとも優勢とは言えない。あの時セイバーを遠ざけるので精一杯だったはずのランサーは、守勢に回るどころか、嵐のような猛攻を仕掛けている。

 ……おかしい。セイバーの動きが悪いわけでも、手傷を負っているわけでもない。あの男が、前回の戦いより確実に強くなっているのだ。漫画ではあるまいし、いきなり強くなったなど俄かには信じ難い光景だが、これが現実であるのだから性質が悪い。

 力強さ。スピード。冴え渡る槍使い。まさかとは思うが、あの夜見せた力ですらまだランサーの本気ではなかったと言うのだろうか?

 

「うおらぁ!」

 

 気合一閃。圧倒的な速度でセイバーを攻め立てたランサーが、全体重を乗せた槍を叩き付ける。たまらず防御するセイバーだったが、衝撃を受けきることができず、地面を削りながら後退した。重みのある一撃に、少女が苦しげな声を出す。

 稲妻のような速度に、破城槌めいた打撃力。強靭な肉体から振るわれる、神域の技量を備えた槍技は、現代兵器すら凌駕する破壊力を宿している。半神の英霊に相応しく、精緻さと大胆さを兼ね備えた槍の軌跡。この男が敵でなければ、俺は称賛を惜しまなかっただろう。

 

「流石は名高き光の御子ですね。まさかこれ程までの実力とは……!」

 

 セイバーの漏らした言葉に驚いたのか、お? と目を見開くランサー。

 

「オレの真名まで見抜かれちまったか。ま、大方そっちの坊主あたりから聞いたんだろうが……正解だぜセイバー。

 折角だ、お前の名も訊いておきたいとこだが──ようやく巡ってきた全力の戦いだ。無粋なことは言わねえ、そっちも全力で掛かってきな」

 

 クランの猛犬(クー・フーリン)。その名を持つサーヴァントは、再び真っ直ぐに槍を握り直した。にやりと笑ったその顔は、戦いの喜悦に上気している。

 一方のセイバーは、何かを逡巡するように目線を逸らすと……再び、力強くランサーに向き直った。

 

「御身に名を明かせぬ非礼は詫びましょう。私の名乗りは、この剣にて代えさせて頂く」

 

「は──いいねえ、そう来なくっちゃ話にならねえ!」

 

 獣の如き俊敏さで、槍兵が大地を薙ぎ払う。風圧のみで枝葉を吹き飛ばしたその一閃を、高々と跳躍して避けたセイバーは、魔力放出によって強引に空中で動き、男の背後を取ると斜めに斬撃を繰り出す。それを見もせずに防ぐランサーは、まるで背に目が付いているようだった。

 

 ──待てよ。見えてる、だって……?

 

 ランサーの動きに違和感を覚え、再び二人の戦いを観察する。

 戦況は先と同じだ。ランサーの攻撃をセイバーが防ぎ、セイバーのカウンターをランサーが凌ぐ。どちらかといえば押しているのはランサーのようだが、パワーに於いてはセイバーに分があるため、中々決め手となる一撃を放てない。セイバーの方も、ランサーの胴体を直接狙おうとしているのだが、台風かと見紛う突きの嵐と速度の前に、距離を詰めることができないでいる。

 ランサーの三連突きを躱しきった瞬間、跳躍した勢いのままセイバーの斬撃が降り注ぐ。後退したランサーにセイバーが追撃の切り上げを放つと、くるりと旋回した槍が、剣を受け流しつつセイバーの頭部を掠めていく。双方の攻撃で、色の違う二種の頭髪が宙に舞った。

 攻め手と受け手が絶え間なく交代し、衝撃波と魔力の余波を受けた周囲の木々に次々と傷が増えていく。小さな木や枝葉などは、紙切れのように千切れ飛んだ。

 

「やぁ──っ!」 

 

 痺れを切らしたのか、千日手となった打ち合いの中でセイバーが動く。

 剣を振り回していた両手ではなく、両足から魔力を放出する。爆発的に吐き出された魔力は、大地に積み重なっていた枯れ葉の山を宙に舞わせた。地面その物すら吹き飛ばしたのではないかという爆撃の余波は、粉塵すら伴って周囲一帯を埋め尽くす。

 

「なに……!?」

 

 ほんの一瞬、ランサーの視界が遮られる。その刹那の隙を見逃さず、セイバーの体が沈んだ。ランサーの目には、まるでセイバーが消えたように映っているだろう。

 大地を抉った爆発的な推進力は、両足の先からそれぞれ別方向に作用し、さながら超信地旋回の如く、セイバーの矮躯を回転させた。その凄まじい勢いを乗せ、猛烈な回転斬りを放つセイバー。死角を突いたその一撃は確かに、槍兵の体を両断する軌道を描いていた。

 今のセイバーはランサーの間合い、その完全な内側に入っている。リーチの長い槍では、懐に飛び込まれると反応ができない。距離を取ろうにも、この至近距離では完全な手詰まり。防御も回避も不可能な、必殺必滅の一閃。

 

 ──だが。一秒後に迫る死を前にして、心底嬉しそうにランサーは笑った。

 

「甘い!」

 

 ランサーの左肘が垂直に振り下ろされる。同時に、地を踏みしめていた足がバネのように跳ね上がり、その動きに連動して槍の柄が動く。

 

「な──っ」

 

 目を疑う。必殺の一撃、音速をも凌駕する勢いで振るわれた不可視の剣は……ランサーの肘と膝の間に挟まれ、右手の槍に阻まれて動きを止めていた。

 息を飲むしかない。斬撃の勢いを殺しきれなかったのか、剣を押さえつける左肘と左膝の鎧は破壊され、血が滴り落ちている。だが、傷らしい傷といえばそれだけ。たったそれだけの犠牲で、ランサーはセイバーの剣を防ぎ切っていたのだ。

 途方もない神業に驚愕しながら、セイバーが剣を引き抜こうと後ろに流れる。拘束するつもりはなかったのか、あっけなく剣を解放すると、ランサーは不敵に唇を吊り上げた。

 

 ()()()()()

 

 不可視であるはずのセイバーの剣。その長さ、幅、刃渡り。どういう仕掛けかは知らないが、あの男はそれを完璧に把握している。でなければ、あんな神業は不可能だ。

 思い返せば、ランサーは一度セイバーと戦っている。その時は見えない武器という脅威に押されていたが、英雄として聖杯戦争に招かれたほどの男。あの凄まじい攻防の中で、セイバーの剣の性能を分析していたのだろう。だから二度目の戦いでは、何の躊躇もなく槍を振るえるのだ。

 何が原因なのかは知らないが、身体能力が上がっているランサー。加えて、剣の特異性が失われているとなれば、セイバーが苦戦するのも頷ける。同等の条件なら、射程が長い方が有利だからだ。

 

「綺麗過ぎるんだよ、お前の太刀筋は。だから肝心な時に読める」

 

 と。距離を取ったセイバーに向け、さらりと恐ろしいことを口にするランサー。あいつ、本当に見えてやがるのか……!

 

「……驚きました。貴方ほどの戦士と戦えることを、誇りに思います」

 

 ランサーの実力を、素直に褒め称えるセイバー。前回の戦いですらあれほどの腕前を披露したというのに、今回はそれすら前座と言わんばかりの戦いぶり。最早芸術とも呼ぶべき槍の動きは、素人の俺からしても美しさを感じさせるものだった。あの晩アーチャーと矛を交えた時、彼が今の強さを発揮していたなら、あの黄金のサーヴァントは一晩のうちに倒されてしまっていただろう。

 ……そういえば。アーチャーはランサーが、何らかの束縛を受けているという推測を口にしていた。なら今のランサーは、枷から解き放たれた状態だということか。

 

「そりゃあこっちの台詞だぜ。女だてらにその剣捌き、並の英霊とは格が違う。さぞや名のある英雄と見た。そんじょそこらの剣使いじゃ、俺の槍とは打ち合えねえ。

 さてと……そろそろ決めようぜ。こいつを使わなきゃ、本気の戦いとは言えねえからな」

 

 涼しげな表情を浮かべながら、挑発とも取れる言葉を向けるランサー。一瞬置いて、半身のみをセイバーに向ける奇妙な構えを取った。同時に、張り詰めたように緊迫していく空気。

 魔槍が唸る。周囲の魔力を掻き集めるように奪っていくそれは、正しく宝具発動の予兆。ランサーの最終兵器たる『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』が、今宵再び放たれようとしていた。

 一度発動を見ているにも関わらず、暴力的な魔力の波濤に気持ちが悪くなる。後ろで見ているだけの俺ですらそうなのだから、セイバーが受ける重圧は比較にならないものだろう。槍だけでなく、風が、木々が、大地が、全てが殺意に満ち満ちているかのような錯覚。

 暴力の中央にいるランサーは、闘志に溢れる笑み。極限の戦いを、命をチップにしたギャンブルに身を委ねる愉悦を、心から味わっているかのような異質さだった。

 

「──ええ。御身なら、我が聖剣を振るう相手に相応しい」

 

 その圧力を一身に受けて、セイバーが剣を握り直す。燦然と輝く甲冑は、闘気という研磨を受けて尚一層光を増した。全てを威圧する殺意も、彼女には何の影響も与えていない。それを受けるばかりか、逆に圧倒しようという覇気こそが、セイバーの気質を表していた。

 見えない鞘を纏った剣が、自らの封印を解き放とうと叫ぶ。魔槍が竜巻の如き暴力なら、こちらは稲妻の如き鋭さだった。

 轟、と風が流れる。幾重もの風を束ねて結界とした鞘が、剣の力に耐えかねて少しずつ解かれていく。それに伴って吹き荒れる風は、対峙するランサーの髪を逆立て、周囲の木々を軋ませた。立っていることができず、俺も暴風に煽られて膝をつく。 

 互いに宝具をぶつけ合う、その直前の緊張感。ランサーもセイバーも、共に相手を必殺圏内に捉えながら、己の宝具を叩き込む機を伺っている。極限の集中力と緊張感が生み出す空気は、時間さえ凍らせるほど。

 その光景は正しく、あの始まりの夜に酷似していた。剣士と槍兵が激闘し、奥の手を披露するべく対峙する。

 

 ──ならば。

 

「──え──?」

 

 第三者の介入も、また必然だったのか。

 

「────」

 

 ()()は、唐突に現れた。

 どくん、と心臓が鳴る。何か異様な重圧が、空間全体にかかっている。見ればセイバーとランサーも、互いに動きを止めていた。

 

 世界が、闇に堕ちる。

 

 宝具開帳の緊張感など生温い。正体すら判然としないというのに、歯の根が合わぬほどの恐怖が、俺の全身を襲っている。

 理屈や感情ではない。本能が、今すぐ逃げろと言っている。ここに居れば死ぬと。間違いなく殺されると。

 なんだ。なんだこれは。こんなものは知らない。こんなものは有り得ない。こんなものは居てはならない。

 

「──おい。何の冗談だ、こりゃ」

 

 ランサーが笑う。いや、笑おうとして失敗した。歴戦の戦士は、俺などよりも遥かに強く、迫りくる死の気配を感じていた。

 

「あれ、は──」

 

 愕然とするセイバー。命を削る死闘の間ですら、決して見せなかった表情が浮かんでいる。焦燥という名のそれは、現れた存在の脅威を明確に表していた。

 全員の視線が、ただ一点に集中する。林の奥。夜の闇に包まれ、木々の他には何も存在しないはずの場所。そこに──

 

 ──黒い『影』が立っていた。

 

 闇という概念がカタチとなったような、異形の存在。恐怖そのものとでも形容すべきそれは、何をするでもなく、ただゆらゆらと佇んでいた。

 薄い布が、何十枚と集結したような外見。いや、触手と言った方がいいのだろうか。軽薄ささえ感じさせる見た目でありながら、その存在感は何より異様だった。

 サーヴァントではない。そもそもあれは、生き物ですら有り得まい。これほどの恐怖、これだけの絶望感を与えるモノを、俺は未だかつて目にしたことが無い。十年前の地獄が再び訪れたと、そう言われても信じるであろう妖魔。

 生物で例えるなら、水母に近い。深く暗い海の中で、獲物を探す黒い影。囚われた者がどうなるかなど、語るまでもないだろう。

 

「……セイバー。それに、そこの坊主。悪いことは言わねえ、今すぐ逃げろ」

 

 ランサーが、まるで似合わぬ真剣さで俺たちに言葉を発した。だがその視線と槍先は、寸分たりとも動かず異形の影を見つめている。青い戦士は、相対していたセイバーよりも尚、あの存在を警戒していた。

 よく見れば、宝具解放の為に収束した魔力は槍先の一点に集中している。真紅の魔槍は、心臓を食い破るべき標的を、セイバーから謎の影へと変えていた。

 

「ランサー。あんた、あれの正体を知ってるのか」

 

「いや、知らねえ。だが、街で騒ぎになってる人攫いに行き倒れ。そいつを引き起こしてんのはあれだ」

 

「な──」

 

 驚愕する。しかし、その言葉が真実なのは直感的に理解できた。あれはブラックホールと同じだ。近寄った者は例外なく引き寄せられ、そしてこの世から消失する。

 ふらふら、と風に靡く影。そこに宿る闇は、夜すら呑み込む黒さ。触手を彩るように走る赤のラインは、零れ落ちた鮮血を思わせる。

 

 ──と。何の前触れもなく、それはゆっくりと動き出した。

 

 するする、するする。滑るように、影がこちらに向かってくる。掲げられた無数の触手が、影の中で蠢いている。意志すら感じさせないそれは、何のために動いているのか。

 

「シロウ、撤退します。こちらへ」

 

 この上ない真剣さで、セイバーが俺を引き寄せる。見ればランサーも、じりじりと後退を始めていた。

 示し合わせたように、頷き合う二人の英霊。直前まで激戦を繰り広げた間柄であろうと、二人の考えは一致していた。いや、二人だけではなく、俺の考えも同じだ。あれが動き出した時、全員が同じ印象を受けたのだから。

 

 ──喰われる、と。

 

 ランサーもセイバーも、共に宝具を構えている。しかし、例え双方が宝具を用いたとしても、あれに効くかどうかは判らない。

 生物であるのならランサーの槍は確実に敵を仕留めるだろうし、まだ見ぬセイバーの宝具とてそれは同様だろう。だが、それはあくまで()()が相手の話だ。あの邪悪な怪魔は、ただの生き物では有り得まい。

 するすると動くそれを見て舌打ちしたランサーが、槍を下げると跳躍の姿勢を取る。豪胆なこの男ですら、あの化け物と事を構えるつもりはないようだった。

 

「この続きは次の機会だ、セイバー。あれは洒落にならん」

 

「分かりました、ここは私が引き受けます。

 ──ご武運を」

 

「すまねえ、いずれ借りは返すぜ」

 

 戦いどころではないと、ランサーが凄まじい速度で走り去っていく。彼の気質から考えれば、自分が残ると言い出しそうなものだったが、あの影の前では議論している暇さえない。即座に言葉を聞き入れたランサーは、状況を正確に把握している。

 そして。ランサーが離脱したのを悟ったのか、その影は一瞬動きを止めた。槍兵の後を追おうとするかのように、うねうねと触手が揺らめく。

 ……目も口も、鼻すらないというのに。如何なる手段によってか、あの存在はランサーを完全に捕捉していた。が、止まっていたのはほんの数秒。恐怖の影はゆっくりと、再び俺たちの方に近付いてくる。

 

「シロウ、掴まってください」

 

 動けずにいる俺の腕を、セイバーが抱えるように掴む。あの影が到達するより早くこの場から離脱するには、セイバーに頼るほかない。

 結局最初から最後まで、俺はセイバーの足を引っ張っている。だが今は、後悔をしている時間などない。そんな余裕があるなら、一目散にあの影から逃げ出している。

 俺を掴みながら、跳躍の姿勢を取るセイバー。だが、まさにその瞬間──

 

 ギロリ、とそれが俺を見た。

 

「え…………?」

 

 あれに感覚器官など存在しない。しかし、今まさに、俺はそいつと目が合ったと確信した。

 死ぬ。自分という存在は消滅する。動揺も恐怖も通り越し、ただそのこと実だけが脳裏を占める。隣のセイバーが地面を蹴ろうとするが、遅い。鈍重な動きを裏切る速度で、無数の影の手が一斉に伸び上がり──

 

「──な」

 

 そして唐突に、消滅した。

 見えなくなったのではない。まるで嘘だったかのように、森林一帯を覆い尽くした魔の影は、忽然と姿を消していた。

 

「…………」

 

 現実を認識できず、その場から動けない俺。一方のセイバーは、まだあれがいるかもしれないと警戒したのか、油断なく周囲を睥睨している。

 今のは……今のは確実に死んだと思った。あの影に喰われると、そう確信していた。恐怖の対象が過ぎ去ったことで、今更になって感情を思い出したのか、全身が勝手に震え出す。しかし、風邪でも引いたかのような悪寒と対照的に、頭の中は奇妙に冷静だった。

 あの影は何なのか。サーヴァントでもないのに、セイバーやランサーにさえ脅威と認識させる程の存在。実体さえ感じさせない虚ろなモノでありながら、バーサーカーすら凌駕する本能的な恐ろしさを持つ。強い弱いの次元ではなく、根源的な何かが違っている。

 

「ちょっと、貴方たち大丈夫だった……!?」

 

 震えに耐えきれず、その場に座り込んでしまった瞬間、慌しく遠坂が駆けつけてきた。俺たちの様子が尋常ではないと一目で察したのか、身に纏う雰囲気が刃のように鋭くなる。

 

「何があったの、衛宮くん」

 

 遠坂の問いに答えようとしたが……あれは、一口で説明できるモノではない。何とか遠坂の視線を見返したが、恐怖の後に襲ってきた、吐き気の様な気持ち悪さに視野が定まらない。

 俺の様子を見て深刻に目を細めると、遠坂は未だ剣を構えたままのセイバーに向き直る。だが遠坂が何か言うより早く、警戒態勢を解かずにセイバーが口を開いた。

 

「凛、説明は後程。一度撤退した方が良いでしょう」

 

「……分かったわ」

 

 セイバーの只ならぬ気配から異様さを把握したのか。遠坂はそれ以上セイバーに何か言うことはなく、屈み込むと腰を抜かしたままの俺の腕を取った。その光景が先程治療していた姿と重なり、襲われた女子生徒のことを思い出す。

 

「衛宮くん、立てる?」

 

「あ、ああ……それより、あの子は大丈夫か?」

 

「え……? うん、応急手当はしたから、もう大丈夫よ。それよりも、自分の心配をしなさいよね。血の気が引いてるわよ、衛宮くん」

 

 怒ったように俺を見つめる遠坂。その瞳に含まれた真剣さから、よほど俺は酷い顔をしているのだろうな、と感じ取る。

 遠坂の手を借りて立ち上がると、大きく深呼吸をして自分を落ち着かせる。あの影が空間を染め上げたにも関わらず、林の空気は冷たいまま。いつもと変わらぬ清涼な風に、ようやく体の震えが落ち着いた。

 女子生徒の治療は無事に済み、ライダーには深手を負わせ、ランサーと黒い影は立ち去った。とりあえず現状の危機は過ぎ去ってくれたようで、安心感からふっと気が抜けそうになる。

 しかし、マスターとしての立場から考えると、現状はむしろ悪化している。倒せたはずのライダーは取り逃がし、ランサーには大した傷も負わせられず、加えてサーヴァントですらない謎の存在が出現。未だこの場に現れないアーチャーのこともある。厄介なことに、問題ばかりが積み重なっている。

 

「────」

 

 イレギュラーが続く聖杯戦争。立ちこめた暗雲は、一向に晴れる気配がなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「ぁ──が、あ……っ」

 

 学校から逃げ、冬木大橋が見える公園まで来たところで……ライダーは、限界を迎えて倒れ込んだ。

 セイバーと戦い、惨敗した結果、ライダーは大きな傷を負った。即死しなかったのは、幸運の賜物に違いない。あと少しでも深く刃が届いていれば、ライダーは心臓を失い、聖杯戦争から敗退する羽目になっていた。純正の英霊、それも最上級の霊格を持つ剣の騎士と、英雄とも呼べぬ存在のライダーとでは勝負にすらなっていない。

 生きるか死ぬかの瀬戸際を迎えているライダーの横では、同じように荒い息を吐いたライダーの主が、荒々しく近くに転がっていた缶を蹴飛ばした。

 

「くそ……くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそ──! なんでこうなるんだよ、ふざけるな……!」

 

 彼女のマスターである少年は思い出したかのように怒鳴りちらす。死の恐怖から逃れた今、間桐慎二の心を支配しているのは理不尽な現状への怒りだった。

 こうなる予定ではなかった。忌々しい遠坂凛と衛宮士郎を倒し、勝者として凱旋する。それこそが、選ばれた者である自分に与えられるべき正当な褒賞だ。

 だというのに、現実はどうだ。弱々しいサーヴァントはセイバーに一矢報いることすらできずに敗れ、自分は衛宮士郎に殴り倒された。挙句、あのランサーといういけ好かない男に見逃される形で、おめおめと逃げ出した。こんなことが許されていいはずがない。

 

「ふざけやがって……! 全部お前のせいだ、このカスサーヴァントが!」

 

 自身の言動を悔いるという選択肢は、この少年の中にはない。よって彼の怒りの矛先は自分自身では無く、霊体化していてすら身動きのできぬまでに衰弱した、哀れなサーヴァントに向けられる。

 ライダーとセイバーの戦力差は違い過ぎた。せめて宝具の一つでも使えれば逆転の目もあったのだが、この仮初のマスターには魔力供給など望むべくもない。本来のマスターであれば存分に力を発揮することができただろうが、代理マスターという異例の契約を結んでいる現状では、元の主から供給される魔力は大幅に減じてしまっている。それを当の代理マスターが理解していないのだから、ライダーにとっては不運と言うしかなかった。

 

「…………」

 

 ただ喚き散らすだけの己のマスター。その姿に失望を感じながら、ライダーは悔しさに唇を噛む。自分の本当のマスターは、戦いを望んでいない。本当の主従であったのは短い間だったが、彼女が心優しい人間であることは承知しているし、あの少女が自身を召喚する為に利用されただけだということも理解している。しかし、彼女の兄だというこの少年では、英霊のマスターとしての格が今五つほど不足していた。

 

「ちくしょう……何てハズレを掴まされたんだ! こんなことが認められるか、ええ!?」

 

 力不足なのは仕方がない。自身が他のサーヴァントに劣っていることも認めよう。しかし、英雄が覇を競う聖杯戦争を、まるでゲームのように認識し、まともな戦略すら持ち合わせていない稚拙さは、如何に温厚なライダーとて腹に据えかねるものがあった。それでも尚ライダーが従っているのは、偏にあの少女のため。自分の代わりに兄に戦ってもらうと悲しげに告げた、本当のマスターへの想いからだった。

 本来の性能を、自身の宝具を使うことができれば、他のサーヴァントに後れは取ることはない。相手がセイバーであれランサーであれ、互角以上に戦って見せよう。だが、その状況を作ることができない。少女への想いから戦っているというのに、その少女の意思が彼女を縛る。矛盾を解決できないライダーは、ただ悄然と俯くしかなかった。

 ……が、手を拱いてもいられない。そう思い直し、現状を少しでも打開するべく、ライダーは眦を決する。

 

「シンジ、戦略を変えるべきです。あのセイバーは強力だ、正面からでは太刀打ちできません」

 

「ああ!? なんだよおまえ、あんな女一人倒せないって言うのか!? この──」

 

「──騒がしいこと。少しは静かにできないのかしら?」

 

 霊体化を解き、傷だらけの姿で諫言するライダー。それに応じようとした怒声が、いるはずのない第三者の声に掻き消される。流石に度肝を抜かれたのか、慎二の顔が硬直した。

 

「だ、誰だ……!?」

 

 誰何の声に答えるのは、しゃらりという鈴の音。その響きに釣られ、慎二とライダーの視線が頭上に向かう。

 

「──ふふ」

 

 夜。空に光る月を遮るように、その影はそこに浮かんでいた。星の輝きが乱舞する中、明るさを飲み込むかのように、紫紺のローブが広がっている。その手に握る錫杖は、どこかお伽噺の魔法使いを思わせる。超然たる気配を漂わせながら、平然と中空に浮かぶその姿は、キャスターのサーヴァントのものに相違なかった。

 慎二たちは知るべくもないが、ランサー陣営、そして黄金のサーヴァントに続いて、この魔女が自ら他者の前に姿を晒したのは三度目。そのいずれもが、魔の思惑を秘めたもの。

 呆然とする慎二に代わり、傷だらけのライダーが主を庇って前に立つ。この相手がキャスターであるのなら、その裏には謀略の糸が練られていると看破した故だった。

 

「あらあら、随分と無様な姿だこと。

 ……いえ、無様なのは貴女ではなく、そちらの坊やの方かしらね」

 

 名を名乗るでもなく、余裕すら感じさせる微笑を浮かべて、キャスターは静かにライダーを見下ろす。一方のライダーは、震える体を無理矢理気力で動かしているだけだった。

 本来、高い対魔力性能(スキル)と機動性を併せ持つライダーは、キャスターに対して優位に立つ。しかし、ほとんど致命傷を受けている現状では、ライダーには防御するという選択肢すらありそうにない。それを理解しているからこそ、ライダーは歯噛みする。何というタイミングで現れてくれたのか、と。

 だが同時に、不可解さもあった。如何に傷つき弱っているとはいえ、サーヴァントである自身に気付かせもせずに頭上を取れたのなら、その時点で攻撃すれば勝負は決していた。ライダーというサーヴァントは、今宵この場で消滅していただろう。しかし、敢えてその選択を放棄したのだとすれば、キャスターの狙いは戦闘ではない他の何かにある。

 

「おい、いきなり何なんだよおまえは!」

 

 やはり現実を認識できていないのか。警戒するライダーの様子にまるで気付かず、慎二が声高に吼える。

 ……が。魔女の返答は、氷よりも尚冷たい侮蔑だった。

 

「キャンキャンと騒がしい犬だこと。弱い犬ほどよく吼える、とは言うけれど──目障りね。()()()()()()()

 

「──あ?」

 

 キャスターがそう告げた刹那。鋭い視線がローブの下から覗き、慎二の瞳を貫いた。一瞬驚愕の表情を浮かべる慎二だったが、数秒と経たずその瞳から光が消え、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 それだけ。キャスターが放った一言だけで、間桐慎二は自らの意思を失い、ただの無害な物体と化した。

 一睨みで、凡百の人間を支配下に置くその技量。如何に慎二が魔力を持たないとはいえ、サーヴァントと対峙していながら、片手間の内にマスターを捻じ伏せるその腕前は、魔術師のサーヴァントに相応しい卓越したものだった。瞬きの間にマスターが無力化されたことを察し、ライダーの表情が険しくなる。

 

「これでやっと話ができそうね」

 

 鎖剣を握り締めるライダーにも構わず、キャスターは平然とそう告げる。場の主導権を握るのはどちらなのかは、その差異だけで明白だった。折れた愛剣を構えつつ、ライダーが掠れた声を掛ける。

 

「……何が目的ですか、キャスター」

 

「力を貸してあげる、と言ったら貴女はどうするかしら?」

 

「──な」

 

 美しい唇から齎された言葉に、ライダーの全身が硬直する。その様子を見下ろし、魔女はふ、と愉快げに笑みを零した。

 

「判らない? 力を貸す代わりに、私と組みなさい、と言っているの。

 その傀儡は目障りなだけの役立たず。私なら、遥かに優れた環境を用意できる。無能な主に煩わされることもなく、思うままに力を振るえるわ」

 

 それに、と続けて。キャスターは、酷薄に唇を吊り上げた。

 

「今の貴女では、()()()()を守ることもできないのではないかしら? 貴女にとっても、このまま消えるのは不本意なはず。悪い話ではないと思うのだけれど」

 

 その一言に。呆然としていたライダーは一転して、殺意の宿った視線を眼帯越しに叩き付けた。

 キャスターの意図は分からない。死にかけのサーヴァントなど、倒してしまえば後腐れがない。しかし今の言葉は、ライダーからその疑問を剥奪するほど決定的なものだった。

 倒れている間桐慎二は、ライダーの本当のマスターではない。真の主は今この場におらず、戦う意思さえ持ち合わせていない。しかし驚くべきは、傍目にはそれと分からぬはずの代理契約関係を見抜いてみせた、キャスターの慧眼。魔女の言葉は、ライダーの胸中さえ把握していると錯覚させるほどの、不可視の魔力を孕んでいた。

 勧誘の裏に隠された意図は、ライダーの状況を知悉しているという圧力であると同時に、いつでも本当のマスターを手に掛けることができるという脅迫。その一方で、話に乗れば真の主を守れるだけのバックアップを提供するという旨味も含ませている。

 仮初の主への配慮と、召喚者たる少女への忠誠心。現在の自分の状況と、この場面をどう切り抜けるかという計算。魔女の不明瞭な目的と、自分の返答如何によるキャスターの動向。だが……何をどう考えても、ライダーに残された回答はただ一つだけだった。

 

「────」

 

 結果。ライダーは、キャスターの問いに首肯し──聖杯戦争の勢力図は、ここに再び塗り替えられた。


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