【完結】Fate/Epic of Gilgamesh   作:kaizer

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1.黄金の邂逅

 

 ──そこは、黄金の都だった。

 

 高く積まれた金塊の輝き。山と溢れる宝石の煌き。

 ここには絵画がある。そこには楽器がある。あちらには食器がある。こちらには輝舟がある。

 地平の果てまで、数限りなく広がる財宝の群れ。その一つを目にしただけでも、超一級の宝物だとわかる。

 人の認識できる領域をとうに超越した、無限の宝。おそらくここには、この世全ての財が収められているに違いない。

 人間は、本能的な欲望を持つ。煌びやかな財宝を目にして、手に取ってみたいと思わない者は極少数だろう。だが、ここはそんな欲望を抱かせすらしない圧倒的な世界だった。その威容には、ただ驚嘆するしかない。

 無数の財宝が広がる黄金郷(エルドラド)。おとぎ話に語られる黄金の国とは、きっとここを示しているのだろう。

 

 名剣があった。宝槍があった。魔斧があった。神槌があった。

 一つとして同じ物はなく、無数に散らばる武器の数々。神話に語られ、英雄が用いた武器と言っても疑う者は居ないだろう。

 この武器のそれぞれが、空を裂き、海を割り、地を穿ち、或いは魔を断ち、邪を討ち、神を殺すに十分な力を宿している事は疑いようもない。

 

 例えば、そこに刺さった真紅の槍。

 禍々しさすら感じさせるそれは、魔槍と呼ぶに相応しい。投撃したが最後、それはどこまでも獲物を追いかけ、その心臓を刺し穿つのだろう。

 

 例えば、ここに転がる黄金の槌。

 その重厚さ、常人では持ち上げることすらできないだろう。しかしそれを手にする勇者が居たならば、その一撃は万象を砕き、巨人の頭蓋すら打ち破るに違いない。

 

 ──しかし。これの前では、それすら有象無象の塵芥だった。

 

 黄金の柄。鍔は大きな円錐状で、この世ならぬ文字が刻まれている。

 三段に分かれた黒い刀身。紅の紋様が刻まれたそれもまた円錐状で、淡く光輝を放っている。

 先端には、捩れた刃。鈍い光沢を放つそこもまた、黄金に彩られていた。

 

 そして何より──その在り方が異様だった。

 

 何もかもを斬り裂き、根絶しようという絶大な力。「他の全てを殲滅する」という意思すら滲み出ている。おそらくこの剣は、世界そのものすら断つことが可能だろう。

 『死』という概念そのものが具現化したようなその物体からは、恐怖と絶望しか感じられない。

 だが、だというのに俺は……衛宮士郎は、その剣に見惚れてしまっていた。

 それを、剣と呼んで良いものかどうか。俺の知る限りのカテゴリーに当てはまらないそれは、何と形容していいのかわからない。しかし、それでも──それは、剣と呼ぶに相応しいモノだと直感した。

 神剣も魔剣も、この世界には数限りなく存在する。けれどもその剣群の中で、それは紛れもなく王者だった。

 

 ──名付けるとすればそれは、世界を分かつ■■剣。

 

 この世界を統べる、王者のみに許された絶対の剣。それはとても凄いことなのだけれど……同時に、とても寂しいことだと。俺は、そう感じてしまった。

 

 

***

 

 

 ──欠けた夢を、見ていたようだ。

 

「先輩、またこんなところで寝ちゃってたんですか? 風邪を引いちゃいますよ?」

 

 鈴を鳴らすような声に、ゆっくりと目を開く。視界に移るのは、馴染み深い灰色の空。それが天井だと気付くのに、少し時間がかかった。

 視線を移すと、解体された機械たちが飛び込んできた。細かい部品がそこかしこに転がっており、まさに作業中だったのだと主張している。

 そこまでをぼんやりと眺めて、自分が何をしていたのかようやく思い出した。

 俺が寝ていたのは我が家……つまり、衛宮邸の土蔵だ。ここで魔術の鍛錬をしているうちに意識を失い、気が付いたら朝になっていたらしい。わりと散らかっているのは、寝ているうちにどこかにぶつかったせいだろう。ガラクタばかりのこの土蔵は、下手に衝撃を与えると色々なものが降ってくる。 

 よいしょ、と腰を上げて立ち上がる。石の床で寝ていたからか、或いはどこかにぶつけたせいか、どうも足腰が痛む。作業をしているうちに眠ってしまうのはよくある事だが、最近は頻度が多いように感じる。疲れているのかもしれないな、と寝起きの頭で漠然と考える。

 もう一度視線を移すと、澄んだ瞳とぱっちり目があった。

 少し紫がかった、細くて綺麗な黒髪。十人中九人は振り返るであろう、整った美貌。口元には、優しげな微笑が浮かんでいる。

 

「おはようございます、先輩」

 

 陽光が降り注ぐ、土蔵の入口。綺麗な笑顔で、その少女は頭を下げた。

 大和撫子と呼んでも遜色ないこの美少女は、間桐桜。ちょっとした事情で、一年半ほど前から我が家に通ってくれるようになった俺の後輩であり、今では家族も同然だ。

 

「ああ。おはよう、桜」

 

 寝ぼけた声で返事をする。俺の挨拶に嬉しそうに顔を綻ばせた桜だったが、それはすぐに不機嫌な表情に変わった。

 

「寝るときはちゃんと部屋で寝てくださいって言ったのに……どうしてわたしの言うことを聞いてくれないんですか?」

 

 わたし怒ってますよー、と不満を滲ませた声。

 桜は怒鳴るとか暴れるといった言動とは縁がない。不機嫌な時も、こうして穏やかに話しかけてきてくれる。この穏やかさ、どこぞの騒がしい虎にも見習ってほしいものである。

 ……と、冗談はさておき。

 当然ながら我が家の住人は、俺が土蔵で寝起きすることを快く思っていない。しょっちゅう注意されているし、俺自身も気を付けているのだが、たまにこうしてうっかり寝過ごしてしまうことがある。そのたびにぐうたらな先輩を起こしに来てくれる桜には、本当に頭が上がらない。

 

「悪い、うっかりしてたみたいだ。ガラクタいじりをしてたはずなんだが、いつの間にか寝てたらしい。次からは気を付ける」

 

 両手を合わせて、素直に謝る。そんな俺に桜は、仕方のない先輩ですね、と苦笑を浮かべて許してくれた。

 

「朝ごはん、もう用意できてますよ。藤村先生も、お待ちになられていると思います」

 

「げ、もうそんな時間か」

 

 我ながら、随分と寝過ごしていたらしい。本当なら、俺が朝食を作らなければいけないのだが……こうして俺が寝過ごした時も、起こしに来てくれるばかりか朝食まで作ってくれる桜は、俺には勿体ない後輩だ。

 献身的、と言っても良いかもしれない。だが、それに甘えているようではダメ人間になる一方だ。人間、自分のコトは自分でやらなきゃいかんのである。

 桜が朝食を作ってくれてた、ということはもう六時半を過ぎていることになる。早めに朝食を平らげないと、時間的に余裕がない。

 この惨状をほったらかしというのも気が引けるが、物事には優先順位というものがある。俺以外に土蔵を使う人間もいないし、ここの片付けは学校から帰ってきてからでも問題ないだろう。そして何より……あの虎をこれ以上待たせておくと、大惨事が起きかねない。またご近所様に迷惑をかける羽目になりかねないので、それだけは回避したい。

 

「いつも悪い、桜。顔を洗って、着替えてから行くから、先に待っててくれ」

 

「いえ、気にしないでください。それじゃ、後で居間に来てくださいね」

 

 にこりと笑みを残して、桜は去っていった。その笑顔に見惚れていた自分に気づき、ふるふると頭を振る。

 最近、桜は成長したと思う。後輩の成長は先輩としては嬉しいのだが、男としてはこう、色々と複雑なのである。

 

「……と、顔を洗ってこなきゃ」

 

 流石にこれ以上ぼーっとしていたのでは、頼りない先輩という汚名を被りかねない。喝、と友人の口癖を唱えて、雑念を振り払う。

 

 いつも通りの青空が、寝起きの顔に心地よかった。

 

 

***

 

 

 着替えと洗顔を終えて、居間に向かう。廊下まで漂ってくる美味そうな匂いに、自然と顔が綻ぶ。

 

「しーろーうー! お姉ちゃん、お腹減ったよおー!」

 

 居間に入った途端、がおーと吼える虎……ではなく、藤ねえ。

 正しくは、藤村大河。姉、には違いはないのだが血縁関係はなく、後見人、或いは保護者という呼び方が相応しいだろう。足をじたばたさせて吼える様子からは想像もできないが、これでも二十五歳。立派な社会人である。弟分としては、そろそろ彼氏の一人でも見つけろよと言いたいところなのだが、このタイガーを恋人にできるような猛者はちょっと想像がつかない。

 何を間違えたのか、高校の英語教師として勤めているあたり、世の不条理さを感じなくもない。意外にも生徒からの人気は高いあたりが、世の中の不可思議さを物語っている。

 

「だったら自分で作ればいいだろ。作ってもらってる身分なんだから、贅沢言うな」

 

 ぴしゃりと切り捨て、自分の定位置に腰を下ろす。下手に甘やかすと、後々本人のためにならないのだ。

 

「お姉ちゃんが料理できないの知ってるくせにー! えーん、士郎がいじめるぅー!」

 

 よよよ、と朝食を運んできた桜に縋りつく藤ねえ。

 桜も慣れたもので、はいはい、と適当にあやしながら朝食を並べていく。……と、黙って見ている場合じゃない。

 

「悪い桜、俺も手伝うよ」

 

「いいんですよ、先輩。先輩はいつも頑張ってますから、たまにはわたしにお仕事させてください」

 

 えへん、と豊かな胸を張る桜。

 俺の顔を立ててくれているが、桜は本当に頑張ってくれていると思う。日々の努力の結果、料理の腕もめきめき上達している。師匠としては鼻が高いが、そのうちに抜かれてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしている。まだ抜かれてやる気はないが、今日みたいに料理を任せてしまう日が続くと、いつかコロっと逆転されかねない。

 むむむ……明日からは早起きしよう、とこっそり決意。

 

「いつもありがとうね、桜ちゃん。士郎はあれでちょっと抜けてるトコがあるから、桜ちゃんのおかげで助かってるわ」

 

 うむうむ、と偉そうな虎。アナタ、ちょっとは手伝おうと思わないんですか。

 

「そんなことありませんよ。わたしの方が、いつも先輩に助けてもらってばかりです」

 

「そうかしら? 桜ちゃん、とっても立派だと思うけど。いいお嫁さんになれるわよー」

 

 ニヤリ、と擬音が聞こえてきそうな笑いを浮かべて、意味ありげに俺を見つめてくる藤ねえ。

 うんうん、と俺も相槌を打つ。

 見た目が可愛いだけではなく、料理の腕も立派で、立ち居振る舞いにも品がある。そして何より、穏やかで優しい性格。比較対象が藤ねえなのもあるかもしれないが、それを差し置いても今日日ここまでいい子は見当たらない、と思う。こんな子をお嫁さんにできた男は、それはもう幸せ者だろう。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ……うん? 何やら、二人揃ってため息をついている。

 

「はぁ……。こりゃ、まだまだ前途多難か。頑張ってね、桜ちゃん」

 

「え? あ、はい、頑張りますっ」

 

 …………。俺、何かマズいことをしただろうか。

 

 

***

 

 

「……まったく、藤ねえのやつ」

 

 はあ、とため息をつきながら食器を洗っていく俺。隣で苦笑を浮かべる桜は、食器を拭く担当だ。

 ……事の次第は、朝食の時に遡る。率直に言えば、藤ねえがまた悪巧みをしたのだ。

 とろろに醤油をかけようとした時、俺の醤油がいつもと違う事に気が付いた。その時は、間違えてソースを持ってきたかな? と思い、桜の醤油を貸してもらうことにしたのだが……新聞を読む、などという虎にあるまじき行為に及んでいた藤ねえがここで爆発した。

 

「な、なんでよーーーーーー! なんで自分のお醤油かけないのよーーーーーー!!!」

 

 不審に思って白状させると、どうやら藤ねえは、俺の醤油にこっそりオイスターソースを混ぜていたらしい。

 なんでも、この間タイガー呼ばわりしたことに対する復讐だとか。それが失敗に終わって騒ぎ始めたらしい。うん、半ば藤ねえの自業自得だ。

 この藤村大河、名前も生態も虎そのもの、しかも好きな動物も虎、普段着も虎柄という拘りようのくせに、自分が虎と呼ばれると怒り出すのである。困ったものだ。

 しかし、俺にも非があるとはいえ、醤油にソースを混ぜて意味不明な調味料を生み出した藤ねえの罪は重い。調味料もタダではないのだ。食費もロクに入れないくせに、調味料を無駄にするとは言語道断。

 ……というコトで、罰として藤ねえのとろろには醤油とソースを混ぜたモノがかけられることになった。ぎゃあぎゃあ騒いでいた藤ねえだったが、それでも完食してしまうあたり、虎の生態とはつくづく不思議である。

 そう首を捻りながら皿を洗っていると、不意に左手に激痛が走った。

 

「痛ッ──!?」

 

 ぼーっとしながら皿洗いを続けていたから、手を切ったのだろうか。そう思って皿を置くと、心配そうにこちらを見つめる桜と目が合った。

 

「──先輩。その傷、どうしたんですか?」

 

 言われて、目線を手に向ける。そこで、ようやく異常に気が付いた。

 

「なんだ、これ……?」

 

 包丁か何かで手を切ったにしては、この傷は異常だ。切り傷と言うよりは、蚯蚓腫れと言った方が相応しい。酷い火傷でも負ったような、そんな傷。

 見ようによっては、不思議な紋様が刻まれているようにも見える。が、俺はこんな傷を負った記憶はない。第一、さっきまで俺の左手は普通だった。

 ……いや。ひょっとしたら、昨日のガラクタいじりで火傷を負っていたのかもしれない。それ位しか、思い当たる節はない。

 それに、もう痛みは消えている。左手を開閉するが、特に問題はないようだ。後で、消毒液と包帯で治療しておけばいいだろう。

 そんなことより、今重要なのは──

 

「大丈夫か、桜……?」

 

 自分が大怪我をしたかのように、顔を青ざめさせ、硬直している桜。その視線の先には、俺の左手。

 俺の怪我を心配してくれているにしても、その表情は異常だった。

 恐怖と絶望が一緒くたになったような。それを見ている者にすら、焦燥を抱かせるような。そう、それはまるで──

 

 

 ──あってはならないモノを、見つけてしまったような。

 

 

「桜!」

 

 肩を揺さぶると、桜はハッとした表情を浮かべて正気に戻った。

 その瞳には、さっきまでの暗い色はない。さっきの桜の様子は、尋常ではなかった。

 

「本当に大丈夫か、桜?」

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

 首を横に振る桜。いつもの桜に戻ったのを確認して安心し、掴んでいた肩を放す。

 ふう、と安堵のため息をつく。俺の方が逆に心配してしまったが……そこまで驚かれるような傷だっただろうか、これは。

 いずれにせよ、この傷が桜を怖がらせてしまったのは事実だ。俺自身は痛みを感じないが、第三者から見れば相当痛そうに見えるのだろう。

 このままでは、桜だけではなく他の皆にも心配をかけてしまう。洗い物を終えたら、すぐに包帯を巻いておこう。

 

 ……そんな俺を、桜は黙って見つめていた。

 

 

***

 

 

 後片付けが終わると、桜と藤ねえは一足早くこの屋敷を後にした。

 桜は弓道部の部員で、藤ねえはその顧問。二人とも朝練があるため、自由な時間は限られている。

 以前までは、俺も弓道部に所属していたのだが……色々とあって、今はこうして帰宅部に甘んじている。

 

「これでよし……と。そろそろ俺も出かけないとな」

 

 帰宅部とはいえ、朝練組とそんなに時間が違うわけでもない。あんまりのんびりしていると、遅刻の憂き目に遭うことになる。

 入念に火の元を確認し、戸締りを確認。

 最近、ここ冬木市では、ガス漏れ事故が多発している。強盗が出ただの、不審な外国人がいただの、集団昏睡事件があっただの、他にも良くないニュースには事欠かない。テレビのニュースキャスターが話していたが、十年前にも似たような事件が多発していたらしい。

 

 ──十年前。その単語に、ちくりと胸が騒いだ。

 

 一面の炎。

 音を立てて崩れ落ちていく家。絶叫し、焼け焦げていく人々。

 どこまで逃げても、赤からは逃げられない。炎の紅。血の朱。

 これは悪い夢に違いないと。そう信じたい程の光景が、目の前に広がっていた。

 人が死ぬ。死んでいく。ボロ雑巾のように打ち捨てられた躯が、其処彼処に転がっていく。

 四方八方、三百六十度、どこを向いても広がっているのは■■の山。そこで、感じてしまった。

 

 ──ああ。これを地獄と呼ぶのか、と。

 

 助けてくれ、と叫ぶ男の声が聞こえた。

 娘だけでも、と縋る女の声が聞こえた。

 

 それら全てに背を向けて、ひたすら逃げ続けた。

 生きなくちゃ、と。

 死んでいった人たちの分まで生きなくちゃ、と。

 それだけを胸に抱いて、走り続けた。どこまで行っても、■■だらけの中。涙さえも枯れ果てて、俺は彷徨い続けた。

 

 気が付くと、炎は消えていた。

 

 曇った空が、火照った顔には眩しく映る。そこでようやく、自分が倒れていたのだと知った。

 視界に広がるのは、一面の白。雲の合間から煌めく陽光を目にして、そこで初めて、自分がからっぽなことに気付いた。それを悲しいと感じる心すら、もう残ってはいなかった。

 考えてみれば、当然のことだった。幼い体はこれ以上ないほど傷ついていて──体を生かす代償に、心の方が消えてしまった。

 

 ああ、だからきっと──■■士郎は、一度ここで死んだのだ。

 

 何もない心に映ったのは、あの表情だけ。

 ボロボロになった自分を見て、生きていてくれてよかった、と。心から嬉しそうに涙を流した、その表情だけが──。

 

「……っと、いけね」

 

 しぱしぱ、と瞬きをして過去の光景を振り払う。あれはもう、終わったことだ。今の自分がどうこう考えても仕方がない。

 それより、今は学校に遅刻しないことの方が大切だ。戸締りも終わったし、玄関を出ることにする。

 

 外に出ると、肌寒い冷気が沁みた。

 真冬だから当然だが、それを差し引いても今日は寒い気がする。もっと厚着をしてくれば良かったかもしれない。

 少し震えながら、慣れた通学路を歩いていく。制服姿もちらほら見えてきたので、遅刻はせずに済みそうだ。

 

 ……と、途中でおかしなものを見た。

 

 真っ赤なコートに身を包み、二つにまとめた黒い髪を従える美少女。

 

 ──遠坂凛。

 

 容姿端麗、成績優秀と、完璧超人を地で行く優等生だ。当然ながら、学校での人気も非常に高い。

 と、他人事のように語る俺だが、内心ではちょっと憧れていたりもする。

 普段、この通学路で彼女を見掛けることはないのだが……まあ、時にはこういう事もあるかもしれない。

 

 そんな変わった経験に遭遇しながらも、いつものように学校へ到着。教室へ入り、ホームルームの時間を待つ。

 正確には、ホームルームの時間はもう始まっている。ただ、担任が時間通りに来ないだけだ。もう皆も慣れたもので、クラスメイトたちの表情にはまたか、という感想が浮かんでいる。

 数分ほどぼーっとしていると、どっどどどどうど……と、どこかで聞いた事があるような足音が聞こえてくる。程なくして、豪快に開かれる扉。

 

「みんなー、おっはよー!」

 

 勢いよく飛び込んでくるのは、我らが藤ねえ……ではなく、藤村大河教諭。一体何がどうなったのかわからないが、こうしてウチのクラスの担任をしているワケである。

 そして、いつものように教壇に向かい──

 

「あ」

 

 ガシャーン、と。それはもう、盛大にずっこけた。

 こけただけならまだしも、教卓の角に頭が思い切りめり込んでいる。アレ、普通なら死ぬんじゃないだろうか。

 ……ところが、普通じゃないのがタイガー。虎の生命力は人間以上なのである。これ位でへこたれることは、まずない。

 

「タイガー、今度こそ死んだんじゃね?」

 

「せんせーい、大丈夫ですかー?」

 

 教師が動かなくなったというのに、緊張感の欠片もない我らが2年C組。こんな感じで、今日も平凡な一日が始まった。

 

 

***

 

 

 そうこうしているうちに、あっという間に放課後になった。

 今日は土曜日なので、授業自体は半日で終わっている。帰宅部の俺は、早めに帰ることもできたのだが……備品の修理やら友人の頼みやらで、こうして夕方まで居残っていた。

 外を見ると、もう夕日が街並みを照らしている。

 夕飯の買い出しは昨日のうちに済ませていたので、今日はもう帰るだけだ。バイトの予定も、今日は入っていなかったはずだ。

 さて、晩飯は何にするかと考えながら廊下を歩いていると、唐突に声を掛けられた。

 

「やあ、衛宮。お前、今暇かい?」

 

 声の主に向き直ると、見知った顔がそこにあった。

 

 ──間桐慎二。

 

 成績優秀で、スポーツもそつなくこなす優等生。珍しい青みがかった髪に、美男子と呼んで差し支えない顔立ちをしており、黙っていれば十分にモテるだろう。名字でわかるとおり、桜の兄でもある。

 

「ん、暇だぞ。今帰ろうとしてたところだ。慎二の方は、今日は弓道部はいいのか」

 

「っ──それ、おまえになにか関係があるわけ? 部外者のくせにさ」

 

 含みありげに言い放つ慎二。俺は元々弓道部員だったのだが……バイト中の事故で骨折してしまい、大会に出られなくなってしまった経験がある。

 その折に部員の皆には迷惑をかけてしまったし、中でも慎二には、人の迷惑を考えろと強く怒られた。結局その一件が原因で、俺は弓道部を辞め、今では帰宅部になっている。

 実は今、うちに桜が来てくれているのはそれが原因だったりするのだが、なんにせよ弓道部のことを俺が口にして慎二の気分がよくなるはずもなかった。

 

「まあ、それもそうだな。悪い」

 

「……ああ、そうそう。一つ頼まれてくれないかな、衛宮」

 

 謝ると、慎二はなんとも言い難い顔になったが、ふと何かを思い出したようにそんなことを口にしてきた。

 なんだかんだでこいつとは長い付き合いだし、部活のことや桜に世話になっていることもある。いいけどなんだ、と内容を訊ねてみると。

 

「くだらない弓道部の、くだらない後片付けさ。あいにく僕は忙しくてね──助けてくれよ、衛宮」

 

「……わかった、引き受けるよ」

 

 特段の用事もないし、少し考えて引き受けると。なぜか慎二が、一瞬不快げな表情を見せた気がした。

 俺の見間違いだったのか、次の瞬間には笑顔に戻った慎二は、こちらの肩を叩くとそのまま去っていく。あいつ、確かにそういう仕事嫌がるからな……。

 まあ俺も弓道部を辞めて以来、弓道場にはあまり顔を出していなかった。弓を引くわけでもないし、久々に足を運ぶにはいい機会かもしれない。

 

 

***

 

 

「……っと。もうこんな時間か」

 

 真っ暗になってしまった空を見上げ、まずいな、と顎に手を当てる。

 見上げた空は白い雲に覆われ、月明かりを完全に遮ってしまっている。おかげで、今が何時ぐらいなのか判らない。

 軽い片付けだけで済ませるはずだったのだが、久しぶりに弓道場に来たということもあり、ついつい気合を入れて掃除に励んでしまった。

 その甲斐あってか、床には埃一つない。次に誰かがここに来ても、気持ちよく過ごすことができるだろう。

 自分の努力で、他人が報われるならそれでいい。滅私奉公、といえば聞こえはいいが、単に俺が好きなようにやっているだけだ。

 

「早めに帰らないとまずいな。最近、なんか物騒だし」

 

 頭に浮かぶのは、今朝のニュースで特集していたガス漏れ事件。ただでさえ、最近は物騒な事件が多いのだ。早いところ帰るに越したことはないが……。

 

『……先輩。今日は、早めに帰ってきていただけませんか?』

 

 そういえば。掃除に夢中になって、桜にそう言われていたことをすっかり忘れていた。

 俺の怪我を見た後から様子がおかしかったから、心配して言ってくれていたのだと思うが……せっかくの心遣いを、完全に無下にしてしまった。

 しまったなあ、と思いながら弓道場に鍵をかける。みんな早々と帰宅してしまったのか、周囲を見渡してみても、猫の子一匹見当たらない。奇妙な静けさに、なんとなく不気味な気分になりながら踵を返すと、冷たい風が肌に突き刺さった。

 夜になって、ますます冷え込んできたようだ。体はそれなりに鍛えているつもりだが、昨日は土蔵で寝てしまったことだし、風邪を引かないとも限らない。早く帰って温まろう、と、歩いていくと──

 

 ──キィン、と。甲高い音が聞こえた。

 

 最初は、何かが風でぶつかったのだろう、と気にも留めなかった。

 だが、音は一度や二度では収まらない。空気を冷たく震わせるこの音は、何かの金属音だろうか。

 首を傾げて、音の聞こえてくる方向に向き直る。どうやら、この音は校庭から響いているらしいが……なんだか、時代劇でよく聞くアレに似ている。侍が刀を打ち合わせている時の、あの音だ。

 しかし、それはテレビの中だからこそ響く音であって、現実で聞いたことは一度もない。この現代に、刀でチャンバラをやるなんて荒唐無稽な事が──

 

「────あ」

 

 ──空気が、凍った。

 

 校庭の中心。つい数時間前まで、体育の授業が行われていたその場所が、異次元と化している。

 爆音を轟かせ、激しく交わり合う二人のヒトガタ。青と金。二つの影が、目にも留まらぬ速度で激突していた。

 

 アレは──殺し合いだ。

 

 いくら目が良いとはいえ、離れた場所から見ている俺にすら、その異常さは理解できた。

 俺は、ただの高校生に過ぎない。何か武術を極めている訳ではないし、これといって博識でもない。しかし、そんな俺でも。目の前で戦っているアレらが、人間ではないと一目で判った。

 アレは人間じゃない。あんなモノが、人間である道理がない。

 人間には、秒間に数十発も突きを放つなど不可能だ。人間には、剣の一振りで衝撃波を放つことなどできない。

 

 だとすれば──アレは一体何なのか。

 

 青い奇妙な鎧に身を包んだ男。

 粗野とも取れる風貌は喜悦に歪み、筋肉に覆われた体躯は一瞬ごとに激しく躍動している。

 その手から繰り出されるのは、朱い軌跡。

 あれは、槍か。十や二十ではきかない数の刺突を、瞬きの間に放つその力量。槍に触れたことすらない俺にも、それは人間を超越したものだと解る。

 あんな槍撃。例え武道の達人であっても、あれを見切ることなどできまい。人間の域を遥かに逸脱した速度の槍は、秒間の内にヒトを細切れにするだろう。

 

 ならば──それと打ち合っているモノも、また人間では有り得まい。

 

 流れるような、金砂の髪。

 強い意志の光を秘めた翠緑の瞳は、彫刻のように整った容貌と相まって、絶世の美貌を醸し出している。

 超一流の陶芸師が手掛けた、完璧な人形とも言える美少女。ドレスに身を包めばさぞや輝くだろうという少女はしかし、白銀の鎧を纏っていた。

 その手に握るのは……透明な、何か。

 あれは、剣なのだろうか。よく見えないが、手に持つ何かで、少女は戦っていた。槍の瀑布を悉く打ち落とし、跳ね返し、槍ごと切り刻まんというその気迫。振るう一撃ごとに空気を軋ませるその少女は、男の連撃に全く圧されていない。

 どちらも、凄過ぎる。あんなもの、人間にできる技ではない。

 そこで、はたと気づいてしまった。……あんな連中に気付かれたが最後。もしあいつらが自分を殺す気ならば、抵抗すらできず、自分は死んでいるだろう。

 

 逃げなければ。

 逃げなければ。

 逃げなければ──。

 

 焦燥で、心臓が早鐘のように鳴る。しかし強迫感とは裏腹に、足は動いてくれない。腰から先が別の生き物になってしまったかのように、自分の意思では動かせない。

 だが、底知れぬ恐怖に囚われながら……俺は何故か、その戦いから目が逸らせなかった。

 

 青い方の男の槍術は、凄まじいの一言に尽きた。

 突く。払う。槍だけではなく、時には蹴り、殴打すらない交ぜ、獰猛な獣の如く攻め立てる。

 身体能力もそうだが、その技量は最早人間の域ではない。視認すらできぬその速さ、達人と呼ぶことさえ憚られる。

 

 金の少女の剣術も、男に劣るものではない。

 重みなど感じぬかのように、縦横無尽に振るわれる無色の剣。男の槍撃の全てを薙ぎ払い、返す刀でその身を刻まんと唸りを上げる。

 それは、さながら重戦車の如く。あらゆる攻撃を弾き返し、力強い剣撃で攻め返す。その怒涛の斬撃に、リーチで勝る男の方が押されていた。

 

 気が付けば──俺はいつの間にか、その少女をじっと見つめていた。

 美しい少女だ。けれど、俺が見ていたのは外見ではなかった。何故だろうか……その少女の戦い振りを見ていると、心がざわめく。そう、これはまるで──。

 

 大切な何かが、心に浮かんだ瞬間。永遠に続くかと思われた刃の応酬は、唐突に終わっていた。大振りな一撃を振るった後、男が距離を取る。

 それまで、時には片手で、或いは両手で振るわれていた真紅の槍。それを静かに構えて──男は、槍を傾けた。

 瞬間、空気が変わる。

 鳴動する紅い槍。轟、と唸りを上げて、ソレは周囲の魔力を吸い上げていく。

 空気から、大地から、供物のように捧げられていく魔力。その収束地である槍がどれ程の神秘を宿しているのかは、想像するに余りある。

 限界を通り越して、全てから魔力が搾取されていく。一種の神々しさすら感じさせる光景を目にして、俺は理解してしまった。

 

 ──アレが振るわれれば、終わる。

 

 奇妙な夢に登場した、真紅の槍。若干形状は異なるが、アレは同じ類のものだ。あの槍が迸ったが最後、獲物の心臓は食い破られているだろう。

 あの少女騎士は、或いは全力を出していないのかもしれない。今以上の膂力を、速力を、或いは心眼を有しているのかもしれない。だが、そんなものは関係ない。あの一撃は躱せない。男が次の一撃を振るえば、少女は確実に死に至る。

 極限まで張りつめた緊張感。戦場の空気に中てられたのか、足がゆらりと震える。その先には、一枚の枯れ葉が落ちており──

 

「────誰だ…………!!!!」

 

 ──俺の所在を示すかのように、カサリ、と音を立てていた。

 

「まず────っ!!!」

 

 恐怖を超えた絶望で、硬直していた体が動くようになった。

 青い男の目が、こちらを見る。その真紅の瞳を見た途端、ひっ、と情けない声が漏れた。

 わかってしまった。

 あの男の標的は、俺だ。一瞬後には、あの金髪の少女ではなく────俺が、殺されている。

 

「っ…………!」

 

 足が勝手に走り出す。

 一度動いてしまえば、後は簡単だった。ギアを上げていく時間すら惜しく、エンジンは最初から全力全開。自分の全てを、逃げるという行為に注ぎ込む。

 

 走る。

 走る走る走る。

 走る走る走る走る走る。

 

 どこをどう走ったのかも解らない。恐怖に震える体を突き動かすのは、原初の本能。死にたくないというその一念で、ひたすらに走り続けた。

 

「は──あ、はっ、はあ、はあ、く…………っ」

 

 ふと気が付くと、見慣れた校舎の中にいた。

 馬鹿か、と後悔の念が浮かぶ。わざわざ袋小路に飛び込んでしまった。校外に出れば、助けを求めることもできたかもしれないというのに。

 身体はもう動かない。限界を超えて走っていたせいで、肺が悲鳴を上げていた。

 だが、その甲斐あってか、俺を追ってくる足音はもう聞こえない。はは、どうやら逃げ切れたらし──

 

「──よぅ。わりと遠くまで走ったな、お前」

 

 絶望が、声となって耳朶を震わせた。

 声の主は、男。

 青い鎧に、紅い槍。その特徴は紛れもなく、人外の死闘を繰り広げていたバケモノのものだった。

 

 息ができない。

 思考が止まる。

 

 氷結した時間の中で、俺は──これで死ぬのだな、と実感した。

 

「何やってたのか知らねぇが、運のねえ小僧だ。悪いんだが──見られたからには、死んでくれや」

 

 ワカラナイ。

 男が何を言っているのか、ワカリタクナイ。

 死ぬ? 俺が? なんで?

 パニックに陥った思考は、口を開かせない。凝固した俺を見下ろし、男が無造作に腕を振るった刹那──

 

 ずぶり。

 

 冷たい感触を、胸に感じた。

 

「か────は、っ」

 

 動く事さえできなかった。一度だけ、口から血を吐き出す。

 

 力が抜ける。

 目が見えない。

 耳も聞こえない。

 世界の全てが、壊れていく。

 

 ああ、なるほど──これが、『死』か。

 

 不思議と、痛みは感じない。薄れていく思考の中、心臓を貫かれたことだけを理解した。

 知っている。

 この、世界が失われていく感覚。炎の中で、俺は一度これを味わっている。

 男が何か言っている。だが、もう何も聞こえない。音を聞く機能は、もう壊れてしまっていた。

 冷たい床の感触を最後に……俺の意識は、そこで途切れた。

 

 

***

 

 

 黄金の、夢を見る。

 

 剣だ。

 荒野の中心。遮る物などない世界に、一振りの剣が突き刺さっている。

 複雑な装飾で彩られたそれは、儀礼用としては申し分ない。どこかの王様が持っている剣だと言っても、疑う者は居ないだろう。

 どこか優美ささえ感じさせるその剣は、実用にも十分耐えうる代物だろう。

 芸術的にも、実用的にも一流の剣。だが、何より俺の目を惹きつけたのは、その在り方だった。

 とても素直で、美しいとすら感じられる在り方の黄金の剣。

 こんな剣を使っていた持ち主は、さぞかし良い人物だったのだろう、と。そう思わせてしまう、綺麗な剣。

 

 

 ──しかし、その情景は切り替わる。

 

 

 灼熱の、夢を見る。

 

 剣だ。

 地獄の中心。生命など何一つない世界で、一振りの剣が輝いている。

 およそ剣とは感じられない、ドリルと呼んだ方がまだしっくりくるであろう一振り。こんなモノ、何に使うのかすら判らない。

 しかしそれでも、それは剣だった。

 轟々と唸りを上げ、灼熱の溶岩が流れていく。それに呼応するかのように、極寒の冷気が吹き荒ぶ。

 まさにそれは、原初の地獄。生命活動、いや、存在事項すら許されない絶対の世界。その中心に在り、地獄を作り上げているのがこの真紅の剣だった。

 やがて、元素は混じり、固まり、万象織りなす星を生む。天地が分けられ、海が創られ、世界そのものができ上がっていく。

 何もかもが生まれ変わった、新世界。その剣だけが、変わらず煌々と輝いていた。

 

 

***

 

 

「………………」

 

 ぱちり、と目を覚ます。

 ぼうっとする目を凝らすと、冷たい床が飛び込んできた。俺、なんでこんなとこに倒れて──

 

 ──途端。死ぬほどの激痛と吐き気が、俺を襲った。

 

「が──はっ、げほ、げ、げ、ぎぃっ……!」

 

 虫のような、唸り声。

 それが自分の口から出たものだと気付く前に、俺は床を転がっていた。

 

「うぇっ、うげええっ、がは、が、は、ひ……」

 

 苦しい。なんだ、これは。

 

「がはっ、ごぽ……ごほっ、ごほっ、ごほっ!」

 

 吐き気がする。何を吐き出したいのかもわからないのに、吐き気がする。

 

「ぜ……はぁ、ぜっ……ひゅうぅっ、が……」

 

 深呼吸。呼吸だ、呼吸をしよう。

 のたうち回りながら、必死に口を開く。脳が、肺が、体中が酸素を求めていた。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 喘ぐような呼吸が、なんとか収まってきた。落ち着きを取り戻すと同時に、身体の痛みも治まってくる。

 ごろり、と寝返りを打つ。

 白い天井。ひんやりとした空気。胸と背中には、冷たい感触。そして、鼻をつんとつくこの臭いは……

 思考回路が回復していくにつれて、記憶も蘇ってきた。

 

 青い男。金の少女。紅い槍。透明な剣。恐怖。絶望。冷たい感触。失われていく、世界。

 

 ──なるほど。衛宮士郎は、「また」死んだのか。ならばここは、死後の世界なのだろうか?

 

「……違う。俺は、生きてる……!」

 

 現実感のない、走馬灯のような光景の数々。あんな馬鹿げた話が、現実であってたまるものか。

 よっ、と体を起こして立ち上がる。悪い夢を見たのだろう。さっさと家に帰らないと──

 

 ぬるり。

 

 床についた右手が、何か冷たいものに触れた。

 視線を下ろす。タイミングよく差し込んできた月明かりは──

 

 ──血に染まった、見慣れた廊下を映し出した。

 

「嘘、だろ────っ」

 

 恐る恐る、視線を下に移す。信じたくないことに──俺の制服は、鮮血で真っ赤に濡れていた。

 ふらり、とそれだけで倒れそうになるが……違和感に気づく。確かに血まみれではあるが、どうしてか、刺されたはずの傷が見つからない。

 

「なんで生きてるんだ、俺……?」

 

 ほう、と安堵感にため息をつく。実感が全く湧かないが、嘘のような出来事は本当で……でも何故か、俺は生きていた。あんな傷、生きていられるはずがないのに。

 頭がぐるぐると回る。

 脳みそは動いてくれないくせに、手だけは勝手に動いていた。ロッカーを開き、雑巾を手に取り、床を擦り始める。

 はは、何やってるんだ、俺。

 掃除をしなきゃ、なんてわけの分からない思考が湧いてくる。それ程までに、俺は混乱していた。

 冷静な部分は状況を整理しようと訴えるが、そんな余裕は何処にもない。

 ぐるぐる、ぐるぐると、全く落ち着いてくれない脳みそが導き出した結論は──

 

「……とりあえず、家に帰ろう」

 

 

***

 

 

 まだ頭は浮ついているが、身体の方は動いてくれた。どこをどう通ったのかも覚えていないが、数年間で体に叩き込んだ動きは、こんな状況でも正確な道筋を辿ってくれたらしい。

 街路灯と月明かりだけが照らす道を、急ぎ足で歩いていく。

 こんな日に限って、人どころか野良犬すら見かけない。本当に死後の世界に迷い込んでしまったような、そんな違和感。

 考えてみれば、それも当然だ。月の高さから見て、もう今は真夜中に近い。

 こんな時間帯に出歩いている高校生は、見つかったら補導されてしまうだろう。それは困るな、と漠然とした思考が浮かぶ。

 流石に、我が家にはもう誰も残っていないだろう。桜も藤ねえも、俺の家に宿泊しているわけではない。それぞれに帰る家があるのだから、こんな時間まで残っていたら逆に驚く。

 

「ただいまー」

 

 予想通り、と言うべきか。

 我が家まで辿り着いても、電気の光は見当たらない。変わり映えのない門を潜り、鍵を開け、慣れた道を進んでいく。

 居間に到着し、電気をつけたところで、ようやく安心して力が抜けた。

 

「ふう……」

 

 いつもの部屋。

 何年も見慣れているはずの居間が、得難いものに見えるなんて。でもそれほどまでに、今日という日はイカれていた。

 

 一体、俺は何と遭遇したのか。 

 俺は、何故殺されかけたのか。

 

 そして──何故、今こうして生きているのか。

 

「…………わからん」

 

 むう、と小さく唸る。俺はそんなに頭が回る方でもないし、今はまだ混乱している。こういう時は、まず落ち着かなくてはいけない。

 

「──よし」

 

 ぱちん、と頬を叩いて、立ち上がる。

 俺の帰りが遅い時は、大抵桜が夕食を作ってくれている。それでも食べながら、落ち着いて考えよう。

 

「……桜の言う通り、早く帰ってくるんだったな」

 

 まだどこか浮ついた脳みそのまま、桜が用意してくれたであろう夕食を並べる。ぐだぐだと遅くまで残っていなければ、こんなわけのわからない事態にもならずに済んだだろうし、桜や藤ねえと温かい食卓を囲めただろう。

 一人寂しく夕食を食べ、片付けを終え、洗い物まできちんと終えて。疲れた体を休めるために、居間に戻ってごろりと横になる。

 

 ──脳裏に蘇るのは、数時間前のあの光景。

 

「あいつら、一体何なんだよ……」

 

 分かっていること。あいつらは、人間ではない。

 見た目は紛れもなく人間だったが、中身が違い過ぎる。あんなモノは表の世界ではなく、魔術の理に属するものだ。

 切嗣(おやじ)が時々言っていた死徒……いわゆる、吸血鬼というヤツだろうか。でも、それにしては違和感を覚える。吸血鬼同士が、あんな得物を振り回して戦うだろうか。

 そもそも、ここは極東の島国である。世界有数の経済大国である日本だが、魔術の中枢は西洋。神道系の組織もあるらしいが、そんなに魔術に関わりが深いとは思えない。

 それに、そんな奴らが何故殺し合いをしていたのか。殺し合いをするからには、当然原因があるのだろうが……奴らが何者であるかも判然としない現状では、考えようもない。

 

 ……何から何まで理解不能だが、一つだけ確信したことがある。

 

 最近多発している、ガス漏れ事件。

 平和な冬木市には似つかわしくない、強盗事件。

 全国規模でも早々聞かない、集団昏睡事件。

 そして、不審な外国人。

 

 これらは全て、あの連中に関係している。それだけは、直感的に理解できた。

 だけど、魔術師としては半人前。財力があるわけでも、頭がいいわけも、何よりこの事件に巻き込まれた学生に過ぎない俺には、それ以上は理解できない。

 

「…………寝よう」

 

 うん、困ったときはそうするに限る。一晩寝れば、頭もすっきりするに違いない。でもその前に、風呂に入らなければと身体を起こした刹那──

 

 ──からん、と。鳴子のような音が響き渡った。

 

 ぞっ、と背筋を冷たいもので撫でられたような感触。

 魔術師としてはへっぽこで、工房なんてものも作れない俺だが、この家には一つだけ魔術的な備えがある。

 それが、この結界。悪意を持って家の敷地内に現れた者が現れれば警告する、という、それだけの結界だ。

 だが、今このタイミングでそれが動いたということ。偶然と考えるにはあまりにでき過ぎている……十中八九、あの人外のどちらかだろう。

 まずい。わざわざ家まで追いかけてきた理由──どう考えても、口封じとしか考えられない。

 何故かは知らないが、こうして生きている俺を見つけたのだ。次は入念に殺しにかかるに違いない。そうなっても生きていられると思うのは、余程の馬鹿者だけだろう。

 

「くそっ。まずは、武器をどうにかしないと……」

 

 なんとかして戦うしかない。

 縮み上がる心臓を宥めながら、きょろきょろと周囲を見回す。包丁? 駄目だ。台所まで取りに行く時間はない。もっとこう、手近に何か──

 

「あった」

 

 見つけた。藤ねえが置いていったポスター。

 藤ねえのいつもの気まぐれに違いないが、今この時ばかりは幸運に感謝した。

 ポスターを両手で握り、目を瞑る。集中しろ。今の俺にできる事は、ただ一つだけなのだから……!

 

同調、開始(トレース、オン)──」

 

 集中する。

 やるべきことは単純。このポスター(武器)に魔力を流すだけ。

 俺にはこれだけしかできない。故に、俺がやるべきこともただ一つ。衛宮士郎が唯一使うことのできる魔術──物体の強化だ。

 

「構成材質、解明」

 

 構造を把握する。ポスターの造形を読み込み、空いている隙間に魔力を流し、一時的にその強度を上げる。

 こんな簡単なことですら、今の俺には難しい。

 けれど、それすら満足にできないのなら、今まで俺は何をやって来たというのだ──!

 

「構成材質、補強」

 

 ……手応えを感じる。

 ポスターの隅々まで魔力が行き渡る。奇妙な確信と共に、俺は工程を終える──

 

全工程、完了(トレース・オフ)──!」

 

 できた。ポスターに完璧に魔力が通ったのを感じる。これで、少しはマシになった。

 滅多に成功しない強化魔術。強度を上げるというただそれだけの魔術だが、成功したのは何年振りだろう。

 良かった。紙を丸めたポスターだが、鉄パイプくらいの威力にはなっているだろう。

 だが、その心強さは──

 

「よっ、と」

 

 ──青色の絶望に塗り潰された。

 

 窓からでも玄関でもなく、天井裏を突き破って現れたその男。

 青い鎧を纏い、真紅の槍を捧げ持つその姿は、間違いなく俺を襲ったやつだった。肩をこきこき鳴らしているその姿からは、緊張感というものは感じられない。

 それもそうだろう。狩る者と狩られる者、強者と弱者。その立場は、何一つ変わることがないのだから。

 

「……まったく、一体全体どういうカラクリだ? 確かに殺したと思ったんだが──坊主、お前なんで生きてやがる?」

 

 紅い槍を弄びながら、瞳を細めて俺に問う男。

 その問いに、俺は答えられない。否、そもそも口を開くような余裕など存在しない。

 そんな俺を半眼で見下ろし、まぁどうでもいいか、と呟くと。男は、退屈そうに腕を上げ──

 

「じゃあな。今度こそ迷うなよ、坊主」

 

 無造作に突き出された槍。しかし──過たず心臓を穿つはずの一撃は、予期していた俺によって弾かれた。

 来ることが見え見えだったから、辛うじて凌げただけの一撃。男にとっては軽く突き出しただけなのだろうが、防いだ俺にとっては既に限界だった。

 遊びの一撃で、腕が痺れている。これ程までの膂力を、まともに受けたらどうなるのか。

 

「──―ほう。変わった芸風だな、おい」

 

 す、と男の目が細まる。その体躯から立ち上るのは、紛れもない殺気。 

 ……殺される。

 自分は、この男に殺される。

 心臓が貫かれている幻影が、まざまざと脳裏に浮かび上がる。それほどまでに、この男の殺気は恐ろしかった。

 間違いない。今の一撃で……この男は、本気になった。

 

「やるじゃねぇか、坊主。少しは楽しませてくれよ?」

 

 獰猛な笑みを浮かべて、じりじりと近寄る男。

 

 ──まずい。

 

 こいつは、正真正銘の怪物だ。次の一撃は本気で来る。そんなもの、俺に防げるわけがない。

 しくじった。最初から逃げておくべきだった。こんな相手にポスターで立ち向かおうとしたなんて、度し難いにも程がある……!

 恐怖で震える足に喝を入れる。こんなの、戦いにもならない。なら──

 

「チィッ──――!」

 

 ──逃げるしかない!

 

 真横に身を投げ出し、窓を突き破って転げ落ちる。

 落ちていく途中に、闇雲にポスターを振るう。会心の手応えと共に、何か細長いものにぶち当たった。

 運がいいことに、辛うじて男の追撃を凌げたらしい──貴重な一瞬を無駄にせず、受け身を取って地面に転がる。

 

「ぐぅっ…………!」

 

 無様に転げ落ちた衝撃は、想像以上に痛かった。だがこの程度、あの槍に貫かれるのに比べれば余程マシだ。

 考えるより先に、立ち上がる。あの怪物から、逃げなければ。

 

 まず、障害物。あの槍を遮るものが欲しい。

 そして、武器。槍を弾いた拍子に、ポスターはどこかに飛んで行ってしまった。

 

 ああ、くそっ、くそっ、くそっ! なんだってこんなことに……!

 

「ちくしょう、なんなんだよ……!」

 

 悪態をつきながら、走る。額によぎったのは、土蔵。

 あそこなら、何かしら武器はあるだろう。強化もできれば、槍の一撃にも耐えられるはずだ──

 

 ぞくり。

 

 死神もかくやという殺気が、背中を貫いた。

 恐怖に負けて振り返ってしまった俺を、真紅の瞳が射抜く。

 嘘だろ、なんでもう後ろにいやがるんだよオマエ……!

 

「──―飛べ」

 

 ごき、と音が鳴った。

 

「……え?」

 

 激痛。痛みなんて生易しいものじゃない。腹が消し飛んだかのような痛みで、思考が真っ白になった。

 背中が、何か堅いものに激突する。そこでようやく、自分が蹴り飛ばされたのだと気が付いた。

 くそっ、あのヤロウ、人をサッカーボールみたいに……!

 恐怖。怒り。苦痛。ぐつぐつと煮えたぎる頭。もう何を考えるかもぐしゃぐしゃで、冷静さなんて欠片も残ってない。

 けれど……なんて、悪運。俺が激突したのは、土蔵の入口だった。なら、中に入りさえしてしまえば、何か武器はある──!

 

「チ、男ならしゃんと立ってろ──!」

 

 男の悪態を後ろに、最後の力を振り絞って、転がるように土蔵に入る。朝方扉を開けっ放しにしていた自分を、褒めてやりたい気分だ。

 武器。

 武器、武器、武器、武器、何か身を守れるような何かを探せ……!

 

「あった!」

 

 手に丁度収まる太さの、鉄パイプ。なんでこんなものがあったのかは知らないが、これなら何とかなるだろう。

 もう時間はない。無理やりにでも、こいつを武器にする。一手間違えれば、自分が殺される。後のことなど考えるな。

 今日二回目の、生命の危機。

 考えろ。自分は今まで何をやってきた。何年もの間、毎日何を積み重ねてきた。こんな時に役に立たないなら、一体何の為に鍛錬をしていた。

 構造材質を解明。強化。細かい過程なんか吹っ飛ばせ。魔力だ、魔力を流せ、隙間すら見せずに俺の魔力を叩きこめ……!

 

同調、開始(トレース、オン)──!」

 

 できた……!

 会心の手応えと共に、武器を手にして向き直る。

 これで何とかなる。強化された鉄パイプは、単なる鉄以上の硬度を持つ。これなら、あの槍とだって打ち合え──

 

「わりと頑張ったな、坊主」

 

 ぺきり。

 そんな軽薄な音を立てて。俺の唯一の武器は、あっけなく折れてしまっていた。

 

「あ──―」

 

「だが、所詮はこの程度か。もう少し楽しませてくれると思ったんだが、もうネタもねぇようだしな──おとなしく死んでおけ、小僧」

 

 その、ゴミを見るような目を向けられて。絶望に、身体が凍った。

 俺が強化した鉄パイプは、決して生温い堅さじゃなかった。それをこの男は、槍の穂先を振るっただけで何の抵抗もないかの如く破砕した。

 

 ──だめだ。

 

 こんなバケモノ、俺なんかにどうこうできるわけがない。

 

「──――」

 

 震える足で、一歩後ろに下がる。

 背中に触れた冷たい感触。それが壁なのだと、現実を受け入れられない自分がいた。

 絶望を取り越して、頭が真っ白になる。からっぽになった心に残ったのは……理不尽を受け入れられない、猛るような怒りだった。

 

 ふざけるな。

 何故俺がこんな目に遭わなきゃならない。

 俺が命を狙われる理由はない。

 だというのに──何故俺は、二度も同じ男に殺されようとしているのか。

 おかしい。間違っている。こんな結末は、間違っている。

 

「──――」

 

 青い悪鬼が、槍を構える。推し量るまでもなく、その狙いは俺の心臓だ。

 だが、そんなものはどうでもいい。

 この胸にあるのは、怒り。理不尽な現実に対する、激しい憎しみだけ。

 

 かつて、死んでいった人たちがいた。

 俺なんかよりもずっと立派で、胸を張って生きていたであろう、大勢の人たち。

 でも、彼らは死んだ。死んでしまった。

 なら──助けられたこの命には、きっと意味がある。

 

 かつて、助けてくれた人がいた。

 生きていてくれてありがとう、と言ってくれた人がいた。

 正義の味方になりたかった、と笑っていた人がいた。

 あの人は、最期まで笑っていた。俺の約束を聞いて、安心した、と。そう言って、あの人は去っていった。

 

 ──爺さんの夢は、俺が──。

 

 ああ、そうだ。

 

 まだ俺は、何一つ果たしちゃいない。

 助けられたなら、助けなくちゃいけない。そんなことすら、今の俺にはできていない。

 なら、今はまだ、死ねない。

 

 あの約束を果たすために。

 この理想を貫くために。

 

 今ここで、殺されてやるわけにはいかない────!!!!!

 

 

 その、瞬間。

 

 

「──酷い顔だ。冥界の悪鬼にでも出くわしたか、はたまた裁定を待つ罪人か。悪趣味な夢に浸っていた結果か。どうだ? その萎えた魂に、(オレ)の命を聞く気骨は残っているか?」

 

 

 それは、英雄(ヒーロー)のように現れた。

 

 

「なに…………!?」

 

 驚愕し、後退する男。その驚きは、眩い光に対してか、現れた人影に対してか。

 

「──本気か、七人目のサーヴァントだと……!?」

 

 思考が止まる。

 突如として現れたソレは、紛れもなくヒトの形をしていた。

 だが、同時に──それは、ヒトでは有り得なかった。

 一目で分かる。コレは、人間と呼ばれるモノではない。この覇気、この光輝、この圧力は、人のものでは有り得ない。

 

 突然の怪異に、男が距離を取る。

 

 その刹那、現れた人影が動いた。

 一瞬だけ見えた、黄金の波紋。次の瞬間、そいつの手には金色の『何か』が握られていた。

 躊躇うことなく踏み込む黄金の影。それと連動し、男に向かって振りぬかれる『何か』。

 

「チィ────!!」

 

 男の舌打ち。

 目にも留まらぬ速度で、今にも突き出されんとしていた男の槍を、『何か』が薙ぎ払った。

 二度、三度、と剣戟の音が響き渡る。後退する男を逃がさず、黄金の人影は距離を詰める。その攻防に見惚れながらも、俺は人影の持つソレに目を奪われていた。

 

 黄金の剣。

 

 いや──剣というより、あれは刀に近いだろう。日本刀より幅は広いが、あの形状は斬ることを重視している。

 夢見た黄金の剣とは違う。アレは多分、崇高な目的の為に作られた、誇り高い剣。

 それに対してこの剣は、実用性に特化している。柄の部分こそ普通の剣とは異なるが、これは敵を倒すため、目的を果たすために創られた剣。

 

 構造理念が、決定的に違っている──。

 

 そんなおかしなことを思っているうちに、現れた何かは男を追い詰めていく。

 予想外の戦闘に、男は明らかに困惑していた。

 見たところ、現れた人影が振るっているのは剣だ。だが、力強さこそあっても、そこには高い技量が感じられない。

 勿論、俺なんかとは比べ物にならない腕前だ。しかし、校庭で透明な剣を振るっていた少女と比べると、脅威の度合いが何段も違う。

 それでも──そいつは、青い男を押していた。

 

「くそっ────!」

 

 己の不利を悟ったのか、大きく槍を一閃すると、男は土蔵の外に跳躍していった。

 これは──助かった、のか……?

 へなへな、と力が抜ける。壁によりかかって、情けなく座り込んでしまった。

 

 ──それはまるで、骨の軋むように(しず)かな夜。

 

 いつの間にか、月が出ていた。雲の間から差し込む銀光が、その男の姿を照らし出す。

 

 月光を背にした姿は、黄金。

 太陽さえ恥じ入るような輝きを放つ、黄金色の髪。

 どこまでも深い真紅の瞳は、何もかもを見透かすかのようで。

 金色の甲冑で武装した男は、酷薄な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。

 

「──問おう。不遜にも、貴様が(オレ)の光輝に縋らんとする魔術師(マスター)か」

 

 黄金の英雄は、そう、嘲るように口にした。


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