いってきまーす、と声を揃えて私と葉月は玄関を出る。
背中のほうから山鳥の声が聞こえてくる。緩く傾斜しているアスファルトを下っていくと、山の影が切れたところで眼下には、まあるいファデシュツゥン湖が見える。その凪いだ水面が朝日を反射して、びかーっびかーっと切れ目なく光り輝いている。遠くに見える深緑に染まった山々に、透き通るような青い空にふわふわの綿菓子のような白い雲、隣には嬉しそうにスキップをしている赤いバッグを背負ったツインテール少女。そして私は、生足の眩しい花も恥らう女子高生。うん、いつもの景色にいつもの通学風景。
のどか過ぎて何か期待するような良い事も、ガッカリするような悪い事も起きる気がしない……と、この時は思っていた。
しばらく葉月と並んで歩く。日本の夏は蒸し暑いと聞くけれど、どれくらい暑いのかしら?なんて考えていると
「お姉ちゃん、今日は何を作ってくれるんですか?」
期待するようなキラキラした目で私を見上げている葉月。
「そうね……葉月は何が食べたいの?」
即座にハンバーグと返ってきた。まぁ育ち盛りだし、お肉もいいけれど付け合せに野菜もたっぷり添えておけば栄養的には大丈夫よね。葉月が嫌いなピーマンは細かく刻んで混ぜちゃえば分からないかな。
葉月と別れて、ハンバーグの付け合せをどうしようかな、と考えながら歩いていると……。
「みーなみちゃんっ!」
背中から声をかけられる。いつものように不機嫌そうなツッチーと、いつもどおりにこにこ顔の愛ちゃんだった。
「アンタたち、いつも一緒ね」私が話しかける。
「…………そんな事はない」むすっとしてツッチーが答える。
「ほらほら、両手に花なんだから、もっと笑おうよ」愛ちゃんがツッチーの頬を引っ張る。
顔を左右に振って、いやいやをするツッチーと、「え~」と言いながらも笑顔の愛ちゃんに、いつも飽きないなぁと思う私。
私は生まれも育ちもずっとドイツだけど、この二人は小さい頃に日本から引っ越してきた。それ以来、私たち三人はもう十年来の親友なのよね。
昔から愛ちゃんは何かにつけて、あまり感情を表に出さないツッチーをいじっているけど、ツッチーもそれを心底嫌がってはいないみたい。
「二人とも、仲がいいわね」私がそう言うと
「…………そんな事実は確認されていない」ぷいっとそっぽを向くツッチー。
「美波ちゃんも大好きだよっ」いきなり愛ちゃんが私に抱きついてくる。ふわっと香るシャンプーのいい匂い。
後ろに跳ねた髪と下まつげが特徴的でいつもぶっきらぼうなツッチーと、ショートヘアでボーイッシュないつも笑顔の愛ちゃんは実はお似合いなのではないかと私は密かに思っている。
「美波ちゃん、今日は髪、ちゃんとしてるね」
名残惜しそうにハグするのをやめた愛ちゃんが、私の髪紐のあたりを触りながら小首を傾げている。私はいつもと同じ髪型をしているつもりなんだけど……。ずっと昔から、きれいな黄色の組紐で馬の尻尾のように後ろで髪を束ねているポニーテール。
「え?髪がどうしたの?」
そういえば、朝食の時にうやむやになっていたことを思い出す。今日はちゃんとしてるって、じゃあ昨日はおかしかったってことなの?昨日のことを思い出そうとすると
「…………何か悪霊でも、とりついていたのかも」
とツッチーが普段あまり見せない真剣そうな顔で言ってきた。
「もう、ツッチーってば……美波ちゃんだって調子の悪い時はあるよ。ね?」
悪霊?調子が悪い?
「え……ちょっと、なんの話なの?」
どうして皆にそろって心配されてるのよ、私?昨日は……とっさには思い出せないけれど、いつもの一日だったはずよね。
――あれ?
本当にそうだった?昨日、私は……。
「おはよう、シマダ」
「……おはよう」
朝っぱらからついてない。私の疑問を一瞬で消し去ったのは苦手なクラスメイト三人組だった。
女子二人は金髪碧眼で肌も透き通るように白く、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるボンキュッボンで、男子は背がツッチーより少し高いくらいだけど肩幅も広く服の上からでも筋肉質だと言うのが分かる。
学校でも見た目どおり派手系イケてるヒエラルキーに属するこのヒトたちは、古き時代の日本人体型の地味系カテゴリーに属する私たちにことあるごとにちくちくと嫌みを投げつけてくる。
「日本に帰る相談でもしてるの?」
私と愛ちゃんに見せ付けるように胸を張りながら言ってきた。そんなに強調しなくたって見えてるわよ。アンタが
「……そうよ。よく分かったわね」
何も言い返さないのは悔しいから、思わす言ってしまった。まぁ嘘ではないわよね。近いうちに日本に行くことになってるし。
「ええ~~っ!?」
私の隣に居た愛ちゃんが左手を、ツッチーは右手を掴んで私を引っ張るように走り出す。私は転ばないように、二人に引かれるまま走っていく。残された三人組は口をポカンと開けていた。
ふふっ、アイツらに一泡吹かせてやったわ。私自身、思ってもいなかった形だけど。
そしてしばらく三人仲良く手を繋いで走り、彼らの姿が見えなくなると
「はぁっ、はぁっ……みっ、美波ちゃんっ!そっ、それ、本当なのっ!?」
「…………(コクコク)」
二人とも息を切らしながら私を見つめている。
「それって?」
「日本に帰るってことだよっ」
「…………(コクコク)」
ああ、そう言えば……まだ二人には日本へ行くことを話していなかったわね。お父さんから聞いていたのは“かもしれない”と言うことだったし、決定したって言うのは私もさっき聞いたばかりだし。
それに二人は日本から来たので“帰る”と言う表現になるのだろうけど、私は生まれた時からずっと
「私も今朝、お父さんから聞いたのよ」
「…………ずいぶん急な話だな」
ツッチーが寂しそうな顔をしている。私もツッチーや愛ちゃんと離れるのはさみしいけれど、私が居なくなったって、アンタには愛ちゃんがいるじゃない。
「でも、お父さんに付いていくだけで、すぐ戻ってくるわよ」
私がそう言うと、愛ちゃんが“ほっ”とした顔になり抱きついてくる。
「よかったぁ。美波ちゃんが居なくなったら寂しいから。ツッチーもそうだよね?」
「…………寂しくはあるかもしれない……ような気がしなくもない……感じがする」
ツッチーも少し“ほっ”とした表情でそっぽを向いている。
「二人ともありがとう」
そう言って左腕で愛ちゃんを、右腕でツッチーを抱きしめる……あ、いけないっ!
ツッチーが、びくぅっと身体を震わせて私の腕を振りほどくように離れる。顔だけでなく耳や首まで真っ赤になって……ツツゥと両方の鼻の穴から血を出している。
手を繋ぐくらいまでは我慢できるようになったと思えば……それでもツッチーと愛ちゃんの未来は、まだまだ多難ね。
テッシーとさやちんの代わりと言ってはなんですが
バカテスからムッツリーニと愛子が美波の幼馴染の親友として登場してもらいました。
ムッツリーニのニックネームが何故ツッチーになっているのかと言うと
テッシーに寄せたと言うのもありますが、ヨーロッパ圏では第二次世界大戦での大罪人を
連想させるのはマズいかなと思って少し変えてみました。
ついでに少し女性への耐久性も上がっています。
こんな感じで今後もバカテスのキャラが若干修正されて出てくるようになると思います。