今日久しぶりに彼にあったからだろうかその夜私は夢をみた。
夢の中の景色は綺麗な夕焼け空であり、照らされて赤く染まった道を一人の少女がしゃっくり混じりに泣きながら歩いている。その少女の足取りは真っ赤に腫れた目を隠すために手で目を覆い隠しているせいかとても不安定である。
その腰まで伸ばした艶やかな長い黒髪の少女の姿とこの光景に玄は見覚えがあった。
(あの泣いてる子って私だよね…)
あの泣いている子は間違いなく自分、そうこの夢は自分の過去の記憶だ。
そう思っていると幼き日の玄のもとに一人の少年が現れた。
「おいなんだよお前、もしかして泣いてるのか?」
その少年は生意気な口調でぶっきらぼうに泣いている玄に尋ねる。
「泣いてない、私がおねえちゃんを守らなくちゃいけないんだから私が泣くわけにはいかないもん!!」
「そうか…よし!!ならお前は姉ちゃんを守れ、そしてお前を俺が守ってやる!!」
「え…?どうして?あ…」
ここで泣き顔を見られまいと隠していた手を初めて下げて少年の顔を見ると玄にはその少年の顔に見覚えがあった。
以前旅館の板長が息子だと言って連れてきた子――二、三度視線があっただけだが同い年と言われていたので印象に残っていたのだ。しかし彼はそんなことなど覚えていないのか全く知っている素振りを見せることなく玄の質問に自信満々に応える。
「ヒーローは弱い奴の味方なんだ!!だから俺がお前を助ける!!」
「わ、私弱くなんかない!!お姉ちゃんのこと守ってるから私だってヒーローだもん!!」
「泣いてた奴が偉そうにいうな!!」
「うう…」
「よし!!ならこうしよう、俺も一緒にお前の姉ちゃんを悪い奴らから守ってやる!!それならいいだろ?」
「う、うん…」
あまりの強引な押しに玄は思わずこくりと頷く。
「よし!!俺は杉花龍一、お前は?」
「松実…松実玄」
これが彼との出会い
思い返せばこの時からなのだろうか
彼の事を好きになったのは
◆
「あ…れ?ゆ…め…?なんかすごい昔の夢だった気が…」
寝ぼけ眼の目を擦りながら玄は部屋にある目覚まし時計の時間を虚ろな目で確認するが時計の針の位置を見た瞬間、眠気は一気に覚め時計の針を何度も凝視してしまう。
「あれ?あれれれ???」
目覚ましの針は既に午前8時を告げており学校が始めるまで既に30分を切っていた。冷や汗を垂らしながら制服に急いで着替えドタドタと階段を駆け下りると旅館の庭掃除をしている父に涙目になりながら尋ねる。
「お父さん!!どうして起こしてくれなかったの!?」
「え?玄まだ家にいたのかい?朝食の時間に降りてこないからてっきり学校にいつもより早く行ったんじゃないかって宥と言ってたのに、それにしても玄が寝坊なんて珍しいね」
「もーとりあえず行ってきます!!」
「はい、気をつけて行っておいで」
父に当り散らすのも程々に家から飛び出ると玄の目の前にママチャリに乗った学ラン姿の少年が急ブレーキをかけて自転車を停止させる。
「お、玄じゃん」
「龍一くんどうしてこんな時間にいるの?遅刻だよ!!」
「しょうがないだろ昨日遅くまで眠れなかったんだから、あとお前そのセリフ自分にまた返ってくるぞ…まあいいや乗れよ」
「え?でも…」
「いいよ俺は1限どうせ間に合わないし、玄を阿知賀まで送るよ。昨日の詫びも兼ねて」
「うん、ありがと…」
そう言って玄を自転車の荷台に乗せ龍一は阿知賀女子を目指し自転車をこぎ始めた。
(龍一くん大きくなったな…もう少しくっついても平気…かな?)
昔と比べて大きくなった龍一の背中をまじまじと眺め玄は顔を赤らめながらも龍一にもう少し身を寄せようとする。
「なあ玄」
「ふぇ!?な、なにかな!?」
あともう少しというところで突然龍一に話しかけてこられて玄の体は思わず飛び上がってしまう。
「俺麻雀部に入ることにしたから」
「え?龍一くん中学生になったらなんか運動部に入りたいって…」
「スポーツやりたかったけどやっぱり年下の女子に負けっぱなしはイヤだしな!!せっかく麻雀の強い阿太峯に通ってるんだから少し本気でやってみようかなって…」
「うん、そっかそっか…えへへ」
その言葉を聞いた玄は心の底から嬉しそうに笑い、先程まで躊躇していた距離を一気に詰めて龍一の背中に密着する。
「おおおお前く、くっつくな!!ってかなんで玄がそんなに嬉しそうなんだよ?」
「なんでもなーいよ。あ、ギリギリ間に合いそうかな?それじゃあ行ってまいります」
そう言っている間に二人は阿知賀女子学院の校門前に到着し玄は軽い足取りで荷台から降りると龍一に向けて敬礼をする。
「おう、ちゃんと授業聞けよ」
「龍一くんに言われたくないよー、でもありがとう…」
「じゃあまたな」
「うんバイバイ」
これでまた龍一と麻雀ができる――そう考えるとどうしても頬を緩んでしまいどうしてもニヤケた顔が戻らないので学校の校舎までの距離を玄はその顔を誰にも見られないように全速力で走っていった。
◆
その日の放課後、いつものように阿知賀女子学院では子供麻雀クラブが開かれ指導者である赤土晴絵がいつものように子供たちの指導に精を出しているといきなり携帯電話が鳴り出した。
「あ、ちょっとごめん、はいもしもし」
『赤土晴絵さんだね?』
電話の相手は聞いたことのない落ち着いた女性の声であった。
「はいそうですけど…どのようなご用件でしょうか?」
『あなたプロになる気はないかい?』
「え?」
次回から咲-Saki阿知賀編のネタバレを含むようになるので未読、未視聴の方はご注意下さい。
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