「ふう…」
「玄ー今日どっか遊び行かない?」
帰りのホームルーム終了後、カバンに荷物を詰め終わって玄はこれから木曜日恒例であるこども麻雀クラブがあった教室の掃除に向かおうとすると後ろからクラスメイトで友人の東條由衣に呼び止められる。
「ごめん木曜日はちょっと…」
「あーそっかそうだよね~」
玄が申し訳なさそうに手を合わせて謝る姿を見て由衣は以前玄が毎週木曜日に他校の男子生徒と教室の掃除をしていると言っていた事を思い出しぽんと手を叩く。すると今度はニヤニヤとした表情で玄の顔を覗き込む。
「な、なに?」
「別に~いいな玄は~私も早く彼氏が欲しいな~」
「そ、そんなんじゃないよ!!私はただの幼なじみであってそういう関係じゃないのです!!」
友人のその一言に一瞬で顔を真っ赤にした玄は手をブンブンと振りながら否定する。
「え~本当に~本当はキス位しちゃってんじゃないの~?」
「キキキ、キス!?きゅぅ…」
(うわ…わかりやす…この様子じゃキスどころか付き合ってもいない感じ…まったく頑張りなよ玄)
その由衣の一言で頭が爆発した玄は酔っ払いのようにフラフラしながら再び自分の椅子に座り込み机に突っ伏してしまった。由衣は友人の淡い恋心を心の中で応援しつつ何気なく教室の窓から外と見るとそこには思わず叫びたくなるような光景が目に飛び込んできた。
「あ、く、玄ちょっと!!外見て外!!」
「なに?由衣ちゃん…あ、龍一くん」
由衣に揺すられてまだ顔の火照りが冷めないまま玄も窓から外を眺めてみると普段裏門から阿知賀女子にこっそりと侵入する龍一が今日は何故か正門付近から校舎側のこちらに向かって大声で何かを叫んでいる。
「玄ー宥姉ちゃんー聞いてるか!!!やったぞーレギュラーだ俺はやってやったぞ!!あ、やべ!!」
「こらー!!そこの君何してるんだ!!待ちなさい!!」
普段ならこっそり裏門から阿知賀女子に侵入する龍一だが今日は一刻も早く玄と宥にこの事を伝えたいためまだ二人が校舎に残ってると思い正門の前から大声で叫んでしまった。お嬢様学校の目の前で他校の男子生徒が大声で叫んだりでもしようものなら用務員のオジサン達に見つかってしまうのは当たり前なわけで…たちまち龍一と用務員のオジサン達との追いかけっこが始まってしまった。
「ねえ玄もしかして…アレが例の…」
「……」
(私やっぱりまだ彼氏とかいらないかも…)
まだ自分には男心を理解するには早い。
そう思った由衣は呆然と立ち尽くす玄の頭をそっと撫でてから友人の恋の成就と同じくらい男を見る目も心配するという複雑な心境のまま教室を後にした。
◆
「まったく大変だったんだよ先生達に説明するの、お姉ちゃんは先に帰ってるから私だけで説明したんだから!!」
龍一に大声で名前を呼ばれたことで玄は職員室から呼び出しをくらい、逃走した龍一との関係や彼が以前この阿知賀女子で開かれていた赤土晴絵の麻雀教室に通っていた事など様々な説明を宥は先に帰ってしまっていたため玄一人でさせられた。そのせいかご機嫌斜めのご様子で箒を掃きながらも風船のように口を膨らませている。
「だから悪かったって、でもそれでこれからは堂々と入ってもよくなったんだろ?」
「それは…そうだけど…」
今回のことでよかった事は龍一が木曜日の放課後に限り堂々と阿知賀女子に入ることができるようになった事だ。元々無駄に広い校舎に比べ生徒数や用務員が足りない状態だったので空き教室の掃除まで手が回っていなかったのだろう、学校側としてみれば体のいい掃除屋というわけだ。
「まさに災い転じて福と成すってやつだな!」
「龍一くん!!私龍一くんが変な人じゃないって説明するのすごい大変だったんだからね!!」
「わかってるって、ありがとな玄今度ちゃんとお礼するからさ」
「もう…でもレギュラーおめでとう龍一くん」
「おう!!」
龍一はにかっと満面の笑みで返答をする。
「なあ玄…」
「ん?なにかな?」
「あ、ありがとな…」
「え…?」
「俺の我侭に付き合ってくれて玄と宥姉ちゃんが練習に付き合ってくれなかったら多分…いや絶対レギュラーなんてなれなかったと思う。だから玄…本当にありがとう」
「え?ああうん…」
龍一の感謝の言葉に対して玄はお礼を言いたいのはこちらの方だと思っていた。
恐らく私一人ではこの場所でずっとみんなを待っているなんて耐えられなかったかもしれない…あなたがいなければ私は…玄はそう言いたい気持ちを今はグッと堪えることしか出来なかった。
「ん?どうかしたか?」
「え?あぁなんでもないよ!!じゃあ今日の掃除はおしまいなのです」
「え?いつもより早くないか?」
「今日は龍一くんのお祝いをしなくちゃ、だから準備のために今日は早めに切り上げないとね」
「おい悪いよそんな」
「大丈夫大丈夫~私にお任せあれ!!じゃあ夜7時に私の家に来てね」
「おいちょ、玄!!」
そう言って龍一の静止の声も聞かずに先に教室を飛び出した玄の足取りはいつもより軽やかで思わず勢い余って通学路の下り坂で転んでしまったことは内緒のはなし…
◆
「ばんわー」
その日の夜、龍一は玄に言われた通りに松実館を訪れインターホンを鳴らす。するともう初夏だというのに相変わらず寒そうにプルプルと震えながら宥が玄関まで出迎えに来てくれた。
「は~いあ、龍一くんいらっしゃい~レギュラー入りおめでとう」
「ううう、うんありがとう…」
「うふふ、さあ入って~あれその荷物は?」
前に比べればかなり進歩したが相変わらず宥と話す時は緊張してしまい目を見て話すことができない龍一に宥は優しく微笑みかけると龍一の手に大きな風呂敷を持っていることに気づいた。
「ああいつも二人にご馳走になってばかりだからさ今日くらいはと思って」
「あ、龍一くんいらっしゃい、あ…」
結び目を解き龍一は風呂敷の中から大きな重箱をとりだした。それと同時くらいに奥からエプロン姿の玄が二人の前に現れたが龍一の持ってきた重箱を見て立ち止まってしまう。
「うわー玄ちゃん龍一くん上手いね」
「へへ伊達に板前の息子じゃねーよ。ん?どうした玄」
重箱の中身はまるで料亭で出しているかのような豪勢で見た目も煌びやかな料理の数々だった。龍一は久しぶりに作った料理の出来栄えに自画自賛しながらも照れくさそうにしていると、玄がこちらに向かってきた時に比べて明らかに元気がないことに気づく。
「え?ううんなんでもないよ」
「……」
龍一はこの時玄が咄嗟に手に持っていた何かを手を後ろに回して隠したのを見逃さなかった。
「…玄後ろにおっぱいお化けが」
「え!?どこどこ?あ!!」
その瞬間龍一はパッと手を回して玄の背中に隠していた物を奪ってみるとそれは小さな小鉢にであり中には綺麗に盛り付けられた肉じゃががあった。
「ん?肉じゃがか?」
「えっとその龍一くんのお祝いだから好物の肉じゃが作ってみたんだけど…やっぱり龍一くんのと比べると私のなんて全然すごくないし…あはは…ごめんねすぐに片付けるあっ!!」
そこまで言いかけた玄の目の前で龍一は小鉢の中の肉じゃがをヒョイっとつまみ口の中に放り込む。
「ん、んまいあんがとよ玄、俺の好物覚えてくれてたんんだな」
「……龍一くん」
「よかったね玄ちゃん。じゃあ龍一くん私からもはい」
そう言って宥はおそらく手編みであろう毛糸で編まれた暖かそうなニット帽を龍一に手渡す。
「ありがとう宥姉ちゃん、寒くなったら風呂以外ずっと被ってるわ」
「え~今も寒いよ~」
「あはは、それは宥姉ちゃんだけだって、って玄おおおお!?ダメダメダメだって!!!おおおおお前離れなさいよ!!」
「えへへ、嫌なので~す」
突然玄が龍一の腕に抱きついてきて、龍一が腕に当たる確かな柔らかい感触に頭がショート寸前になっていることなどお構いなしに玄は嬉しそうに腕に抱きついて離れようとしない。
「わかった、なんだ要求は金か?それとも俺の秘蔵コレクションか?お願いしますベッド下の左奥にあるのだけは勘弁してください!!」
「え~じゃあね…りゅ、龍一くんにあーんってしてもいいかな?」
「へ?そんだけ?秘蔵コレクションじゃなくて?」
「うん…ダメかな?」
「い、いいぞほら」
あまりの意外な返答に龍一は耳を疑う。なぜそんなお願いをしたのかはわからないが玄が耳まで真っ赤にしてお願いしているというのは本気なんだろうと思い、龍一は恥ずかしさはあるものの準備万端とばかりに口を大きく開ける。
「は、はいあーん…」
「ん」
「ど、どうかな?」
「どうかなってさっきも言ったけどうまいよ」
「あ、そうだったね、あはは…」
「……」
秘蔵のコレクションを取られるよりはマシかと思ったが実際してみると恥ずかしさのあまり玄の顔を見ることが終わった後もできずにいる。玄の様子は見えないがおそらく自分と同じ状態だろう、なぜ玄がこんな要求をしてきたのか全く龍一には心当たりがないので少し考えてみるとその事とは別にあることを思い出した。
この空間には自分と玄の他にもう一人の人物がいることを…
しかもその人物は自分の想い人であるということ…
恐る恐る宥の方に目線を向けると顔を両手で隠しながらも指の間からこちらの様子をバッチリ伺っている宥の姿があった。
「あ、あの宥姉ちゃんこ、これは…」
「あわわわ龍一くんと玄ちゃんすごくあったかいね~」
「いや…違うんッス…な、なあ玄ちょっとお前もちゃんと説明をっておい!!!」
やろうと言った本人の玄が自分以上に顔を真っ赤にして放心状態になっており、言葉通りまさに自爆である。玄が話せる状態ではないので龍一一人で何かいい弁解を考えなければ思っているとポンポンと優しく宥に肩を叩かれる。
「じゃあ今度は私もお料理作って龍一くんにあーんしてあげるね」
「……」
「あわわわ!?龍一くん大丈夫!?」
龍一は宥の一言で今日一日いろいろあった事をギリギリのところで保っていた意識がプツンと切れてしまい、消え行く意識の中で宥の手料理とあーんさせてもらえるなら死んでも構わないと本気で思ったためか意識を失った龍一の顔はとてもニヤついていたのであった。
投稿が遅れて申し訳ありません。
リアルが忙しくてなかなか時間が取れずいつも間にもう秋になってしまいました。やっと落ちついててきたのもう少し更新頻度が上がるといいな…
PS.ゲームの中の玄ちゃん強すぎ
それではご感想、ご意見ドンドンお寄せくださいお待ちしてます。