3月のラプソディー   作:スズカサイレンス

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久しぶりすぎて申し訳がないです。
アニメの二期が始まったので頑張って書いてみました。
よければ読んでください。




第8話 

◆◆◆◆

 

昔、父さんの指導を一緒に受けていた頃。

唐突に姉さんに問われたことがあった。

 

『歩は、将棋好きじゃないの?』

 

驚きを隠すのに苦労したことを覚えている。

丁度、このままだと将棋が嫌いになってしまいそうだと感じていたばかりだったのだ。

どうしてそう思ったのかと聞くと姉は思案顔で答えた。

 

『うーん。だって、将棋を指している時の歩。ちっとも楽しそうじゃないんだもの』

 

鋭すぎて笑いが出てくるほどだった。

そう、あの時の俺はちっとも楽しくなんかなかった。ただ苦しいだけだった。

でも、そう素直に認めるのもなんだか嫌で、俺は姉に問い返していた。

 

『姉さんは、将棋、楽しい?』

 

返ってきたのは満面の笑みだった。

 

『大好きよ!相手に勝つのも、負けた原因を調べて強くなるのも!』

 

『そして何より…』

 

『勝ったら、お父さんが褒めてくれるもの!』

 

あの時の笑顔を俺は覚えている。

 

 

哀しくなるくらい、覚えている。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

ある日曜日の事。

その日俺は、とても困っていた。

 

 

「暇だ…」

 

 

出された課題をすべてやり終え、買いためてあったはずの本はいつの間にかなくなっていた。

そう。今世での至上命題がまたもや俺を苦しめていたのだ。

 

「テレビは…。ダメだ。ゴルフと競馬しかやってない…。

馬券を買えない競馬に何の面白さがあるのか…」

 

そんな世迷言さえ呟いてしまう。

思考はあちらこちらへ行ったり来たりしていた。

 

 

「そうだ、出汁だ!」

 

唐突に閃いた。

 

俺は普段から料理に使う出汁をその時に使う分とは別に取って作り置きをしていた。

作り方は単純で、水に昆布を一晩漬けておき火にかけ沸騰直前に取り出す。

差し水をして火を止め鰹節を淹れる。それを弱火で加熱して沸騰直前で火を止める。

あとは灰汁をとって濾せば出来上がりだ。

 

何に使うにもこの出汁は便利で、姉の夜食のうどんにも。

小腹がすいたときの茶漬けにも。

野菜が余った時の大盛りの味噌汁を作るときにも大いに役に立つ代物なのだ。

 

残りがどれだけあったか。

確認するためにキッチンに向かう。

冷蔵庫を開けると、確かに残り少ない作り置き出汁が確認できた。

 

「じゃあ、作るか」

 

ようやく目的が出来た事に笑みを浮かべながら作業に取り掛かる。

さて、まずは昆布を水につけるところからだ。

 

厳密にならなければ2~3時間でも構わないのだが事出汁というものに限った話ではこだわったほうが美味しいものができるのだ。

今日の所は昆布を水につけるだけにして、夕飯は洋食で済ましたいところである。

そう決めた俺は、一応の確認のつもりで棚を開けていた。

 

「鰹節が…ない?!」

 

そう。そこにはあるまじきことに鰹節がなかったのである。

正確には、切れかけの粉のようなものはわずかに残ってはいたのだが。

 

「買いにいくか…」

ちょうどいい用事が出来た事に一息つき、出かける準備を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

「あー。あっついなぁ…」

 

じりじりと照りつける日差しの中、商店街を目指して歩く。

気温のせいかあまり人影は多くなかった。

 

残りの夏休みの日数と、それの消化方法を考えながら歩いていると、メクドナルドが目に入った。

長い事食べてないなぁと思っていると、聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「ギガメックかぁ…。いや!よそう!」

 

「桐山はいつも何食ってんの?」

 

「オレかぁ。オレは一人の時はパンとかニコニコ弁当とかメックとか吉田屋の牛丼とかかな」

 

「あ…でも最近は、時々知り合いの家で…って兄さん!?」

 

そこには驚いた様子でこちらを見る零と、あまり顔を合わせたくない相手が立っていた。

 

「おお!歩殿ではありませんか!お久しぶりですね!」

 

「うぇ!?に、二海堂君!?」

 

「はい!二海堂晴信です!お元気そうでなにより!」

 

溌剌とした笑顔を浮かべてこちらを見る彼に思わず苦笑する。

俺はこの熱すぎる弟の戦友が、どうも苦手なのだ。

何でか慕われているらしいその勢いと彼のまっすぐさが。

なんだか、無性に胸を掻き毟られるのだ。

 

「兄さん、こんな所でどうしたの?」

 

「ああいや、ちょっと買い物にな。お前こそなにか…」

 

「ボドロ―――ッッ!!」

 

「はっ!?モモちゃん!?」

 

カオスは止まらない。

新たなる侵入者に少し目をくらませてしまう。

 

「桐山、知り合いか?」

 

「あ…えーと…うーん…」

 

「今たしか「ボドロ」とこの者が叫んだように聞こえたのだが…」

 

「ボドロってあれだろう?子供から大人まで大人気のあの名作アニメ映画に出て来た森に住む知的生命体の事であろう?あの神秘的な…」

 

ボドロについて二海堂君が語っているのをよそに一息つく。

予想外の零との遭遇と苦手な相手との対面に少し戸惑っていたのだ。

 

「よし、ではモモ君。手をつなごうではないか。往来は車がいきかいキケンだからな」

 

すると、モモちゃんを送っていくことに話は決まったようだ。

二海堂君がモモちゃんの手を取って歩き出すと、目の前に顔を赤くした何かに見惚れたようなあかりさんと手を振るひなちゃんの姿が見えた。

 

「あの…れいくん…そちらは?」

 

あかりさんっ!?

思わず内心で叫ぶ。

そこですかっ!?貴女のストライク!?

 

心なしかいいなと思っていた女性の思わぬタイプに動揺しながらも、流れのまま夕食へ招待されることになった。

 

買い物ぉ…。と思わなくはなかったが、空気は読めるタイプである。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「…うん。美味しい」

 

 

あかりさんの作った料理は、とても美味しかった。

薄味だが、しっかりと味が付いていて噛めば噛むほど染み渡る。

 

唐突に、来客を告げるインターホンが鳴り響く。

 

「夜分、大変失礼いたします…。こちらでお坊ちゃまがお世話になってらっしゃるようで…」

 

 

おおぅ。そういえば。

二海堂君は結構なお坊ちゃまだったけか。

 

 

話を聞くと、花岡さんというらしいこの老人は二海堂君の執事らしい。

手土産片手にあかりさんと歓談している。

 

 

「まぁ、奇遇ですわ。私もこれ大好きなんです!!すっごく!」

 

ゆるゆる。ゆるゆる。

のんびり過ぎていく夜。

あたたかい光は他人を照らして、支えあっていく。

ああ、いいな。

心の底から、俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

ち・な・み・に☆

 

 

「あ・ゆ・む・く~ん?」

 

「ええ、はい…」

 

「タ・バ・コ。もう吸ってないわよねぇ~?」

 

「ええっと…ああ…」

 

「ん~?返事が聞こえないぞ~?」

 

「あの…。勘弁してください…」

 




◆◆◆◆

今現在の登場人物の原作との変更点

幸田歩。――原作では義弟だがここでは義兄。自ら将棋をやめたことを零と父に対し少し後ろめたい気持ちがある。
姉香子に対しては受けていた仕打ちから過保護気味に扱う。姉が好きであかりに少し憧れている。

桐山零。――引き取ってくれた幸田家に対する罪悪感と、その中で何かと気遣ってくれている歩。
      それを見ていい気のしない香子に挟まれ複雑な心境。兄の事は割と大好き。

幸田香子。――自分を見捨てた父と愛を奪った零を憎しみつつも早々に将棋を捨てても自分を大切にしてくれた歩に少し依存気味。後藤に好意は持ちつつも、歩に彼女ができたら多分病む。

川本あかり。――歩とはバイト先の店で知り合い、その後零の兄と知って顔見知りになった。
        複雑な家庭環境の中自分と同じように奮闘する彼を何かと気に掛ける。

川本ひなた。――ほぼ原作と同じ。歩の事は「歩さん」と呼ぶ。

川本モモ。――ほぼ原作と同じ。歩の事は「アメのお兄ちゃん」と呼ぶ。

川本相米二。――ほぼ原作と同じ。歩とは行きつけの居酒屋の常連なので顔なじみ。
      達観した姿を心配しつつ気に入っている。


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