キィン!! ザシュ!!
「フィン、今日はこれくらいにしよう」
「はっ、キュアン様」
キュアンは汗を拭いながら、今訓練に使っていた練習用の槍を片付け始めた。
それを手伝うフィン。
「そうだ、フィン」
キュアンは自分の荷物が置いてある馬車から一本の槍を持ち出してきた。
「これをお前にやろう、勇者の槍という物だ」
キュアンの持つその槍は太陽の光を反射して美しく輝いていた。
見ただけで一級品の槍だと分かる。
「ありがとうございます! キュアン様!」
フィンはその槍を大事そうに抱えた――
「マクール」
フィンは暗がりから声をかける人影に目をやった。フィンの目が暗く鋭く光る。
「マクール、キュアンへの任務の状況はどうだ?」
人影は暗がりから姿を現さず、声だけをかけ続ける。
フィンはその人影に対して答える。
「キュアンの暗殺任務はしばし待たれよ」
フィンはロプト教団の暗殺者であった。
彼は物心ついたときから暗殺者としての技術を叩き込まれ、十二、三歳になる頃にはロプト教団でも指折りの暗殺者となった。
彼自身の才能もあったが、ロプトゥスの血をわずかながら引いていたのも影響しているだろう。
あるとき、フィン―ロプト教団での彼のコードネームはマクールというが―にレンスター領主キュアンの暗殺任務が与えられた。
ロプト教団の考えでは、きたるロプトゥス降臨の際に妨げになる要因は一つでも多く取り除いておきたいという事だろう。
フィンはこの任務を喜んで引き受けた。
もちろん命令であるから逆らう事など出来ないのだが。
フィンはレンスターに騎士見習いとして潜入した。
幼い頃から厳しい訓練を受けたフィンはレンスターの騎士見習い達の中でもめきめきと頭角を表し、数年経つ頃にはキュアン直属の騎士見習い部隊の一員となることができた。
キュアンがグランベルのシグルド公子の救援に向かうとき、当然ながらフィンもその救援隊に志願した。
フィンとしてはこの救援隊が派遣されている時にキュアンを殺したかったが、いくつかの問題が起きた。
まず、第一にキュアンとその妻エスリンの間にはすでに娘が産まれており、キュアンを無きものにしても、彼女が神器ゲイボルグを継承してしまう可能性があること。
もともと、キュアンの力というより、神器を扱える者がロプト教団に歯向かう事を教団は恐れていた訳であり、キュアンを暗殺してもゲイボルグが手に入らないと意味が無いということであった。
もう一つの理由は、その神器ゲイボルグが消息不明であるということ。
フィンはキュアンがゲイボルグを持って救援に向かうと考えていたが、そのゲイボルグが見当たらない。
レンスターにも無いようだ。
キュアン暗殺と同時にゲイボルグをも入手しないと任務を達成したとは言えない。
「フィン、なかなか腕を上げたな、しかしまだまだ未熟な所がある。私が稽古をつけてやろう」
ウェルダンの森でキュアンがフィンにそう声をかける。
「はい! 喜んで!」
フィンは好青年を演じながらキュアンに答える。
本来ならフィンの実力はキュアンよりもはるかに上であるのだが、それを隠し、未熟な騎士見習いを演じる。
「キュアン様! この槍を私の宝とします!」
フィンは勇者の槍を片手に熱っぽくキュアンに答える。
フィンにはある焦りがあった。
ゲイボルグが見つからない。
どこにあるのだろうか?
キュアンの妻エスリンがキュアンにある槍を差し出したのをフィンは何気なく見ていた。
その差し出された槍を見てフィンの目が大きく開かれる。
「ゲイボルグ……!」
フィンの目に暗く、鋭い光が差した。
「フィン」
キュアンがレンスターへの帰還の最中にフィンに対して声をかける。
「何ですか? キュアン様」
フィンに対してキュアンは少し二人で話がしたいと切り出した。
「フィン、これを預かって欲しい」
そう言い、キュアンは一振りの短い槍を見せた。
「フィン、これは金葉の槍と言うものだ。この槍は準神器と言うもので、いわばこのゲイボルグの欠片みたいな物だ」
キュアンはやや冗談めかしてフィンに槍の名前を言った。
キュアンによれば準神器と言うものは神々の血を僅かでも引いていれば扱える神器であるということ。
神器には及ばないが、強力な力を秘めた武器であるとフィンに語った。
キュアンはこの槍をフィンに預かって欲しいということらしい。
「何故、私にそのような大任を……?」
フィンの疑問に対してキュアンはこう答える。
「どうもレンスター軍の中に私の命を狙う者がいるらしいのだ、時折殺気を感じる」
フィンは一瞬暗く目を光らせたが、キュアンはフィンの様子に気づかずに話を続ける。
「もし私に何かあったとき、私の子供、つまりアルテナか今エスリンのお腹にいる子にこの槍を渡して欲しいのだ」
キュアンはうつ向いているフィンに対してこう語る。
フィンは顔を上げることが出来ずにそのまま話を聞く。
「お前はレンスターの中で最も信頼している家臣だ、お前にしかこの槍を預けられない」
キュアンを呼ぶ声が遠くから聞こえる、キュアンはフィンに「よろしく頼む」と言い、その場から立ち去ろうとした。
そのキュアンの背中にフィンはこの槍を投げ、キュアンを刺し殺そうしたが、どうしても出来なかった――
「お前はレンスターの中で最も信頼している家臣だ」
その言葉がその後のフィンの人生を縛り、変えていく事となった……
フィンは今、バーハラ城の一室で昔の事を思い出していた。
あれからもう二十年近くたつ。
キュアンはイードの砂漠でトラキア軍に妻のエスリン共々殺された。
フィンはキュアンに「砂漠を騎兵隊で突破するのは危険です、お止めください」とキュアンを止めようとしたが、キュアンは聞かなかった。
フィンはロプト教団の者からトラキア軍が砂漠でキュアン達を襲うつもりだと聞いていた。
自分とロプト教団の事を隠しながら「嫌な予感がする」と言って必死に止めたのだが、キュアンは耳を貸さず、しまいには「お前は私にシグルドを助けるなと言うのか!?」と激怒した。
その後、フィンは幼いキュアンの息子、リーフを長い間守り続けた。
その間もフィンはロプト教団の者とリーフに秘密で連絡をとり続けた。
フィンはロプト教団の者に
「今、リーフを手なずけておけば、将来ロプト教団の為に役に立つ」「リーフを生かしておく為に少し食料が必要だ」とロプト教団から必要な物資を調達した。
また、ロプト教団やグランベル帝国からリーフを殺せと言う命令が来たときも「私が機会をみてリーフを殺す」と誤魔化した。
フィンの二重スパイはリーフが解放軍に合流してからも続いた。
様々な裏からの解放軍に対する魔手から「私が機会を見ている」と連絡員に対して話し、その行動を取り止めさせた。
しかし、解放軍には「忠臣フィン」の顔しか見せず、彼の素性を疑う者はいなかった。
ロプト教団からのフィン―ロプトでのコードネームはマクールであるが―の評価は非常に高かった。
教団内では「キュアンを形はどうあれ仕留める事に成功し、ゲイボルグを帝国の同盟国であるトラキアに渡すことにも成功し、さらにその息子を手なずけている」になっているのだから。
その為、フィンの言葉に疑問を持つ教団の者はいなかった。
フィンはバーハラの一室で新生グランベルの誕生パーティーを眺めていた、酒瓶を片手にフィンは一人乾いた笑みを浮かべる。
自分は解放軍、ロプト教団両方からの裏切り者である。
結局、自分は忠臣という仮面を外さなかったし、今でも解放軍そのものに対しては大きな感傷はない。
それに理由はどうあれ自分の生き方は誰が見ても褒められたものではない。
「フィン、焼き鳥買ってきたよ」
リーフがフィンに焼き鳥を勧める。
礼を言って焼き鳥を受けとるフィン。
しかし、このリーフの笑顔を見ていると、フィンは幾分かは救われた気持ちになるのであった――