ギャンブルタンカー野郎どもとプロリーグ二軍補欠女子たちのスペシャルマッチ。
重賞戦あつかいの格式で、テレビ中継まであるこの試合の火ぶたが切られようとしている。
日本全国の場外戦車券売り場は、もはや立錐の余地すらない大混雑だ。
はたして、常勝無敗のシャーマン「ホラー号」に、ついに土がつくのか。
もし負けることがあるとすれば、今回が最初で最後の機会になるだろう。
競戦車道ファンの期待と、(5対10という初めての女子側不利の戦いのため)女子側オッズは
天井知らずのうなぎ登りである。
場内の南北にあるゲートに納まった戦車に、それぞれの陣営の選手たちが乗車した。
ゲート係員が、無線で競技本部に無事故終了を報告する。
タワーの上の審判長が、すべて順調との報告を受けて、手旗を用意する。
試合時間は6時間。開始時刻の正午まで秒読みに入っている。
そしてついに30秒前。
審判長が手旗を掲げ、楽団が出場のファンファーレを奏でた。
場内の大時計の分針が動き、正午を指す。
審判長が手旗を振り下ろすと同時にゲートが開き、15両の戦車が全速で場内に放たれた。
大観衆の怒号と、履帯の立てる金属音、エンジンの咆吼が協奏曲を奏でる。
やがてそれは「戦場音楽」というものにとってかわられるであろう。
大方の予想を覆し、男子チームは機動戦に出なかった。
全車ダンゴ状態のまま、西側にあるブッシュゾーンに入り込む。
本来、観客に「見せる」試合をする彼らは、基本的に遮蔽物を使わない。
女子側にも「当てさせてやって」見せ場を作ってから倒すのが身上だったはずだ。
一方女子側は3両と2両に分かれ、みはらしのいい高地を目指す。
ホラー号を中心に、林の中で円陣を組んだ男子チーム。
戦争親父以外の車長全員が、ホラー号に集まってきた。
「おい、新入り。例のブツを出せ」
鹿次は試合前に渡された小さな段ボール箱を取り出し、開封して中身を出す。
中から出てきたのは高解像度CCDカメラを搭載した小型の「ドローン」だった。
スマホで操作できるタイプであり、鹿次はいまスマホに操作アプリをダウンロードしている。
ドローン自体は戦争親父が手に取った。
「とりあえず、連中のお手並みを拝見といこう。
新入り、飛ばせ」
鹿次がスマホを操作すると、ドローンの4枚のローターが回り出す。
戦争親父はドローンを手のひらに乗せていたが、回転が十分と見るとドローンを空に放った。
「あれでも、満充電で3時間は飛ぶことができる」
ドローンの動画は、リアルタイムで鹿次のスマホと戦争親父のタブレットに転送されてきた。
車長たちは、食い入るように戦争親父のタブレットの画面を見つめている。
「二手に分かれて移動、か」
「親父、ドライバーが腕っこき揃いだな。今までの女子チームの倍の展開速度だ」
「俺は別に三倍でも驚かねえ……。
野郎のプロ一軍ならそのくらい朝飯前だ。
むしろ、足の遅いのは戦車の方じゃねえのか?」
車長たちは全員、戦争親父に顔を向ける。これでも遅いというのかと。
「A41。わかりやすくいうとセンチュリオンの戦中型は、歩兵戦車じゃないのに速くねえ。
巡航戦車ってたてまえだが、実質、なみの戦車よりちょい遅いくらいだ。
SOHCのミーティアエンジンは、回転で馬力をかせぐタイプの航空エンジン、マーリンの
戦車向け仕様だ。ガスガスラー(大食らい)で、下がスカスカなんだ」
航空機エンジンのデチューンには、ままあることだった。
アメリカの星形改のように最初から大排気量なら、何してもトルク(駆動力)がやせると
いうことはない。そのかわりエンジンルームがでかくなってしまうが。
しかしマーリンは、小型で大馬力(空気抵抗を減らすため)が売りのエンジン。
デチューン、つまり出力曲線を落としてトルクに回そうとしても限度がある。
なぜなら、出力はトルク×回転数だからだ。回転数だけ落としてもトルクは増えてくれない。
マーリンからミーティアにしたときも馬力は半分以下になって耐久性は増したが、という話。
つまり、どれだけ重いものを運べるかがトルクの量であり、ある重さのものをどれだけ速く
目的地に届けられるかが馬力=パワーだ。
車体重量を左右するのがトルク。最大速度を左右するのが馬力といってもいい。
トルクを強くしたければ、一気筒あたりのボア(直径)を増やして、ピストンストロークを
長くすればいい。しかし、ピストンの重さがふえて、回りにくいエンジンになる。
馬力を増やしたければ気筒を小さく、ストロークも短くして回りやすくすればいい。そのぶん
排気量をかせぐために多気筒のエンジンにする。ところが当然トルクは薄くなる。
さて、バイクに向いているのはどちらで、戦車に向いているのはどちらだろうか。
「つまり、重いセンチュリオンはコーナリングや荒れた地形で回転数が落ちたら、
ピーキーなエンジンだからリカバリーができずに、ドン亀になる。
そうならないのは、エンジンの回転を維持して走れるドライバーの腕だ」
戦闘機も実際は変速機がついている。プロペラのピッチ(回転する方向に対する角度)と
あわせて、離陸時にはプロペラをぶん回し、最高速度に近くなるほど回転を落とす。
それが意識されないのは、第二次大戦時ですでにほぼオートマになっていたからだ。
だからマーリンがどがつくピーキーなエンジンであっても、問題はなかったのだ。
ひたすら回していればいいのだから。
マニュアルミッションの戦車ではそうはいかない。
だから戦車をレーシングマシンと勘違いしているドライバーがいい。A41の場合は特に。
しかし、ポルシェのおっさんが作ったエンジンだけは、いくらアンツィオラリーストどもでも
どうにもならないだろう。自動車のエンジンの設計で戦車のエンジン作っているから。
はなっから、走るわけがない。
さて、ここでも男女差が普通は出てくる。
機械に対する理解力に差があるからだ。適性といってもいい。
別に男尊女卑の根拠をあげているわけではない。逆に女性の方が圧倒的に有利な分野もある。
フィギュアスケートのように、ほぼ対等なスポーツだってある。
(だから同じ会場で同時開催ができるし、男女ペアの種目もある)
ただし戦車をあつかうことについては、女子の適性はほぼどん底だ。
車やバイク以上に不向きだ。戦車兵でいることは、野郎にとっても相当キツいことだ。
「だが、わかんねーのがシャーマン2両の動きだ。
A41の盾になっているように思うな。つまりは「捨て駒」か?」
「……」
僚友の疑問に、沈黙で返す戦争親父。
常識で考えればそうだろう。A41の車長はまったくの子どもなのだから。
だが、戦争親父は、鹿次が一番過剰な反応を見せたのが「しまだありす」なのを覚えていた。
鹿次が最初に叫んだあと、急にダンマリになったのをいぶかしんでいたのだ。
彼が答えの代わりに口にしたのは、もう一組の敵のことだった。
「ふん、こっちの2両は見かけこそ似たように見えるが、明らかに車重がちがうな。
それなのに横隊を組んだまま、無駄のないライン取りで走らせている」
まちがいない。天然なのは3人目の硬直少女だけだ。
鹿次の反応が「ああ、やっぱり」だったのを、戦争親父は見逃さなかった。
4人目はおそろしく芝居がヘタだった。それに途中までは「地」が見えていた。
不器用すぎて策を弄せるタイプではない。
おそらく一騎討ち上等の猛将型だと、戦争親父は思っている。
硬直少女も不器用は不器用だが、オーラが見えない奴だった。
つまり、あれでα波出しまくりでリラックスしているのだ。本人も気づいていないようだが。
最後のガキは、あと少しでダマされるところだった。
戦争親父は鹿次の目線から小娘悪魔を見直し、そこにありえないものを見た。
そして、ふたつの分隊は、それぞれ高地に陣取った。
俯角をとって、ハルダウン気味に撃ち降ろす。そういうことにちがいない。
ならば……。
「おい、新入り。
ドローンはホバリングさせとけ。
作戦はB案で行く。総員乗車だ。かかれ」
野郎戦車乗りたちは、即座に行動を起こした。
日頃の訓練のたまものだろう。
乗車と同時に、手早く各自が持ち場のコンディションをチェック。
あっというまに全員が「異常なし」と報告を返す。
車長たちが「出撃準備よし」と戦争親父に報告を返すまで、1分もかかっていない。
「よろしい。A班前進」
最初に動きだしたのは、KV-1Cの5両だった。
乱れのない単縦陣で、速度をそろえて進撃していく。
平地ではなく、林の中を悟られないように排気音抑えめで進んでいるが、決して遅くはない。
戦争親父は、私物の軍用クロノグラフで時間を計っている。
A班進発から、正確に5分35秒が過ぎた。
「B班、予定どおり行動せよ」
今度はM4A1/76(W)の4両が、すばやく単縦陣を組み、やはり林を抜けて前進を開始。
あとには、ホラー号だけが残された。
『ふふふ、面白いことしてたじゃない』
またまた鹿次の頭の中だけに声が響く。小娘悪魔だ。
こっちのドローンに対抗して「鷹の目」的な魔法か、使い魔でも使役しているというのか。
『だから、魔法は使わないっていったわよね。
その気なら、あなたたちの周囲に、とっくにワープしているわ。
それに、私が本当は何年生きているか、知ってるでしょ?
ドローンはハンデとして認めてあげるわ』
鹿次は心の中だけで「それ、どこのデ○ラー戦法だよ」とぼやく。
確かにそんなマネされた日には、誰も太刀打ちできないだろう。
しかし小娘悪魔は、純粋に頭脳と経験値だけで男性陣の動きを読み切ってみせるという
つもりらしい。
正直言って鹿次には、戦争親父だって何を考えているのか読めないのだ。
悪魔の考えならなおさらだ。
だが、面白い物を見ることができそうだ。
このときの鹿次は、すっかり以前の戦車道ファンだったときの気分になっていた。
「この風、この肌触りこそ、闘争だ」
期せずして、戦争親父と小娘悪魔は同じセリフを口にした。
もっとも、互いにそのことは知るよしもなかったが。
「何か言った? ありすちゃん」
チビガリオヤジの生徒会長が、小娘悪魔に問いかける。
「あの男に『戦いに敗れると言うことは、こういうことだ』とか言わせてみたいわ。
――AおよびB号車、前方2,000mを注視。もう来るわ」
直後、その2,000mかなたから、ブッシュをかき分けるようにKV-1Cの縦隊が出現。
5両目が林を抜けると同時に全車が同じタイミングで90度転回、正面を彼女らに向ける。
「ディアブロよりセラフィム。状況は想定Cだわ」
小娘悪魔は罰当たりにも少佐カットを最上級の天使と呼んだ。
その熾天使様からの返答は無線ではなく、各自のスマホに表示されている。
少佐カットが熾天使なのは、たぶん常に顔を隠しているからだろう。
「各車、機関始動。敵が1,500まで接近するまで待機」
「ケルビム、ロージャー!」
これは「多国籍軍」の方のM4A3。4つの陣営で構成されているから智天使ケルビムらしい。
「アルカンジェロ、了解した」
大天使は、すべて甲冑を着こんだ武装天使だ。
ある意味でもっとも戦車道を体現していると言われる知波単らしい。
むろん吶喊ハイの事ではない。
『スローンズはセラフィムをガードしつつ、予定行動に移る』
これは肉声ではなく、無線だ。
座天使スローンズは、神の座乗する戦車の乗員だ。
誰のことかは、言うまでもなかろう。
一方で、戦争親父も男子Aチームから戦闘配置についたと報告を受けている。
「アルファリーダーよりワーダディ。
予定どおり敵Aグループの正面2,000mに進出するも、敵発砲せず」
『戦争親父、了解した。
直ちに接敵前進乙法にて前進せよ。同時に行進間射撃、当たらずとも構わん』
KVチームのリーダーは、言われるまでもなく移動するつもりだった。
ただ、「く」の字をくりかえし描いて「昼飯の角度」のままラッシュとは思っていなかった。
しかし彼らは、この不規則な「く」の字運動を、きれいにシンクロさせながらやってのける。
牽制射撃の方はタイミングがそろわないよう、各車が不規則に射撃する。
撃っているのは、撃破ではなく、乗員に頭を引っこませることが目的だから榴弾だ。
行進間にもかかわらず、みごとに敵の周囲に爆発の花が咲く。
このときまでに男子チームB班は、悪魔たちの分隊の500m後方に進出を終えていた。
Bチームのリーダーも、予定どおりと報告するために通話を始める。
「ブラヴォーリーダーよりワーダディ。
これより敵Aグループの後方より挟撃を仕掛け……」
『こちらアルファリーダー!
敵は高地を下り、直進でこちらに向かいつつあり。指示を請う』
「ブラヴォー、ワーダディ。予定どおりでよろしいか?」
挟撃されると見た悪魔チームが、対応して動きだす。
小娘悪魔たちは、男子A班が前方1,500mに達した直後、出せる全力で占拠していた高地から
一直線に彼らめがけて突撃を掛けてきた。
戦争親父は、ただちに両グループに指示を送る。
『アルファリーダー、その場に停止。
昼飯でヤツらを撃て。1両ずつ確実にな。
被撃破が出ても構わん! 賞金は補填してやるから敵を倒すことだけ考えろ。
ブラヴォーはただちにヤツらが占拠していた高地に進出。
ヤツらの後背や上面を撃て!』
男子A班はKV-1最強の防御で知られるC型の装甲を信じ、「昼飯の角度」に車体を構え、徹甲弾を撃つ。
41.5口径76.2mm戦車砲ZIS-5なら、1,000mを切ればシャーマンの車体正面を抜けるはず。
5門のZIS-5が向かって右側、「アルカンジェロ」をレティクルに捉える。
砲手が車体中央の左50cm相当に狙いをつける。
大戦型戦車は(日本はどうか知らないが)狙撃銃のような「ゼロイン」はとらない。
ゼロインは、あらかじめ狙撃ポイントと標的の距離が明らかで、しかも銃身と照準眼鏡の
水平方向の軸線が一致している狙撃銃だから取ることができる。
第二次大戦までの戦車の照準儀は、砲身とまったく平行になるよう調整される。
有効射程は2km以上。どうせヘアライン(十字:かつては本当に毛を使った)のど真ん中に
標的を捉えることなどない。戦車道の砲手はどのみち勘と経験で弾道を予測する。
距離に応じて右(アメリカ戦車は左)にどれだけずれて着弾するか知っていればいい。
それ以上のズレは気流のせいだ。そこまで面倒は見られない。乱数の世界だ。
しかし、1,000mならまだ気流の影響はそれほどではない。
KV5両は、満を持して主砲を撃つ。砲声がきれいにそろい、1門だけが撃ったかのようだ。
徹甲弾仕様の競技弾はそのすべてが大天使の正面に命中。そして、……すべて弾かれた。
「なんだと……」
大天使様は、まったく無傷だよーんといわんばかりに、そのまま向かってくる。
しかしあっけにとられたのはほんの一瞬、気を取り直したKV集団は再び統制射撃を見舞う。
だが、眼前800mで撃った砲弾は、またことごとくはじき返された。
もはや、フロックなんかではない。
アルファリーダーが事の次第を急いで戦争親父に報告する。
戦争親父には、もはやひとつしか心当たりはなかった。
『くそったれ!
そいつらはA3はA3でもシャーマンじゃねえ。E2ジャンボウだ!!』
M4A3E2ジャンボウ突撃戦車。これこそ本来のアメリカ兵器の有り様に沿った戦車。
砲塔防循177mm、車体前面46度102mm、下面は140mm曲面。なのに重量たった38トン。
ティーガーどころかパンターすら寄せ付けない重防御。やればできる子である。
そして本来の仕様と異なり、76.2mmM1砲とイージーエイトの足回り。
額面出力は同じでもトルクに優れるディーゼルの四式エンジンを積んでいる魔改造だ。
『畜生! HVSSの足回りにダマされた。
アルファリーダー、損害に構わず突撃せよ』
『ブラヴォーよりワーダディ。後方2,500に敵1両出現。戦術変更有りや?』
「だめだ逃げろ! 俺と合流し……」
その時、戦争親父の脳裏に何かのあからさまな殺気がよぎる。
「操縦! 全速前進!!」
間一髪だった。
ホラー号が動いた直後、もといた位置に長砲身の撃った徹甲弾が降ってきた。
「操縦、左90度全速! ん?
……テメエは!」
「あなたの相手は、私です」
安定の少佐カットがそこにいた。
戦争親父にとっては、完全な不意打ちとなった。
敵Aグループに対しKV隊を差し向け、後方をシャーマン隊が扼する。
おそらく敵Bグループは交戦開始とともに挟撃を読んでシャーマン隊の後ろへつく。
それをさらにホラー号で追うという、三段構えの作戦だった。
だからB班が「2両発見」と報告したら、予定どおり挟撃させることにしただろう。
しかしB班の後ろに出現したのは1両。当然もう1両の狙いはホラー号。
ならばすでに交戦中のKVは捨て石にし、シャーマンだけでも合流させ、戦力を集中。
それでも数ではタイだから、やりようがあると思っていた。
しかし敵は、ホラー号の位置さえ読んでいて、少佐カットが自ら一騎討ちに出たようだ。
距離わずか300m。
(こんなところまで接近を許すとは、俺もヤキが回ったな)
だが、インファイトなら自分が格下でも勝機はある。戦争親父はそう思った。
しかし、こいつはあのとき硬直していたのとはまるで別人。
背後に真っ赤なオーラが立ち上り、眼光炯々。一分の隙すらない。
ガキンチョが悪魔なら、コイツは俺と同じ鬼だ。面白い。
知らず知らずのうちに戦争親父は、口の端を釣り上げ笑っていた。
負けるかも知れない相手と戦うのは、本当に久しぶりだった。しかも女だ。
両者は昔の剣豪同士が、移動しながら斬りかかる機を図るように走りまわり続ける。
その間にも戦争親父の指揮を受けられないそれぞれの分隊は、ただちに非常事態と認め、
即座に各リーダーが「隊長交戦中につき、これより戦車戦の指揮をとる」と宣言した。
「ディアブロより全車、右30度に旋回。行進間射撃の用意をなせ」
「弾種APCR。
虎の子だから外すなよ、ナオミちゃん。
砲塔旋回左18度で行ける」
「ケルビムよりディアブロ。自由行動許可されたし」
「好きにして。第1射後は全車直ちに移動、各自判断で交戦せよ。
ディアブロは遊撃戦に移行する」
「アルカンジェロは進路を維持して、敵完全沈黙まで連続射撃とす。
西、やれそうか?」
「我々が行進間の知波単でもあることも、野郎どもに教育してやりますよ」
今の彼女たちは平常運転ではない。完全に戦車と一体化したマシーンとなり、
天使と悪魔の連合軍と化して戦うのだ。男性陣が単騎同士では決して勝てない戦車に乗って。
とくに知波単組は、初めて自分の戦車が75mmクラスの砲弾を正面から弾くという経験をして、意気が上がっている。
一方、A班と悪魔隊の戦場をはさんで、高地の反対側に進出した蝗にも戦機が迫る。
B班が即座にKVたちの支援を断念し、シャーマン4両全てが蝗に向かってくるのを見て、
脳筋勇者は舌打ちをする。
「現場指揮官の咄嗟行動としては優秀な判断だ。
私を討って、それから敵隊長とともにみほを倒し、KVとの交戦で損害を受けた残余と戦う。
普通なら最善手だ」
数だけ考えれば最初は4:1、次は5:1、最終的には5:3以上で戦う。
仮にKV-1Cが5両とも失われても、悪魔組が無傷ということはなく、いい作戦だ。
「ですが、これ相手にはシャーマンなら20両必要ですね」
「100両食ってもいいぞ。逸見」
彼女は確かに脳筋で石器時代の勇者、しかし単独で個別戦闘に徹するならばどうであろうか。
「蝗」は、その名のとおり、そこにあるもの全てを食い尽くすため、砲身をもたげる。
「ちいっ! 操縦右60度、5秒後左30度」
戦争親父が細かい指示をドライバーに出す。
敵の撃った砲弾は、行進間にもかかわらず、ホラー号をかすめて飛び去る。
「戦乱の時代には、たまに出てくるんだ。男より強い女の突然変異がな。
カラミティ・ジェーン、アン・ベイリー、徴姉妹、秦良玉、ナージェダ・ドゥーロワ
エミリア・プラテル、日本でも板額御前、佐々木累、千葉さな子、新島八重なんてのがな」
「くそっ! 親父、腕が引きつりそうだ」
「頑張れ、操縦。
この勝負、気力と集中が先にとぎれた方の負けだぞ」
「親父! 敵を照準儀にとらえられねえ」
「親父、どうしてあいつらはこっちを撃てるんだ!」
それはあの車長が先にこちらの動きを読み切って、操縦と砲手に未来位置を指向させ、操縦が
その規則性のない軌道をトレースできて、砲手の無念無想がすさまじいからだ。
戦争親父は、それを言葉にしなかった。オール手動の戦車では絶対に不可能なことだからだ。
逆に言えば戦争親父以外なら、男子プロ一軍スタメンでなければ倒されているということだ。
自分がまだもっているのは幸運にすぎない。今のままでは反撃する前に限界が来る。
戦争親父は、とっくに相手が女だと思っていない。人間とすら思っていない。
事実彼女たちは戦車に乗ったときは、ゼクシイのぞいて女ではない。
「足を止めてくれ。撃たせろ!」
「バカヤロウ! 止まったらその瞬間に殺られるぞ!」
砲手がじれて叫んでいる。
だが遮蔽物の何もないところで止まってしまう訳にはいかない。
手の届きそうな距離に手頃なブッシュはあるのだが、鬼戦車が行かせてくれない。
戦争親父は、血が出るほど唇をかんでいる。
こいつらが乗っているのは、軽い方。それがまるでサッカー選手のように走り回っている。
しかし何が「標準的中戦車」だ! 標準は標準でも「戦後」の標準じゃねえか。
どう走っても頭を押さえ続けられる。速すぎる。後ろを取るなんざ無理だ。
それでも戦争親父は、活路を求めて必死に頭を巡らせる。
「西住さん。敵も上手いな。Ⅳ号なら負けていたかもしれない」
デカい頭にやせぎすの身体。遠くから見たらマッチ棒のように見えるだろうドライバーが
口にしたのはそれだけだった。
ただの二重差動式操向装置が、ラリーカーのステアリングになったかのように反応する。
といっても向き変えそのものはエンジンパワーで行い、ハンドルの入力はその度合いを
決めるだけのものだから、ブレーキレバーでもある操向レバーより軽い。
前進8速後進4速のセミオートマチックトランスミッションのシフトレバーが動き続ける。
止まることがないかのように。
「しかしアクセルワークが難しい。ラフに踏んだら飛び出しかねん。
キャブではなくインジェクションというのは、こんなに反応がいいのか?」
この戦車のエンジンの気化器は、キャブレターと呼ばれる霧吹きではなく、アクセル開度に
ダイレクトに反応して適度の燃料を吹きかける「燃料噴射装置」だ。
マッチ棒が少佐カットにいわれたことはただ一つ。
絶対に敵の射界に戦車を入れないこと。
マッチ棒は、それを自分の判断だけで実行している。
少佐カットがやっているのは、ガンナーへの指示だけだ。
「みほさん。もう5発も外してしまいました」
「華さん。仕方ありません、相手は男性です。
私も男性の反射神経や集中力には、驚いています。
そういう単一能力は、やはり女性はかなわない」
というが、彼女たちの砲撃は、ことごとく至近弾になっている。
kwk44/1戦車砲は、同クラスの75mm砲に比べて軽く頑丈だ。後座長も短い。
すばやく狙いを決められ、しかも射撃時のぶれが少ない。
「西住殿ぉ。こちらは静止射撃をした方がいいんじゃないでしょうか?」
いまは手持ちぶさたになっているくせ毛のローダーがぼやいている。
「優花里さん。止まればあっというまに後ろを取られるわ。
麻子さんが相手の進路を常に邪魔しているから、正面を向け続けられるけど。
それをしないと、決勝戦の逆のことになりかねない」
それは彼女たちが、戦車道全国高校生大会決勝戦で捨て身の螺旋状スピンターンを仕掛け、
ティーガー重戦車の後ろを取って、紙一重で勝ったことをいっているのだった。
もし彼らと戦車が同じなら、負けるのは自分たちだと少佐カットは自覚していた。
一方、悪魔チームと男子A班の戦場でも動きがあった。
A41が、隠れ家にしていたジャンボウ2両の背後から、不意に飛び出した。
KVのうち数両が、とっさに砲塔を回してしまう。
しかしA41はすばやく正面に向き直り、2両のジャンボウと横並びになる。
KVたちが放った砲弾は「未来位置」に正確に飛翔したが、当然空振りになった。
「ありすちゃん、500切ったよ」
チビガリツインテールが、こっちの間合いだよ、忍者の暗殺術のと言っている。
「じゃあ、プラウダ戦の再現でもしようかしら」
小娘悪魔は、チビガリが「ニュータイプ」呼ばわりされることなった戦闘のことをいって、
「魅せる」戦いをしないかと、そそのかしているのだ。
(つづく)