嗤うせぇるすガキども   作:エドガー・小楠

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とある地獄の断罪台帳 1/2ページ

 

 

 

 

 

 先の黒い木だか灰色の脳細胞だかを生け贄にして、日本円にして10億円をかせいで魔界に献納した功績により、齢4,000歳以上の「小娘悪魔」は大公爵家の要職に就任し、大公爵様のインテリジェントビルの中に専用の執務室を持つ身分となった。

 一方で、「女しか戦車に乗ってはいけない地球」でのかりそめの役割も多忙であり、何名かの部下を与えられると同時に、それまで使役していた使い魔も正規雇用となった。

 

 

 

 彼女が地上での映画に出演するため、長期にわたって魔界を留守にしなくてはならなくなったある日のこと、彼女は使い魔二匹に留守中にやるべき仕事の引き継ぎをしていた。

 

『第504火力発電所と第777製油工場の稼働率と品質の低下で、いくつかクレームがきてるわ。

 といっても改善指示じゃなくて、はっきりした理由がわかればいいの』

 

 今、地獄では罪人の燃える炎で電気を起こし、罪人からしぼり取った膏血を製品化して売ることにより、魔界の維持費の一部にあてている。

 もちろん悪魔がおおっぴらに商売することもできないので、地上で人間たちが経営する会社とあくまで対等な形で提携して電気を使わせたり、OEMで販売してもらっている。

 

『まあ工場とか発電所とかいっても、ユニットが4つぐらいのものだから、

 原因究明は簡単だと思うわ。

 あなたたちの仕事は、この二カ所を含めた大公爵家の所有プラントの定期巡回。

 これは担当者がいるんだけど、私のもう一つのビジネスに絡んで、

 やっぱり長期間魔界を留守にするの。その代わりを務めてほしいわけ。

 あなたたちは使い魔だから、いちいち私に報告をあげてもらわなくてもすむでしょ』

 

 使い魔の一匹は、とがった耳を持つ赤い猫である。しかしただの猫ではない。

 直立して二足歩行ができ、そのまま走ることもでき、前足を人間の手のように使える猫だ。

 もう一匹はいわゆる悪魔の外見を備えているが、羽がコウモリではなくハエのそれであり、三頭身のマンガチックな容貌をしている。

 少年悪魔などは『マスターじゃなくベルゼブブに仕えた方がいいんじゃ?』と言う程だ。

 マスターとベルゼブブの仲が険悪なのは知ってて言っているのが悪質だ。

 

 

 

 地上からデータで送信された台本に目を通す主人にあいさつして、二匹は主人の執務室からビルの地下まで降りる。

 そこはいわゆる「駅地下」だ。

 二匹は地下鉄の駅まで歩き、自動改札で電子マネーカードをかざして通り、めざすホームまでまっすぐ歩いて行く。といっても地下街全体に「動く廊下」があるので、かなり楽だ。

 ホームに「電車が来ます」と表示され、待つことしばし。

 定刻通りやってきたのは、自動運転システムをそなえた無人電車だった。

 

『魔界もずいぶん便利になったにゃ』

 

 赤猫の方がそういいながら電車に乗りこむ。

 

『そうだな。それまでは魔力か自前の羽根しか移動手段がなかったからな。

 人間だけに利便性を享受させておくことはないと主人のマスターが言ったそうだが、

 まことにごもっともだ』

 

 その気になれば自分でどんな機械でもこさえることができるハエの魔物が相づちを打つ。

 ここでそれをやらないのは、彼の宿敵がここまで攻めてくることはないからだ。

 機械嫌いの保守派であるベルゼブブと彼の相性は、当然最悪だ。

 彼も赤猫も、主人に力で従えさせられたわけではない。

 ある意味彼らは、主人の小娘悪魔より強大な存在だ。

 赤猫はかつて「地上」で主人がこれからやろうとする「仕事」を長いことやっていたし、ハエの魔物の方は、今でも絶賛現役中だ。ただし、異世界での話だが。

 といっても、宿敵とガチで戦い、お約束のように負ける様子を中継されているだけだ。

 そんな彼らが「使い魔」などやっているのは、ただで魔界に寝泊まりできるからでしかない。

 

 実のところハエの魔物が賞賛した機械化が、皮肉にも魔界の財政を圧迫している原因の一つだ。

 

 

 

『この電車はまもなく「ジェシー・ジェームズ」駅に到着いたします。開くドアは右側です。

 電車とホームの間が開いていますので、お降りの方はご注意ください』

 

 機械音声の車内アナウンスが、彼らの目的地が近いことを告げた。

 彼らは魔界の中央にある「ジェシー・ジェームズ」という巨大エレベーターに向かうのだ。

 

『地獄への道は常に善意に満ちているにゃ』

 

 赤猫が罰当たりな箴言を口にした。彼は神も悪魔も冒涜している。

 

『まあ、「ジェシー・ジェームズ」は機械のエレベーターじゃないがな』

 

 おそらくは神も悪魔も信仰していないだろうハエの魔物がぼそりとつぶやく。

 ジェシー・ジェームズは、原初の昔から存在する地獄へのハイウェイだ。

 

 

 

 

 

 

 地下鉄の駅から歩いてほんの5分ほどのところに「ジェシー・ジェームズ」の正門がある。

 その正門には入場者への注意書きが一つだけ掲げられている。

 

『希望は持ち込み禁止と書かれているな』

『中に入れば、いやでも無くなるにゃ』

 

 門には守衛がいたが、彼ら二匹はどう見ても魔物なのでそのまま通される。

 

 

 

 ジェシー・ジェームズには、赤い入り口と青い入り口がある。

 彼らは赤い方に入ってしばらく進み、入場者受付で係官たちに呼ばれるのを待つ。

 今日は入場者が少ないのか、彼らの番はすぐに来る。

 

『貴公らは何階層まで行くつもりか?』

『第八階層にゃ』

 

 改札係のデーモンの問いに、赤猫はちゅうちょなく、最悪の罪人が半永久的に送られる地獄の中の地獄と答えた。

 

『……では、身分証を拝見したい』

 

 第八階層はさすがにセキュリティが厳重なのか、係官はIDカードの提示を求める。

 ハエの魔物が真っ黒なそれを提示すると、係官はかしこまった態度で

『失礼いたしました、どうぞお通りください』と折り目正しく答えて、彼らを通す。

 

『では、こちらへおいでください』

 

 別な係官が、八つある洞窟のなかで最大のものに彼らを招いた。

 

 

 

 洞窟を抜けると、そこは地獄の最深部、永遠に終わらぬ苦難のディストピア。

 無間地獄だった。

 

『まず、第504火力発電所に行くにゃ』

 

 第504発電所も第777工場も、この最下層の地獄にある。

 赤猫は、定期巡回の前に問題のある2つのプラントを視察しようと提案する。

 ここの最寄り駅から乗り換えなしで行けるのは、発電所コンビナートの方だ。

 いまや無間地獄は、罪人たちの苦悶をエネルギーにして稼働する工業地帯と化している。

 

『最近では天国の入国審査も厳しいからな。

 むしろ住民のなかでさえ再審査の結果、生前の微罪で地獄送りになる奴さえいる。

 動力源と材料には事欠かないな』

『天国は毎日が日曜日で働かずに楽ができる世界だから、それも当然にゃ』

『ここでは時間の流れがものすごく遅い。

 全プラントを回って魔界に戻っても、1時間と経っていないだろうさ』

『逆に言えば、ここでの仕事の報酬は時給分にしかならないということにゃ』

 

 ここは地熱が高いからか普通の鉄道はなく、すべてモノレールである。

 もっとも魔界の住民には熱も冷気も効かないから、冷暖房は全くない。

 

 

 

 彼らは問題の「第504火力発電所」に着いた。

 発電所と言っても、ここには4階建てのビル程度の「プラント」が多数あって、それぞれに番号が振られているだけだ。

 だから、第504発電所といっても、地上のそれとは比較にならない小さい施設だ。

 しかし、発電能力は1基あたり5,000キロワット/時というかなりのものだ。

 残念ながら地獄全体の発電量の9割は魔界全体で消費され、売電できる電力はかぎられている。

 とはいえ燃料代がただなので、それでも収益は出ている。

 

『本当にユニットが4つしかないな』

 

 ハエの魔物が、耐熱ガラスのように見える容器を数える。

 もちろん数えずとも一目でわかることだが。

 発電ユニットは材質不明の透明容器であって、その中で炎が激しく燃え上がったかと思えば、燃え尽きるように消えるのを繰り返している。

 燃えているのは当然、罪人である。

 彼らは容器の中で激しく燃え、骨も残らず燃え尽きると即座に再生し、また炎上する。

 それを繰り返しているのだ。永劫とも言える時間の中で。

 環境のためにもそういうエネルギーは、再利用されるべきだろう。

 

『調子が悪いのはこれだにゃ』

 

 赤猫が言うとおり、4つのユニットの中で1つだけ、くすぶってよく燃えていないのがある。

 

『見るからに燃料が燃えないゴミだな。

 機械室に行って燃焼オートファジーの物理特性をいじってくるわ』

 

 ハエの魔物は、床のマンホールの一つを開けて、中に入っていく。

 そこが「機械室」に通じているのだろう。

 彼には機械のマニュアルなどまったく必要ない。

 

 

 

 一人残った赤猫は、なかなか火が付かず煙が出ているだけの罪人を見る。

 デブだから油があってよく燃えそうな燃料なのに、いつまでも中途半端に焦げている。

 いくら人間の屑だからといって、生殺しは良くない。

 そう、そこにいるのは天使に化けた小娘悪魔が地獄送りにした「プラウダ風紀いいんかい?」だった。

 

『煮ても焼いても食あたりしそうなブサイクだにゃ』

「だ、だずげで、ぐれ……」

 

 そこに誰かいるらしいと知って、ここから出してくれと懇願したかったプラウダ風紀いいんかい?だったが、言葉にできたのはそれだけだった。

 プラウダ風紀いいんかい?の前半分はまったく燃えていなかったが、背中の方からもくもくと煙があがる。

 

『おみゃーの背中は傷だらけだにゃ。

 よほどいろいろなものから逃げてばかりいたんだにゃ。

 どうせおみゃーは好きなおんにゃができても、遠くからにゃがめていただけにゃんだろ?

 ちがうかにゃ?』

「……ざ、ざんしけんのおんなになと、ぎょ、ぎょうみばない」

 

 もちろんそれは自分自身をだます嘘だと、赤猫は気づいている。

 彼もまた、二次元に住んでいたことがあるから。

 

『ちがうにゃ。おみゃーは逃げているだけにゃ。

 負けるのが恐くて、戦わなかっただけにゃ』

「ぬ、ぬごのぐぜに、な、なにかわがる……」

 

 必至に抗弁しようとするプラウダ風紀いいんかい?。

 しかし、そのとたん背中の傷の一つが破れ、どす黒い血がまき散らされる。

 

『おみゃーは生前、よほど不摂生していたようだにゃ。

 家族に週一回はテラ盛りパフェを宅配させて、1日3個は「パフェ」と名のつくスイーツを買いに行かせていたらしいにゃあ。ビールのつまみにもパフェを食っていたらしいにゃ。

 パフェの食い過ぎだにゃー!!

 ……それにしても「猫のくせに」か。なつかしいにゃあ。

 毎度毎度良く言われたものにゃ。猫のくせに人間に惚れるにゃと。

 そう言われて、振られてばかりいたにゃ』

「……あ、あだりまえた、ぬごかにんけんにぼれるなと……」

 

 当たり前か。赤猫は思う。

 そう思うことで自分を貶めてきたなれの果てが、こいつだと。

 

『だが、俺は勝ち目が皆無でも戦ったにゃ。

 そのたびに振られてぶちのめされたにゃ。

 でも、また好きなおんにゃができたら、今度こそと信じてアタックしたにゃ。

 好きになったものはしょうがないにゃ。

 好きになったら、猪突猛進前進あるのみにゃ』

「た、たがらおまえば、なんとても、ぶられるのた。

 おじでいる、はがりしゃ、うまぐ、いぐものが。……ごりない、やづめ」

 

 赤猫は、引いてばかりいた奴が、何を賢しらげにと思う。

 傷つくことばかり恐れて、笑いものになることを恐れて、行き着いた先は自分の汚部屋。

 

「お、おまえのごいば、げっじで、がなわない。

 むたに、ぎすづぐまえに、でっだいずるのも、ゆうぎ……」

『お断りにゃ。男は傷だらけでにゃんぼにゃ。

 おんにゃに何百回振られようが、何億回振られようが、俺はひたすら戦うだけにゃ』

「ま、まげるごどかわがっでいるだだがいを、いとむのば、おろがた。

 しふんのりぎりょうを、わぎまえるのか、おどなた」

 

 赤猫は知っている。こいつにそれをいう資格がないことを。

 こいつは単に何もしなかっただけだ。

 戦わなければならないときも、逃げただけだ。

 逃げ込んだ先が、汚部屋と二次元だったと言うだけだ。

 だから赤猫はこう断罪する。

 

『おみゃーのしたことは、ただ戦わにゃい理由を必死に積み上げたことだけにゃ。

 そういうのを何というか知ってるかにゃ?

「後付けの根拠」というんにゃ。

 おみゃーは「大人はこうする」といって戦わない自分を正当化しただけにゃ。

 大人ぶるどころか、そんにゃ「予防線」張るにゃんて、ガキのすることにゃ。

 自分に向けた言い訳に過ぎないにゃ。

 戦わずに降参してももいいのは、戦えば確実に死ぬときだけにゃ』

「おまえ、なんがに、おれの、なにか、わがる……」

 

 とある深夜アニメの主題歌にそういうフレーズがあったようだが、赤猫のように受け取るのは、さすがに「裏読み」以外の何でもない。

 しかし、「事実」の一端は含まれているだろう。とくにプラウダ風紀いいんかい?の場合は。

 

『おみゃーはただ、傷つくことから逃げただけにゃ。

 無視されるのが怖いから、教室から逃げたにゃ。

 役立たずとののしられるのが恐かったから、仕事から逃げたにゃ。

 カツアゲされたときも、パンツ1枚以外みんにゃむしられたにゃ。

 嫌われるのが恐かったから、他人からも逃げたにゃ。

 好きになった相手から手ひどく拒絶されるのが恐かったから、誰も好きになれなかったにゃ。

 家族の顔を見るのも怖かったから、部屋に逃げ込んだにゃー!

 そして、最後は虚構の世界に耽溺したんだにゃ。

 あり得ないプロポーションとありえないきゃわいらしさの美少女という砂糖菓子いっぱいのトランス脂肪酸まみれの合成甘味料浸けの世界ににゃ』

「ぐ、ぎ、ぎ……、ぞれの、とごか、わるい」

『にゃにもかもにゃ』

 

 そうすれば確かに傷つくことはないだろう。表面的一時的に。

 だが、赤猫は知っている。

 目のまえにある問題から逃げたらどうなるかを。

 

 

 

 

 

 

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