何とも戦わず、何もかもから逃げ出せば確かに傷つくことはないだろう。表面的一時的に。
だが、赤猫は知っている。
目のまえにある問題から逃げたらどうなるかを。
『……確かにおみゃーは傷つかにゃくてよかったと思うかもしれにゃー。
そりゃ、確かに正面には傷が付かにゃい。
だけど逃げれば、魂の背中に消えにゃい傷がつくにゃー。
その傷が、おみゃーをここに連れてきたんだにゃ
正面の傷なら、すぐ消えるにゃ。俺のようににゃ。
だけど背中の傷は、決して消えにゃー。お前のようににゃ』
「う、き、き、き……」
もうプラウダ風紀いいんかい?のDANZAIもこのくらいでいいだろうか。
いや、こいつは原作キャラじゃないから「断罪」でいっこうにかまわない。
赤猫はもうこれ以上こんな汚物とつきあう気はなかった。
「たがらどいっで、なんて、おれか、ごんな、むけんしこぐに……」
プラウダ風紀いいんかい?は、本当に度しがたい愚か者のようだ。
しかしこいつが背中の傷を挽回する機会はもうない。
赤猫は宣告する。
『おみゃーが悔い改めて戦わにゃいかぎり、背中の傷は消えることはないにゃ。
だが、おみゃーにとって、この間までの人生が最後の機会だったんにゃ。
でもおみゃーは結局逃げてばかりいて、もう背中に傷を付ける所がなくなったんにゃ。
そしておみゃーは、これからも年老いた親の細いすねをかじるばかりにゃ。
そのまま生き地獄に落ちるおみゃーをここに落としたのは、主人の慈悲にゃ』
その時、プラウダ風紀いいんかい?の背中の、傷という傷から、一斉に炎が吹き出した。
マンホールから、ハエの魔物がはい出してくる。
彼は炎に包まれ絶叫するプラウダ風紀いいんかい?を見て、満足そうに笑う。
『ちょっと手こずったが、うまくいった。
マナの圧縮比を容器崩壊ギリギリにあわせたら完全燃焼しだしたな』
赤猫は不安になった。
そんなことしてユニットそのものの寿命が縮みはしないかと。
『ユニットが壊れたら元も子もにゃーにゃ』
『いや、きっかけだけで良かったんだ。
一回火が付けば、あとは平常運転で全然オッケー』
ハエの魔物の言うとおりだった。
プラウダ風紀いいんかい?は、他の罪人たち同様に燃え尽き、再生し、また燃え尽きるというサイクルに乗ったようだ。
あとは通常のメンテナンスだけで十分だろう。
『そこで未来永劫、背中の傷と戦い続けるにゃ。
もうおみゃーでも、どこにも逃げられにゃー』
『じゃあな。バイバイ○ーン』
去り際に、赤猫は自分にしか聞こえない声でつぶやく。
『……世間が強いんじゃにゃい。おみゃーが弱すぎるんにゃ』
二匹が去った後、プラウダ風紀いいんかい?は再生するたびに一言ずつで助けを求める。
「だ」
しかし、そこには彼同様の罪人しかいない。
「ず」
もはや懺悔も、許されない。
「げ」
すべてが滅ぶ日にも、プラウダ風紀いいんかい?は地獄の業火として燃え続ける。
「で……」
彼を救うベアトリーチェはいたかもしれないが、彼自身がその可能性を閉ざしたのだ。
第504火力発電所の耐火扉がしまっていく。
もうそこには、だれもいない。
酸っぱいブドウが本当に酸っぱいのかどうかは、誰も知らない。
キツネがそう決めつけて良いのは、少なくとも彼はブドウを求めて戦ったからだ。
『もう金輪際パフェは食わない方が良さそうだにゃ。あいつのようになるにゃ』
『ああそうだ。コレステロールとトランス脂肪酸と糖分のかたまりで、一食6,000kcalはあって、胃腸と肝臓とすい臓を壊したあげく、動脈硬化になるだけだからな。パフェという毒物は』
『ハンコ絵ふぃぎゃーと何もかわらないにゃー。くわばらくわばらにゃ……』
『というわけで、俺は健康のために納豆製造器を作ったんだが……』
ハエの魔物が作った納豆も、どうだろうか?
それはおいておいて、健康によいものは、まずいかくさいか苦いものだ。
人間を甘やかしてくれる全てのものは、最後はそいつを地獄に落とす。
やっぱり「地獄への道は、常に善意に満ちている」のだ。
二匹はモノレールを乗り継いで、もう一つの問題である第777製油工場にやってきた。
『うっ! ひどいにおいだにゃ!』
『いんや、俺様にはいい香りだ』
『完全に腐ったくさやのにおいにゃー!!』
ハエにとっていい香り……。
ハエは汚物にもたかるが、美味しいものにもたかるから何とも言えない。
それにくさやは腐らない。
だがこの場合……。
『においの元はここにゃ』
『ああ、そうだな』
ここの製油施設は「圧搾式」で罪人から搾り取るもののようだ。
他にも「煮沸式」や「遠心分離式」のものもありそうだが、このプラントにはない。
赤猫の感じた「腐臭」は、材料の罪人が原因のようだ。
透明の巨大なチューブの中に、一人の男が押し込められている。
必死にチューブを叩いて、「出せ!」とわめいているようだ。
『やせ形なのが気になるが、身なりも毛並みも良さそうな罪人だぞ』
そう、彼は頭髪を折り目正しく七三に分け、地味なダークスーツを着こなした真面目そうなメガネ男である。あくまで真面目そうというだけだ。
『だけど、コイツの腹のなかは真っ黒けにゃ』
『うむ。典型的な小才子タイプだな』
しかしながら、さすがに魔界の住民をだませるほどの傑物でもないようだ。
というよりも、肝心なところが抜けている残念な人間と言っていい。せいぜい小悪党だ。
悪魔を手玉に取れるような大統領や、地獄大元帥や、装弾筒付有翼安定徹甲脳筋とかを相手に戦ったのが悪かった。
しかもこいつら、日頃かぶっていた猫やナマケモノを投げ捨てた神化モードだった。
使い魔たちの主人も言っている。
あいつらには最後の大隊や隔離大隊もかなわないだろうと。
『外見がどうということにゃい分、内に抱え込んだ毒がものすごいんだろうにゃー』
『魔族でさえひるむ瘴気だな。人間じゃたまったもんじゃないな』
大洗連合に敗北した文科省キャリア官僚のこの男がなぜ無間地獄にいるのかはわからない。
ただ、まちがいなく言えることは、こいつが事が成らなかったからと言って自裁するような、殊勝な男ではないと言うことだけだ。(では、結論は一つしかない……)
『じゃあ、圧搾機を作動させるぞ』
ハエの魔物が制御板を作動させると、チューブの上から物理世界最強の金属「超合金Z」で作られたハンマーが、音速の10倍で降ってきた。
(なお、「超合金Z」と「ルナ・チタニウム」の軍事利用は、ジュネーブ条約違反である)
もはやユゴニオ弾性限界がどうのというレベルじゃない。人間は最初から80%液体だし。
唯一の固体部分である「骨」すらあっけなく液状化し、男だったものは精製機にかけられる。
そしてハンマーがゆっくり昇っていくと、あとにはまた件の文科省が再生している。
それを延々と繰り返すのである。三次元世界が終焉するまで。
無間地獄は伊達じゃない……。
二匹は、精製機が作成した「原材料」のどこが問題なのか調べようと、フラスコにとったそれを、プラント内の分析室に持ち込んで検査中だ。
『分光スペクトル分析によると、この材質のうち可食部分は5%以下と出たな』
『のこりはほぼ環境汚染物質にゃ。
こんにゃもので食料品に使われるものを精錬して、地上に流通させたら
主人のマスターが地上のテレビ局で「冷」罪会見開かなきゃならにゃいところだにゃ。
俺は思うんだがにゃ、こいつとプラウダ風紀いいんかい?の配置をチェンジしたらどうにゃ?
こいつは水分少なめみたいだから、良く燃えそうにゃ。
プラウダ風紀いいんかい?の方が、脂が取れるんじゃにゃいかにゃ?』
『冗談じゃない。あんなワックス質だらけの脂、人間に食わせたらみんな食中毒だぞ。
炉の温度を限界まで上げればすすも出ないようだから、あのままでいい』
『それならコイツの95%の汚染部分はどうするのにゃ?』
『うーん……』
ハエの魔物は、タブレットを使って解決策を検索し始めた。
検索範囲は魔界のみならず、地上界にまでひろげている。
『しょうがない。こいつは第666サイクロン・プラントの粉体分離器に掛けてみよう』
結論は出たようだ。
ハエの魔物は文科省のなれの果てを小さなクリスタルにエレメントとして封じ込め、鍵付きジュラルミンケースに入れると、赤猫とともに第666プラント、つまり隣の工場に向かった。
粉体分離器。
要するに最近流行りのサイクロンタイプの掃除機の巨大なやつである。
ハエの魔物は、今度はミスター文科省をこれに掛けて微粒子に粉砕し、成分ごとに分けて利用方法がないかさぐってみるつもりだ。
『それっ! バイバイキー○』
ミスター文科省が機械の中に放り込まれる。
磁力砲で粉体分離器のなかにたたき込まれた彼はあっというまに粉末にされ、比重ごとに分離されたサンプルとなって出てくる。
『どうにゃ? にゃにかに使えそうかにゃ』
微細粒子分析機のアウトプットをタブレットに出したハエの魔物は、それをしばらく眺めていたが、途中で何かに気がついたらしく、これらを材料に超重力下で化合させた場合のシミュレーションを始めた。
『じゃーん。俺様のパワーを倍加させるブースト剤ができたぜ!』
そう、最初にハエの魔物がミスター文科省から出る「瘴気」をいい香りだと思ったことからもわかるとおり、彼にはミスター文科省の成分と親和性があったのだ。
『あいつ一人で、たった一粒しかできにゃかったにょか?』
『いや、10人分で一粒だ』
これはハエの魔物が地上で作ってここに持ち込んだ、シュバルツシルト半径1ヨクトメートルのマイクロブラックホールを使って生成したものだ。
そんな極小のブラックホールが「蒸発」しない理由はわからない。
しかし、そのくらいのものなら他に危害を与えることは絶対ないだろう。
こうしてミスター文科省は、未来永劫ハエの魔物の強壮剤の材料として、この無間地獄で粉砕され続けることとなった。
『おい、携帯がなってるにゃ』
『ああ、気がつかなかった。
……もしもし」
どうやらこの通話は、魔界からのものではなさそうだ。
ハエの魔物が「日本語」で応対している。
『すっかり忘れてた。
宿敵との戦いがセッティングされてたんだ』
ハエの魔物は「悪の化身」と思われているが、実際は「利己心の化身」だ。
地上とも異なる異世界で、そこにいる「利他心の化身」と戦い続けている。
これは半ば「宿命」のようなものだ。
そして彼はつねに僅差で宿敵に負け続けている、もう一万回は負けただろうか。
ボロボロ継ぎ当てだらけのマントを羽織り、自分は何も食べず、食べられてばかりの宿敵に。
それでもハエの魔物は、今日も懲りずに戦いを挑む。
そういう意味では、まさに赤猫の同類だ。
『だが、今日の俺様には、この「強壮剤」がある!』
赤猫は思う。
どうだろうか。それでも勝てるだろうかと。
勝ってしまえば、何もかもなくなってしまうかもしれない。
世界は「利他」が僅差で勝っているからなんとかバランスが取れている。
もし、「利己」が「利他」を圧倒したらどうなるだろうか?
だれかの「利己」を満足させるためだけの恐怖政治の社会が出現するだろう。
あるいは、地上の生き物がチェレンコフ光に根絶やしにされるか。
だから、ハエの魔物は今日も負けるために戦いに行く。
『そうか、がんばってくるんだにゃ。
……慈愛と勇気は、常に汝と共にあり。だにゃ』
『それ、俺様には最っ高の嫌味なんだがな!』
赤猫は知っている。
もし彼が戦いに倦んで、戦いをあきらめてしまったらどうなるか。
そのときは「利他の化身」は、自己犠牲の果てに死んでしまうのだ。
利他が利己に「自分だけ幸せなら、他が不幸でも構わないのか」と問うとき、利己は利他に「なら、まわりが幸せなら、お前は死んでもよいのか」と問うのだ。
そしてその答えは永遠に出ない、自分にも、誰の心の中にでも。
だから彼らは、互いに互いを必要としている。
『だからこそ「プラウダ風紀いいんかい?」のように戦わない自分を正当化することは、たとえどれほどの弱虫意気地無しであったとしても、許されることではないのだ』
戦いに赴く「戦友」を見送る赤猫は、口に出してはそう言った。
仕事は山ほど残っているが、まだ魔界の時計は1分も刻んでいないだろう。
-こんな「レッドインパルスVSベルク・カッツェ」はつらくて嫌だ- 完