◇番外 Ibにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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一枚の少女

 ―――アハハ、可哀想なメアリー。いつもそうやって一人で外に出たがってる。

 

 

 声が響いた。

 いや、声というには些か違う。それは頭の中に直接響く様な、どこから聞こえるのか分からない正体不明の何かの意識。彩の壊れたこの世界から、一枚の少女を淘汰するその声が残響し、彼女を追い詰める。

 

 彼女は外に出たかった。この壊れていて、どんな場所よりも芸術的な世界より色鮮やかな外の世界へ出たかった。そして、外の世界で友達を作り、共に笑い、共に泣き、共に怒り、共に喧嘩し、共に走り、様々な事を共に経験してみたかった。ただそれだけを夢見て額縁の中から外の世界に思いを馳せた。

 だが、それは叶わない。外に出るには、彼女は余りにも非力だった。周囲に存在する自分と同じ作品(どうるい)達はそれを許してくれない。この世界は、それを許してくれない。だから、彼女はいつも一人、孤独に面白くもない一人遊びを永遠続けるのだ。散らかっただだっ広い部屋には一枚の少女と、絵本や人形、お絵かき帳等の娯楽品だけ。

 彼女はいつしか、額縁の中から外の世界を眺める事をしなくなった。

 

 彼女は外に出たかった。だからこそ外の世界を見る事をしない。見ればその思いが大きくなり、叶わぬ夢に絶望し、死にたくなってくる事が分かっているから。

 

 

 ―――アハハ、可哀想なメアリー。一緒にアソボウヨ

 

 

 また声が響いた。彼女は膝を抱えて耳を塞ぐ。自身を引き止めようと気を惹いてくる作品達(オトモダチ)が、彼女にとっては煩わしく、なによりも関わりたくない偽物の友達だった。

 煩い、五月蠅い、ウルサイ、うるさい、うるサイうるサいウルさいうルさいうるさい! 彼女は叫んだ。何処から聞こえてくるかも分からない声が、頭の中で反響する。そのせいかズキズキと頭が痛くなる。

 

 

 ―――アハハハハハハハハハ!!

 

 

 だが、彼らはそんな彼女の叫びを面白がって笑う。狂った様に、壊れた様に、閉じ込める様に、彼らは彼女を笑う。

 一枚の少女は頭を押さえて虚ろな眼に涙を浮かべながら、必死にその声から自分を守る為に今までに見た外の世界の情景に逃げ込んだ。

 

 

 そして、そのまま永遠を過ごすかと思った少女は、突然、無意識に、額縁の前に立っていた。

 

 

 そこから見えたのは、どれくらい昔に見たのか分からない、相変わらず綺麗で色鮮やかな世界。彼女は涙を流す。外の世界に居る人達がこの場で自分を苦しめる作品達(どうるい)を眺めている。どうやら少女達は一つの美術館に飾られているようだった。

 そして、そんな色鮮やかな世界を見るのは胸が苦しくて、少女はふっと眼を逸らす。逸らそうとして、目を見開いた。その視線の先には、彼女の眼を惹く人間が三人いた。

 

 

 一人は茶色いロングヘアーで赤いスカートが特徴的な、少し世間知らずの少女。

 

 

 一人は前衛的なボロボロのコートに紫色の髪をした、長身の男性。

 

 

 そして一人はゆらゆらとした雰囲気を纏って青黒い髪をした、笑っている男性。

 

 

 世間知らずな少女は彼女と同じ年頃で、友達になれないかなと思った。長身の男性は優しそうで、話してみたいと思った。笑っている男性は少し異質で、お兄ちゃんになってくれないかなと思った。

 少女は彼女達と話したかった。そう思ったら、少女の想いは膨らむばかり。

 そして、その想いを彼らは敏感に感じ取った。

 

 

 ―――アハハ、あの子達がホシイノ? アハハハハ、なら連れて来てアゲル

 

 

 やめて! 優しい少女は、こんな世界に彼女達を引き込む事を良しとしなかった。だが、彼らにはそんなのどうでもよかった。一枚の少女をこの世界に残らせる為に、彼らは強引に世界の扉を開く。

 

 

 ―――アハハハハ! 一人ぼっちのメアリー、これでオトモダチがデキルヨ!

 

 

 少女はそんな彼らの言葉に崩れ落ち、ただただ罪悪感の想いに苛まれながら、これなら外に出る事が出来ると思ってしまった自分を嫌った。そして涙を流しながら一言、呟いた。

 

 

 ―――ごめんなさい

 

 

 一枚の少女は、気付かなかった。額縁の向こうの笑っている男性が、こちらを見てゆらりと笑った事に。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 此処は、美術館。現在ここではゲルテナという芸術家の作品の数々が展示されていた。彼の作品は、どこか不気味な雰囲気を持っている事で有名だが、その反面美しい作品も多い。

 

 例えば、首から上を失っている『無個性』という女性の彫刻や、大きな薔薇の立体作品である『精神の具現化』という作品、また底が見えず、惹き込まれてしまいそうな『深海の世』という大きな作品もある。

 ゲルテナの作品はそういった様々な意味で、見る者を魅了する。また、普通の芸術家とは違って絵画や彫刻、立体作品やインテリアの作成といった様々な分野に手を出している部分でもゲルテナの芸術家としての才能が見て取れるだろう。

 そんな場所に、珱嗄は居た。

 

「………ふむ、面白いモノがいるな」

 

 珱嗄は一つの大きな絵画の前で、絵の向こう側を見る様な視線を送りながらそう呟いた。

 

「さて……ん?」

「………?」

 

 絵の前から離れてどうしようかと歩き出そうとしたその時、隣に自分の腹程の身長の少女がいる事に気が付いた。気配察知には定評のある珱嗄だが、どうやら絵の方に集中していて気が付かなかったようだ。

 珱嗄に気付いた少女は首を傾げながら不思議そうな瞳で珱嗄を見た。暫く無言で見つめあっていると、少女の方から口を開いた。

 

「……これ、何?」

「この絵か……そうだな、ゲルテナの世界の絵……かな?」

「?」

「まぁ分からなくても良いさ。普通は分からないもんだから」

「……そう」

 

 少女はそう言うと、視線をまた絵の方へ向けた。珱嗄は嘆息して、少女の後ろを通り抜けようとする。

 

 が、

 

 そこへ世界に変化が起こった。一瞬、停電の様に暗くなり、直ぐに明かりが付く。少女は若干驚いたようで、目を丸くして不思議そうに頭を抱えていた。だが珱嗄は眉を潜めた。何故なら、美術展にいた人間の気配が全て消えていたからだ。目の前に居る少女以外には人間の気配が感じられない。

 

「世界に取り込まれた……?」

 

 珱嗄はそこで先程の絵の中の世界に半分引き込まれている事に気付いた。現在の珱嗄は異能の力も何も持っていない。ただの物理で世界から抜け出すのは流石に無理だ。

 

「……仕方ない、なぁお嬢ちゃん」

「何…?」

「人の気配が無い、から。ちょっと一緒に下に行こうか」

「………うん」

 

 珱嗄の言葉に、少女は信憑性を感じたのか素直に頷いた。珱嗄は少女の手を取って一階へ向かう。少し薄暗くなった館内は、若干不安を煽る様な不気味さがあった。

 

「さて世界とやりあうのは流石の俺も初めてだ………面白い」

 

 珱嗄はそう言って、ゆらりと笑った。

 

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