それから、しばらく。四人で道を進んだ。曲がり角や短い階段なんかもあったけれど、基本的に一本道だった。メアリーはイヴと年齢が近いからか、歩いている道中で歓談するほどには仲良くなったようだ。
ギャリーと珱嗄はそんな微笑ましい光景を眺めながらも、周囲の警戒は怠らない。幼い子供が二人、珱嗄はメアリーは作品だろうと分かっているが、それでも子供が二人いる状況で、護るべき対象がいる状況で、警戒は緩められなかった。
そして、そのまま少し進んだ先―――一枚の張り紙があった。
「張り紙……か」
「なんて書いてあるの?」
「えーと……『一体どちらが正しいのか?』……って書いてあるわね」
イヴの問いに、ギャリーが答える。珱嗄はその張り紙を見て少し考えるも、答えは出なかったので保留として置いた。メアリーに聞けば何かしら分かるのかもしれないが、ギャリーやイヴがいる前で聞くのは得策ではない。それに、メアリーの表情からしてこの張り紙について何か知っているということはなさそうだった。
「まぁ気にしても仕方ない。先に進もうか」
「ええ、そうね」
そうして、珱嗄達は張り紙から視線を切って、先へと進む。少し歩けばまた曲がり角にさし当たり、曲がった先にあった短い階段を上る。上った先にあったのは、二つの扉。壁を挟んで少し距離を置きながら存在する二枚の扉だった。
そして珱嗄は答えを得る。『一体どちらが正しいのか?』、これはそういうことだったのだ。どちらの扉が正しい道なのか、ということだ。だとしても、一概にそれが正しい解答だといい切れる訳ではないが、それでもそれが一番可能性が高い。また、その解答が正しいのであれば、どちらかの扉を選んだ瞬間に後戻りする事が出来ない可能性がある。
「……どうする?」
「そうねぇ……あれ? こっちの扉鍵掛かってるわよ?」
「ん、そうなのか」
ギャリーが片方の扉を開けようとして、鍵によって阻まれる。珱嗄はそれによって、考えを改める。これはどちらの扉が正解かという訳ではなさそうだ。当然のごとく、誘導されているかのごとく、鍵の掛かっている扉とは別の扉は普通に開いた。四人はとりあえずその扉を開けてその部屋に入った。
―――ここが、四人の間にある常識が狂い始めた時だった。
珱嗄が部屋に入って、見た光景は、あまり良い物では無かった。まず、『赤色の目』というタイトルの巨大な絵が扉のある壁とは逆の部屋の奥に飾られており、扉から見て部屋の両端には同じ数の奇妙なぬいぐるみが置いてあった。正直、不気味というしかない。絵は巨大な化け物の絵であり、ぬいぐるみも真っ青で目が赤く、狂ったように笑っている表情が恐怖でしかなかった。隣を見れば、ギャリーも顔を青くして口元を抑えていた。
だが、
「わぁ! 可愛い!」
「え、これの何処が可愛いのよ……」
「え? そうかな……可愛いと思うけど……イヴはどう思う?」
「うん……可愛い」
「そうだよね! 可愛いよね!」
メアリーとイヴは、そうでは無かった。寧ろその奇怪な絵やぬいぐるみを可愛いと評価し、表情を青くするどころかこころなしか嬉しそうだった。珱嗄はメアリーはともかくイヴまでもがこの光景を可愛いと評価していることに、眉を潜める。
「えー……もう……良いわ、早くここを調べてさっさと出ましょ」
だが、ギャリーはもう考えたくないのか、早くここを出たいとばかりにそう言った。珱嗄としても、あまり長居したい部屋では無い。故に、一旦思考を置いておいて、部屋の探索に移行することにした。
また、全員がそれぞれ思い思いに部屋を調べる。絵の前にはまたも本棚があり、ギャリーはそこを、イヴは扉から向かって左側に置かれたぬいぐるみ達を、メアリーはその逆。珱嗄はギャリーの調べている本棚とは別の、もう一つの本棚を調べる。本を一冊取り出し、パラパラと読み始めた。
「……『心壊』……あまりに精神が疲弊すると、そのうち幻覚が見え始め、最後は壊れてしまうだろう。そして厄介なことに、壊れていることを自覚する事が出来ない……ね」
珱嗄は考える。この一節がこの部屋での疑問のヒントだとするならば、四人の中で幻覚を見ている可能性のある者がいるということになる。見た目では分からないが、精神が疲弊し、自分が精神的に壊れていることにも気付かずにいる者がいるということになるのだ。
ふと、ぬいぐるみを見ているイヴとメアリーに視線を移動させる。
そうだとすれば……最も精神的に疲弊しているのは―――イヴだ。メアリーはこの世界の住人であるが、初めて会った時に感じた瞳の奥の悲しみを考えれば、精神的にも何かしらの闇を抱えていてもおかしくは無い。もしかしたら、イヴもメアリーもどこかで壊れている可能性がある。幻覚を見ている可能性がある。それを自覚出来ないままに。
「……どうしたものかな」
今の所問題は無いが、本格的に不味い状況になる前に落ち付いた休憩が必要かもしれない。と、珱嗄が考えていると、変化が起こった。
「っ! メアリー、危ない!」
「え――――!?」
珱嗄は地面を蹴ってメアリーに接近する。彼女はぬいぐるみの置かれた棚の下を四つん這いになって見ていた。問題はその頭上、置かれたぬいぐるみがメアリーに向かって一人でに落下してきていたのだ。
珱嗄はメアリーの腰を掴み、ぬいぐるみの落下する地点から避けるように持ちあげた。すると、そのぬいぐるみはガシャン、という音を立ててバラバラになる。そして、珱嗄はメアリーを持ちあげたまま肩の力を抜くように息を吐いた。
「わぁー……珱嗄って力持ちなんだね! 凄い!」
だが、メアリーは自身が危険に晒されていたという事実を気にも留めず、宙に浮いた足をぷらぷらと揺らしながらはしゃぐ。苦笑しながら、珱嗄はメアリーを地面に下ろした。
そして、バラバラになったぬいぐるみを見て考える。イヴでは無く、メアリーを狙ったように落ちて来たぬいぐるみ。もしかしたらメアリーはこの世界においてルール違反になるような行動を取っているのかもしれない。だからこそ、他の作品から狙われたのではないか? そう考える。
すると、地面に足を付けたメアリーはその場でしゃがみ、壊れたぬいぐるみを見ていた。そして、何かに気がついたのかぬいぐるみの中から紫色の鍵を取り出した。
「見てみて、鍵があったよ」
「お、本当だ。良く気がついたな、メアリー」
「えへへ、お手柄だね!」
「わはは、そうだな。お手柄だ」
メアリーがどのような存在なのか、まだ分からない。だが、子供と同じように無邪気に笑う姿を見れば、やはり敵には見えない。珱嗄は鍵を見せつけて胸を張るメアリーの頭をくしゃくしゃと撫でる。金色の髪の毛が乱れるが、メアリーはきゃーっ、と嬉しそうな悲鳴を上げながらくすぐったそうに身をよじった。
「さて……他に何かありそうでもないし……そろそろ出ようか」
「……うん」
「そうね、行きましょ」
珱嗄の言葉に、イヴとギャリーが歩み寄って来る。何も言わないということは、特に重要な情報があったという訳ではないのだろう。とはいえ、メアリーのおかげで鍵を一つ手に入れることが出来た。なんの成果もなかったわけではない。
四人は扉を開けて、外へ出る。もう一方の扉はおそらく手に入れた鍵で開ける事が出来るだろう。
「それにしても、変な所よねぇ……イヴ、メアリー、疲れたらちゃんと言うのよ?」
「大丈夫」
「うん!」
ギャリーは所々でイヴとメアリーを気に掛けている。保父さんや良いお父さんになりそうだ、と珱嗄は思う。だが、オネェ口調のお父さんだと子供はグレないだろうかと心配にもなって、少し笑みが漏れた。
そして、別の扉へと向かう途中―――――
――――這う様な音が聞こえた
「!?」
一番最初に反応したのはイヴ。聞こえた音は、イヴが夢の中で追い詰められた音と全く同じだった。何かが這って、近づいてくるような音。そして、その音は通路の壁に飾られた一枚の絵から聞こえて来ていた。しかも、夢で聞いたよりもずっと速く近づいて来ている。
「なんだ……?」
「イヴ、メアリー気を付けて……!」
「う、うん……」
「………!」
ずずず、と音は大きくなっていく。イヴはギャリーの手を握り、メアリーも珱嗄の腕に抱き付いた。その表情はどちらも怯えている。全員の警戒がその絵に向かう。
だが、
変化は全く別の所から現れた。
「!?」
全員の立っている床から突然、巨大な茨が勢いよく生えて来たのだ。刺々しく、太いその茨は、恐らく簡単に人の肉を突き破る。珱嗄は即座に行動に移っていた。
腕に抱き着いていたメアリーを片手で抱え上げ、心の中で謝りながらイヴを軽く蹴った。蹴られたイヴはギャリーにぶつかり、ギャリーを押し飛ばしながら茨の脅威から逃れる。そして、珱嗄もメアリーを放さないようにして、その場からバックステップして茨から離れた。
「きゃっ!?」
「あたっ……!」
そして、茨は伸びきって地面から天井にめり込みながらその成長を止める。結果、通路は茨によって塞がれてしまった。茨の壁の向こうから、イヴとギャリーの声が聞こえる。珱嗄はそのことで、とりあえず二人が無事であると息を吐く。
だが、不味いことになった。四人が二組に分断されてしまったのだ。イヴとギャリー、珱嗄とメアリーという形に。
「本当……手強いな、この世界は……」
珱嗄は苦々しい表情で、そう呟いた。