◇番外 Ibにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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たった一つの責任

 茨によって分断されてしまった四人。どうにかして茨の排除を試みてはみたものの、どれも効果は無かった。また、茨自体は植物というより石の様な材質で出来ていた。ならば、と珱嗄が茨の破壊を目的に拳を叩きつけても、壊れなかった。まるで、『壊れない』と最初から決められている様に、打撃による衝撃自体が通らなかった。逆に珱嗄の拳に衝撃が全て返ってきて、若干痛めた程だ。

 

「っ……駄目か。これも作品の一つってことか?」

 

 この世界において、作品は破壊出来ない。扉は蹴り開ける事が出来るが、やはり作品となると別格の様だ。おそらく、美術館に展示されていた作品達の『本体』とも言える作品を破壊しない限りは、この世界に蔓延る作品達は破壊出来ないのだろう。何故『本体』があると言いきれるのかというのは、『無個性』達の数が明らかに多過ぎるからだ。まるで複製したかのように大量に存在する作品達、『無個性』だけ見ても、展示されていたのはたったの三体の筈なのだ。明らかに『本体』が存在しているとしか言い様が無い。

 

「珱嗄、聞こえる?」

「ギャリーか、どうした?」

「とりあえずアタシもイヴも無事だし、多分何も出来ることは無いと思う。イヴの薔薇は珱嗄が持っている訳だし、多分イヴに関してはアタシ以上に安全だと思うわ。だから、とりあえずイヴはアタシに任せて、メアリーと先に進んでちょうだい」

「ふむ……いいのか?」

「大丈夫よ。でも、出来ることなら……早めに助けてくれると嬉しいわね」

 

 ギャリーは少しだけ不安げな声でそう言った。その不安は、珱嗄でなくとも十分伝わってくる。隣で手を繋いでいるイヴには勿論、ギャリーと出会ってまもないメアリーでさえ、それは理解出来た。この状況下で、珱嗄とメアリーにこう言うのは一つの最悪な可能性をどうしても考えてしまう。

 

 

『珱嗄とメアリーが自分達を置いて、外へ出てしまう可能性』

 

 

 振り払えない可能性と、置いていかれた場合の恐怖。それを心の中に押しとどめ、それでも珱嗄を信じてそう言ったのだ。正直言えば、怖い、行かないで欲しい。だが、そうした場合状況は何も変わらない。

 それに、ギャリーの隣にはイヴがいる。珱嗄の隣に、メアリーがいる。護らねばならない存在がいる。大人である自分が弱音を吐けば、それだけでその護るべき存在が不安を抱く。彼女達の前では、強く頼れる存在であることが、今の自分に出来る『彼女達を護る』ということだと、ギャリーは折れそうな心をその思いだけで繋ぎとめる。

 

 

「―――任せろ」

 

 

 茨の向こうから、聞こえて来た声。強く、自然と心に染みいる声。

 多分、珱嗄でなければこうはいかなかっただろう、と思う。今まで、珱嗄とイヴに出会ったあの時から今まで、思えば珱嗄に何度も救われた。危険を承知で前を歩き、何時でも周囲を警戒し、危機が迫った時は真っ先に行動を取ってくれた。イヴが倒れた時も慌てず対処してくれた。作品が襲って来た時は立ち向かってくれた。本人はそんなつもりはなかったかもしれないが、いつだって自分達の心を支えてくれた。

 だからこそ、信じられる。信じて、そう言えた。ここまで、ずっと自分達を支えてくれた人。その人がこの場からいなくなる。ならば、此処から先はイヴを自分が支えなければならない。それが、大人として、たった一つ残された責任だ。

 

 

「―――任せたわ」

 

 

 だからこそ。今度は不安なく、真っすぐにそう言えたと思う。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 珱嗄は、メアリーと共に先に進んだ。紫色の鍵を使って扉を開け、その先へと入る。

 中は資材置き場なのか、かなりの数の段ボールが積まれていた。一つを開いてみれば、中には画材やちょっとしたアイデアスケッチの数々があった。おそらく、これらは全てゲルテナが作品作りの為に集めた資料や画材なのだろう。

 部屋の隅には『無個性』が一体立っていたが、どうやらこの『無個性』は動かないらしい。

 

 それから、茨をどうにか出来るものが無いか探してみたが、珱嗄の拳で破壊出来ないのだ、やはりそんなものは見つからなかった。

 

「ねぇ珱嗄、これであの茨をどうにか出来ないかな?」

 

 そう言ってメアリーが持ちだしてきたのは、パレットナイフだった。刃物ではなく、先も尖っていない上に、その材質はステンレスで柔らかい。武器としては不十分、茨もどうにか出来そうにない。無論ナイフというだけあって取扱いを間違えればそれなりに殺傷能力を持つが。

 

「無理だろうな……」

「やっぱり? んー……でも一応持っていこうかな……念の為に、ね」

 

 その時、珱嗄の背筋にゾクッと悪寒が走った。メアリーの表情に影が差した。それだけなのに、珱嗄の危機察知能力が大きな警鐘を鳴らしていた。メアリーの中で、何か、不味いモノが渦巻いている。それがなんだかは分からないけれど、最初に出会った時から感じていた瞳の奥の悲しい闇、その片鱗がそこにある気がした。

 

「……」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 だが、メアリーの表情は直ぐに元に戻った。だから、珱嗄は何も言わなかった。放っておけば後々酷いことになるだろう、とは思う。が、今はまだ本人にも自覚はなく、またメアリー自身が抱えている事も分からない。下手に触れない方が良いだろう。

 

 

 すると、

 

 

「!」

「な、何!?」

 

 急に停電が起こった。辺りが暗くなる。見えていた視界が光が失われたことで一気に真っ黒に染まった。珱嗄はその中で、近くにいたメアリーの手を掴み、周囲を警戒する。特に、先程までは動かないと放置していた、『無個性』の気配には注意した。

 暗闇の中、ずずず、と動く音が聞こえる。

 

 

 ―――動いている!

 

 

 珱嗄はそう確信し、出来るだけ『無個性』から離れるべくメアリーを抱きかかえて段ボールにぶつかりながらも距離を取った。

 そして、すぐに灯りが戻る。一瞬戻ってきた光に目を痛めたが、直ぐに視界が正常に戻ってきた。

 

「あ、あれ……」

「ああ……」

 

 そして、その視界にいる『無個性』は………入ってきた扉の前に鎮座していた。

 

「後戻りは……許して貰えそうにないな」

 

 珱嗄はそう言う。作品は壊せない。動かすことは出来るだろうが、あの『無個性』は暗闇の中で確かに動いた。下手に触れようとすればまだ動きだした薔薇を狙ってくる可能性がある。

 

「メアリー、ここは先に進もう」

「え? で、でも二人は?」

「大丈夫、きっと二人を助ける方法はある」

 

 珱嗄は確信している。ここまで進んできて、自分達を誘導する存在がいることは確かだ。故に、ここで四人を分断した事には何かしらの意味があるのだ。この先に進む上で、必要な何かが。だからこそ、此処は進むべきだと判断する。幸いなことに、入ってきた扉とは別に次の空間へつながる扉がこの資材置き場には存在する。鍵も閉まっていないので、先へ進む事は出来るだろう。

 

「……うん」

 

 メアリーは珱嗄の手を握った。片手にはパレットナイフを握り締めて、自分の秘密を隠しながらも珱嗄についていく。

 扉を開け、中へ入る。閉まっていく扉の隙間から、珱嗄は『無個性』を見た。変わらず動かないでそこに鎮座する作品。幻聴かどうか分からないが、閉まる扉の音に重なって、狂ったような甲高い笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

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