扉を開けて、先に進んだ珱嗄とメアリー。その手はしっかり握られており、二人の足取りに迷いはない。それというのも、珱嗄がメアリーが歩く際に自然とどちらの方向へ向かうかを見て、その方向に自分も進むという方法で進路を知っているからだ。
メアリーはこの世界の作品。つまりはこの世界の事について最も良く知る存在であるということ。この世界等自分の家の庭と同様に進む事が出来るだろう。ならば、それに合わせて進めばおのずと進路は分かって来るということだ。
メアリーはそれに気づかず、無意識に珱嗄を案内しているも同然だった。しかし、その胸中はあまり良い物では無い。自分が作品だということを隠して、今もこうして珱嗄を騙している。罪悪感と打ち明けた時の恐怖が渦巻いて、メアリーの表情を浮かないものにしていた。
珱嗄は、メアリーが煩わしい声から必死に走って来た時、優しい声を掛けてくれた。手を差し伸べてくれた。作品が襲い掛かって来た時、誰よりも速く助けに来てくれた。たった短い間のことなのに、メアリーは珱嗄に好意と信頼を置いていた。
故に、これ以上隠しておくことは、メアリーの脆弱な精神ではもう出来なかった。また、イヴとギャリーがいなくなったことで、少し話しやすくなったのかもしれない。二人きりになったことで、メアリーは自分の秘密についてちゃんと話しておこうと思った。
「……あ、あのね、珱嗄」
声が震える。だが、切り出すことが出来た。あとは話すだけだ。
珱嗄がメアリーの方へ視線を移した。メアリーの次の言葉を待っている。
「私……本当は美術館に居た人じゃないの」
「うん、まぁ知ってるよ」
「え!?」
俯いて緑色のスカートを握り締めていたメアリーは、珱嗄の言葉に勢い良く顔を上げた。意表を衝かれた、というのもあるがそれ以上に珱嗄が自分の正体を知っているというのだ。驚かない訳が無い。
「俺の推測だけど……メアリーはこの世界の作品だろう? そして、この世界においてある意味特別な存在だ。こうして会話出来ているし、他の作品に襲われたこともある。それに、体重がまるで感じられなかったし、体温も全く感じられなかった。これだけ揃っていればメアリーが人間じゃないことくらいは察しが付く」
「あ……あ……」
知られていた。バレていた。メアリーにとって、それが大きな恐怖に変わる。手を放し、珱嗄から距離を取る。
隠していたことが、バレていたということは、珱嗄がメアリーを普通の少女だと思っていなかったということ。作品だとバレていたということは、珱嗄にメアリーは化け物だと思われていたということ。それはメアリーにとって衝撃だった。
もしも、珱嗄が今、メアリーを化け物と糾弾した場合、メアリーは耐えられないだろう。少なくとも、この短い間で少なくない信頼と好意を寄せていた相手だ。そんな相手から嫌われる、ということはどんな者でも心に傷を負うことだ。
不安になるメアリーに、珱嗄が近づく。メアリーはびくっと身体を震わせて硬直する。珱嗄に触れることが、怖かった。
「でも、それは大した問題じゃない」
だが、珱嗄はそう言ってメアリーの金糸の様な髪に触れた。碧い瞳に浮かんだ涙を指で拭い、頬を撫でた。それだけで、メアリーは困惑で硬直した身体がふっと緩む。
「いいかメアリー、俺は別にお前が敵だとは思っていないよ。お前にもきっと何かしらの事情があるんだろう? それを教えてくれ。俺達が此処に取りこまれたのは何故なのか、そしてお前は何者なのか、最後に……お前はどうしたのかを」
珱嗄は真剣な表情でそう言った。全ての謎は、メアリーが握っている。珱嗄は彼女を敵だと思っていないからこそ、そう言う。この状況がなんなのかという疑問と、そしてメアリーが何をどうしたいのかという彼女自身の願いを、問う。
「……本当?」
メアリーは、上目づかいでそう言う。不安げに、確かめる様に、正確な言葉を欲しがった。
「ん?」
「本当に……私を化け物だって……思ってないの?」
「思ってないよ」
メアリーの問いに、珱嗄は即答した。
「俺がメアリーが人間じゃないと気がついたのは初めて会った時からだが……言っただろう、『一緒に行こう』って」
メアリーは思いだす。珱嗄が最初にメアリーに出会った時、既にメアリーが人間じゃないと気が付いていた。気が付いていて、尚何も言わなかった。また、拒絶するでもなく共に進もうと言ってくれた。それは紛れも無く、仲間として認めるということではないか。
「………うん」
「ほら、泣くなメアリー。まだやることがあるんだ、イヴちゃんと再会した時に泣き腫らした顔を見せるのか?」
「え、えへへ……大丈夫、泣かないよ……珱嗄と一緒だもん」
メアリーの言葉に、珱嗄は苦笑する。そして、また手を繋いで歩きだす。まだやらなければならない事がある。イヴもギャリーも、救い出してやらねばならない。そう任されたのだから。
メアリーの心の中に、もう罪悪感は無い。珱嗄がいるのなら、イヴやギャリーにも同じ様に秘密を打ち明けられる。それだけの勇気が持てる。認められなくとも、精一杯自分の気持ちを伝えよう。それでもだめなら、珱嗄を頼ろう。
―――それくらいなら、許してくれるでしょ?
「珱嗄」
「ん?」
「ありがとっ」
―――だって、私達は仲間なんだから。
メアリーはニヒルな笑みを浮かべて、嬉しそうにそう言った。珱嗄はその短いお礼に対して、ゆらりと笑った。
◇ ◇ ◇
「だからね、珱嗄達がこの世界に取りこまれたのは、私が願ったから……この世界の作品達が私の願いを察知して珱嗄達をこの世界に取りこんだの」
「ふむ……」
それから、歩きながらメアリーは珱嗄に説明していた。メアリーがこの世界から、外の世界に憧れていたこと。薔薇はその人の魂そのものであること。額縁から珱嗄達を見つけて、会ってみたいと思った気持ちを作品達が察知して、珱嗄達を無理矢理この世界に引っ張り込んだこと。メアリーがそれに罪悪感を感じて、珱嗄達の所へ来たこと。そして、メアリーは珱嗄達の内一人をこの世界に閉じ込めれば、外の世界へ出られること。メアリーは外へ出たいと思っていて、でも珱嗄達の誰かを犠牲することは出来ないと思っていること。全てだ。
珱嗄はそれを聞いて、思考を纏める。メアリーは珱嗄達と同様に黄色い薔薇を持っていた。無論、本物ではない。魂を持っていないメアリーが本物の薔薇を持てる筈が無い。故に、それは造花である。
しかも、珱嗄達の内誰か一人がこの世界に残れば、メアリーが外へ出られるという事実と、メアリーが外へ出たいと思っていることが、一番問題だ。
何故なら、この世界の作品達は『メアリーの願いを察知して』それを叶えた。それはつまり、メアリーの願いはこの世界の作品達によって叶えられてしまう可能性があるということ。この場合ならば、イヴか、ギャリーか、珱嗄の内誰か一人が強制的にこの世界に閉じ込められてしまうということだ。事態は思ったよりも深刻なのかもしれない。これの解決策は二つだ、四人全員が外に出る方法を見つけること。そしてもう一つは、メアリーという作品を――――破壊すること。
「……珱嗄?」
「……まぁ、追々考えていくとしよう。今はイヴちゃん達を迎えに行くことにしよう」
「? うん」
珱嗄は一旦思考を置いておいて、とりあえずはイヴとギャリーの二人と合流することにした。今はまだ、決定的な情報が足りていない。メアリーを追い詰める作品達の意図、そしてこの世界における薔薇の意味、そしてメアリーが他の作品とどう違うのか、まだまだ分からないこと尽くしだ。
故に、少しづつ紐解いていこう。全てが幸せに終わる、ハッピーエンドはある筈。
―――だから俺は、それを実現しよう。
それはけして、簡単なことではない。恐らく最も難しい未来だ。
だがしかし、珱嗄は娯楽主義者。最も難しいその未来を掴む、それは彼にとって、
―――それもまた、面白い。
面白いと言える難関であろう。