◇番外 Ibにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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されど希望は捨てさせない

 それから、二つの場所で連携しなければ進めないエリアも、メアリーの助言と珱嗄の身体能力によるゴリ押しでクリアすることが出来、四人の信頼関係もより強いものへと変わっていった。

 そして辿り着いたのは今までとは打って変わってクレヨンで描かれたような空間。何もかもが平面で描かれているのに、立体的なものや空間として成立している世界。正直に言って不気味というよりは違和感しか感じない世界だった。

 

 イヴとギャリーは視線を彷徨わせているが、珱嗄は注意深く周囲を警戒している。今までとは一変した世界だ。何が起こるかも分からなければ、襲ってくる作品にも何か変化があるかもしれない。そう考えたのだ。

 メアリー以外の全員がお互いではなく、一変した景色に注意がいっている。

 

 だからこそ、彼らは気が付かなかった―――メアリーの変化に。

 

 メアリーは表情を歪め、軽い頭痛に苦しむように片手で頭を押さえていた。

 

 ――また……あの声……!

 

 その原因はこれまでなりを潜めていたあの声。このゲルテナの世界に存在する作品(どうるい)達の囁きだ。

 

 

 ――ドコに行くノ? 何処に行くノ? どこどどどこどkどおdこど……!

 

 

 途中からノイズの様な音になって、余計に頭の中を掻き回されている様な気分になる。頭痛が酷くなり、メアリーは目の前がチカチカと不安定になるのを感じた。

 

 

 ――行っちゃダメダヨメアリー? いくナラ、なら、なららららななんらならならららあらららならあらっらなら……

 

 

 うるさい、五月蠅い、煩い、ウルサイうるさいうるサイウルさい……!!

 メアリーは頭を振って歯を食い縛る。そうすれば、流石に様子がおかしいと珱嗄たちがメアリーの方へと視線を向けてきた。

 心配そうに声を掛けてきているが、メアリーには聞こえない。目の前が真っ暗になり、聞こえるのはノイズの様な、壊れたラジオの様な、作品達の声のみ。

 

 イヴの顔が見えない。ギャリーの声が聞こえない。珱嗄の温もりを、感じられない。

 

「く……っ……うぅ……!」

 

 そしてノイズが最高潮に達し、最早その音に精神まで浸食されようとしたその瞬間だ。

 唐突に音が止み、視界が戻ってきた。そして、

 

 

 ――メアリーは、可哀想な、欠陥品(ガラクタ)にナルよ?

 

 

 そんな声を最後に、メアリーの持っていた薔薇が色を失い灰になった。

 

「私の……薔薇が……!?」

 

 そしてメアリーの薔薇が塵になって消えた瞬間、クレヨンで描かれた落書きの世界が崩壊する。ピシピシと亀裂が入るような音と共に、表面が剥がれ落ち、その奥から更なる世界が姿を見せた。

 そこに現れたのは、落書きの世界とは全く持って違う。例えるのなら――命なき悲鳴を表現したような、苦痛と狂気と叫びの世界。

 

 ボールペンでぐしゃぐしゃに書き殴ったような細い線が幾つも重なり、黒い背景に血の様に赤い線が走っている。

 ぎょろりと開かれた瞳は、白目の所が赤く、瞳は黒で、瞳孔がまた赤い色――まるで今までに現れた青い人形の瞳の様だった。

 

「なにこれ……知らない……私、こんなの知らない……っ!!」

 

 メアリーも知らない異変に、珱嗄たちは焦りを募らせる。

 先程まであった家や道はなくなり、道も一本道へと姿を変えていた。見えるのは、赤い線で描かれた道と、その先にぽつりと現れた一つの扉のみ。それ以外には何もなく、まるでその扉を通ること以外は認めないと言っている様だった。

 

 退路も断たれ、珱嗄たちはもう進むしか選択肢がないことを理解する。

 

「……進むか」

「それしかなさそうね……」

 

 珱嗄の言葉にギャリーが返事を返し、イヴとメアリーはその選択に従う。それしか取れる方法がない以上、四人の運命はあの扉の向こう側に託されている。

 何があるかは分からない。だから、扉を開けるのは珱嗄が名乗りを上げた。

 

 取っ手を回せば、鍵が開いていることが分かる。当然だろう、そうでなければ手詰まりだ。

 

「……開けるぞ、皆警戒はしておくんだぞ」

「ええ……イヴ、メアリー、アタシの後ろに」

「う、うん」

「っ……」

 

 全員の視線を受け、珱嗄が扉を開けた。

 

「!」

「嘘……こんなことって……!」

 

 扉を開けた先にあったのは、扉が二つある部屋だった。

 だがその空間には扉の他にもう一つ、メアリーが驚きの声を上げたものが存在している。

 

 そう、それは――メアリーの絵だった。

 

 本来ゲルテナの作品として存在しているメアリー。その彼女の本体ともいえるその絵画が、二つの扉に挟まれるように飾られている。そしてその絵の下には、作品名の他に説明書きの様なものがあった。

 珱嗄たちはメアリーの絵の前まで近づいて、その説明書きを見る。

 

「なんだこれ……」

 

 ――可哀想なメアリーは外に出たくてイヴを犠牲にしました。

 ――意地悪なメアリーは外に出たくてギャリーを犠牲にしました。

 ――身勝手なメアリーは外に出たくて珱嗄を犠牲にしました。

 

 ――二つの扉、右は外への道で、左は素敵なパーティよ!

 

 ――勿論、優しいメアリーはパーティに参加してくれるよね?

 

 書かれていたのは、作品達からの選択肢。右に入れば外へつながる道へと通じており、左は作品達が待っている。そういうことだろう。

 

「……!」

 

 メアリーはそれを見て絶望していた。

 外に出られるのは四人の内三人だけ。つまり、外に通じる道へと続く扉を通れるのは、この中の三人だけだということだ。

 

 当然、元々外の住人である珱嗄たちが通るべきだと、メアリーは思った。

 

 外を願ったメアリーを、しかし作品達は逃がしてはくれない。珱嗄達が優しく、作品と知っても尚今まで通り接してくれても、メアリーが外に出られる資格には成り得なかった。

 だから、メアリーは俯き震える唇を動かす。

 

「……三人とも、右の扉を行って」

「何言ってるのよメアリー! アンタを置いていけるわけないでしょ!」

「良いんだよ、私は元々この世界の住人なんだから……それに、外に出られなくても皆が私の為にパーティを開いてくれるもん。寂しくなんてないし、おかしかったことが元に戻るだけだよ」

「……メアリー」

 

 メアリーは眼を逸らし、ギャリーとイヴの言葉を言外に拒絶した。これでいい、これでいいんだと自分に言い聞かせて。

 

 しかし、珱嗄は黙ってじっとメアリーのことを見ていた。

 

 居心地悪そうに自分の腕をもう片方の手で掴み、目を逸らすメアリー。その姿が、嘘をついていることを明確に表している。

 けれど、このままでは絶対にメアリーは退かないだろう。なにがなんでも、此処に残ると言い張る筈だ。

 

 それでも珱嗄は、ゆらりと笑った。

 

「分かった、それじゃあイヴ、ギャリー、行くぞ」

「ちょ、珱嗄! アンタそれでいいの!? メアリーは……!」

「良いから良いから、ほら」

「ダメ……メアリー……!」

「良いわけないでしょ! 放しなさいッ……! くっ、メアリー! アンタもこっちに来るの! 外に出たいんでしょ!? 四人で一緒に出ようって言ったじゃない! 聞いてんのメアリー! メアリィィィィィ!!!」

 

 俯くメアリーはギャリーの言葉を聞いて、ぐっとこらえるように下唇を噛んだ。眼を逸らし、ぎゅっと目を閉じる。

 

 そして、パタン――という音と共に扉が閉まり、静寂が訪れた。

 

「ごめんね……ばいばい、ギャリー、イヴ……珱嗄……」

 

 ぽつり、呟いたその言葉が部屋に響き、消える。顔を上げられないまま、メアリーは自分の絵に触れた。

 

「どうして……私をこんな風に創ったの、パパ……!」

 

 その問い掛けは、あまりに残酷で、あまりに悲しい。ずるずると崩れ落ち、ぺたんと座り込むメアリーの瞳からは、熱のない涙が零れた。

 涙も流れるのに、嗚咽も漏れるのに、こんなにも悲しいのに、メアリーの作品である事実が生を感じさせない。

 

 温度のない涙、仮初の嗚咽、本物の感情。

 

 どうして、感情だけは偽物のままでいさせてくれなかったのか。

 どうして、狂わせてくれなかったのか。

 どうして、孤独な作品のままにしたのか。

 どうして、どうして、どうして―――

 

 メアリーは作品だ。何もない、生きてすらいない、作品だ。

 

 死にたくても、生きていない。消えたくても、消えられない。悲しみだけを受け止めて、孤独の永遠を過ごさなければならない運命。

 

「……私は、普通の女の子でいたかった」

 

 心の底から零れ出た、その願い。自分の否定と皇帝の入り混じった、複雑ながら単純で、絶対に叶うことはないとつい先ほど諦めた、諦めさせられた夢。

 

 普通でないから諦めたその願いを、

 

「なら、最後まで足掻こうぜ――メアリー」

「ッ――!?」

 

 普通でない男が救い上げた。

 

 勢いよく顔を上げたメアリーの視界に、ゆらりと笑う珱嗄の姿があった。扉は閉まったけれど、珱嗄は扉の向こうへは行かなかったのだ。イヴと、ギャリーだけを押し込んで。

 

「珱、嗄……なんで……!?」

「悪いなメアリー、俺は結構負けず嫌いなんだ」

 

 珱嗄はそう言って座り込んでいたメアリーの両脇に手を差し込んで持ち上げると、そのまま立たせる。

 呆然としたままのメアリーの頭に手を乗せて、今度は優しい笑みを浮かべた。

 

「メアリーも一緒に外に出る、それが俺の選んだハッピーエンドだ。作品ごときにゃ変えさせない」

「でも……外に出られるのは三人だけ……私は出られないよ」

「そんなのやってみなくちゃ分からない。作品達の決めたルールなんか知るか……俺は俺のやりたいようにやる」

 

 傍若無人、傲岸不遜、唯我独尊、そんな言葉で言い表せる無茶苦茶な理屈。珱嗄の言葉は、メアリーを呆気に取らせた。

 

「外に出るぞメアリー、そんで……イヴとギャリーも一緒に遊びに行くんだ。普通の女の子みたいにな」

「……出来るの?」

「やってやるさ」

「……うん、分かった……」

 

 珱嗄の差し出す手を、メアリーは取った。

 珱嗄が言うのなら、信じよう。メアリーはそう思って、一度捨てた希望を拾い上げた。

 

「それに」

「?」

 

 メアリーが涙を拭いながら珱嗄の言葉に首を傾げる。

 すると珱嗄はメアリーの絵の額縁を掴み、ゆらりと笑った。

 

「無茶苦茶は得意なんだ」

 

 バキィッ、と大きな音と共にメアリーの絵が壁から外れた。

 

「ええっ!?」

 

 珱嗄はメアリーの絵を抱えると、もう一方の手でメアリーの手を取った。

 

「さ、行くぞ。この世界に目にもの見せてやる」

 

 驚いて大きな口を開けているメアリーに対して、楽しげに笑う珱嗄のそんな言葉。全く持って無茶苦茶極まりないけれど、どこか優しさに満ちている。

 

 だからだろうか。

 

「……あははっ! うん!」

 

 メアリーは外に出られるという希望が、大きくなったのを感じた。

 

 

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