イヴとギャリー。珱嗄によって扉を強制的に潜らさせられた二人は、当然すぐさま戻ろうとした。
しかし振り返った瞬間に扉は消失していて、二人は新たな別空間へと辿り着いたのだ。禍々しい空間から一転、クレヨンで描かれたような輪郭で形作られた小さい部屋。床に散らばっているのは、おもちゃや絵本、下手くそな子供の絵、最奥の壁には何かが飾られていたような跡があった。
ここはメアリーの為の部屋。誰の目にも止まらない、見つけられない『メアリー』という作品の展示場所。ゲルテナが生涯を賭して作り上げてきた作品の最後を飾る部屋だった。
日記があった。
ギャリーとイヴはそれを手に取って読んでみる。メアリーがこの部屋で、どんなことを想い、どんな夢を抱き、どんな日々を送って来たのかを、知りたかった。
――
○月×日
めがさめた。
わたしはメアリー、ゲルテナパパがつくったさくひんのひとつ
まっくらなへや。でも、みんながいるからさびしくないよ!
○月▽日
わたしの絵のむこうに、うごいているひとがいる。
みんながさくひんたちをみてる。ちょっとはずかしいけど、わたしもみてほしいなぁ
わたしのえはここにある。みんなとちがってだれにもみられない。
なんでも、わたしはみんなとはちょっとちがうんだって。よくわからないけど、わたしは生きたさくひんなんだってさ。パパがわたしをつくったときに何かしたらしいけど、なんだろう?
○月◇日
絵の向こうのひとたちは楽しそう。
わたしはさいきんお勉きょうをはじめた。ここにはいっぱい本があるから、文字がいっぱいよめる。だんだんかん字っていうのがかけるようになって、ちょっとうれしい。
外のせかいにはかん字の他にもいろんな文字があるんだって。いいなぁ、わたしも外のせかいにいってみたい。
そういったら、みんながこわいかおをした。なんでもないっていってたけど、ちょっとこわかった。もういわないようにしよう。
――
「メアリーが……他の作品と違う?」
「どういうこと……?」
「分からないけど……でも、確かに他の作品と違ってあの子はどちらかというと……私達人間に近いわよね」
日記の内容に首を傾げるギャリーとイヴだが、どうもメアリーを救うための鍵となりそうな情報が得られたことは確かだ。
更に日記を読み進め、詳しいことが書いてありそうな記述を探す。
――
▽月○日
今日は私達の美術展が開かれる。場所はパリってところらしい。今までもそうだったけど、見たことないくらい広い美術館にちょっとびっくりした。
それに人も凄く多い。代わる代わる作品達を見ている人が変わっていくのは、なんだかとても忙しなかった。
最近なんだか皆の様子がおかしい。
私が外の世界をよく見るようになってからかな。皆の表情が暗い気がする。なんでだろう? 心配しなくても私達はここから出ていくことなんて出来ないのになぁ。
◇月×日
今日もいっぱいの人を見た。やっぱり外の世界はいいなぁ……きらきらしてて、いろんなものがあって、楽しそう。
そうそう、今日は皆がどこからか黄色い薔薇を持ってきてくれた。造花だったけど、黒い部屋に花があるのってなんだか良い気分。
どこからもってきたのか聞いたけど、皆笑うばかりで何も教えてくれなかった。
ただ、この薔薇が将来私の欲しいものをくれるんだって。こんな世界だからあんまり信じられなかったけど、皆がくれたから大切にしようと思う。
最近、背が伸びた気がする。
#月♢日
なんだか最近皆が怖い。
眼が血走っているっていうのかな。表情も暗いし、なんだかずっとピリピリしている気がする。相変わらず外の世界では芸術だって言われているのに、どうしたんだろう。
近寄りがたいから、なんとなく部屋の中が重苦しく感じた。
今日外を見たらふと、お菓子を食べている子供が見えた。マカロンっていうんだって。
小さくて丸くてカラフルで、なんだか可愛いお菓子。私も食べてみたいなぁ……どんな味がするんだろう。
まぁ私は作品だから食べるもなにもないんだけどね。
ちょっと髪が伸びて鬱陶しくなってきた。肩くらいだった長さが、今では腰に届こうとしてる。前髪は流石にハサミで切った。落ちた髪が絵具になって床を汚したのにはちょっとびっくりした。
――
「!」
「これ……」
「ええ……おかしいわ。メアリーは作品の筈……なのに、この日記の通りならあの子は成長してる。背が伸びたり、髪が伸びたり……まるで人間みたいに」
記述にはおかしな事実がいっぱい出て来た。
それは、メアリーという作品の異質さ。作品でありながら、まるで生きている人間の様に成長しているメアリー。背が伸びる、髪が伸びる、そんな外見的なものは、作品として作られた瞬間に確定している筈だ。
なのに、メアリーは絵とは違う姿で覚醒し、絵の姿の様に成長したのだ。しかも他の作品達は最初から知っている様な知識も、子供が学習して覚えるように身に付けている。
――彼女だけが、最初から作品として完成していない
未完成だったものが、完成していくように。欠けていたものが補完されていくように。彼女だけが他の作品とは違う道を歩んでいる。
「それが……ゲルテナがメアリーに施した何か……?」
「……ギャリー」
だとしたら、希望はあるかもしれない。
メアリーがもしも人間とは違う形で、"生きている"のだとしたら――それはこの世界から出ることが出来る魂を持っているということになる筈。
黄色い薔薇は朽ちて灰になった。元々はそれがなくても動くことが出来たのかもしれないが、作品達が与えた薔薇を作品達が消し去ったことの意味がある気がする。
つまり、メアリーもギャリー達も、最初からある勘違いをしていたとしたら、全て辻褄が合うのである。
何せ作品達は"知っていた"のだから。
「イヴ……メアリーのこと、好き?」
「……うん、友達だもん」
「……そう、そうよね……あの子はアタシ達の友達で、仲間……なら、あの子を置いて外の世界に行くなんて――」
「「絶対イヤ」」
二人は同時に言う。顔を見合わせ、共に笑顔を浮かべた。
手を繋ぎ、消えた扉とは違う扉の前に立つ。クレヨンで描かれたチープな扉は、二人にとっては外に出るための道ではない。メアリーと珱嗄を、救うための道だ。
本来出会う筈のなかった、交わることのなかった物語。
幸福なエンドは、二人にとってはベターであるがベストじゃない。今ここにいるギャリーとイヴは、用意されたエンディングを迎えることを是としない。
本当に幸せな終わりがあってもいいじゃないか。
黄色い少女は願ったのだ――外の世界に出たいと。
そしてその願いがイヴとギャリー、珱嗄を引き寄せ結びつけた。その意味はきっと、この時の決断にある。この三人でなければならなかった理由が、この決断にある。
イヴもギャリーも珱嗄も、そしてメアリーも、一緒に外に出る。それが彼女達の望む最高のエンディング。涙はいらないし、絶望もいらないし、妥協もいらない。この手にある者は全て持っていく。
「行くわよイヴ、アタシ達の手で――
「うん!」
扉を開け、二人は駆け出す。友達の為に二人は外の世界と自分達の魂を天秤に掛け、そして選んだのだ。
――その両方の選択肢を