◇番外 Ibにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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ようこそゲルテナの世界へ

 少女の名前は、イヴだった。珱嗄に手を引かれ、薄暗い美術館と人気のなさにびくびくしながらその細く小さな足を少しづつ、進ませている。元々、彼女は美術品には興味も無い遊び盛りなのだが、親に連れられて此処にやって来たのだ。話を聞くには親が受付で話している最中に先に見に行くと言って一人、美術展を回っていた様だ。

 とはいえ、今ではその両親の姿もなくなり頼れるものといえば珱嗄位だ。自然と珱嗄の手を握る力が強くなり、珱嗄も放さない様に握り返した。今までの珱嗄を見れば分かるだろうが、基本的に珱嗄は子供には優しい。意地悪はするけれど、決して傷付けたりはしなかった。故に、今回も彼は怯える少女を支える。これが珱嗄という人外の内にある人間性なのだ。

 

「イヴちゃん、あれ」

「……うん」

 

 珱嗄の指差す先、そこには柵に囲まれた巨大な深海の作品があった。題名『深海の世』、深く暗くそして底の見えない不気味な世界。そんな作品が、今現在では本物の水となって顕現していた。触れれば冷たいとも感じない。温度が無かったのだ。それもその筈、何故ならこれはただの芸術品なのだから。如何に水の感触があろうと、ただの作品。温度はないし元素である水素も無い。あるのは絵の具の匂いと、不気味な世界の境界のみ。

 

「冷たくない……」

「まぁそうだな……入ってみるか。ほら、見えるか? 底の方に廊下みたいなのがあるの」

「……あ、見えた」

「多分、あそこを辿った先に出口がある」

「………」

 

 イヴは怖がっている様だ。それもそうだ、こんな得体のしれない水の中に飛び込むなんて、不安にも程がある。とはいえ、ここで動かなければ何も分からないのも事実。迷いながら、珱嗄を見た。

 

「大丈夫、俺が付いてる」

「………うん」

「ほら、おいで」

 

 珱嗄が笑ってそう言うと、イヴは珱嗄を信じて頷いた。そして珱嗄はイヴを抱き上げ、しっかり掴まっている様に指示する。そしてイヴが珱嗄の服にしがみついたのを確認すると、珱嗄は『深海の世』の水の中に、飛び込んだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 水に飛び込んだ後、珱嗄達はしばらく温度のない水の中を沈んで行き、世界を渡った。辿り着いたのは、赤い廊下。赤い絵と青い絵が壁に飾られており、長い廊下が左右どちらにも続いていた。

 珱嗄はとりあえずイヴの身体に異常が無い事を確認し、彼女を降ろす。イヴは床に足を着けると、何故か服が濡れていない事を不思議に思いながら、目の前にぶら下がっている珱嗄の手を握った。

 

「さて……行こうかイヴちゃん。とりあえず……どっちに行こうか?」

「………あっち」

 

 珱嗄は行くルートをイヴの勘に任せた。何故かは知らないが、子供はかなり感受性が高く、勘も鋭い。ここは少しでも可能性のある方向へ行った方が良いだろう。流石の珱嗄も身体能力だけで一つの世界を破壊するのは無理だ。殴る蹴るの出来る敵がいないのだから仕方がない。

 

「じゃあ行こう」

「うん」

 

 珱嗄に手を引かれて歩くイヴ。彼女には兄弟や姉妹といった関係の家族はいない。が、もしも兄がいればこんな感じなのかな、と内心で思った。大きく頼もしく、そしてこんな状況でも冷静で居られる珱嗄の手は、イヴにある種の安心感を与えていた。おそらく一人でもなんとか進む事が出来ただろうが、それでもきっと心細さに震えながらだと思うと、珱嗄がいてくれた事がイヴにとってはありがたかった。

 

「あれ……」

「ああ、何かあるな。花瓶、と薔薇か」

 

 しばらく歩くと、一枚の扉とその前に置かれた薔薇を見つけた。血の様に赤い薔薇と、藍色の薔薇が一本ずつ。

 

「……これは持って行っておこうか。持っていた方が良い」

 

 珱嗄はその薔薇が、自分達と繋がってる事に気付いた。薔薇が傷付けば、自分達も傷付く。こうなれば珱嗄も薔薇を守る選択しか出来ない。

 

「うん」

 

 珱嗄は薔薇を二本とも手に取り、着物の腰布に刺した。珱嗄の腰には赤と藍の薔薇が刺さっている。一応赤い薔薇はイヴに繋がっているのだが、自分で持たせるよりは自分が守った方が良いだろうという考えだ。

 

「さて、机は邪魔だしどかしてっと……入ろう」

 

 イヴを連れてドアを開ける。すると、中は狭く、一枚の絵が飾られているだけだった。説明書きには、薔薇と珱嗄達が繋がっている事が書かれているだけで、特に情報はなかった。

 

「なんて書いてあるの?」

「うんまぁ薔薇は大切にしよう、的な事が書いてあるよ」

「そっか……」

「じゃあいこうか」

 

 イヴと珱嗄は扉を開けてまた廊下に戻る。此方側は既に行き当たり、逆方向へと進みだした。赤い廊下は先が見えず、どこまでも暗かった。

 

 

 

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