しばらく廊下を進んだ先、そこには青い扉があった。どうやら鍵が掛かっている様で、どうしたものかとしばらく考えていると、隣のイヴが手をくいくいと引いてきた。視線を向けてみると、イヴは青い鍵を取り出して扉の鍵を開けた。
「何処から鍵を?」
「さっきの大きな絵の部屋に落ちてた」
「成程、イヴちゃんは良く見てるね」
イヴの頭を撫でて褒めると、若干嬉しそうな表情を浮かべて小さく笑った。珱嗄はそんなイヴに微笑し、ドアを開ける。そして手を引いて中に入った。
扉の向こう、そこは緑色の廊下だった。虫の絵が数点飾られているが、特に興味はない。
「ふむ……どうしようか」
「あっち」
イヴの指差した方へ進むと、また別の絵が飾られている。そしてその先には緑色の扉があった。
「入れるっぽいね、言ってみようか」
「うん」
相変わらず手を引いて扉を潜る。すると、そこは狭い空間で一本道だった。だが道が途中で崩れている。これでは通れない。
普通なら、だが
「イヴちゃん、ちょっとごめんよ」
「わっ……」
珱嗄はイヴを此処に入って来た時同様に抱き上げて、地面を蹴る。そして軽やかに跳躍し、崩れた道を飛び越えた。かなりの距離だった物の珱嗄の身体能力を持ってすれば5mも無い崩落した道など跳び越えるに難くない。
「わわっ……す、凄い……」
「っと……まぁこんなもんか。こっちの扉は……開いてるな、行こうか」
「う、うん」
イヴを抱き抱えたまま扉を潜る珱嗄。そしてその扉の先に見つけたのは、緑色の鍵と赤い服を着た頭のない彫刻。そして一枚の絵だった。とりあえず鍵を拾った珱嗄は、そのカギをイヴにしっかり持たせる。イヴを抱え、鍵を持って両手を塞ぐのは不味いと感じたのだ。戦闘しているわけではないが、こういう場合は片手だけでもフリーにしておいた方が良い。
「さて……それじゃさっきの道に―――!」
珱嗄が踵を返し、扉をくぐろうとしたその時――――赤い服の彫刻が動いた。
「っ―――マジかよ」
珱嗄は俊敏に動いて迫ってくる赤い服の彫刻、題名『無個性』から逃げるべく扉を潜り、その勢いのままにイヴを抱え直しながら崩落した道を飛び越えた。
無論、無個性に同じ事が出来る筈も無い。頭が無い故に視界も無いのか、無個性は崩落した道の底へと迷いなく足を踏み入れ、落ちていった。
「今のは……無個性?」
「美術館にあった……」
「ああ、作品の一つだ。おっと、ほら立てるか?」
「うん、ありがとう」
イヴを降ろして若干皺になったスカートやブラウスを軽く叩いて伸ばす。そしてすくっと立ち上がると、また手を繋いだ。
「イヴちゃん、この先あの作品や……人の姿がある作品を見かけたらあまり近づかない方が良い」
「分かった……」
イヴからしても、珱嗄の言葉は同意出来る提案だった。今の様な怪異が襲って来た場合子供の自分ではなんの抵抗も出来ない。正直、助かる見込みはないだろう。今回も珱嗄が居てくれたおかげで助かったのだから。
「じゃ、行こうか。大丈夫、俺がいるんだ。今のイヴちゃんは世界で一番強い男が一緒なんだぜ?」
珱嗄の冗談めかした言葉を信じたわけではないが、先程の跳躍を見ればそれもなんとなく信じられる。イヴは珱嗄の言葉にクスッと笑って頷いた。
珱嗄はそんなイヴに微笑み、扉を潜ってまた緑色の廊下に戻ってくる。そして反対側に進み、曲がり角にやってくる。その手前で張り紙があり、『はしにちゅうい』と書いてある。
「なんともまぁ……親切設計だね」
「はしにちゅうい?」
「とどのつまり、真ん中を歩きなさいってことさ」
珱嗄はイヴを再度抱えて道の中央を歩く。イヴはその意味が分からなかったが、珱嗄の行動には何か意味があるのだろうという考えで珱嗄の首に手を回し、彼が動きやすい様にしっかりしがみついた。
そして、珱嗄がその道を慎重に進む途中で―――
ヴゥァア゛ア゛ア゛!!
真っ黒な腕が、珱嗄達に向かって伸びてきた。
「!?」
「大丈夫」
が、その腕は珱嗄の肩に触れる直前で止まる。基本的に人間と同じ長さの腕故に、届かなかった様だ。珱嗄は戦闘の経験上その間合いが分かる。故に、手が出てきた瞬間に自分達には届かない事が分かった。
「さ、行こうぜ。出てくる手は全部作品名も無いモブだ」
「もぶ……って何?」
「道端の石ころみたいなものさ」
「そう、なんだ」
すたすた歩く珱嗄。その途中で同じ様に幾つも腕が出てくるものの、珱嗄には届かない。端に注意、なるほど中々どうして、親切な設計である。
(……でも、正直いって襲ってくるならこんな注意書きはいらない……となると、俺達に味方する作品がいるってことか……さしあたってその作品を探すか)
そんな中、珱嗄は冷静にそう考える。此処までの過程を考えても、何者かが珱嗄達のサポートをしている様な気がしてならない。鍵が落ちていたり、今の様な注意書きがあったり色々だ。
それはつまり、ソレを行った者がいると言う事。とはいえ、これが脱出ゲーの様な遊び感覚で、作品達のお遊戯であるなら別だが、ソレにしては先程の珱嗄が飛び越えた道は常人なら手詰まりだ。
(……まぁ迷い込んだのが俺とこの子だけって訳じゃなさそうだし……動いてるモノの気配はないしなぁ……どうしたもんか)
珱嗄はイヴを降ろし、道の先に会った緑色の扉を手に入れた緑色の鍵で解錠し、扉を潜った。