「う、うう……」
しばらく進んだ先。珱嗄とイヴは自分達以外の被害者に巡り合った。年齢は二十代中盤といった所の男性。紫色の癖のある髪とボロボロのコートが特徴だ。
「見てイヴちゃん。この人の手元」
「青い……花弁……?」
「そうだ。多分、俺達の持ってるこの薔薇と同じ物だ」
「それって……」
此処までの道のりで、珱嗄とイヴは幾つか分かった事がある。緑色の扉を潜ってから辿り着いたのは、猫の顔をした壁。その両サイドに続いていた道の先で鍵を集め、通って来たのだが、その際珱嗄の持つ薔薇を狙った作品の攻撃があった。奇しくも人間と同じ生物ではないので気配が無く、珱嗄の藍色の薔薇の花弁を一枚持っていかれたのだが、その時珱嗄の身体に激痛が走ったのだ。それも、思わず膝を着いてしまう程の。
イヴはその時珱嗄の身を心配したのだが、すぐに痛みは治まったようで、ほっと息を吐いた。そして薔薇が自分達の命と繋がっている事を二人とも理解した。恐らく、この薔薇の花弁が全て散った時、その薔薇の持ち主は死んでしまうのだろう。そして、藍色の薔薇で珱嗄にダメージが行ったという事は、その薔薇が珱嗄の薔薇で、赤い薔薇がイヴのなのだろう。
「そう、この人の薔薇はさっきの彫刻と同じで動けるタイプの作品に持っていかれたんだろ」
「どうしよう……」
「どうやらまだ生きている様だし……薔薇の花弁が廊下の向こうに続いてる。多分あっちに行ったんだろう」
珱嗄は自分達のやってきた先に視線を向けてそう言う。イヴは珱嗄が言うのならそうなのだろうと頷いた。
「俺はその作品から薔薇を取り戻してくる。イヴちゃんはここでこの人を見ててくれるか?」
「え……」
イヴは泣きそうな顔で珱嗄を見上げた。その顔を見て珱嗄は片膝を着いてイヴに視線を合わせる。そしてその頭に手を乗せて笑った。
「大丈夫、すぐに戻ってくるさ」
「………うん。早く戻ってきてね」
珱嗄はイヴの言葉に頷き、立ち上がる。ひらりと着物の裾を翻して通路の先へと進む。その後ろ姿を見てイヴは、何処か安心感を抱いた。こんな場所で半ば死に体の男性のそばで一人残されたというのに、恐怖は無かった。
「ん……?」
そしてイヴは男の手に鍵がある事に気付いた。その鍵は珱嗄に必要なのかもしれないと拾い上げて直ぐに珱嗄の方を向く、がそこに珱嗄の姿は既に無かった。
◇ ◇ ◇
珱嗄は自分がやってきた道を戻り、T字路にやってきた。此処を曲がれば自分達のやってきた道を戻り、直進すればまだ確かめていない道を進める。故に、珱嗄は直進した。
「……何かが動く気配は有るんだけどなぁ……」
優々と進み、辿りついた先。そこはひらけていて、中心に部屋があった。鍵が掛かっている扉の内からブチブチと何かを引きちぎる音がしている、
「……鍵、ねーな。仕方ない」
珱嗄は扉を蹴破る事にした。扉から少し距離を取り、予備動作も無く扉を蹴った。すると、ゴシャっと大きな音を立てて扉が吹き飛ぶ。蝶番が弾け飛び、扉は蹴った箇所から罅割れていた。
「があぁあ!」
するとその音で気付いたのか中に居た作品が襲い掛かって来た。絵の額縁から上半身を出した女は、珱嗄の腰布に刺さる赤と藍の薔薇を狙って飛び掛かってくる。珱嗄は冷静にそれを躱し、後方に放置された青い薔薇を転がる様に回収。振り返って飛び掛かる絵を投げ飛ばし、部屋を飛び出て元来た道を引き返した。どうやら追っては来ない様で、一息吐く。
「花瓶がある……とりあえずこの薔薇ボロボロだし……生けてみるか」
珱嗄は道中にあった花瓶に青い薔薇を生ける。すると、見る見るうちに薔薇は元の花弁と活力を取り戻した。
「なるほど……これも救済措置か……全く、不思議な世界だ」
珱嗄は青い薔薇を腰布に刺し、イヴ達の下へと戻ってきた。
「あ、おかえり」
「おう。ほら」
「うん」
青い薔薇をイヴに渡し、イヴはそれを男性の手に持たせる。すると、男性ははっと眼を開けてまるで先程まで寝ていたかのような気軽さで起き上がった。
「ここは……はっ……何よ! もう何も無いわよ! ………って、アンタ達……もしかして美術館に居た人? ああ良かった、アタシの他にも人がいた!」
起き上がった彼はそう言って、心底安心したかのような表情を浮かべたのだった。
「アタシはギャリー、よろしくね!」