それから、珱嗄達は三人共に先を急ぐことにした。出口は見えないが、それでも進まなければ何もないだろう。ギャリーが倒れていた場所から少し進んだ所には、『無個性』の像が立っていて、その後ろには赤い扉があった。動きださないか不安になったものの、珱嗄がそれを横へどかし、奥へ進んだ。
その扉の先には、花嫁と花婿の絵があった。そして、その前には黒い両腕が。特にこちらに害を与える様な存在ではないようだが、それでも不気味である事には変わりない。まして、ただでさえ不気味な作品なのに、こんな状況下で現れれば尚更だ。とはいえ、進まなければならない。珱嗄達はその作品の中心を通る道を、警戒しながらも進んだ。
「さて……どうするかな」
「ここまでの情報を整理した限りじゃ、アタシもイヴ達もさして変わらない道だったみたいだし……そもそもこの世界自体が奇怪だもの、少しずつ進むしかないわ」
ギャリーが増えたことで……つまり大人が増えたことで、多少考える余裕が三人に生まれた。やはり、状況に対して対処しようとする大人が増えれば、それだけ人の心にも余裕が生まれる。まだ幼いイヴにとっても、自分以外に頼れる大人がいることは、心の支えになった。小さな両手を、両側から握ってくれる大きな二つの手の温もりが、今のイヴにとってかけがえのないものになっていた。
「そうだな……さ、進むぞイヴちゃん」
「歩ける? イヴ」
「うん」
二人はイヴをちょくちょく気に掛けている。自分達とは違ってまだ幼いイヴは、気に掛けるべきだと思っているのだ。
そうした二人に対して、イヴは安心して返事を返すことが出来た。案外余裕そうなイヴに、珱嗄とギャリーは少し驚いた様子を見せたが、くすりと笑って手を引き、進む。
「! ……広い所に出たな」
「そうねぇ……見た限り幾つか扉があるけど……どうしましょ?」
「………うん、ここは二手に分かれるか。ギャリーはイヴちゃんと一緒に居てくれ、俺は一人で探索してみるよ」
「なっ……駄目よ! 一人で何かあったらどうするの!?」
珱嗄の提案に、ギャリーは強く反対した。イヴも不安そうに表情を歪めている。
だが、珱嗄は提案を取り下げない。
「こんなに広いんだ、三人固まって動くより、二手に分かれた方が早い。それに、ギャリーがイヴちゃんといてくれれば、少なくともイヴちゃんの無事は保障出来る」
「な、なんで?」
珱嗄は此処に来るまでの過程で確信を持ったことがある。
自分達を襲ってくる作品は全て、『薔薇』を狙っているということだ。ギャリーも、倒れていたのにその身体には一切の外傷はなかったし、珱嗄達も薔薇以外に怪我を負わされた事は一度も無い。何故なら、薔薇を散らせばその命を奪えるのだから、怪我を負わせる必要はないからだ。
故に、珱嗄がイヴの薔薇を持っている限りイヴ本人が作品に襲われる心配はないということだ。
「……俺は普通の人よりも戦闘に通じてる。よっぽどの事が無い限り、俺が負傷する事はない。ここは二手に分かれたほうが良いと思う」
「……分かったわ……でも約束して、必ず後で合流するって」
「分かった、約束しよう」
ギャリーは、珱嗄の考えが正しいとは分かっているが、納得出来なかった。しかし、それが一番最善の手なのだろうと理解はしているので、苦渋の判断でそれを了承した。
珱嗄はギャリーの隣で俯くイヴの目線までしゃがんで、イヴに優しく言葉を投げかける。
「イヴちゃん、大丈夫。俺が強いのは知ってるだろう? 必ず、後で合流するよ」
「………絶対だよ?」
「ああ、約束だ」
イヴが差し出した小指に、珱嗄は自分の小指を絡めた。そして、指切りげんまん、と言って切る。すると、珱嗄はそのまま奥の道へと進み、イヴ達は手近にあった扉へと歩いていく。この広けた場所の探索を開始するのだ。
ギャリーはイヴを護らなければと意思を強く持ち、イヴは珱嗄を信じてギャリーの手を力強く握った。
◇ ◇ ◇
その後、珱嗄はいくつか存在する扉を調べた。鍵の開いた場所はそのまま入り、鍵の掛かった扉を蹴破った。最早鍵など必要としない脱出ゲーの反則行為は、この世界においては予想外だろう。ここまでの道中で出会った『無個性』などの銅像作品を何度か攻撃してみたのだが、何故か破壊する事が出来なかった。しかし、作品でない扉ならば破壊可能の様だ。
そして、幾つかの扉を潜って探索した結果、珱嗄は目薬を手に入れ、地面を蠢く目玉を発見した。充血した目玉があったので、それに目薬を差してみると、隠された通路を示してくれた。中に入ると、そこには赤い石が落ちていて、それを目が抜けている蛇の作品に設置する。すると、一つの絵が外れて、ヒントが現れた。
「……『大きな木の後ろに……』、か。これもヒントなのかねぇ……つっても、大きな木なんて何処にもなかったしなぁ」
珱嗄は考える。明らかに、此方にヒントを与えている存在がいる。というか、こちらがちゃんと先に進める様になっているこの世界は、少しだけ違和感を感じさせた。
もしかしたら、この世界は自分達を殺す、ないし傷付ける為に自分達を取りこんだのではないのかもしれない。珱嗄はそう考えた。この世界はどういうものなのか、何がしたいのか、分からない。
「……とりあえず、合流するかな。イヴちゃん達は何処に……?」
珱嗄は一旦考えを保留にし、イヴ達との合流を図る。ヒントは得たし、とりあえずは情報の共有が必要だろう。すると、タイミング良く一つの扉からイヴ達が出てくるのが見えた。珱嗄は二人の下へと足を進める。二人も珱嗄に気がついたのか、駆け足で駆けよって来た。
「大丈夫だった?」
「ああ、二人とも怪我は無いか?」
「ええ……ちょっとアタシの薔薇の花弁が一枚持ってかれちゃったけど……怪我は無いわ」
見れば、ギャリーの薔薇の花弁が減っている。どうやら、先程の部屋には襲い掛かってくる作品があったようだ。だがまぁ、行動に支障はないようで、とりあえず一息吐く事が出来た。
「で、どうだった? 何か発見はあったか?」
「ええ……さっきの部屋にあったボタンみたいなのを押したんだけど……それ以外は特に」
「そうか……俺の方はどうやら『大きな木』に先に進む手掛かりがあるらしい、ということは分かったんだが……それ以外はさっぱりだ」
情報の共有をしてみたが……さして成果はないみたいだ。しかし……珱嗄は背後にちらっと見える一枚の青い絵を一瞥した。
あの絵は、危険な匂いがした。一度近づいて調べてみたものの、花をくれというばかりで、何も言わない。薔薇を差し出すのは持ってのほか、近づけば攻撃される危険があった故に、珱嗄はその絵に近づかない選択肢を選んだのだ。
「……あの絵も、なにかしらのキーパーソンだとは思うんだけどな……」
「……不気味な絵ね」
「あ」
「ん?」
ギャリーと話していると、不意にイヴが声を上げた。珱嗄がその声に視線を向けると、イヴはある方向をすっと指差す。その先には、一枚の扉があった。
「……あの扉、さっきは無かった……」
「? ……本当か?」
「うん……さっきは無かった」
「………なら、行ってみるか」
珱嗄の言葉を皮切りに、三人はその扉に近づき、中に入る。そこには、オブジェがいくつか並んでいた。そして見つけた、そのオブジェの中に
『大きな木のオブジェ』があることを
「っ……あれか」
「大きな木、ね」
「………」
警戒してその場を動かない三人。だが、珱嗄は二人をおいて、前に一歩、足を進めた。
「そこに居てくれ、調べてくる」
「………分かったわ」
珱嗄に危険な役目を担って貰うのは、ギャリーとしても少し気が引けたし罪悪感も感じたのだが、それでも、『恐怖』という感情はその罪悪感を行動には移させてくれなかった。
「………なるほど、大きな木の後ろ。これが答えか」
珱嗄が大きな木のオブジェを調べてみた所、その枝に引っ掛かった『婚約指輪』を発見し、そう言った。先に進む為には、この婚約指輪が最大の要因となるのだろう。珱嗄はその指輪を手にとって、ゆらりと笑った。