◇番外 Ibにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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歪んだ葛藤

 婚約指輪を手に入れた珱嗄達は、それをこの広間にやって来た時に見つけた両腕の下へと持ってきた。恐らく、この指輪を左手の薬指にはめれば何らかの道が開けるのだろう。そして、珱嗄がそれを左手の薬指にはめてみた所、花嫁と花婿の絵がニコッと笑った。そして、花嫁が持っていたブーケが絵が飛び出して、イヴの足下に落ちた。

 絵から飛び出して来た瞬間、珱嗄は少し身構えたが、イヴが拾って持っても何も起きないことから危ないモノでは無いらしい。少しだけほっとする。

 

 そして、そのブーケはあの不気味な絵に差し出すことにした。花が欲しい欲しいと言っていたのだ、つまりはこのブーケを渡せば道を開いてくれるのだろう。薔薇を持っていかれるよりは試す価値があるだろう。強引に薔薇を奪いに掛かった時は、自分が何とかしようと珱嗄は考えていた。

 

『うへへへへ、いいなぁいいなぁその花いいなぁ、僕に頂戴よ。そうしたら道を教えてあげる』

 

 不気味な絵の前に立つと、一度珱嗄が調べた時と同じ事を言った。イヴはそんな絵にブーケを差し出すと、べロン、と長い舌がブーケを奪い取り、むしゃむしゃと咀嚼する音が響いた。絵が花を食べるなど、不気味過ぎて仕方が無い。珱嗄やギャリーはまだしも、イヴは目を背けていた。

 

『美味しい、美味しい。ありがとう、約束だから、道を開いてあげる』

 

 不気味な絵は、そう言うと真っ青な顔を引っ込めて真っ赤な扉に変身した。つくづく常識の通用しない世界だ、と感想を漏らしながら珱嗄が先陣を切る。ドアノブを掴み、ガチャッと開けた。普通のドアとは勝手が違うので、罠の可能性も考えながらだったが、別段何かある訳ではないようだ。

 

「……大丈夫そうだ、行こう」

「ええ、イヴ歩ける?」

「大丈夫」

 

 珱嗄が安全を確認すると、ギャリーはイヴを気に掛ける。だがイヴは気丈にもそう言って、逆にギャリーを引っ張る様に扉を潜った。その姿に、珱嗄もギャリーも、同様に強い子だ、と思った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 また、声が響いた。

 

 

 ――――可哀想なメアリー、あのコ達に会いに行くノ? アハハハハ!

 

 

 うるさい。頭の中でそう吐き捨てながら、黄色の少女は進む。目的は、煩わしい声が言うとおり。額縁の外から見た、あの三人の人達の下へ行くのだ。自分が望んだから三人もの人をこの歪んだ世界に取りこんでしまった。いや、取りこんだのは自分では無いけれど、それでも少女の作品達(どうるいたち)は少女の気持ちを読み取ってそれを実行した。

 ならば、それは自分のせいだ。少女は進む、三人と同じような黄色い薔薇を携えて、偽物の造花を携えて、進む。この世界の作品である自分を、あの三人は怖がるかもしれない、拒絶するかもしれない、それでも会いに行かなくちゃいけない。そして、出口へと導いてあげないといけない。それが、少女が取るべき責任だと、そう思ったから。

 

 

 ――――良いノ? あのコ達を犠牲にすれば、外に出られるノニ! アハッ!

 

 

 少女の足がピタッと止まる。煩わしい声が放った言葉が、少女の琴線に触れた。

 

「……外に、出れる?」

 

 反応してはいけなかった。いけなかった、筈だったのに、少女は反応してしまった。そして、少女の気を惹いた声は、愉快愉快と甲高い笑い声を響かせる。

 

 

 ――――そうだよ、あのコ達と貴女、四人の内三人だけが外に出られるノよ?

 

 

 それは、悪魔の誘惑。外に、出られる。額縁から眺めるだけだった鮮やかに彩られた世界に、出られる。少女にとって、これ以上ない誘惑だった。自分のせいで巻き込んだ三人の内誰か一人をこの世界に閉じ込めれば、少女は外に出られることを知ってしまった。そして、その欲望は、知ってしまったからには止まらない。

 少女の中で欲望と罪悪感と責任が渦巻いて、止まらない。結論が出せない。葛藤が始まる。

 

 

 ――――アハハハハ! 可哀想なメアリー、貴女は一体どうするのカナ? アハハハハハ!!

 

 

 煩わしい声が、少女を追いこんでいく。追い込まれていく。

 なにもかも、頭の中でぐちゃぐちゃになる。少女は頭を両手で抑えて蹲った。鮮やかで癖のある金色の髪を掻きむしって、狂ったように悲鳴を上げた。煩わしい声の笑い声が頭に響いて止まらない。

 

 少女はその碧い瞳から一筋の涙を溢して小さく漏らす

 

 

「……ごめんなさい………っ……」

 

 

 黄色い少女は、立ちあがって、また進みだした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 珱嗄達は、扉を潜った先で迷路の様な広間に辿り着いた。そこかしこに佇む『無個性』達と、ギャリーを襲った作品と同じ、女性の絵が幾つも飾られている。そして極め付けには、同じ様な灰色の扉が幾つもあった。

 薄暗い空間の中、佇む作品達と灰色の扉。二の足を踏むには少し、不気味すぎた。イヴもギャリーも、息を呑んでいる。もしも、近づいた瞬間作品が襲ってきたら? そう思うだけで進む足が止まってしまう。

 

「……行こうか」

 

 それでも進む事が出来たのは、やはり珱嗄がいたからだろう。珱嗄がイヴの手を引き、進んだイヴがギャリーの手を引いた。珱嗄の持つ安心感が、二人を支えた。此処までの道中、幾度となく二人を支えたのはやはり、珱嗄の強さと物怖じしない精神力、そして包み込む様な安心感だろう。

 だから、ギャリーとイヴは不思議と手を引かれるままに足を進ませられた。先程まで固まって動かなかったのに、本当に不思議だった。

 

 そこからは、二手に分かれることなく三人で各扉を調べた。

 

 誰もいない部屋に、キャンバスと椅子が置かれた部屋があったり、鏡が一枚あるだけの部屋があったりと、手掛かりは無かった。が、その鏡の部屋を出た後、イヴがまた何かを発見した。鍵だ。灰色の。

 

「鍵ね……イヴ、お手柄よ! 凄いわ!」

「うん」

「っ! 危ない!」

 

 イヴが鍵を握って、ギャリーが褒めていると、警戒を緩めない珱嗄は二人を抱えて後ろに跳んだ。そして次の瞬間、先程まで珱嗄達が居た場所に―――『無個性』が襲い掛かって来ていた。後少し珱嗄の行動が遅ければ、おそらくギャリーの薔薇が奪われていた。それを考えて、ぞっとする。珱嗄はギャリーを下ろし、イヴを抱え直す。

 

「走るぞ、ギャリー」

「わ、分かったわ」

「しっかりつかまってるんだぞ、イヴちゃん」

「うん……!」

 

 珱嗄の言葉と同時、珱嗄とギャリーは駆け出した。イヴは珱嗄の首に両手を回してしっかりとしがみつく。『無個性』は追い掛けてくるようだが、速度はそんなに速くない。珱嗄とギャリーは案外速く、『無個性』を撒く事が出来た。

 そして、無我夢中で走った先にあった、鍵の掛かった灰色の扉を拾った鍵で開け、その中へと転がり込んだ。即座に扉を閉め、三人で深い溜め息を吐き出した。

 

「っはぁ……なんなのよ、もう……」

「大丈夫……?」

「ええ、大丈夫よ。イヴこそ、疲れてない? 怪我とかは?」

「平気……」

 

 部屋の中には、白い大きなソファがあり、本棚と窓がある位だった。それだけ見れば休憩出来る普通の部屋、だったが、

 

「! お父さん……? お母さん……?」

 

 その部屋には、二人の男女が描かれた大きな絵があった。それは、イヴの父親と母親の絵。美術館で消えてしまった、イヴの両親の絵だった。イヴはそれを見て、目を丸く見開き、困惑の表情を浮かべる。

 

「え、これイヴのパパとママなの!? ……へぇ、確かにイヴにちょっと似てる……」

「なんで……こんな絵が……」

「………大丈夫だ、イヴちゃん。こんなのただの絵だ、イヴちゃんのお父さんとお母さんはきっと無事だよ」

 

 動揺してふらつくイヴの両肩を珱嗄は支えて、そう言った。ギャリーも、うんうんと頷いている。イヴは、その両肩から伝わる珱嗄の温もりと、目の前で微笑むギャリーの笑顔を見て、不安は拭えないが、その言葉を信じることにした。

 もしかしたらお父さんとお母さんはもういなくなってるかもしれない、でも二人が言うのなら信じよう。お父さんとお母さんには、また会える。

 

「さて、それじゃあこの部屋を調べよう。ああ、そうだ……ギャリーを助けた時に遭った女性の絵は、窓ガラスを突き破ってきたんだったな……とりあえずこの窓は本棚で塞いでおこう」

「ええ、それが良いわね」

 

 珱嗄の提案は直ぐに承諾され、何でも珱嗄に任せるのは忍びない、とギャリーが本棚を動かし窓を本棚で塞いだ。

 その後、本棚に入っている本を幾つか読んでみたものの、めぼしい情報は無い様だ。不幸中の幸いとすれば、作品が無く、休憩する事が出来ることくらいか。

 

「まぁとりあえずはここで休憩しよう。さっきから歩きっぱなしだしな」

「そうね、イヴも強がってるけどきっと内心疲労が溜まってる筈よね……」

 

 珱嗄とギャリーは、ソファに座ってぐったりしているイヴを一瞥してそう決める。自分たちならまだしも、彼女はまだ幼い少女だ、体力にも精神にも限界がある。

 

「とりあえず、俺は外の作品達がどうなってるのか確認してくる。扉を開けて外を見たら直ぐに部屋に戻るあから、安心しろ」

「ええ、分かった」

 

 珱嗄はそう言って、部屋の出口である扉に歩み寄り、ギャリーはイヴに寄り添うようにソファに腰を下ろした。

 扉のドアノブを掴み、回す――――が、

 

 

 

 ガキッ

 

 

 

 扉は開かなかった。鍵は閉まっていなかった筈なのに、扉が閉まっている。オートロックというわけではない、鍵とかそういう概念ではなく、ただ『扉は開かない』と決まっている様に、開く筈の扉は開かなかった。

 焦りが積もる、珱嗄は背筋に走る凶悪な焦燥と不安を感じ、即座に行動に移した。扉は開かない、つまり作品達は自分達が『此処に居る』ということを知っているということだ。それならば、部屋の外には作品達……つまりは無数にあった『無個性』の大軍が、待ちかまえている可能性が、ある。

 

「二人とも、今すぐ立て!」

「え?」

 

 珱嗄の言葉と同時、壁が破壊された。破片が飛び散り、イヴを抱きかかえた珱嗄の背中にパラパラと当たる。ギャリーは瞬時に状況を把握し、破壊された壁の方をじっと見る。そこには、

 

 

 ―――うう゛ぁああ!!

 

 

 黄色い服の、女性の絵がいた。ギャリーの薔薇を奪い、喰らっていたあの女性の絵と同じ作品。狭い部屋の中、鍵の閉まった空間の中では最悪の展開だった。

 

「………あの穴から逃げるぞ」

「!」

 

 だが珱嗄は、冷静に判断して、破壊された壁に空いた穴から逃げられると判断した。もしかしたらあの穴の先から作品がいて、挟みうちに遭うかもしれない……が、それでもそうするしか生き延びる可能性は無かった。

 頷くギャリーを尻目に、珱嗄はイヴをまた抱えて襲い掛かってくる女性の絵を蹴り飛ばす。それと同時、ギャリーが穴に向かって駆け出した。珱嗄もそれを追う。

 

「駆け込め!」

 

 吹っ飛んだ女性の絵が珱嗄の背後にまた迫って来る。だが、ギャリーが穴に駆けこみ、珱嗄も続くようにしてその穴に入ろうとした時、珱嗄の着物の裾を女性の絵が掴んだ。

 

「ぐっ……!」

「えいっ!」

 

 だが、珱嗄に抱きかかえられたイヴがその女性の手を叩いた。着物を掴む手が緩む。珱嗄は直ぐにその手を振り払って、穴へと駆けこんだ。そして、そのまま前を走るギャリーの後ろを付いていく。

 

「ありがとう、イヴちゃん」

「うん……」

 

 珱嗄は一つ、礼を言う。イヴは少し照れ臭そうに返事をした。とりあえず、脅威を退けた三人は穴の中を走り、先程の部屋の外に出た。一息付けるか、と思った矢先。

 

 

「なによ……これ……」

 

 

 迷路のような広間にあった、全ての『無個性』と『女性の絵』が、動きだしていた。

 

 

 

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