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水が弾ける音。その水は眩しい白い肌を弾き、美しい体のラインをなぞるように流れていく。それはさながら芸術品の如く美しい。金髪蒼眼の少女ーセシリア・オルコットーは、シャワーを浴びながら、今日のクラス代表戦を思い出していた。
(今日の試合、
2人の男子に敗れた。1人に惨敗、1人にはぎりぎりで負けてしまったが、それ以上の困惑がセシリアを襲う。
(織斑 一夏と北良 辰人……)
セシリアにとって男とは、いつも女の影に隠れ媚び諂う存在だと認識している。セシリアの父がまさにこれだった。厳しく、そして成功者であった母のすぐ後ろにいる場面しか、セシリアには思い出せない。
その2人は、もう居ない。3年前、鉄道の横転事故で2人とも亡くなってしまった。いつも別々に過ごしていた両親が、何故その時だけ2人で。それは未だセシリアには分からない。
だが、残されたセシリアには、それを考える暇も与えられなかった。手元に残った両親の遺産を、金の亡者から守るため、様々なことを学び、その中のIS適性テストで『A+』を叩きだす。それにより、政府から国籍保持のため、好条件を出され、代表候補生となった。そして、第三世代装備ーブルーティアーズーの第一次運用試験者に抜擢され、現在のIS学園へと至る。
その中であの2人に出会い、その内の1人に心中のほとんどを考えている。
「織斑 一夏……」
そう声に出してみると、セシリアは不思議と心臓の鼓動は高鳴り、顔が赤くなるのが分かる。一夏に対するこの気持ち、この正体を確かめたい、とセシリアは強く思う。
(一夏さん……もっと、知りたい……)
浴室には、水音しか聞こえなかった。
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翌朝、朝のSHRで麻耶の放った一言に、一夏は驚いていた。
「それでは、1年1組のクラス代表は織斑一夏君に決定です。あ、1繋がりで良い感じですね!」
それに「さんせーい!」と同調し、盛り上がる女子。だが、納得していない者が1人いる。
「先生、質問良いですか?」
「はい、織斑君」
「何で俺なんですか?」
「それは――――」
「それは勿論、
そう言って、立ち上がり腰に手を当てて宣言するセシリア。いつも通りだが、何処か少し違う点に一夏は首を傾げるが、それを置き去りに話は進む。
「何故なら、
「それだったら、辰人が途中で棄権したからだろ?辰人は、これで良いのかよ?」
一夏の言葉に、全員が辰人の方に視線を集中させる。辰人は、特に気にせずに言う。
「別に問題ないだろう。俺は棄権、つまり負け扱いで良いってことで退場したからな。それに」
「「「「「「それに?」」」」」
「それに」の後、神妙な面持ちで間をあける辰人。彼の次の言葉に周囲が注目する中、辰人は口を開いた。
「面倒くさそうだ、一夏に任せる」
その一言に、全員が転びそうになる。その様子を見て、可笑しそうに微笑む辰人。それを見ていたセシリアが口を開いた。
「あの、辰人さん、一夏さん。申し訳ありませんでした!」
セシリアの唐突な謝罪に、一夏と辰人は顔を合わせる。そして、セシリアに顔を向け
「気にするなって。もう終わったことだし。な、辰人」
「そうだな、俺ももうそのことについて怒ってない。むしろ、こちらも少し感情的になり過ぎた。お相子だよ」
そういう両者の言葉に、セシリアは微笑む。周りの女子たちも、そのやり取りを微笑ましげに見ていた。周囲の視線に気恥ずかしさを覚えたのか、セシリアはその頬を少し朱に染めながらそれを隠すように咳払いをする。
「ん、んんっ!つきましては、この
そのセシリアの一言に過剰に反応したのか、箒が席を叩きつつ、立ち上がった。
「あいにくと、一夏の教官は私がしている。一夏と辰人から頼まれているからな」
その瞳はセシリアを一瞬睨む。先週は怯んでいたが、今日は正面から受け止め、誇らしげに視線を返している。
「あら、貴女はISランクCの篠ノ之さん。Aの
「ランクは関係ない!頼まれているのは私だ」
長くなりそうだった論争だったが、たった1人の声で終わることになる。
「座れ、馬鹿共。貴様らのランクなど何の価値もない。今の段階では北良以外はひよっこだ。実力も無い段階で優劣を付けるな」
千冬の一言に、2人は黙る。だが、その言葉に一夏は驚いていた。
(千冬姉が人を褒めるなんて……。俺だって認められてないのに……)
一瞬、黒い感情が芽生えたが、一夏はそれを振り払う。そんな一夏を余所に、話は進んでいた。
「では、クラス代表は織斑 一夏。異存は認めん、良いな?」
その言葉に全員が揃って賛成の意を表す。一夏は頭を悩ませ、辰人はただ窓を眺めていた。
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「「「「「「「織斑くんっ、クラス代表決定おめでとう!!!」」」」」」」
クラッカーが乱射され、喧騒が一層大きくなる。それとは対照的に、一夏の心は酷く沈鬱としていた。
現在、夕食後の自由時間で1組は全員、一夏のクラス代表決定を祝うために食堂へ集まっていた。
「いやぁ、面白くなってきたね~」
「ほんとだね、盛り上がること間違いなしだよね」
周囲から聞こえる話を聞きながら、心中で更にため息をつく一夏に、箒が歩み寄ってくる。
「随分人気者だな、一夏」
「……本当にそう思ってるのか?」
フン、と鼻を鳴らしてお茶を啜る箒はどこか機嫌が悪そうだった。何故機嫌が悪いのか、と問おうとした一夏だったが、触らぬ神に祟りなしと思い直し、寸での所で押し留まる。一夏がどうしたものかと思っていると、
「はいは~い!新聞部でーす!今回は話題の織斑一夏君と北良辰人君に特別インタビューをしに来ました~」
突然掛けられた声に、当人以外のボルテージは最高潮に達している。
「私の名前は
そう言って薫子は一夏に名刺を差し出す。本格的だなぁ、と一夏が別の部分で感心していると、薫子は周りをキョロキョロと見渡し始めた。
「あれ~?もう一人の男の子は何処?」
「辰人ですか?あいつは今日は来てませんよ、何か調子悪いって言ってました」
「そっか、それは残念だな~。代表候補生に圧勝したって聞いてたから」
薫子の一言が聞こえたのか、集団に紛れていたセシリアが一瞬ビクッと震える。だが、それに気づくものはいない。
その後、セシリアと一夏の2ショット写真を撮る際に一悶着ありつつも、祝いの席は賑やかに進んでいった。
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「……そろそろ始まったか」
そう言って、辰人はベッドから起き上がる。その身体からは、おびただしい量の脂汗が流れている。
衣服を脱ぎ捨て、シャワールームの扉を開く。熱い水滴が降り注ぐ中、今にも倒れそうな体を腕で支えるように壁に手をついている辰人。血の気がない顔からは、安静にしなければならないと誰もが口に出しそうな酷く危うげな印象を受ける。その原因は、彼の体にあった。
それは、まるで戦場で長い間戦っていた兵士のように、引き締まった肉体に多くの傷と内出血の痕が残っていた。よく見れば、その中には新しくできているものもある。
「ふぅ……
その掠れた呟きは、水滴の落ちる音に消えていった。
シャワーを終え、簡単な衣服に着替える。
(今日はもう寝て、早めに起きてランニングでもするか……)
そう思い、辰人はベッドに横になろうとした。その時、ドアをノックする音がする。
一体こんな時間に誰が来たのか、そう思った辰人は
「空いているから、入ってくれて構わない」
そうドアの向こうの人物に声を掛ける。だが、訪問者は一切ドアを開こうとしない。悪戯ではなくドアの前に人の気配があることを確認すると、辰人は起き上がりドアへと歩く。
そうして、ドアを開いた。だが、そこには誰もいなかった。
(やっぱり悪戯か?物好きもいたもんだ)
心の中で呆れつつ、部屋へ戻ろうとした辰人の視界が、急に暗転した。
「だーれだっ?」
一瞬身構えてしまったが、どうやら声の主の手が自分の視界を覆っていることに辰人は気づく。記憶の中から、この声の人物を探そうとしたが、中々思い出せない。
辰人が黙考していると、声の主は
「ふふっ」
と声を漏らす。その瞬間、古い過去にも同じ体験をしていることを思い出した。
(あれは、確か――――)
記憶から、もう少しで声の主を特定できそうになった時、
「ざ~んねん、時間切れよ。もう、本当に忘れちゃったの?」
そう言うと、声の主は両手を離した。辰人は声の主を確認するべく振り返る。
その相手は、まだ辰人が北良家に入ってすぐ、同業の暗部組織である
(確か、名前は――――)
「更識、k――――」
声の主の名前を言おうとした際、いつの間に取り出したのか、少女の手には扇子が握られており、その扇子の先端が辰人の口を押えている。
「やっと思い出した?でもその名前はダメよ、辰人くん。今、おねーさんは更識家の当主だから、楯無。良い?」
そう言うと、少女ー楯無ーは微笑む。その際、頬が少し赤くなっていたが、そのことに辰人は気づかなかった。
「久しぶり。もうあれから大分経つけど、よく俺の事覚えてたな」
「当然よ?だって……だもの……」
「?」
「ふふ、おねーさんのヒ・ミ・ツ★」
昔と大分変ったな、と思いつつ辰人は苦笑した。その表情で更に楯無の頬が赤くなっているのだが、それを辰人は知らない。
「そっちは相変わらずね」
「まあな。それで急にどうしたんだ?何か話でもあるなら部屋に入るか?」
「確かにそれも魅力的な提案だけど、今日の所は遠慮するわね。ただ、少し顔を見に来ただけだから」
「そうか、じゃあ俺は寝る。また何かあったら部屋尋ねるなり校内放送で呼ぶなりしてくれ」
「分かったわ。お休みなさい、辰人くん。また来るわね」
こうして、1日は終わっていく。
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「織斑君、北良君。おはよー。聞いた、2組に転校生だって」
「こんな時期に転校生って珍しいな」
「そうだな。でもこの時期に転入してくるってことは何処かの代表候補生なんじゃないのか?」
「北良君ご名答。中国からだってさ」
教室に着いた瞬間、クラスの女子が話しかけてきた。それに応対していた一夏だったが、話の内容に興味を惹かれたのか、辰人も会話に交わる。
「ひょっとしたら、2組の代表が変わる可能性もあるか。一夏、注意した方が良いぞ」
「大丈夫だよ!そんな簡単にクラス代表は変わらないから、織斑君頑張ってね!」
更に周りも会話に参加し、話が更に盛り上がりを見せたその時、
「――――その情報、古いよ」
教室の入り口から声が聞こえる。その声は、わいわいと騒いでいる教室の中にしっかりと響いた。
「2組も代表候補生がクラス代表になったの。そう簡単には優勝させないから」
その声の主は、腕を組み、片膝を立たせてドアにもたれている。その姿を見て、一夏の顔が驚愕に染まっていく。
「鈴?お前……鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、
不敵に微笑むツインテールの少女に対し、一夏はこう言った。
「何で格好付けてるんだ?正直言ってあんまり似合ってないぞ、それ」
「んなっ……!?何てこと言うのよ、アンタは!」
一瞬でさっきまでの態度が崩壊していった鈴。仲睦まじく話している2人を見ながら、辰人はとある人物たちの様子を窺った。
やはり案の定、その人物たち―セシリアと箒―は、一夏と鈴の様子を見て気が気でないらしい。
(強く生きろよ、色男)
そう心の中で友人のこれからを案じつつ、自らの席へと戻った。
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辰人はセシリアと箒に正直言って呆れを通り越して尊敬の念を抱いていた。午前中の全授業を通して、麻耶に5回注意を、千冬の出席簿に3回叩かれている。間違いなく一夏のことを授業の中で一心不乱に考えていたのだろう。彼女らにとって、突然大きなリードをしているライバルが現れたのだから、当然であると言える。
(だからと言って、学習しないのもどうなのだろうか)
現にセシリアと箒は、一夏に文句を言っている。一夏の表情には、何故の2文字しか残っていなかった。そうしている内に、一夏は2人の口撃から逃れて、辰人の元へとやって来る。
「なあ、辰人も一緒にメシ食べに行こうぜ」
「悪いな一夏、今日はちょっと呼ばれててな。俺は生徒会室に行ってくる」
「そうか、じゃあまたな」
「ああ」
セシリアと箒、その他の女子を引き連れて食堂へ向かう一夏に背を向けて、辰人は生徒会室へと向かった。
「会長、少し落ち着いて下さい」
「だ、だって
「はいはい」
此処はIS学園生徒会室。そこにはIS学園最強の称号を持つ2年の生徒会長―更識楯無―と3年で生徒会会計―
「ならどうして急に彼をこちらに呼んだのですか?」
「うぅ……。わ、分かってるわよ。きょ……極力平静を装うから……。」
虚の言葉に頷く楯無だったが、そわそわと挙動が不審で、頬がほんのりと赤くなっていることから説得力が全くない。そんなやり取りをしていると、
「失礼します」
と言う声と共に、辰人が生徒会室へと入ってきた。特に気にせず、近くの椅子に腰かける。
「やあ、辰人君。昨日ぶりだね」
さっきまでのおかしな行動を感じさせない、いつも通りの楯無に、虚は心中でくすりと笑った。
「それで、用件って言うのは?あ、先輩だから敬語の方が良いですか?」
「ううん、楽な話し方で構わないわ。……敬語なんて、距離が遠くなるだけじゃない……」
「?」
「んんっ……用件はただ1つ。辰人君、あなたを生徒会の副会長に任命します」
そう言い放ったと同時に、楯無は扇子を開く。その扇子には、達筆で『会長命令』と書かれていた。その準備の良さに、呆れを越えて尊敬の念を持った辰人だったが、
「どうして俺を?理由を聞かせてもらおうか」
「それは簡単よ。この学園に2人しかいない男子を部活に入れないのはおかしいっていう声が出てきてるの。まだそこまでじゃないんだけど、あまり事が大きくなる前に生徒会に入れた方が早いかなって。それに、辰人君の実力は折り紙付きだしね」
「成る程、混乱防止と私兵確保か。でもそしたら、一夏も入れなくていいのか?」
「ふふ、一夏君については、ちょっと面白いことを考えてるから、また今度ね」
まるで玩具を見つけた子供の様に微笑む楯無を見て、辰人は友人の無事を心から祈るしかなかった。それが、例え無駄に終わるとしても。
「話はそれだけか?ならもう良いよな、じゃあこれで」
「待って待って!返事をまだ聞いてないわよ?」
「良いぞ。副会長、やるよ。それじゃ」
「そうよねやっぱり嫌よね……って、え?」
一人芝居を行っている楯無と、それを微笑まし気に眺める虚に背を向けて、辰人は生徒会室を出て自らの教室へと向かう。
扉が閉まり、辰人の姿が見えなくなった数秒後。予想外の返事に固まったままの楯無の肩を、虚は揺らした。
「会長、もう辰人君は帰りましたよ。いい加減に帰ってきてください」
「……っは!?聞いて、虚ちゃん。私白昼夢を見てたみたい。辰人君が副会長を快く承諾してくれた夢なんだけど……」
「安心してください。それは現実です、良かったですね」
ようやく事態が呑み込めたのか、再び顔が赤くなる楯無。
「好きなら好きと伝えた方が良いのでは?この学園に2人しかいないんですから、狙ってる子は多いと思いますけど……」
「そ、それは……ちょっと早くないかしら……。辰人君はまだ、きっとそんなこと考えられる状況じゃないもの……」
虚の言葉に答えつつも、楯無はただ、生徒会室の扉を悲し気に見つめることしか出来なかった。
今回は、切らずに話を進めていくと長くなりそうだったので、前後編にします。なので次回予告は無しです。
それではまた次回で