IS 朱夜の残光   作:六馬 楽音

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恋も憎いも『青いうち』 後編

 

 ー辰人、更識の家と試合をやるが、お前も見に来るか?-

 

 

 そう義父(おやじ)に言われた。周りを見渡すと北良家の皆がいる。

 もう、二度と戻らないあの時間が目の前にある。これが夢であることは明白だった。

 すると、急に場面が切り換わり、北良家よりも立派な屋敷ー更識家ーに場面は移る。

 北良と更識の模擬試合を見ていた俺は、身体が動かしたくなり、許可を貰って裏手で素振りをすることにした。

 

 

 その時だ、彼女と出会ったのは。そして俺たちは少し話していたのを覚えてる。

 確か、なんて言っていただろうか――――。

 

 

 彼女が微笑んだ瞬間。その景色は赤く、朱く染まる。屋敷が燃えていた。だが、その屋敷は、俺が見慣れた、そしてもう無くなった自分の家で。

 目の前の彼女は消え、そこには朱い修羅が錫杖を持って立っている。修羅は、この情景を見て、笑っていた。瞬間、目の前から修羅が消える。その修羅を見て、焦燥と不安に駆られていた俺は、安堵した。

 

 

 だが、紅い水面に映り込んだ自分を見て、気が狂いそうになる。

 何故なら、その修羅の顔は、狂気の笑みが張り付いた自分自身のそれだったのだから。

 

 

 

                  

 

 

 

「……」

 

 

 ベッドから状態を起こした辰人の顔は、まるで死人のように青い。辰人は、机に置かれた写真を一瞥して呟く。

 

 

「……体は問題ない。問題は心、か……。乗り越えたつもりだったんだがね……」

 

 

 時計を見ると午前の5時を示している。

 

(とてもじゃないが、寝直すのは無理だな)

 

 自らが見た夢を再び見るのを恐れた辰人は起き上がり、動きやすい格好に着替え、部屋を後にした。

 

 

 

 

 5月になり、辰人は特にこれといって変化がなかった。だが、友人である一夏はぐったりとしている。後で知ったことだが、あの2組のクラス代表は一夏の幼馴染であり、箒やセシリアと同じく一夏に恋しているということは箒とセシリアを見れば明白だった。一夏本人は3人の気持ちに一切気づいていないが。

 

(こいつの鈍感さがたまに演技なんじゃないかと思うが……まあ、良いか)

 

 疲れた様子で重いため息を吐く一夏を自分の席から眺めていた辰人だったが、予鈴が響くとその意識を授業へと移していった。

 

 

 

 

 

「北良くん、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます、虚さん」

 

 

 放課後の生徒会室。そこで辰人は書類仕事をこなしていた、楯無がさぼった分を含めて。

 

 

「ごめんなさい、会長の分までやって貰っちゃって」

「いえ、これでも副会長ですから」

 

 

 辰人と虚が談笑する中、そのさぼった本人である楯無は、虚の鉄槌によって沈められ、定位置である会長席に拘束されている。様々な書類の山を相手に涙ぐむふりをしながら。

 

 

「う、虚ちゃん?私もお茶が欲しいな~って「会長は黙って仕事をしてください」」

 

 

 虚の口撃によって再び沈められた楯無は縋りつくような視線を辰人に向ける。それは、さながら雨の日に捨てられている子猫のようだった。

 

 

「まあまあ、本人も反省してるんですし。お茶位は良いんじゃないですか?」

「た……辰人くん!」

 

 

 辰人の言葉で輝くような笑顔を浮かべる楯無。

 

 

「……北良くんがそう言うのなら。会長、次はありませんからね?」

「……はーい」

 

 

 こうして、放課後が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を済ませ、シャワーも浴び終わり、部屋で(くつろ)いでいた辰人だったが、自室の扉をノックする音が聞こえると途端に苦虫を噛み潰したような顔になる。辰人は、直感でこの扉を開ければ面倒なことになると気づいていたが、その人物の声を聞いて開けざるを得なくなった。

 

 

「辰人、居るか?俺だ、一夏だ」

 

 

 その声を聞き、扉を開ける。一夏は「お邪魔します」と言った後、適当な所に腰を掛けた。

 

 

「で、珍しいな。何かあったか、色男?」

「色男はやめてくれ、キャラじゃない。結構まじめな話だよ、ちょっと相談に乗ってほしくて」

「ほう、それでその相談っていうのは?」

 

 

 一夏の言葉に真剣さを感じ取った辰人は、その相談内容を言うように促す。

 

 

「2組の新しいクラス代表の事なんだけど……あいつと俺は幼馴染でさ、久しぶりに会って、少し話したら急に怒り始めたんだよ。俺何か悪いか?」

 

 

 その内容を聞いただけで辰人は毒気が抜かれた。

 

(真面目に聞いて損したな……。それにこれは確実に只の痴話喧嘩……。面倒だな)

 

「なあ、一夏。その2組の代表と何話したんだ?」

「え?いや、普通の事だぞ?今まで何してたとか……後は、約束とか」

「そうそれだ、きっとその約束を忘れてたんだろう」

「そんな事無いぞ。あいつが毎日酢豚を俺に奢ってくれるっていう約束だったのに。鈴の奴、急に怒り出して」

 

(こいつ鈍感にも程があるな。その約束、絶対『毎日私の味噌汁~』の類だろ。話に付き合ってるだけ無駄だ……)

 

「まあ、当人同士じゃないと分からないこともあるから、俺じゃ力になれないみたいだ。悪いな」

「……そっか。サンキューな、話を聞いてくれて。少し楽になった」

 

 

 そう言うと、一夏は部屋を出ようとする。その背中に向けて、辰人は言った。

 

 

「そう言えば、忘れてた。来週その2組と代表戦だろう?頑張れよ」

「ああ」

 

 

 一夏は部屋を後にする。その後、一夏が入っていくのを目撃した女子たちに侵入され、あらぬBL(疑惑)の質問攻めを受けた後、騒ぎを聞きつけた寮長である千冬のありがたい鉄槌を女子と共に受け、一日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 そして、試合当日の第二アリーナには人が溢れていた。理由は簡単だった。1人は2人しかいない男子にして最強(千冬)の弟、織斑 一夏。そして対するは、転入直後にクラス代表の座を奪うほどの実力を持つ中国代表候補生、鳳 鈴音。この目が離せない組み合わせに、既に試合前にも関わらず、会場は熱気に包まれている。

 予想以上の人間に見られ、少し緊張していた一夏だったが、一息呼吸を整えると、目の前の対戦者へと意識を向ける。

  《甲龍(シェンロン)》。そのISは鋭さが所々にあり、その攻撃性を強調していた。更に、両肩に少し離れて浮いている非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のスパイクアーマーが存在感を際立たせていた。加えて、鈴のやる気に満ちた表情と堂々とした姿と相まって、一夏はまるで龍に睨まれているような気分になった。

 

(……っと、相手に吞まれるわけにはいかない。俺だってここまで積み上げてきたものがあるし、どうしても聞かなきゃならないこともあるしな)

 

 試合前、急に現れた鈴と一夏は約束した。この試合に勝った方が、負けた方に何でも1つ言うことを聞かせられる、と。

 

 

『それでは両者、規定の位置まで移動をしてください』

 

 

 そんなことを考えていた一夏だったが、アナウンスを聞いて思考を中断し、ISを操作し規定の位置へと移動した。既に5メートル先には鈴が滞空している。両者が対面したと同時に、アリーナ中の熱気が更に高まり、収拾がつかなくなるまでになる。だが、当人たちー一夏と鈴ーはそんなものなど聞こえていなかった。両者はもう目の前の相手だけを見て、開始の合図だけを待っていた。

 そんな時、突然鈴からの通常通信-開放回線(オープン・チャンネル)-が入る。

 

 

「一夏、今謝るなら痛めつける程度に抑えてあげても良いわよ?」

「そんなものはいらない、どうせ雀の涙も無いんだろ?全力で来い」

 

 

 自分の言葉で更に気を引き締めながら、一夏は勝つことのみを考える。一夏はどんな時も勝負は全力で挑んでいくのが信条な為、今の言葉は強がりでも何でもない。鈴もそれを分かったのかそれ以上の言葉を発しなかった。

 

 

「ふぅん、良いわ。それなら全力で潰してあげる。一応言っとくけど、ISの絶対防御は完全じゃないのよ。シールドエネルギー(・・・・・・・・・)を上回る攻撃(・・・・・・)があれば、ダメージは貫通できる」

 

 

 鈴が言ったことはある種の事実を語っていた。噂では、甚振(いたぶ)るためだけの装備も存在するらしい、という話は一夏も何処かで聞いた覚えがある。しかし、ISでの試合の際は競技規定によって禁止されている。そもそも、人体に危険が及ぶため、当たり前の措置だろう。だがそんなものが無くとも、殺さないように(・・・・・・・)甚振る(・・・)ことは可能である(・・・・・・・・)ことが可能なのも変わりようがない事実であることも、一夏は知っていた。鈴の言葉は、それが可能なほどに実力があるということの自信の表れなのは明白だ。

 一夏がセシリアと戦った際健闘を見せられたのは、(ひとえ)にセシリアが慢心していたことと、奇跡の賜物であることは一夏自身気づいている。そして、奇跡が2度も続くことが無いことも。

 

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 

 その言葉と同時に鳴り響いたブザー。瞬間、一夏と鈴は互いに肉迫し、互いの得物で斬り結ぶ。一夏は、自らの唯一の装備である近接ブレードー雪片弐型ーを、鈴は、両端に刃の付いた異形の青竜刀のような大型ブレードー双天牙月ーを振るう。両者の武器のサイズの違いと実力の差からか、明らかに一夏が劣勢だった。一夏は何とか相手を正面に捉えながら近接戦を繰り広げていたが、その顔には余裕はない。鈴の振るう双天牙月が、バトンのように回りながらあらゆる角度から斬り込んでくるためだ。現在一夏は、その高速でいて重さのある斬撃を捌くだけで手一杯で、鈴のISに傷1つ付けられていない。

 

 

「へえ、意外とやるじゃない。けど――――」

 

 

 一夏の実力が予想以上だったのか、不敵に微笑む鈴。だが、それが相手は笑えるほどに余裕があることを物語っている。

 

(不味い、このままじゃ消耗してジリ貧になる……。1度距離を)

 

 その一瞬の迷いが、一夏の決定的な隙となる。それを見逃すほど、代表候補生は甘くない。

 

 

「――――甘いっ!」

 

 

 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が展開し、内部の球体が光った瞬間。一夏は、まるで『殴られた』ような不可視の衝撃を受けた。意識を喪失しかける一夏だったが、何とか耐える。しかし、鈴の攻勢は止まることを知らない。

 

 

「一夏、今のは牽制(ジャブ)だからね」

 

   

 その言葉を聞いた時、再び先刻以上の衝撃が一夏を襲い、地表へと叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 IS学園より数十キロ先の海上に辰人は居た。無論、現在辰人は調子が悪いため(・・・・・・・)個室で休んでいる(・・・・・・・・)ことになってはいるが。

 

 

「……向こうも派手にやっているようだな。なあ、アンタもそうは思わないか?」

 

 

 朱き修羅《夜天光》を既に展開している辰人は、錫杖を肩に担ぎながら、傍らにいる相手に語り掛ける。その相手もまたISだった。正確に言えば、ISかもしれない兵器(モノ)だった。それの全長は、従来のISよりも頭1つ大きい。また、腕部が大きく図体もがっちりしていて、それはまるで鉄の巨人のようで、海の蒼をそのまま塗ったような色をしていた。

 

 蒼い巨人は、返答の代わりに胸部の装甲の一部を展開。そこにぽっかりと空いた穴から、高出力の熱線(レーザー)を放出させた。辰人はそれを難なく回避する。だが、それを狙っていたかのように蒼い巨人は両手を前に出す。すると両腕が切り離され(・・・・・・・・)、《夜天光》目掛けて発射された。驚愕に顔を染める辰人だったが、それも一瞬のことで、舞うように避けながらも接近し錫杖を振るうが、その全てが装甲の表面を削るのみで相手には何の影響も無いようだった。

 

 

「……厚いな。それに一撃の威力が高い。厄介なことだ」

 

 

 辰人はそう呟きながらも、ヒット&アウェイの要領で戦闘を続ける。だが、蒼い巨人は戦うたびに成長しているのか、段々と攻撃の精度を上げていく。

 刻一刻と状況が悪い方へ向かっていく中、辰人は覚悟を決めた。

 

 

「……あれをやるしかないか。成功率は五分だが、このままじゃ()られる」

 

 

 正確に放たれた熱線(レーザー)を舞うように回避し、辰人は錫杖を頭部と思われる部分へと投げつける。それは難なく弾かれるが、蒼い巨人は錫杖に気を取られたのか、一瞬動きが止まる。

 

 その隙を辰人は見逃さなかった。《夜天光》の腰部の側面を覆っている装甲が一部展開。その装甲の隙間からは、ミサイルがずらりと並んでいた。それは火を噴き、1つ1つが違う動きをしながら、蒼い巨人に迫るが、蒼い巨人はミサイル程度大した脅威ではないと言うように、その場に滞空していた。だが、そのミサイルが(・・・・・)目の前から突然消える(・・・・・・・・・・)。次の瞬間、蒼い巨人は内部から爆発四散し(・・・・・・・・・)、蒼い巨人は海へと落ちていった。

 

 

「目標沈黙。……さて、戻るとするか」

 

 

 ついさっきまで戦いを繰り広げていたとは思えないような軽さで呟くと、辰人は自らの左目に意識を集中させた。すると、今自分が見ている景色と違うものが見えてくる。

 

 自らが所属する学園のアリーナに突如現れた、謎の黒いIS。それに鈴と対処に当たっているという一夏の視点(・・・・・)が、辰人の左目には映っていた。一度距離を取って相手の対処の仕方を鈴と相談しているのが見て取れる。だが、その時、何故か制服姿の無防備なままで中継室で叫ぶ箒の姿を確認したとき、辰人はため息をつく。

 

 

「……使用は禁止されているし、ここまでの距離では成功するかも分からないか……。だが、これも仕事だからな」

 

 

 辰人がそう言った瞬間、《夜天光》が輝き始める。それは、ISが展開する時や武装を展開する際の輝きに酷似していた。

 

 

「……跳躍(ジャンプ)

 

 

 そう静かに、しかししっかりと言った刹那、《夜天光》はその場から消えた(・・・)

 

 

 

 

 

 

 叫ぶ箒に反応し、砲身がある腕を声の方向へと向けた黒いISを見た一夏は、間に合わない、と感じていた。全てがまるでコマ撮りされていくように、しっかりとその瞳に刻まれる。そして、黒いISの腕から放たれた閃光が、箒を覆って――――

 

 

 

 

 

 自らの視界が白い輝きで染まった時、箒は死を覚悟した。今自分に出来るのは、目を瞑り、痛みと恐怖にその身を捧げることしか残されていない。だが、不思議なことに、謎の浮遊感以外には、痛みなど一切感じることはなかった。疑問に思い、目を開くと、そこには朱い修羅(この場に居ない級友)が目前に居る。

 

 

「辰人!?な、何故貴様がここに居る!?な――――」

 

 

 そう問いかけようとした箒だったが、その級友を改めて見て、絶句した。

 

 まず、《夜天光》の装甲の隙間から溢れ出る赤色の液体。デュアルアイからも涙の如く流れていたそれが、血液だと分かった瞬間、箒は震えて喉から声が出せない。更に、顔の装甲も半分無くなり、左目がそこからこちらを覗いているのが見えた。

 

 

「……無事か?」

「あ、ああ……」

「それは何より。――――じゃあ、お前ら。後は任せた」

 

 

 そう言うと、辰人の意識は暗転した。




 謎のIS2体の撃退に成功した辰人たち!再び始まる日常の平穏。しかし、それは新たなる嵐の前触れに過ぎなかった!

 こんなに問題ばっか山積みで、明日はあるのかIS学園!頑張れ生徒、頑張れ教師!

 何故か、人数の足りている1組に「三人目」と鈍感朴念仁に因縁のある娘が現れる!


 次回、IS 朱夜の残光!金と銀、そして『三人目の男子!?』を、皆で読もう!

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