やはり俺が轢かれないのはまちがっている。   作:なゃ。

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だから俺はマックスコーヒーを止められない。

 俺が由比ヶ浜の猫へのトラウマを治す、という提案をした理由は簡単だ。この提案により猫へのトラウマが治れば、もし雪ノ下が依頼を解決しても、ある程度俺の功績を確保できるかと考えたのだ。

 別に勝負に勝って雪ノ下に命令をしたい訳では無い。いや、男子高校生である以上? 必然的に? したい命令は、無くも無いことも無きにしもあらずといったところか。

 ぶっちゃけあとが怖いし。総合的に考えると、やはりこいつにやらせたいことは、俺の更生とやらを諦めろとかその程度のことになる。

 俺の狙いは、むしろ雪ノ下に勝たせないことだ。何やらされるか分かったもんじゃないし。そのためには、雪ノ下の手柄100%の状態を阻止し、勝負を長引かせる。勝負をうやむやに出来れば最高だし、時間があれば弱みの一つでも握れるかもしれない。仲良くなるのは無理っぽいので、罰を手加減してもらうのはなしの方向で。

 あれ、冷静になって考えると、勝負を有耶無耶にするか弱みを握ることで潰そうって、どうなんだろう。まあ、そもそも俺の意思無しで始まったことだし、問題ないか。

 何はともあれ、由比ヶ浜の猫に対するコンプレックスから治すことになった。そのため、とりあえず雪ノ下の持ってきた写真集を3人で見る。

 ページをめくるのは雪ノ下で、由比ヶ浜はそのすぐ後ろからのぞき込んでいる。俺は、もともと由比ヶ浜の座っていた、雪ノ下の向かいの席で見ている。

 なお、座った時、ほんのりあたたかかった。いや、なんでもない。女子の温もりとか、ただの熱伝導だし。なんなら、同じ温もりを持つものでも、女子より布団の方が俺に優しい。

 いや、最初は「俺は見なくていい」とかいって、断ったのよ? でも、そうしたら雪ノ下に断ることを断られた。なんでも、猫の良さを知ることが俺の目、引いては精神の改善に繋がるらしい。訳が分からないよ(QB並感)。

 まあ、家ではかまくらを飼っているわけで、猫の写真を見ること自体に抵抗はない。むしろ、よそ様の猫とやらにも少し興味はある。

 よって、断った理由は、こいつらと関わるより本を読みたいとかその程度のものだ。雪ノ下が説得してくるなら、大人しく写真集を見た方が楽ということになる。

 それにしても、雪ノ下の説得には鬼気迫るものがあったな。なんというか、オタク友達に自分の好きな作品について勧めているやつみたいな、気迫が......これ以上考えるのはやめておこう。万が一、雪ノ下に「猫、好きなんだな」とかいったら傷ついちゃうだろうし。主に俺が。否定とともに飛んでくる罵倒で。

 俺がオタクと雪ノ下の思わぬ共通点について考察していると、雪ノ下が写真集のページをめくった。写真集はどうやら、色々な家庭の猫を撮影し、載せているもののようだ。

 

「この子、かわいーっ」

 

「その子はマンチカンね。見かけの割に運動神経がいいのよね。その子が気に入ったのなら、ぜひ実際に動いているところを見るといいと思うわ。なんなら、その子の見れるペットショップをしようかしら?」

 

「え、えーっと、また今度お願いするね。あ、こっちの子もかわいーっ」

 

「いわゆる三毛猫ね。雑種の猫なのだけれど、そもそも日本だと雑種の猫が一番飼われているのよ。例えば、そこの黒い猫ちゃんも雑種ね」

 

「へ、へぇ......」

 

 由比ヶ浜は雪ノ下の猫好きに呆れているご様子。いや、それよりも。

 

「おい、雪ノ下。お前今、猫ちゃんって言ったか?」

 

「何を言っているの比企谷くん。私がこんな......このような生き物のことを猫ちゃんと呼ぶ妄想をしていたのかしら。きっと、あなたのように永らく女子と会話しなかった人間は、女の子はみんな猫のことを猫ちゃんとか、猫様と呼ぶと、勘違いしているのね。やはり、平塚先生の言っていたとおり改善する必要があるみたいね」

 

 猫様ってなんだ、猫神様の仲間か? しかし、残念ながら俺は生憎変態な王子でも笑わない猫でもないので、猫神様に願うことはない。

 

「はいはい、俺の聞き間違えだった、すまんってことにするから」

 

「謝るのなら、その妄想癖の改善に努めて欲しいわね」

 

 あくまで俺の妄想だったことにするらしい。由比ヶ浜が可哀想な目でこちらを見てくる。こいつも聞いていただろうし、俺の処遇を不憫に思っているだけだよな? 妄想を垂れ流した俺を可哀想な目で見てるわけじゃないよな?

 季節は春で暖かいが、女子の目が恐ろしく冷たい。間をとると肌寒いので、俺は買ってきておいたMAXコーヒーで暖を取ることとした。

 

 ****

 

 写真集を開き始めて一時間半が経過した。雪ノ下はまだ、写真集をめくっている。

 いや、なげーよ。何周目だよ。最初はかわいーなーとかガラにもなく思ったりしたけど、流石に飽きたよ。

 ほら、由比ヶ浜を見てみろ。雪ノ下があまりに写真集に熱中するもんだから、ケータイいじり始めちゃったよ。雪ノ下も早く気付けよ。

 このまま雪ノ下が写真に熱中していても、雪ノ下以外は幸せになれない。そう判断した俺は、由比ヶ浜に質問することにした。

 

「......由比ヶ浜。これを見ていて、猫のこと、嫌いじゃなくなりそうか?」

 

 由比ヶ浜は慌てたように、携帯を閉じて後ろ手に持った。てか、携帯ごついな。そんなにアクセサリーつけて重くないのか?

 なお、雪ノ下は変わらず写真集を見ている模様。こいつ、目的忘れてね?

 

「うーんと、もともと嫌いじゃなく苦手なだけなんだけどね」

 

 嫌いと苦手。俺としてはどちらも、女子から言われて受けるダメージに大差はない。しかし、どうやら女子の側には明確な違いがあるらしい。

 中二の時に同じクラスだった吉田さん、別に面と向かって「あなたのこと、苦手なの」とか言わなくてもいいのにな。別に俺からなにかした訳でもないのに。

 あれは日常の一コマだった分、ある意味、小学校で河合さんに告白した時に「わたしは嫌いよ」って言われた時よりダメージでかかった。あれ? もしかして、嫌いより苦手の方がダメージ大きくない?

 颯爽と俺の地雷密集地域を歩いていく由比ヶ浜(ただし踏んでいないとは言っていない)は、笑顔で続けた。

 

「でも、こうやってお家で楽しそうにしている猫を見てると、苦手じゃなくなってくかもね」

 

 その笑顔やめろ。惚れるから。あれ、もしかして俺ってちょろすぎない?

 俺の願いが通じたのか、由比ヶ浜は満面の笑みを浮かべるのはやめた。代わりに、控えめに笑う。その顔はどこか寂しげだ。

 

「あのね、私、昔団地に住んでたんだ」

 

 俺は、黙って続きを促す。雪ノ下も流石に空気が変わったことに気がついたのか、写真集を閉じて由比ヶ浜の方を見た。

 

「その団地でね、猫を飼うのが流行ってたの。お家に連れていくのは禁止だから、野良猫なんだけどね。で、私も一緒に飼ってたんだ。ねえ、ゆきのん、ちょっと貸して」

 

 由比ヶ浜は雪ノ下から写真集を借り、ちょうど真ん中位のページを開いた。

 

「この子が似てるかな。尻尾のあたりが違うけど、こんな感じの子。かわいかったんだよねー」

 

 由比ヶ浜は、ありがと、ゆきのんと言って写真集を返すと、続けた。

 

「別に、死んじゃうところ見たとかじゃないんだ。ただ、いつもみたいに餌をあげに行ったら、居なくなっちゃってたの。何も言わずに」

 

 猫なんだから当たり前だけどね、と言う由比ヶ浜の顔は、やはり寂しそうで。

 

「だから、仲良くして、大切にしているつもりでも、いつかはいなくなっちゃうかなって思って。それで、猫が苦手になったの」

 

「離れる時に寂しい思いをするなら、いっそ会わなければいい、というわけね」

 

 雪ノ下にも由比ヶ浜は寂しそうに見えたらしい。雪ノ下にそう言われると、由比ヶ浜はハッとした表情を浮かべる。

 

「そっか、私、猫を見ると寂しい気持ちになっちゃうから苦手だったんだ。なんか、自分でもよく分かってなかったかもしんない」

 

 自覚して、認めて。やはり、トラウマを乗り越えるためには必要な過程なのだろう。由比ヶ浜の決意を固めた目が、その証拠だ。

 

「でも、寂しいのが怖くて関われないなんて、悲しいもんね。私、決めた」

 

 そう言って胸を張る。立派なやつだ。

 

「まずは、このまま猫を好きになる。それから、犬をまた触れるようになる。苦手じゃなくなる。それでいつか、また犬を飼うんだ」

 

 思ったより早く、依頼を完遂できるのかもしれない。俺は、呑気にそう思った。雪ノ下が青ざめていることにも気が付かずに。




 サブタイトルがどんどん適当になっている今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
 まあ、それはさておき。犬に関する依頼を受けていたはずなのに、いつの間にか猫の話になっていました。そんなこともあるよね。課題をやってたはずなのに漫画読んでるとかよくあるし。
 というわけで、もうしばらく猫が続くかも知れません。猫については詳しくないので、情報が間違っていたら優しい目で見守ってください。きっと、そういう世界観なんです(暴論)。

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