電車を降り、目的地まで歩く。人もそこそこ行き交っているので、有名な観光スポットであることは窺えるのだが……。
「そういや、どこ向かってんの?」
隣をどこかはしゃぐように歩く謎の少女(?)南ことりに訊ねると、こちらを見ることもなく、進行方向を指さした。
「もう着くよ♪」
「はあ……」
まあ、変な所ではないだろう。別に京都のメイド喫茶に連れて行かれはしないはずだ。いや、それも悪くないような……いやいや、京都まで来てそれは……。
「ふふっ、もしかして私のメイド姿、見たかったとか?」
いきなり俺の正面に立ち、小首を傾げる。
その悪戯っぽい笑顔は、直視するにはあまりにも……その先の思考を脳の奥に押し込める。
そして、行き交う人の流れの方へ目を背けた。
「……ち、違う」
「また見たかったら秋葉原まで来てね」
「い、いや、だから違うじょ」
「噛んだ♪」
「…………」
この南ことりという少女は、自分の魅力を理解して、それを引き出す事に長けているように思える。メイド喫茶で培ったのだろうか。普通にしているだけでも十分に人目を引く容姿をしているが、その嫌みのないあざとさが彼女をさらに魅力的にしている。
「着いたよ」
その声にはっとして、自分がさっきまで夢の中にいたかのような気分になる。ともすれば、今もまだ……。
「どうかしたの?」
「…………何でもない」
ポケットの中でスマホが震えたが、気づかないふりをして、そのまま目的地の中へ入っていった。
*******
「青蓮院門跡か……」
雪ノ下が持っていた観光ガイドに載っていた気がするが、昼間の写真しか見ていない。というか修学旅行なので、夜の観光案内まではそんなに調べていなかった。
「夜だとこんな風になるんだな。全然知らんかった」
「ガイドブックで見つけて、行ってみたいなぁ~って思ったんだよ」
「……そっか」
淡々とした受け答えをしながらも、それなりの高揚感が胸を満たしていた。
幾多の照明が境内全域を鮮やかに照らし、まるで幻想世界にいるように思えた。それを眺めている人達さえ、その不思議な空間のパーツに思える。
「綺麗……」
ぽつりと零れたそんな一言さえも……
「…………」
俺は黙ったままポケットに手を突っ込み、青くライトアップされた風景に目をやる。
今が過去を塗り替えたいつもの街並みと違い、ここでは今の技術が昔の技術を彩り、一つの芸術が出来上がっている。
飛び込んでくる景色全てに目を奪われていると、南が声をかけてくる。
「比企谷君。今日は付き合ってくれてありがとう」
「あ、ああ……」
振り返ってこちらを見る南は、言い様のない美しさを纏っていた。その長い髪の周りを、青白い微粒子がぽつぽつと明滅する幻をそこに見た。
そして、その輝きは口元に浮かべられた微笑みを儚げに、それでいてどこか情熱的に照らし出す。
俺は、この南ことりには決して見る事のできない光景を、代わりに胸に刻みつけた。