「本当に送ってもらっていいの?」
「……ああ。別に大した手間じゃないし。あと帰るついでだし」
帰り道。ちらほらと聞こえてくる人々のささやかな賑わいを聞きながら、すっかり輪郭をなくした街並みを歩く。
夜空にくっきり浮かんだ丸い月が、不揃いの影を照らしながら、沈んだ太陽の光を夜の世界に伝えていた。
「あの……」
「……どした?」
「不思議だよね。私達がこんな風に歩いてるのって」
「……ああ、まあ……確かに」
比企谷君はこちらには目を向けずに、スローテンポな相槌をうつ。
その横顔を見ながら、何となく話題を変えてみた。
「比企谷君は来年は受験どうするの?」
「家の近くの大学受けようと思ってる」
「そっか。どこにするのかは、もう決めてるの?」
「いや、まだだ」
「そうなんだ」
「…………そっちは?」
「え、私?」
「他にいないだろ」
彼から質問されるとは思ってなかったので、つい焦ってしまう。のろのろと走る車が私達を追い抜き、その音が完全になくなったと同時に、私は口を開いた。
「私ね。卒業したらパリへ留学するんだ」
自分が思うより、ずっとスムーズに言葉が出てきた。
「……そっか」
彼は視線も表情もさっきと変わる事はなく、歩くペースも私と同じままだ。
こうしている内に、京都の夜は一秒ずつ深まっていく。
しばらく沈黙が続きそうな気配がしたけど、その雰囲気から抜け出すように、彼は自動販売機で缶コーヒーを2本買った。
「……ほら」
その内の一本を差し出してくる。
「あ、ありがとう」
温かい缶コーヒーを受け取る。その温もりがすぐ手に馴染んできて気持ちいい。
「京都って何でMAXコーヒーないんだろうな」
「……あ、甘党なんだね」
「人生は苦いからな。コーヒーくらい甘くていい」
「あはは……体、壊さないようにね」
「安心しろ。俺の体の半分はMAXコーヒーで出来ている」
「手遅れって事かな?」
何故だかわからないけど、さっきより打ち解けた気がしている。
……MAXコーヒー、久しぶりに飲んでみようかな。
「送ってくれてありがと、比企谷君」
「別に。帰るついでだ、つったろ」
それは嘘だと思った。
彼は今から引き返さなくてはいけない。多分、私に気づかれないようにそうするつもりだと思う。しかも、彼は修学旅行でこの街に来ている。帰ったら先生に怒られるかも……。
「じゃ、行くわ」
「あ…………」
理由もわからぬまま彼の制服の袖をつまんでしまう。それに驚きながらも振り向いてくれた。
「…………」
「…………」
お互いに何も言葉を発さない。ただ見つめあっていた。月が少し雲に隠れて、また少し暗くなったように思える。そのおかげで、表情が見えすぎない事に安心してしまう。
どうしよう。何か言わなきゃ……。
無理矢理何か一言でも搾り出そうとしたその時……
「ことり、どうしたの?」
耳によく馴染んだ声が聞こえてきた。