自分でもよくわからない感情が込み上げてきて、言葉に詰まっていると、南の知り合いらしき女性が南に声をかけてきた。
「お母さん」
「……え?」
南がお母さんと呼んだ女性をもう一度よく見る。
目鼻立ちや髪型に面影はあるが、母親というより姉に見える。こんなの、アニメや漫画の世界でしかあり得ないと思っていた。さらに、その清楚な佇まいに妙な色気があり、それが京都の街並みによく溶け込んでいる。
「そちらの男の子は?」
南の母親と目が合った。反射的に会釈をしたが、何を話せばいいかわからないので、あらぬ方向へ目を向け、あとは南に任せようと思った。
「えーと……お友達、かな?」
やめて!こっちに振らないで!と言いたいところだが、あまり気まずい思いをさせるのもあれだ。事実だけ告げて、この場から立ち去ろう。
「あー、ただの知り合いです」
「…………」
少しだけ南の表情に翳りが見えたのは気のせいでしかないのだろう。俺はその姿に背を向け、歩き始めた。
「ちょっと待ちなさい」
南の母親に呼び止められる。そのまま行っても構わなかったはずだが、その凛とした響きに思わず立ち止まってしまう。
「あなたは修学旅行生みたいだけど時間は大丈夫なの?」
「…………」
実際のところ、やばいはずだ。南についた嘘の通りに、本当にすぐそこに宿があるなら間に合うのだが、今から歩いて戻っても、就寝時間を過ぎてしまい、自分の部屋に戻るのは困難を極めるだろう。しかし、幸い明日は自由行動なので、朝までどっかで時間を潰してから、こっそりと戻れればいいのだが。
「宿泊先までタクシーで送るから、ちょっと待ってて」
「え?いや、俺は……」
「お母さん、比企谷君は近くに泊まってるらしいよ」
「いえ、事前に調べたけどこの辺りにはいないはずよ」
「…………」
「…………」
南の責めるようなジト目が痛い。
「俺は別にその辺のネットカフェでも……」
「教育者として高校生の深夜外出を許す訳にはいかないわ」
「え?」
「うちのお母さん、高校の理事長やってるの」
「は?」
「初めまして、音ノ木坂学院の理事長をやっています。南雛乃です。あなたは……ひきがや君?」
「……比企谷八幡です」
「そう、比企谷八幡君ね。ことりを送ってくれてありがとう。優しいのね」
「いや、そんなんじゃ」
突然向けられた大人の女性の淑やかな笑顔に、戸惑いを隠せずにあたふたしてしまう。ふんわりと包み込むような優しさがそこにはあった。
取り繕うように携帯の画面を確認すると、戸塚からの着信があった。他には材木座から1件、平塚先生から3件はいっている。どうやら俺は携帯が震えているのにもきづかないくらいに南に気をとられていたのだろうか。
いや、それはさておき、あまり心配をかけるのも心苦しい。
「あの……電話、いいですか?」
俺の言葉を聞いた南母は穏やかな笑顔で頷いた。