「スクールアイドル?」
「うん、実は……」
ベッドの上で読書中にかかってきた電話は南からだった。いつも通りの特に中身があるわけでもない、でも何故か途切れないふわふわとした会話が始まるかと思ったら、出だしから予想外な話題を切り出された。
何と南はメイドなだけじゃなくスクールアイドルもやっているらしい。しかも関東大会決勝まで勝ち上がっているとか……こいつ、案外チートキャラだよな。
彼女は遠慮がちに話を続けた。
「それでね……見に来てくれないかな」
「まあ、その内、適当にな」
「……それ、絶対に来ないつもりだよね」
「お前、エスパーかよ」
「今のは大抵の人はわかるんじゃないかな。それに比企谷君、本心を隠そうとしないし……」
「そう……か?」
俺の浅はかな処世術も南には見抜かれてしまっていたようだ。
「ダメ……かな」
そう言ったきり、こちらを窺うような沈黙が訪れる。ふと窓の外に目を向けると、空にはぼんやりとした満月が浮かんでいて、白くやわらかな光を街に降らせていた。南のいる場所からもこの月は見えるのだろうか。
思考が逸れかけている事に気づき、一呼吸置いてから答える。
「……行く」
「え、いいの!?」
「ああ、だがあんまり激しい声援とか期待すんなよ」
「いいよ、その代わり……」
「?」
「しっかり……見てて欲しいな」
「……あ、ああ……わかった」
その後は普段通りの日常会話になった。
ありきたりな、何の変哲もない言葉を、いつもより少しだけ多く積み重ねた。
*******
「……まじか」
思わず声が出てしまう。
12月25日。東京の街はクリスマス一色で、華やかなリア充ムードが漂っていた。体の芯まで凍えさせるような寒さと、不規則に行き交う人波に歩きづらさを感じながら、何とか会場まで辿り着いた。
しかし会場周りの女子学生率がハンパない。女性アイドルのライブだと聞いていたんだが、客層が予想と違う。いや、学校の部活動らしいから当然といえば当然なのか。
ちらほら男もいるが……何か職人みたいなおっちゃんがいるな……まあ、かなり少ない事に変わりない。
……そろそろ帰るか。
回れ右をしたところで誰かに手を掴まれる。
「比企谷君、あの……来てくれたんだね」
「……ああ」
振り返ると南がいた。
眼鏡をかけているが、伊達のようだ。変装のつもりだろうが、特徴的な髪型のせいですぐにわかる。
目が合うと眼鏡の向こうの目が少し細められる。
「でも今、帰ろうとしてなかった?」
「き、気のせいだ……あっちの方に何があるか気になっただけだ」
「ふ~ん」
しばらくの間、ジト目を向けられる。いや、ちょっとそこで時間を潰そうとしただけだよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。
「ほら、はやく行こ!」
「あ、ああ」
南が歩き出して、それに合わせて俺の足も自然と動く。その時、ようやく手を握られているのに気づいた。
白く細い指先が、外で冷えきった手を温めてくれる。
その意外な温度に顔を火照らせながら、僅かにちらつきだした雪を眺める。南も雪に気がついたようで、空を見上げた。
「「…………」」
数秒間だけ灰色の空を見つめ、あとは真っ直ぐに会場内へと歩いていった。