一人でしょうもない独り言を呟くと、ギィィと音を立て、再びドアが開いた。葉山辺りが戻ってきたのかと思い、ゆっくりと目を向ける。
するとそこには、私服姿の見覚えのない女子が立っていた。
まず、変わった結い方のサイドポニーに目に奪われ、 やわらかい風に茶色がかった長い髪が揺れているのが見える。
全体を見ると、すらり伸びた白い手足が、どこかおどおどしているようだった。
「…………」
「…………」
やがて、目が合う。
色々ありすぎたせいか、疲れて幻でも見ているんじゃないかと思えるような儚げな美しさだ。
ぱっちりした目に不安げにこちらを見る瞳も、形のいい鼻も、ほんのり薄紅色の唇も、全てが遠く、現実味がない。
吹き抜ける風が少し強くなり、二人を包むようにさぁっと通り過ぎた。
俺は、軽く目を細めながらも、その儚い幻のような少女から視線を外す事ができずにいた。
そして、風の不意打ちが感じさせた涼しさに、夏がもう遠ざかろうとしているのを感じた。
「…………。」
何か囁かれる。だがこの距離では、どうも聞き取れない。
おそらく呆けているであろう、こちらの表情を見た少女は、一瞬目を伏せたのち、再び目を合わせてきた。
そして、唇が小さく動く。
「あの……」
「…………」
初めて耳に届いた声は、小鳥が囀るような小さく甘い声だった。
彼女は続けた。
「あなたは……何でそんな哀しそうな眼をしてるの?」
「…………」
謎の女子から目をそらし、青く澄んだ空を仰ぐ。そこには、小さな雲がいくつかふわふわ漂っていた。
哀しそう……か。
何が哀しいんだろう、と考える。
こんな方法しかとれない自分か、この後から始まるより一層面倒な学校生活か。
「あ、ご、ごめんなさい!何となく、そう思って!」
「……いや、いい」
急に謝りだす謎の女子に、内心慌ててしまう。そのようを見て、とりあえずは幻じゃないんだと確信できた。
「…………」
「…………」
だが初対面の女子との会話スキルなど対して持ち合わせていない。それに、今それが必要とも思えない……そもそも何故ここに部外者がいるのか、理由もわからない。
そこで、静寂を裂くように、突然電子音が鳴り響く。
謎の女子のポケットからのようだが、彼女は何故か出ようか迷っているようだ。
「……出なくていいのか」
「え?あ……」
彼女はしばらくして、携帯の電源を切った。
その意外な行動に少しだけ驚く。
そして、彼女はこちらへの距離を三歩だけ詰めてきた。
どうしていいかわからず、その場を去るという選択肢を選ぶ。
立ち上がると、通せんぼするように、彼女はさらに近くまで来た。
その瞳はさっきまでと違い、どこか優しく感じられて、じっと見つめられても、ちっとも不快ではない。
その唇が、僅かに震えながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「誰も傷つかない世界で……あなたは何でそんなに哀しそうなんですか?」