「じゃあ、お母さん。行ってきます」
「あら、デート?」
「……うん、そうだよ♪」
「そう、楽しんできなさい。八幡君にもよろしくね」
「は~い」
あの約束の日から早くも一ヶ月が経ちました。
あれから私達は、毎日のように電話やメールでやりとりをして、それぞれの時間を共有し、お互いの過去を少しずつ分かち合い、それまで以上に深く繋がるようになりました。
私達は不器用ながらも、恋をしています。
そして、ゴールデンウィーク中盤の今日、彼と一ヶ月ぶりに会えます。
……ちょっと緊張するなぁ。
でも、空は快晴だし、幸先はいいはずだよね!
手鏡を出し、髪の確認をする。うん、大丈夫!
すると、どこかから歌が聞こえてきた。
そのよく通る、それでいて切なさの滲む歌声は、不思議と私の心を引きつけた。
「まだ、時間あるよね」
私はその歌声に導かれるように歩き出した。
*******
普段はひっそりとしているその場所は、既に人だかりができていて、かなり見づらくなっている。
ちょっとだけでも……とジャンプしてみると、赤みがかった髪が印象的な、小柄な女の子がギターで弾き語りをしていた。
姿が見えたのはその一瞬だけだけど、彼女が乾いたギターの音に乗せて紡ぐ歌は、人だかりをかき分け、私の耳まで届いていた。
いい歌だなぁ……。
季節が巡って、出会いや別れの波を流れて、忙しすぎる時が流れて……その中にμ'sとしての大事な時間が……彼との出会いから今に至るまでのことが鮮明に浮かんできて、切なく胸をつついた。
曲を聴き終えると、私は待ち合わせ場所に移動した。
*******
私が歌を聴いている間に、彼は先に到着してたみたい。
いつも通りの猫背も、携帯を弄る姿も、気怠げな横顔も、一ヶ月ぶりなのにはっきりと覚えていて、でもやっぱり久しぶりで……。
私はさっき感じた切なさや、真っ直ぐな気持ちと共に、こっちに気づいた彼の胸に思いきり飛び込んだ。
「っと……どした?」
「こうしたかっただけ、だよ?」
「……そ、そっか」
彼の鼓動を全身で感じていると、その腕が背中に回され、何もかもを忘れてしまいそうな感覚になる。周りに人がいるのに、世界中に二人だけみたいな不思議な感覚。
「な、なあ、ことり。そろそろ……」
「ダメだよ~。ふふっ、八幡君も、どう?」
「どう……って?」
「私のこと……ギュッとしたくなった?」
「…………」
至近距離から見上げる瞳は、いつもの憂いを帯びた優しい瞳で、つい踏み込みたくなる。その先にある未知の何かを見てみたい。
……なんて、実は私もすごく緊張してるんだけどなぁ。
彼がそっと腕を移動させるのを、高鳴る鼓動と共に待っていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ことり、ちゃん?」
「こ、こ、ことり?」
「ハラ……ショー……」
振り向くと、穂乃果ちゃんと海未ちゃん。あと近くの大学に進学した絵里ちゃんが目を見開き、口をぱくぱくさせていた。絵里ちゃんに至っては、何故か顔がやけに紅い。どうしたのかなぁ?……言うまでもないよね。
「ことり、そちらの方は……」
海未ちゃんが動揺しながら八幡君の方を向いた瞬間、私は自然と身体が動いた。
「ヒミツ、だよ?」
私は彼の手を取り、呆気にとられている3人にウインクをして、いつもより速く駆けだした。