捻くれた少年と健気な少女   作:ローリング・ビートル

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SIGNAL

 ブースの中は、ぬいぐるみやアンティークなどの小洒落たセットがあり、その真ん中に3人ぐらい座れそうなソファーがあり、俺はその端っこに腰を下ろした。

 

「文化祭以来ですね」

 

 反対側に座ったミナリンスキーさんが、控え目な笑顔で話しかけてくる。

 クラスメイトですら、外で会ってもスルーされる俺に話しかけてくるとは……実はこの子、かなり性格がいいのではなかろうか。

 

「……そうだな」

 

 うっかり仲良くなれると勘違いしちゃいそうなので、軽く返事だけしておく。

 

「あれから……その、どうですか?」

 

 聞いた本人も何を聞いているのかわからないふわふわした質問だった。普段なら無視するか、気づかないふりをしているところだ。同じか?同じだ。

 しかし、今はそうしなかった。

 

「……別に。いつも通りだよ」

「そうですか」

 

 頷くミナリンスキーさんは、控え目な笑顔のままだ。

 このままでは、また気まずい沈黙が生まれそうなので、撮影を促すことにした。

 

「はやく撮った方がいいんじゃないのか」

「あ、ごめんなさい!」

 

 カメラをセットしたミナリンスキーさんは、さっきより距離を詰めて座ってくる。というか肩と肩が触れ合い、甘ったるい匂いが容赦なく包み込んできた。

 

「……ち、近くないか?」

「いつも通りですよ。ご主人様♪」

 

 だぁ~!!この距離でこっちを向くなっての!!真っ白な頬とか薄紅色の唇を間近に感じ、顔が熱くなる。

 

「あっ……」

 

 向こうも気づいたのか、正面を向いた。

 そして、気を取り直し、撮影を始める。

 

「はい、チーズ!」

 

 カシャッと切れのいいシャッター音が鳴り、撮影が終わった。

 そして、温もりを残し、先に立ち上がった彼女は、優しい微笑みを向けてきた。

 

「写真は後ほどお渡ししますね♪」

「あ、ああ…………」

 

 しばらくの間、左肩には柔らかな温もりが凭れかかっている気がした。

 

 *******

 

 テーブルに備え付けられたベルが再び材木座によって鳴らされる。どうでもいいけど、いちいちドヤるのが鬱陶しいんだが……。

 

「は~い♪」

 

 またミナリンスキーさんがニッコリ笑顔でやって来た。人気ナンバーワンメイドが一つの席に何度も繰り返し来ていいのだろうか。さっきから、周りの客達の視線が刺さってきて痛い。最近、視線に敏感だから、より一層深くまで刺さってくる気がする。まあ、俺達を見るのは数秒で、あとはミナリンスキーさんにみとれているだけだが。

 

「うむ。我等はもう、出かけるとしよう」

 

 こいつ……さっきまでは緊張しまくりの汗だくだくだったのに、もう立ち直りやがった。

 

「もうお出かけしちゃうんですか?」

 

 甘えるような声で聞かれる。演技だとわかっていても、罪悪感がするから止めてね。中学時代の俺なら勘違いして、通い詰めているところだ。そんで告白してフラれるまである。フラれちゃうのかよ。

 

「我等は行かねばならんところが……」

「えーと、いくらだっけ?」

 

 材木座の言葉に被せるように伝票の確認をして、材木座に渡す。

 

「割り勘でいい」

「ぬう……お主、ツーショットチェキがそんなに嬉しかったのか?」

「違うっての……」

「こちら会員カードになります」

「いや、俺はいいや」

 

 俺の言葉を聞いたミナリンスキーさんは、キョトンとした後、俯き、胸の前で手を握る。あれ?周りの空気が……。

 彼女は数秒溜めた後、顔を上げた。

 

「お願い……!」

 

 *******

 

「はい、ご主人様のお名前は……ヒキタニハチマン様ですね♪」

「ヒキガヤな」

 

 あれ?いつの間にか、ここの会員になっちゃってる。ふっしぎー。いやさすがにね、あんな濡れた瞳向けられちゃ。反則だろ、あんなの。

 

「あ、失礼しました!ヒキガヤ様ですね♪」

「ああ……」

「また、帰って来てくださいね♪」 

「…………」

 

 とりあえず首肯しておくが、もう会う事もないだろう。偶然で二度会っただけで、変な勘違いをするような、甘っちょろい脳みそはしていない。

 会計を済ませ、出入り口へと歩き出すと、メイドさんお決まりの挨拶が聞こえてきた。

 

「それでは、ご主人様!いってらっしゃいませ♪」

 

 つい振り返ってしまい、顔を上げたミナリンスキーさんと目があったが、そこにはほんのりと、凍えた心を温めるような笑顔があり、俺は何故か会釈して、背中に何かを感じながら店を出た。


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