外に出ると、雨はすっかり上がっていて、少し冷たく感じるくらいの風が吹いていました。
彼は前を向いたまま、少しだけ顔を顰めている。
「……結構冷えるな」
「そうだね」
「さっきまで、ずぶ濡れになって走ってたのが嘘みたいなんだが。我ながら無理したな……」
「ふふっ、そうだね。無理しすぎだよ」
並んで歩きながら、二人して雨雲の通り過ぎた夜空を見上げる。
そこには、いつか見たような星空と、まんまるいお月様が輝いていて、私達の……いつか歩くそれぞれの道を照らしてくれている気がしました。
*******
しばらく人通りもまばらな夜道を歩き、最後に長い階段を昇ると、目的地に到着しました。
「着いたよ」
「ここは……」
彼は目の前にそびえ立つ、古い建物を不思議そうに見ていた。
その建物の名前は、音ノ木坂学院。
私にとって大事な場所の一つ。
多分、ここに通っていなかったら、彼とも出会っていなかったと思う。
だからこそ、彼をここに連れてきたかった。
「どう、かな?」
私の問いかけに、彼は眉一つ動かさずに答える。
「……なんか出てきそうだな」
「もう、そういうこと言わないの!」
イジワルなんだから……。
確かに、この時間に一人じゃ絶対に来ないけど……。
「さ、早く行こ!」
「は?大丈夫か?」
「うん!誰もいないし、鍵は持ってるから♪」
「お、おう……」
お母さん、ごめんなさい。今度、美味しいケーキ買って帰るからね。
私は苦笑している八幡君の手を引き、校舎へと忍び込んだ。
*******
夜の校舎は、当たり前だけど真っ暗で、のっぺりとした暗闇が、どこまでも続いてる気がした。これは、絵里ちゃんじゃなくても恐いよね……。
八幡君も気が進まないのか、キョロキョロと辺りを見回すだけで、その場から動こうとしなかった。
「どこ行く?そろそろ帰る?」
「さり気なく帰ろうとしてない?」
「…………」
あっ、図星だ。
こういうところは出会って1年以上経った今も、全然変わらない。
ここはエスコートする場面じゃないかなあ?
まあ、こっちの方が八幡君らしいんだけど。
「もう……ダメだよ?」
私は彼の腕に自分の腕を絡ませる。
「……ここで私を一人にするの?」
「ぐっ……」
ここで、彼の瞳をじっと見つめ、気持ちを込める。
「……八幡くぅん……」
「わ、わかった。わかったから……」
観念してくれた♪
ここまで来て引き返す心配もあまりないと思うけど。
「ふふっ、こっちだよ」
「腕は組んだままなのかよ……」
「もちろん♪」
彼はそう言いながらも、決して振りほどこうとはしなかった。
むしろ、夜風に冷やされた私の体を温めてくれている気がした。
*******
「はいっ、ここがアイドル研究部の練習場だよ♪」
「……結構広いな」
「うん。だから、それぞれに別れて練習できるんだよ」
「そっか」
彼と一緒に、音ノ木坂の屋上を踏みしめる。男の人がここに来たのは初めてかも。
そんな事を考えながら、私は塔屋の梯子を登り、八幡君を手招きした。
「八幡君、はやくはやく!!」
「ちょっ、お前、大声出すなっての……」
意外なくらい慌てた彼は、急いで梯子を登り、私の隣に座る。
「「…………」」
二人で眺める景色は、濡れた宝石のように、光があちこちに滲んで、いつもとは違う彩りを見せていた。
彼の肩にもたれかかると、彼も同じように、自分の頬を当ててくる。
それだけで、体温以上に心が温かくなる。
この夜風の冷たさも、二つの体が寄り添う口実になるのなら、とても素敵なものに思えた。
「なあ、ことり……」
「なぁに?」
「……いや、何でもない」
「ふふっ、どうしたの?ん……」
彼から不意打ちのキスをされる。
最初は驚いたけど、次は私から唇を重ねてみた。
今夜はしばらくこうしていると思う。
唇も、影も、心も、全て一つにしていたいから。
そう、今夜だけ……今夜だけでいいから……。