光に生きる闇人 作:ギグC
朝、4時半に起き、1日が始まる。
祐佐久もようやく慣れたものだ。だが稀に寝坊する事もあるので、やはり自分よりも年下であるにも関わらず、家事さえもきちんとこなす美羽には感心せざるを得ない。
そしてある晩のこと。
ふと、祐佐久は目を覚ました。
寝付きが悪いとか、そういった類ではない。
前日の修行が余りにも単調であった為である。実を言うと、祐佐久はこの事に薄々と気が付いていた。1週間くらい前から、ここの所の修行がどこかおかしい。
いつもならもっと扱く筈の秋雨の修行で、あまり辛い修行は無く、いつもなら若干暴言を吐くように指導する逆鬼の修行で、言葉使いが妙に優しい。オマケにアパちゃいの修行に関しては、180°ぐるりと変わってしまった。
最も顕著なのが、スパーリングである。いつもなら頭を壁に突っ込ませるというのがオチなのだが、この1週間、壁は無傷のまんまである。
しかし剣星の修行はこれといって変わらなかった事も確かである。
「なーんか妙なんだよなぁ、最近。何かしたっけな……。別に何もしてないんだよなぁ」
ウンウンと唸り声を上げながら、天井を見上げていると突然尿意に襲われた。
流石にこの歳で(正確な年齢は不明)お漏らしをするのは非常にまずい。
どっこいしょ、と爺さんばりの声を上げ、むくりと立ち上がる。
そして戸を開けようとしたその時、祐佐久はある事に気が付いた。
時刻は午前2時。梁山泊一同も既に就寝の頃だが、母屋の端の方に灯が灯されていた。
祐佐久は刹那、(強盗かな?)と思った。
しかしそれが本当なら気の毒で仕方が無い。表からみると随分と広い家だが、ここは本当に金目のものが何も無い。それも恐ろしい程に。
そして同時に、祐佐久は可哀想に……、と呟いた。
まぁ、実際仕方が無い。ここに侵入する事それ即ち自滅を意味している。更に運が無いことに、今現在絶賛長老が帰還している最中なのだ。
「ま、それはないか。ハハハ……ハハ……?」
冗談はさておき、目を凝らしよく見ると、どうやら秋雨と剣星が何やら話し合っている様であった。
祐佐久は、(こんな時間に珍しいなぁ)と思ったが、もしかするといつもこんな時間に話し合っているのかもしれないと考えた。が、やはり何を話し合っているのかが気になってしまう。
「よし。ちょっとだけスパイごっこでもしよう!うん、それがいい!!」
そうと決まれば早い早い。静かーに戸を空け、板の床が軋まない様に廊下の窓に向かい飛ぶ。そして難無く窓の外に出ると、くるりと身を翻し屋根に飛び乗った。
念押しするが、祐佐久はまだ子供である。何処ぞの諜報員ばりの動きが出来るのは、日々梁山泊での修行の賜物であると言えよう。そして恐らく何処ぞの諜報員と張り合うことが出来るかもしれない。
そしてそうこうしている内に、母屋に着いた。
秋雨達が話し込んでいる場所は母屋の隅っこ。ここからはかなり慎重に行かねばならなかった。
相手は特A級の達人。それも2人。達人になれば約半径10メートル以内の微妙な変化に気が付くらしいが、特A級のそれはそれさえも遥かに超える程だ。
既に祐佐久の行動は知られているやもしれぬが、
(ま、悪い事をする訳でもないし。大丈夫、大丈夫……大丈夫、きっと……)
ゆっくりと、そして確実に、ゆっくりと全身する。と、同時に2人の話し声が次第に大きくなっていく。
ある程度近づけた所で、祐佐久はやっとその場で静止し、腰を落とした。
耳を立てて聞いていると、『祐佐久』という単語が耳に入った。
「秋雨どん、そろそろ祐佐久君の……」
「ああ、分かっているさ。分かってはいるが……」
「あの“事”がまだ脳裏に焼き付いているのかね」
「……流石にバレていたか」
「バレバレね。祐ちゃんがどのタイプの道に進むかについて話す時はいつも渋っていたからね。そろそろ祐ちゃんに聞いてみようと言ってから1週間経ったね。
恐らくだけど、祐ちゃんも気付いてる筈に違いないね。おいちゃんは別段、修行に変化は付けていないけど、他の皆は流石に変わりすぎね」
「ふぅ……。私とした事が、流石に伸ばしすぎた――か」
(僕の――タイプ?)
と、祐佐久が首を傾げてしまうのも無理はない。
武術に関しての知識は比較的ある方だ。しかしそれは勉強の様に自ら学ぶものではなく、あくまでも感覚的に要領を得ていた故に、である。
「なるべく危険な道は避けたい……というのが私の本音だ。彼を、祐佐久が緒方のように成り果ててしまう事は何が何でも避けたいものだ」
「それはおいちゃんも同じね」
「はぁ……。悩みは尽きぬな」
祐佐久は固唾を呑む。
2人の真剣な表情を見たことは久しぶりであったし、何よりも自分の事について話し合っているからである。
しかしイマイチ話が飲み込めない祐佐久であった。
そもそも武術家には2種類がある。
一つは、心を落ち着かせ、闘う『静』のタイプ。もう一つは、己のリミッターを解除し、力をフルに活用し闘う『動』のタイプ。
どちらもメリットデメリットはあるが、こちらが良いという確実なものは決してない。無論、その都度状況に合わせ、タイプをコロコロと変えることが出来れば1番よい。しかしそれを行う事は到底不能に近い。仮に可能であるとしても、身体に大きな負担を掛けることになる。
勿論、中にはそれを可能にする輩がいるが、指で数える程だ。
(自分のタイプ……か。うーむ、分からない……)
しかし祐佐久がどの道を選択するかは明白であった。それには薄々と秋雨は気付いており、故に、だからこそ、余計に渋っていた。
祐佐久のタイプとは、それ即ち『動』のタイプであった。
以前から、動の気の片鱗を感じさせる様な出来事は説明するまでもなくあった。
無意識からであろう気の運用、佇まい、闘い方。
特筆すべきは気の運用であった。
いち早く気が付いた秋雨は、出来るだけ静のタイプへと進ませようと修行を進めていったが、呆気なく失敗してしまう。
「はぁ、困ったものだ」
「そうかね?おいちゃんは、祐ちゃんはやれば出来る子って信じてるね」
「だが……」
「それなら直接聞いてみるね」
「ああ、そうだな。それがいい――」
目の前で話し込んでいた2人の姿が途端に消えると共に、祐佐久は悪魔に睨まれた様に心臓がバクバクと鼓動を立てる。
そろりと背後を振り向くと、なんと、剣星と秋雨が満面の笑みを浮かべ、
「そろそろ君の意見を聴きたいのだが……」
「教えて頂戴ね、祐ちゃん」
やはり初めから感ずかれていたようである。
「ええっと……。そもそもタイプってなんですか?」
こればかりは仕方が無かった。
そして秋雨達は懇切丁寧に祐佐久に説明した。
1通り終わるころには、時間は30分も要したが、その甲斐あってか祐佐久は全てを理解した。
そして祐佐久は、少しだけ頭を抱えるが、決断をした。
「僕……動のタイプがいい!」
「……やはりか」
「うん!さっきの説明を聴いてたんだけど……やっぱり僕には動がのタイプが1番だと思うんだ」
「まぁ、私達がどうこういう問題では無いだろうしなぁ、こればかしは。君が動のタイプを選ぶならばそれもまたそれで良い。流石に師である私達が君の意見を聞かない訳もあるまい。意見は尊重するよ」
時刻は3時前。
3人の話合いもおわり、暫くの間、茶でも啜りながら菓子でも食べていると、長老である風林寺隼人が起床する。
若干寝ぼけ眼で3人を不思議そうに眺めた。
こんな早朝に話し合っていること自体おかしな話である。
しかし、そこは無敵超人で尚且つ理解も超人級である風林寺隼人は何も言わずに、そして頷きながら、
「ほほう。ようやく祐佐久君も決めたのじゃな」
「流石長老、話が早い」
「ま、なんとなーくは察しがつくものじゃよ」
「しかしどうすれば宜しいのでしょうか……。私と剣星は動とは真逆のタイプですし、逆鬼に関してはまだ若すぎます。おまけにアパちゃいが祐佐久君を教えるとなると無理がありますし……」
梁山泊で動を扱う事が出来るのは、逆鬼至緒とアパチャイ・ホパチャイの2人である。一応だが、風林寺隼人も扱う事が出来る。
風林寺隼人という人間は、滅多に教えを解かない事でも有名な話である。
だが何となくであるが、話は見えている。
恐らくだが、隼人が祐佐久に動の扱い方を教えるのであろうな、と秋雨は考える。
「やはり長老が教えるのかね?というか、それしか考えれないね」
「確かに」
隼人は腕を組み、そして深く目を瞑る。
そして、突然述べた提案に秋雨と剣星は驚愕する。
「そいじゃあ……とある者に稽古を付けてもらおうかいのう」
「とある者……とは一体?」
「あれじゃよ、むかーし闘ったことがある奴じゃ」
秋雨と剣星は互いに見つめ合い、首を傾げる。
昔闘った事がある、とは言ってもどのくらい昔かは定かではない。寧ろ祐佐久に動の気の扱いを任せるくらいなのであるから、無敵超人に匹敵する程の力を持ち合わせているか、もしくは実力が認められている者が指導するのである筈である。
時に、達人は常人の理解を超える事を考え、驚かせる。
しかし特A級の達人は、並の達人の理解を超える程にイカれた事を考える事もある。
それが無敵超人ともなれば、特A級の達人の理解を遥かに、それも霞むほどに。
「とりあえず、祐ちゃんや」
「は、はい」
「今日の9時にここを立つ準備をしておきなさい」
「えっ?どこに行くんですか?」
「ちーちゃな島国じゃよ。東南アジア諸国ののう」