光に生きる闇人 作:ギグC
見慣れない天井が映る。と同時に自分の部屋でないと知る。
しかし思いの他にこの家(ジュナザードの城)は大きかった。我の城と言っていたが、満更ではない。寧ろ自分が想像出来る限りの城の大きさを遥かに超える程である。
「拳魔邪神って人は一体何者なんだ……」
事前に得た情報は僅かであった。出発前に秋雨師匠から聴いた話によれば、長老が唯一、ドローに持ち込まれた相手であるらしい。
あの無敵超人と張り合う人物が強者であることは明白であるが、経済、金銭面に関しては全く予想を立てることは困難だ。
ただ一つだけ言えることは、ウチ(梁山泊)よりも、寧ろ霞むくらいの財力を持ち合わせている事だ。
「あの、拳魔邪神さん」
「なんじゃ」
テーブルをひとつ挟み、対面し合いながら朝食をとる。自分の前に並べられている料理とは対照的に、拳魔邪神の目の前にある食べ物は、殆どフルーツのみ。
(まぁ、果物が大好きなんだな、きっと)
「今日の予定を知りたくて」
「朝食が済んだら、スグに修行開始じゃわい。まぁ、最も今日は殆ど見学じゃがのう」
「見学……ですか?」
「なんじゃ――不服か?」
刹那、対面していたはずの拳魔邪神が何10倍にも大きくなり、身体を包み込む禍々しい程の邪悪な何かに取り憑かれる。
そして、右の手で掴んでいた林檎が爆発したかのように握り潰された。
「あ、別にに不服なんて……」
「それで?」
「いや、だから……その……ごめんなさい!」
「……」
「……?」
「――流石に今の段階ではまだ殺気に耐えられぬか」
「……へ?」
「今のは、段階的にまだまだ序章。殺気のレベルは下の下。リョウザンパクでの修行のせいか、多少は抗う術を得ているようじゃが……まだまだ青いわい。
殺気に対抗する手段を知らずして自然に耐える事に成功した事は褒めてやろう。幼いにも関わらず基礎が出来ておる――いや、身体の芯まで浸透させた者を褒めるべきか。
確かに、この年齢の餓鬼共は扱いやすく、従順じゃ。じゃが常に死が付き纏うてのう。加減を誤ればイタズラに死ぬわい。よく、両の手が真紅に染まったものじゃわい」
今さっきまで、自分の余計な一言が原因で身体と首がおさらばだと思っていたが、実は違っていた様だ。
意外な事に、殺気の耐性があるかどうかを試していたようだ。
しかし朝の初っ端からやる必要はあるのだろうか。いや、絶対に(必要は)無い。ただ、真面目に稽古を付けるつもりはある事を知り、多少は安心したが、言い放った言い放った内容が内容である事については目を瞑る意外の余地は無い。
「確か――ユウサクと言ったな、小僧」
「は、はい!」
「立て」
「え?」
「ええから、立ち上がれい」
ここでの生活で、少しでも拳魔邪神に対しての反応が鈍ければ機嫌を損ねてしまう。1+1が2であっても、拳魔邪神が3と言えば、3になるのだろう。
若干アホくさい事を頭の中で考えていたが、状況が状況であるので、仕方が無い。
今現在、真後ろに邪神が。それもコチラを凝視し続けている事が否が応でも伝わってくる。かと思えば、真横に佇み、そして気が付けば真ん前に。
それが20分以上続き、そして拳魔邪神が一言――
「小僧――」
「な、何ですか?」
「肉付きは申し分無いのう」
「へ?」
突然の事に、思考が停止してしまう。
何となく、身体をジロジロと観ているという事はそういう事だろうと薄々気がついていた。が、実際に真正面から言われてみると、おかしなものである。それが拳魔邪神と恐れられている人物の口から発せられたならば尚更だ。
「そ、そうですか」
「カカッ、手間は省けたのう」
「手間って……何の手間なんですか?」
「動の気を解放する以外にも、小僧には修行を付けてやろうと思ってのう。気の解放だけを、唯ひたすらに淡々と続けていくのも退屈じゃろ?」
「は、はい……多分」
「じゃから小僧にはシラットを付けてやろうと思ってのう。それには先ず、身体が出来上がっているか確認する必要があった。じゃが、此処で基礎的トレーニングをする必要は一切無い。まぁ、楽しみにしておく事じゃな。カッカッカッカッ!」
豪快な笑い声と、『支度が出来たら、広間に来い』と言い残し、拳魔邪神はその場を後にした。
いまいち話が飲み込めなかったが、どうやら気の解放がてら、何かの修行をするらしい。彼が専門とする武術であろう『しらっと』とい呼ばれるものを教えて貰えるらしい。
不安9割5分、期待5分である。
「――来たか」
「遅れてすいません!」
「いや、別に遅くは無かろうに。30秒も掛からんかったしのぅ」
別段、部屋に戻っても、支度らしい支度も特に無かったので、拳魔邪神が部屋を出ていった瞬間に急いで広間に向かったことが幸を奏す。
「さて、行くとするか」
「一体どこに行くのですか?」
「歩いて30分も掛からん場所じゃ」
部屋の窓から見えていた風景が今、目の前に広がっている。この島に来てまだ日日はかなり浅いが、初めての外出である。
真ん前にいる邪神の存在を除けば、気候も自分好みで、旅行気分を味わえただろうに。
目的地へと向かう道中に、往々とする人々が拳魔邪神に向かい頭を垂らし、平伏す人までもいた。そして驚く事に祐佐久でさえ同じ様な待遇でも出迎えられる。
これには驚くと同時に、拳魔邪神がこの国でどの様な存在であるかということを思い知られる出来事となった事は言うまでもない。
「着いたぞい」
「ここは――」
目の前には、地下へと通づる階段がポツリ、と一つ。今まで無駄に感じた人の気配は全く無くなり、建物の間ばかりを通り、行き着いた先がこの場所である。
「ええっと……入るんですか?」
「勿論」
どの道入らなければ、無理連れていかれるに決まっている。その前に、流石に殺されはしないだろうが、後々色々と自分の身に影響する事は確かなので……。
渋々だが、階段を降りる。
1段、また1段と進むに連れ、気温が低くなっていき、平然を装っているが浮き足立つ。そして最深部へ辿り着いた時には、身体は小刻みに震えていた。
「さ、中に入れ」
意を決し、中に飛び込むとそこには――特に何も無かった。何も無かったと言うと語弊があるが、想像していた以上のものは何一つ無かった。
しかし異様な空気が漂っている事だけは確かである。
「ここは一体……」
「処刑場――だった場所とでも言うべきかのう」
「処刑場!?」
「そうじゃ。嘗てこの島では戦争が行われておった。同胞は皆、勇敢に戦い、そして散った。当時この場所は敵の拠点付近であり、尚且つ地下と言うこともあり拷問等を試すには持ってこいの場所じゃった。
そこら中に傷跡や、血痕がじゃろう。それは――同胞が踠き苦しみ、そして殺された証拠」
「……まさかそんなことがあったのですね」
「結局の所、我らの勝利で終わったがのう。カカカッ。連れて来た理由は、そのような事を話す為ではない。ここは嘗て拷問等が行われていたと話したな。それを我が引き継ぎ、少しばかり改造してのう。今では実験室じゃわい」
最後の一言が原因で、嫌な汗が滝のように溢れ出る。言われてみると、得体の知れない道具や薬が進行形で使われている様な形跡があり、よーく見れば、ハイテクの機械も備わってる。
「さて、初めての修行を此処で始めようとするかのう」
「……」
「なに、安心せい。今日はただ確認するだけじゃ」
「確認……ですか?」
「まぁ、見る方が手っ取り早い」
更に奥の方へと進む。
そして、次の瞬間――声にならない叫び声が扉越しに児玉する。
(な、何だ一体!?)
悲痛な叫び――とでも形容し難いその声は、他人をいとも簡単に震え上がるらせるであろう。それ程までにその声には怨念めいた何かを孕ませていた。
「あれが――」
扉の向こう側には、男がただ1人。それも、檻に幽閉されており、獣の様な唸り声を上げ、コチラを威嚇していた。
辺りには血が飛び散り、血の匂いで満たされている。吐きそうになるが、グッと抑え、堪える。
「こ、これは――」
「あれが、動の気の発動に失敗した者の末路――成れの果てじゃ」
「い、一体どういう事ですか!?」
「動の気を解放するには、それ相応のリスクを背負わねばならぬ。万が一、動の気自体に己を飲み込まれれば修羅道に陥り、2度と人として歩む事が出来んようになる」
自分の考えの甘さに思わず笑ってしまいそうになった。今までの修行通り、動の気の解放も呆気なく終わる――そう信じ切っていた。
しかしどうだろう。目の前にいる存在は、動の気の成れの果て――修羅道に堕ちおった者。人のそれとは違い、完全に理性を失った1匹の動物そのもの。
余りの衝撃さに、腰を抜かしそうになる。
「じゃが安心せい。汝をああはさせまい」
「……?」
「動の気に飲み込まれればああなるということを理解しておく事必要があるのじゃ。今はただ、その事を頭の片隅にそっと忍ばせておけい。
気にする必要は無い。汝は彼奴とは比べ物にならない程出来が良い。さて、用はこれで済んだ。城に戻ろうかのう」