光に生きる闇人 作:ギグC
ティダードでの生活にも慣れてきたところであるが、意外にも長老の旧友?であるジュナザードは、多忙を極めていた。なんでも、私用で忙しいとのことで、城で見ることは滅多になかった。邪神の代わりに、まぁ、比べ物にならないほど優しいメナングという、浅黒く背丈が少し高い、叔父さんが祐佐久の修行を付けているところであった。
伸び伸びと修行をする彼は、その質の高さに、ジュナザードの教育ともいうべきであろうか、邪神の配下のレベルはやはり高水準なんだな、と実感する。そもそも比較対象が梁山泊なわけであるが、多少ホームグラウンドでの修行には劣るが、並の武術家ではないのだな、と祐佐久が思ってしまうほど、彼、つまりメナングの指導は的確そのものである。
「よし、ここまで。一旦休憩に入ろうか」
「オッス!」
「それにしても、君のポテンシャルの高さには随分と驚かされる。まだ子供とは思えんな」
「いやぁ、梁山泊のあの人たちを見てたら、自分なんかにポテンシャルだなんて言葉は…」
「ハッハッハ。ジュナザード様含め、あちら側の人種は、言わば外れ値みたいなものさ。もしかしたら君はその領域に踏み込めるかもしれないな」
「うーん…それはそれでいやだなぁ…」
修行場所は決まって城から少し離れた、荒地。周りは畑に囲まれていて、周囲からは隔絶されている、修行にはピッタリの場所である。
ここに来てから、祐佐久はシラットを主体とした身体の使い方を学んでいた。特にシラットの複雑怪奇な動き方や、身体の運用方法は非常に興味深いものであったため、実は満足していた祐佐久である。
シラットはジャングルファイトに使用された歴史もあるので、四方八方から仕掛ける攻撃に秀でており、そこが彼のお気に入りポイントである。願わくば邪神の技を1度でもいいから、見てみたいし、なんなら教えて貰いたいと密かに考えているほど、この武術は強いな、と祐佐久は考えていた。
そういえば――と祐佐久は空を見上げる。
自分は気の習得のためにここに来たのに、未だにそれを習得出来ずにいる、と。ここ数日間、彼はずっとその事を考えていた。
うーん、と唸りながら歩く祐佐久を横目に、 メナングは語りかける。
「どうかしたのか」
「いや、そういえば自分は気を習得する為にここに来たんじゃなかったっけな、って思って」
残酷な――メナングは思わず呟いてしまう。
「ん、どうかしたの?」
「いや、なにも。幼いながら気を習得しようとする気概には驚かされる」
「そう…かな?ウチでは当たり前のこと過ぎて、逆に使えない自分だけがおかしいのかな、って」
「ハハッ、それもそうか。君の当たり前は、私やこちら側の人間からすると常軌を逸したものであるが、君は既に向こう側の人間になりつつあるということだな」と、メナングは、少し笑っていた。
さて、次の修行は――とメナングが言いかけたその時、城壁の上で地面と平行になりながら、邪神が佇んで?いた。余りの非現実的な光景に目を疑ったが、ぶっちゃけ特A級の達人にはもう物理法則とかある程度無視出来ることは散々理解しているので、即座に状況を理解した。ついでに片手にはかじり掛けのパイナップルがひとつ。割と待たせちゃったのかな?と少し不安に駆られてしまった祐佐久である。
「ジュナザード様!お帰りになられていたのですね」
「カカッ、今着いたところじゃわい」
「ただいま準備を致しますので、少々お待ちを――」
「いや、いい。ユウサク、今より修行じゃわい」
この世には車とか飛行機とか色々乗り物があるけど、事故によって命を落とす人は少なくはない。どんなに頑丈な乗り物でも、事故を起こせば必ず怪我をする人はいるのだから。しかし、世界で最も安全でかつ最速ののりものは存在するするのだ。達人というなののりものが…。
物凄いスピードで過ぎ去る風景を見ながら、祐佐久はふとそんな事を考えた。ジュナザード様早すぎやしませんか――、と、轟速で移動する邪神の帯に必死になって掴まりながら彼は、移動するならやっぱり乗り物だな、とただひたすらに考えるのであった。
帯に掴まること30分、祐佐久はヘナヘナになりながら砂浜に座り込んだ。
辺りは見慣れない風景が広がっていた。それもそのはずティダード本島から離れた小島に着いていたからであり、本島とは違い、背丈の高い木々が、島を覆っていた。
ジュナザードの後ろについて行くこと、10分弱、前の方には自然には似合わないような人口の施設ともいうべきであろうか、コンクリートで覆われた建物が祐佐久の前に現れた。
「ここは一体…?」
「ワシの施設じゃわい」
「施設…ああ、実験の!」
「ほう、意外と元気じゃわいのう」
「なんだかもう達人はこうなんだと、割り切った方がいいかなって思うようになったんですよね」
「カカカカッ!いい心掛けじゃわい」
歩みを止め、ジュナザードはぴたりと歩みを止めた。画面越しにでも分かるほど、邪神は一瞥をくれず、施設をじっと眺めている。そして、ニヤリと笑みを浮かべた後、ティダード語で何かを呟いた。
祐佐久は同年代の者に比べれば突出している。武術でもそうであるが、特に学力にも秀でていた。また適応率の高さも群を抜いているので、それなりに日常会話程度ならティダード語も聞き取れる程である。
故に彼はジュナザードが放った言葉に戦慄する。
――生き残れるかのう――
「ユウサク」
「…」
「時に修行にはリスクがつきものじゃわい」
「リスク…」
「しかしリスクが大きければ大きいほど、リターンはデカい。さて、ここでワシからのプレゼントが1つ。これさえ乗り越えることが出来れば、貴様は今より数段高みへと登る――」
「ちょ、ちょっと待って下さい…は、話の意味が」
「なに、すぐに分か――」ジュナザードがそう言いかけた刹那、祐佐久が恐怖を覚えてしまうほどの叫び声が、いや、叫び声なんて言葉では言い表せない程の、憎悪の塊が彼等に降り注ぐ。
祐佐久は瞬時に理解した。これは殺気が向けられているのだ、と。また邪神の意図を悲しくも理解したしてしまった。この向けられた殺気の大元と自分が対峙しなければならない、数分後の自分の光景が。
数人の小柄な男、いや、自分と同じくらいの子供が3人ほど現れた。
「ジュナザードさん……この子達は多分、そう――」
「カカッ、察しが良くて助かるわい」
祐佐久は 「実験体……!」と呟き、拳を握り締める。しかし、その握り拳にはジュナザードに対する怒りは含まれてはいるが、何よりも占める恐怖の割合の方が遥かに大きいのである。祐佐久はこれで二度目であった。1度目はティダードに訪れた際のあのジュナザードから受けた、純粋な殺気。ただそれは本当に純粋な殺意であり、恐ろしさはあるものの、すんなりと受け入れられるものであった。
しかし、今現在向けられている殺気は、人間の負の感情のどす黒いものが込められた、憎しみ、恐怖、絶望、そして怨念めいた「生」の殺気。身震いしてしまうほどの殺気。目をそむけたくなるような殺気。
「ジュナザードさん」
おそらく彼は、邪神は、こう口を開くのである。
この3人と闘え。勝てば自然と気は身に付くから、と。
ああ、メナングとの穏やかな修行が恋しいと思う反面、否が応でも内から湧き出る闘志に、嫌気がさしてしまうほど、現在の自分の実力を試してしまいたいという、自分がいる。梁山泊での修行が、邪神からの教えがどこまで自分の血肉となっているのかを。
「勝てば……いいんですよね」
「カカカッ!実に物分りが良い奴で助かったわい」
3人の実験体は、こちらに構えを向けたまま、じっと見つめていた。
「少しだけ質問してもいいですか」
「カカッ」
「この子達はなぜこんな所に……?」
「施設から逃げ出したんじゃわい。いつもなら放っておくのじゃが、今回ばかりはちと事情が変わってのう」
「事情……?」
「奴らは実験体の中でも特に優秀でのう。子供ながらにして動の気の解放に成功したサンプル。故に貴様と奴らをぶつければ面白いものが見れるのではないか、と」
ちょっと待ってくれ、と。今なんと言った?
祐佐久は動揺する。
――動の気の解放に成功した――
理解は出来たのだが、その処理に追いついていない。いや、追いつくことを身体が拒んだのであろう。
ここに来て最悪の文言を聴いてしまった。
つまり、彼らは、彼ら3人とも気の解放に成功した子供達と今から闘え、と。多対一に加え、相手は動の気を解放しているのだ、と。
気がつくと、ジュナザードは既に地面にはおらず、木の枝に腰を下ろし、懐からスターフルーツを取り出し、黙々と食していた。
退路はもうないようだ。
後に引けば見区切られるに決まっている。
前に行けば、生の殺気をこちらに向ける3人が。
少しだけジュナザードという人物を甘く見ていた自分をぶん殴ってやりたい。
邪神が邪神と呼ばれる所以はここにあるのか、と言葉を洩らす。
しかし、きっとこれは人生に於けるターニングポイントの1つだと理解した。これを乗り越えれば、一皮むけ、武術家として大きな一歩を踏み出すことが出来る。が、失敗すれば命は確実に落とす。
なんともまぁ、極端なターニングポイントであるが、息を整え、祐佐久は構えをとった。
「さぁ、ユウサクよ」
「死合えい!!」