光に生きる闇人 作:ギグC
祐佐久はよく征太郎と焚き火をして、共にサツマイモを食べたものだ。
祐佐久は征太郎と共に山奥で暮していた。それ故に秋の過ごし方は落ち葉を掻き集め、焚き火をするか、一人で山を散策して紅葉を楽しむかであり、行動がかなり限られていた。それ故に〝焚き火〟に関しては人一倍思い入れが強い。
毛布に包まりながら、縁側に腰を降ろし、祐佐久は寒空の中で練習に励んでいる逆鬼、秋雨、アパちゃいの姿をブルブルと震えながら眺めていた。
これでは焚き火をしてくれる様な人はいないな――祐佐久はそう悟る。
剣星はというと、熱い緑茶を飲みながら、もう片方の手にはエロ本を持ち、時折「ムフフ」という様な声を上げながら祐佐久と共に座っている。
「ねえ、剣星さん。剣星さんは練習しなくていいの?皆練習してるよ?」
「ムフフ、ちょっと待ってね!今は手が離せない、否!目が離せないね!!」
「うーん……」
梁山泊に住み始めて二週間以上経った今、ここの生活にも何となくだが慣れ始めた所であった。朝は四時前に起こされ皆は練習に励むが、その間に祐佐久はというと、料理は余り得意ではなかったが、自主的には美羽の料理の補佐をする事となる。
特にする事もなければ、すべき事もない。それ故に美羽の手伝いを行う様な流れになる事は当たり前であった。
美羽にとってもこれはかなりのアドバンテージがあり、今までかなり時間が掛かっていた食事の準備も今までより半分程の時間で済む様になったのだ。
その朝食の準備も済むと、次は昼食、それが終われば夕飯の支度だ。その間の何も無い時間といえば、皆の練習の風景を眺める事が早くも日課となりかけていたのである。
「剣星さん、なんか、暇です」
「おいちゃんも漸く読み終わったね。あぁ、やはり若い子はイイね♡あのお尻の曲線美が――」
「剣星さん!暇です!焚き火でもしましょうよ。日本の秋といえば焚き火ですよ」
「んー……焚き火とはまた随分と古風な子ね。今どき焚き火――たまにはいいかもね。おいちゃんと買い物序に落ち葉を集めに行くかね?」
「やった!行くよ!早く行こう、すぐ行こう、今すぐ行こう!」
世直しからの一時的な休憩で休んでいる長老に、剣星は一言掛けるとすぐさま祐佐久に手を引かれ、剣星達は市場の方面へと向かった。
二人の手を繋ぐ様はさながら孫と祖父であり、剣星は終始、どこか懐かしい様な表情を浮べていた。
暫くして八百屋へと差し掛かかり、祐佐久は全速力で駆け出した。
「これこれ、そう慌てないね」
祐佐久は信号が青になり、道路に差し掛かかったが勢い余り転げてしまう。剣星は表情さえは何一つ変えなかったが、内心不安で仕方が無かったが、(子供は怪我してなんぼね)と結論付ける。
若干、膝を擦りむいたのであろうか、膝を抑えながら祐佐久は徐に立ち上がる。
次の瞬間、すぐ側の曲がり角から不良が運転を荒げ、祐佐久の目の前へと姿を現した。
不良側もかなり調子ずいているようで、人を轢きかけているにも関わらずスピードを一ミリも落とさない。寧ろ、轢いてやると言わんばかりのスピードで、祐佐久目掛けてアクセルを全開にし、直進した。
「どけどけどけ!轢いちまうぞ小僧!!」
「――!!」
迫り来る車から逃げようにも咄嗟の事で身動きが全く取れず、只只反射的に目を瞑る以外他に選択の余地は無かった。
周囲の者達も彼がはね飛ばされる事を予期し、皆これが彼の最期である事を確信する。
しかし、数秒後。その場に居合わせた全員が自身の予期していたものとは全く異なった結果となってしまった。
「
極拳の一手である技を剣星は繰り出した。
元は敵の防御をこじ開け、足から送り出された力を背中の筋肉で増幅させて放つ双掌打であるが、今回相手は車である。しかし剣星は地面からピクリとも動かずに、ある程度の重さにそれなりのスピードで突っ込んで来たにも関わらず、一塊の鉄を真正面から受け止め、更には進行方向とは逆ベクトルの方向に車を吹き飛ばした。
これには当事者である祐佐久も度肝を抜かれ、地面に腰を下ろしたまま口をポカーンと開けていた。
「大丈夫かね?」
「あ、えっと、腰が抜けて……」
「ほら、手をかすね」と、剣星はそう言うと笑みを浮かべながら祐佐久の右手を取り、ゆっくりと引き上げる。
周りの人たちも驚きを隠せてはいないが、それ以上に驚いている人物は祐佐久であった。
まだ梁山泊に住み着いて二三週間程度しか経っていないが、ある程度は皆の行動を子供ながら把握している筈であった。
梁山泊の豪傑の練習、
しかし、実際に起きたことは自分の予想に反し、小柄な剣星がなんと迫り来る車を吹き飛ばしてしまったのだ。
その時になって初めて剣星のすごさを体感した祐佐久である。
「ん?どうしたね、早く落ち葉を集めようね」と剣星に声を掛けられ、今まで上の空であった祐佐久は、やっと我に帰った。
「剣星さん……」
「どうしたね?」
「剣星さんって、ただのスケベで役立たずのおっさんじゃなかったんだね!さっきは助けてくれて本当にありがとう!僕、剣星さんのことを見直しちゃったよ!!」
「え……おいちゃんはユウちゃんにとっては只のスケベえで役立たずのおっさんだったのかね……。おいちゃん超ショックね……」
「落ち葉も集まったし帰ろう!」と祐佐久は剣星の手を引っ張り、家路に着いた。
帰り際に、剣星は終始項垂れながら〝おいちゃんは只の変態で役立たずなおっさんかね……〟と、ドラクエの復活の呪文の様に唱えていた。
〝おっさん〟と〝役立たず〟という単語がかなり響いたらしく、明日からは祐佐久の目の前でも少しは努力している様を見せなければな――と、しみじみ思った剣星である。
梁山泊に着くや否や早速、祐佐久は剣星と共に掻き集めた落ち葉を庭にぶちまけた。丁度、美羽も午前中の修行がたった今終わった所であり、興味津々の様子で祐佐久の背後からヒョコッと顔を出し、その様を眺めている。
「祐佐久さん、一体何をしてますですの?」
「これはね、焚き火といって日本の秋のふーぶつしなのさ!」
「焚き火――ということは火を使って燃やしますのね。私も一度だけ経験がありますわ!お爺様と山ではぐれてしまった際に落ち葉を集め、燃やした事がありますの」
「そ、それは大変だったね。でも今回はそれとは全然違うよ」
祐佐久は駆け足で長老の元へと向かい、火の使用許可を得ると、台所からライターを持ち出して早速落ち葉の山に火を付けた。
そして、買ってきたバカリのサツマイモをアルミホイルに包み、燃えたぎる落ち葉の中に放り込む。
「ま!何してますですの!?」
「フッフッフ……焚き火のだいごみとはつまり……」
「つまり……何ですの?」
「サツマイモを焼いて、皆で焼き芋を食べる事なんだ!!」
「そうなんですの?」
「そうだよ!」
そこから祐佐久のサツマイモについての熱弁が数十分間続き、終始退屈そうな美羽の表情を眺める事が出来たのは、言うまでもない。
祐佐久の熱弁が終わるまでの間にはサツマイモは焼き上がり、その間美羽は何度も何度も生あくびを繰り返していた。
焼き芋の臭いに釣られ、アパちゃいと時雨も同時に顔を出す。
「ワーイ、焚き火よ焚き火!これ美味しいのカヨ!」
「違うよ、アパチャイ。この燃えている中にあるお芋さんを食べるんだよ!」
「ワーイ、おイモよ、おイモ!」
芋が完璧に焼き上がると、祐佐久は秋雨から軍手とアルミ製の取手を拝借し、若干燃え上がった落ち葉の中から掻き出し、そして美羽と祐佐久の二人はそれぞれ皆に焼き芋を配った。
祐佐久、美羽、時雨にアパちゃいは一列に仲良く縁側に並び、残りのメンバーは居間で焼き芋を食べ始める。
「時雨さん、美味しいですか?」
「う……ん」
「ふぅ、良かった良かった」
アパちゃいは早速だが焼き芋を全て平らげてしまい、横に座っている祐佐久の焼き芋を物欲しそうに見つめていた。
それに気がついた祐佐久は自らの身体を盾にし、焼き芋を庇うようにして食べ続ける。
「アパー……」
「モグモグモグモグモグ――(早めに食べないと……)」
「ユウサクー……アパちゃいにすこーしだけ頂戴ヨ」
「モグモグモグ――!(嫌だね!)」
刹那、祐佐久の手元にあったはずの焼き芋は既にアパちゃいの手中に収められていた。
二週間の間に、祐佐久とアパちゃいの間では食事に関する〝領土問題〟はたまた〝戦争〟が何度も何度も勃発していた。
目にも留まらぬ早さで祐佐久の焼き芋も強奪したアパちゃいは、途端に走り出し、祐佐久が追いかけ回すという梁山泊では見慣れた光景が繰り広げられる。
「オッホッホ、あの二人は仲がええのう」
「本当に」
「全くね」
「全くだぜ」
祐佐久達が外でワイワイとはしゃいでいる姿を居間から覗いていた彼らは、とある事についての議論をし始める。
その事とは――祐佐久の苗字についてのであった。
ここに来てから早くも二週間経ったが、祐佐久は自分の苗字を頑なに述べようとしなかったのだ。
何度秋雨や長老達が尋ねようとも決して答えずに、いつもはぐらかされ、別の話題へとすり替えられてしまう。
「んー……何故、彼は頑なに苗字を言おうとしないのか――それが疑念に思いまして」
秋雨の問いかけに対し、長老は「何か事情があるのかのう?」と応え掛けた。
「なんだろうな。んー、あれじゃねえか、どっかのお偉いさんで名前を言いたくないんじゃねえのか?」と、熱燗をクイッと飲み干しながら逆鬼はそう述べる。
だが、何故どこかのお偉いさんの息子が名前をひた隠しにする必要があるのであろうか。
もしも隠す必要があるならば、それなりの理由がある筈だ。仮にも、豪傑が集う梁山泊に預ける程であるから、命が危ない等の理由があるのであろう。
しかしだ、では何故梁山泊側に直接コンタクトを取らないのであろうか。
「うーん……困ったものだ」
「秋雨くん、その前に彼は一体何故梁山泊に来たのだと思うかね?彼の様な幼い子供が我々を知っている様には到底思わんくてのう。
それに、仮にワシらの事を知っていたとしてもワシらに心内を隠しきれる訳がなかろう。じゃが、彼の心を幾ら詠んでもその様な事は全く隠してはいなかった。
彼は武術も何もやって無い様じゃし、一体何故此処を選んだんじゃろうか」
「確かに。可能性があるとすれば、我々の事を少なからずとも知っている者が彼を預けた――と考えるのが筋でしょうなぁ」
いくら時間が経とうとも議論は結論に決して至らなかった。珍しく逆鬼も乗り気になり、終始、秋雨、逆鬼、長老の三人は話し合いを続けていたが、全く話は纏まらなかった。
そして、剣星は漸く口を開き、ある事を提案した。
「いやいや、流石にそれは違うだろ」
「そうかな。私はこう思うが――……」
「酷く難航しているようね」
「チッ、やっと口を開きやがったか」
「おや、剣星も何か思いついたのかい?」
「そうね、最高にして最強の考えを思いついたね」
剣星の言葉を聞いた途端、秋雨と逆鬼はかなりの食い付きを見せた。
かなり剣星が伸ばすので、逆鬼がイライラし始める。
「なんだよ、剣星!早く勿体ぶらずに言えよ!」
「まあまあ、そう焦らんね」
「分かったから早く言え!」
「その最高にして最強の考えとは――」
皆で問い詰めるね!!
その場に居合わせ皆が瞬間だが、呆気にとられた。
「あ、別に脅迫しようとか全く思ってないけど……そろそろユウちゃんも心を開いてきたに違いないね。そろそろ話してくれるに違いないね!
幾ら考えていても所詮は机上の空論、目の前の美女に声を掛けようか迷っていたら去ってしまうのがモノの道理というものね!」
だが、結論は出たようだ。
「よし、それでは夕飯前に聞いてみようかのう」
「ええ、そうですな」
「ユウちゃんならきっと話してくれるに違いないね」
「おいおい、本当に大丈夫かよ……」
夕飯前に全員から問いただされるなど微塵も思ってもいない祐佐久である。
外で無邪気に走り回る祐佐久を眺めていた美羽であったが、居間の方から何やら不吉な気が醸し出されているのを感じ取り、ブルブルと震えるのであった。
そして時刻は午後六時を回り、美羽の夕飯の手伝いをしていた祐佐久は急に呼び出され、若干不審がりながら居間に急いで向かった。
去り際に、美羽から「グッドラックですわ」といわれ、まだボキャブラリーが少なく、意味が分からなかったが、かなり不安になった祐佐久である。
「し、失礼します」
居間に入り込むと、時雨を除いた梁山泊一同が怪訝な表情を浮べ、祐佐久の眼前に佇んでいた。
「して、祐佐久君。君にちと尋ねたい事があるのじゃが」
「は、はい……何かやらかしましたっけ?」
「いやいや、何もやらかしてはないぞい。ただ、質問があってのう。
祐佐久君、君の苗字を聞きたいのじゃが、何故君は頑なにワシらに言おうとしないのじゃ?何かどうしても言えない問題でもあるのかのう?」
長老に質問され、祐佐久は下を向いてしまう。
別段、苗字を名乗ることはいいのだが、実はそれなりの理由があり、二週間近くその話題については避けていたのだ。
「あの~長老さん……」
「どうしたのかね?」
「苗字ですよね……実は――
「僕、自分の苗字、知らないんですよ……」
祐佐久の言葉を聞いた一同の時間が、瞬間だが止まってしまった。
まさかの返答に、長老も驚きを隠せないでいた。
そして、祐佐久は自分が何故此処に来たのかを、余り詳細では無かったが、大まかの事を説明した。
しかし、その当時祐佐久は征太郎が闇に属しているなど知らず、加えて梁山泊側も征太郎について何も知らなかった。
後に梁山泊側が征太郎について知る事となるのは、かなり先の事になる。
「なるほどのう。もしも苗字が無いなど知られてしまっては、警察に厄介となると思ったのじゃな」
「ほ、本当にごめんなさい!――征太郎にも絶対に警察の厄介にはなっちゃいけないって言われてて……本当にごめんなさい!」
祐佐久は土下座をし、何度も何度も頭を下げた。
もうダメだ、追い出されてしまう――祐佐久は覚悟を決め、その場を後にしようと思い、立ち上がる。
「これこれ、祐佐久君、一体何処に行くのじゃ。ワシらは別に祐佐久君を警察に突き出したり、ここを追い出したりは決してせんよ。
今後とも梁山泊に居たいだけいなさい。皆もうぇるかむじゃよ。のう?」
「ええ、構いませんよ」
「ヘッ、俺はどっちでもいいぜ」
「おいちゃんは大歓迎ね!」
「アパちゃいも、大感激ヨ!」
まさかの返答に、祐佐久は未だに言葉を飲み込めずにいた。やがて状況を理解し、祐佐久の涙の決壊は完全に崩壊してしまう。
「長老ぉぉぉおおお!!」と叫び、長老の懐に飛び込み、祐佐久はオイオイと泣き声を荒らげながら、皆に感謝した。
「ほんとうにありがとうございますぅぅううう!!」
「オッホッホっほ、本当にユウちゃんは甘えん坊じゃのう」
騒ぎを聞きつけた美羽が居間へと駆けつけると、奇妙な光景が広がっていた。
大声で泣きながら長老に抱き着く祐佐久の周りに、梁山泊のメンバー一同が笑いながらその様を眺めている。
「か、カオスですわ……」
一体この状況は何なのだ、と美羽は不思議に思ったが、火に掛けっぱなしの鍋がプシューとガタガタと音を立て、すぐさま台所へと再び戻る美羽であった。
準備が整った料理をお皿に盛り付け、ようやく晩御飯の支度が完了する。
「ふぅ、とりあえず準備が出来ましたわ!」
「ご飯出来た……の?」
「あ、時雨さん。少しばかり手伝って下さいますか?」
「いい……よ」
今日も梁山泊は平和なようだ。
明日も、明後日も明明後日も、同じように平和な毎日が続いて欲しいですわ――と、ニンマリと笑を浮かべる美羽であった。
「何か……嬉しい事……あった?」
「いえいえ、ただ――」
「た……だ?」
「平和が一番ですわね!さぁ、ちゃっちゃと運んでしまおうですわ!」
「りょうか……い」
ああ、これから更に」賑やかになるのかな――と、再びニンマリと笑みを浮かべる美羽であった。