光に生きる闇人 作:ギグC
祐佐久か梁山泊に来てから早くも一ヶ月と二週間の月日が経ったが、相変わらずだが暇を持余していた。
祐佐久は縁側でポケーっと座り、一同の修行を眺めていたいるだけである。
そこである事を思い浮かべた――この暇な時間をどの様に潰せばいいのか、と。
アパちゃいも剣星も遊んでくれる。しかし、毎日がそうであるとは必ずしも限らない。
剣星も修行に本腰を入れ出し、それ以外では声を掛けやすいが、修行中では気迫に押されてしまい、全く声を掛けることが出来ずにいた。
アパちゃいもフラッと一人で何処かへ出掛けてしまうし、本当に遊びたい時は大体不在である。
それ故に祐佐久のこの悩みはかなり深刻であった。
「はぁ、暇だなぁ――。今日はアパちゃいも剣星も居ないし……。秋雨は話がヤヤコシいし、逆鬼は顔が怖いし……時雨はいつも居ないしなぁ」
一人、深くため息を付く祐佐久であった。
寒い上に、これ以上ジッとしていては凍え死んでしまうと思い、祐佐久は目の前で巻藁を突いている逆鬼の真似をし始める。
先ずは自分が出来る限りの怖い表情を作り、そして柱に向かい軽く突きを放つ。
思いの外に何かがシックリと来たらしく、祐佐久は柱を突く事に無我夢中になった。
自分の真似をしている祐佐久が横目に留まった逆鬼であったが、特に悪い気は全くしなかった。寧ろ、いい加減に突きを放っている姿に苛立ちを覚え、逆鬼は祐佐久の元へと歩み寄る。
「おい」と、ドスの効いた声を背後から掛けられ、祐佐久の心臓が飛び出そうになってしまう。
真似をしていた事を叱られるのかなと思っていたが、どうやらそうでないらしい。
寧ろ、自分の突きに関して、逆鬼は的確な指示をくれたのだ。
「っーたく、何度も何度もいい加減に突くなよな。見ててイライラするぜ」
「ご、ごめんなさい……」
「あのな、突きってもんはな、もっとこう気持ちを込めて打たなきゃなんねえんだよ。己の拳が相手を貫いちまう様に打たないと意味がねぇぜ」
「こ、こうですか?」と、祐佐久は気持ちを込め、力一杯に壁に拳を打ち付ける。
「痛ッ!!」
「オイオイ、大丈夫かよ」
「だ、大丈夫です――今のパンチ、どうでしたか?」
「んー……ま、いいんじゃねえか」
「本当ですか!やった!!」と、祐佐久は無邪気に飛び跳ねる。
無愛想で、言葉使いが悪く、なんか怖そう。オマケに顔も怖い――これが逆鬼のイメージだ。
しかし、初めて褒め言葉を貰い、祐佐久はかなり嬉しくなり、それからというと付きっきりで逆鬼の練習を凝視するのであった。
それから二週間後〜
「秋雨、ちょっといいか」と、逆鬼は扉を開け、部屋に入り込むと、中央で腰を落す。
珍しい客人のお出ましだなぁ、と秋雨は不思議がったが、大凡の目星は既についていた。
「どうしたんだい。ま、一応目星はついているが――」
「それなら話は早ぇえや。祐佐久の事について何だが……」
「でも何故私に相談なんかを?」
何か言いにくい事があるのだろう、そう思い秋雨は問い詰めたが、逆鬼は下を向きながら依然として黙り込んでいた。出逢ってから年数は浅いものの、なかなか深刻な問題であるなと、秋雨は思いを巡らせる。
そして、逆鬼は閉じていた口を徐に開き出した。
「そ、そのよう……」
「どうしたんだい」
「なんか――恥ずかしいんだよ!」
「え」
「だーかーら!恥ずかしいんだよ!」
逆鬼が顔に似合わずナイーブな事も、かなりツンデレチックであるのも、時に顔に似合わずキザな事を言うようになった事も、そして表情が豊かになった事も――全てこの時からであった。
今では相当丸くなった様な印象を受けたが、昔は少しだけ寡黙であったらしい、と秋雨は付け加える。
話を戻すと、どうやら恥ずかしいらしい。
しかし、何が恥ずかしいのであろうか。
「一体何が恥ずかしいというのかい?付き纏われている事がかい?」
「べ、べ、別に付き纏われてることは嫌じゃねえよ!」
「それでは何が一体……」
「そ、それがその――……」
「なるほどねぇ。確かにそれは君らしい」
逆鬼が恥ずかしがった事――それは、自分の事を四六時中凝視を続けてくる祐佐久にどう接すればいいか、という事であった。しかし、接するとはいっても、逆鬼もここに来てから美羽に接し、比較的子供の扱い方には慣れている筈だ。
彼が本当に悩んでいたものは、接するは接するだが、別のことである。
「まさか、君が祐佐久に修行を付けてやりたいとは驚いたものだ」と、秋雨は笑いながら言い放った。
逆鬼は顔を赤くし、恥ずかしさを紛らわす為にポケットにあった瓶ビールを取り出し、グイッと飲み始める。
「ちげぇよ――でもよ、ただ見るだけなら別にいいんだ。俺もそれだけなら秋雨に声なんて掛けねえよ。その前に、そのー――奴に声を掛けようなんざ思いもしねぇ」
「ほう、それもそうか。何やら理由があるみたいだねぇ。流石の私でもそれは分からないなぁ」
「アイツはよぉ、俺の修行が終ったらスグにどっかに行きやがるんだよ。それが二週間も続くもんだから、流石に気になりだして、跡を付けてみたんだ」
「なるほどねぇ」
「そしたら奴は梁山泊の林に入って、一人で事細かに俺の真似をしながら木を突いていたんだよ」
意外な事実に秋雨も驚いてしまう。
確かに、祐佐久が逆鬼を凝視していた事は気付いていたが、彼自身が逆鬼の真似、基修行チックな事を行っているとは思いもしなかった。
今まで秋雨自身も余り祐佐久とは関わりをもっていなかった。剣星やアパちゃいに任せっきりであり、これから少しは気にかけてみようと、一人ヒッソリと心に誓った秋雨である。
「なるほどねぇ――まさか一人で逆鬼の真似を行っていたとは……」
「それが数分だけならいいんだよ。アイツは何時間も真似をするもんだから、殆ど修行に近いんだよ。
だから、その〜……そろそろ声を掛けてやってもいいのかなーって」
顔を赤らめながら、逆鬼はそう言った。
酒を飲んでいるのもあり、余計に赤くなっている。
「でだ、どうやって声を掛けてみればいいと思う?」
「普通に掛けたらどうだい?」
「普通がわかんねぇんだよ!」
「例えばあれさ、一人で逆鬼の真似をしている時に声を掛けるのはどうだい?」
「おぉ!ナイスアイデアだぜ!それを明日試してみるわ!ありがとな!!」と言い残し、逆鬼は秋雨の部屋を後にする。
「やれやれ、逆鬼もかわいくなったものだなぁ」
窓から流れゆく雲を眺め、秋雨はフッと笑を浮かべながら呟くのであった。
数日後――
皆で朝食を囲みながらいつもの様な光景が繰り広げられている。
逆鬼はというと、少しだけ窶れており、目の下にはクマが架かっている。やはり寝てないのか、と秋雨は内心で呟いた。
そして、午前の修行が始まる。
皆がそれぞれの練習を黙々とこなすなか、逆鬼はどこかぎこちなかった。
理由は明白であり、午前の修行が終わった後、祐佐久が一人で自分の真似をしている時に、声を掛ける事が出来るのか不安になっていたのだ。
そして――やっとその時が来た
逆鬼の修行が終るのを見計らうと否や、祐佐久は足早に林へと向かう。いつもの定着につくと、早速だがブツブツと何かを呟き、祐佐久は逆鬼の真似をし始めた。
「確かあの時のパンチはこうやって……ってあれ?ここで少しだけ肘を内側に……何か違うなぁ。うーん……」
「バーロ、そこは脇をグッと締めんだよ!」
「は、そうか。あれは肘を締めるんじゃなくて脇を――って、その声は!!」
背後を振り返ると、逆鬼至緒が木にもたれかかっていた。そこで祐佐久は怒られるのではないかと思い、咄嗟に頭を下げる。
「ご、ごごめんなさい!無断で林に入っちゃって!」
「誰も怒りやしねぇよ。つっても此処はそんなに広くもねぇから大丈夫だ、安心しな」
「よ、良かったぁ〜……。あれ、じゃあなんで逆鬼さんがこんな所に?」
「いや、ベベべ別に、俺はその――ここをたまたま通りかかっただけだ!!そしたら偶然祐佐久がいたからアドバイスを掛けただけだぜ。
それにしてもよぉ、祐佐久。オメェー――いつも俺の事をジッと見てないか?」
祐佐久は今まで逆鬼を凝視していた事を全くバレていないと思っていた。しかし、実際には梁山泊一同が気付いており、バレていないと思っていたのは祐佐久だけである。
若干恥ずかしさが込み上げてきたが、今は恐怖心で満たされている。
何故なら逆鬼の真似事を黙って一人で続けていたからだ。
今となっては何故怒られるのかと問われれば甚だ疑問だが、当時の逆鬼のオーラが色々と迸っており、子供からすれば恐怖の対象であったらしい。それ故に黙りこんで彼の真似事が発覚した際には、死神に睨まれた様な気分であった。
下を向きながらプルプルと震えている祐佐久とは対照的に、逆鬼は上を向きながら顔から煙が出るほど赤く、熱くなっている。
「ゆ、ゆゆゆ祐佐久!!」
「ははは、はい!」
「ここ、これからは俺がしし、指導してやってもいいぜ!」
「指導?」
「だーかーらー……俺がお前に空手を教えてやるって事だ!!」
「――!!」
逆鬼のまさかの言葉に祐佐久は感動したが、一つ疑問に思う事があった。
「逆鬼さん!ありがとうございます!」
「いいって事よ」
「それで、空手ってなんですか!?」
まさかの言葉にズッコケそうになった逆鬼であったが、必死に堪える。
「そのーあれだ、武術ってやつさ」
「なるほど……。早速その〝カラテ〟を教えて下さい!」
祐佐久は逆鬼の手を引っ張り、逆鬼がいつも修行を行っている中庭へと足を運んだ。道中、終始逆鬼はニンマリとしていた事は言うまでもなく、悪い気は全くせず、かなり嬉しいご様子である。
中庭に着くと、縁側に腰を降ろしていたアパちゃいと剣星が、不思議そうに眺めている。
「アパー。サカキがユウサクと一緒にいるよー!」
「どうして至緒ちゃんとユウちゃんが一緒にいるか疑問ね……もしや!」
「どうかしたノかよ?」
「きっと至緒ちゃんがユウちゃんの事を脅したに違いないね」と、ニヤリと笑を浮かべる剣星であった。
すると、居間で二人の話を聴いていた秋雨は思わず声を上げて笑ってしまう。
「ハッハッハ、剣星の言う事が最もらしそうだが、あれには裏があってねぇ」
「あれ、秋雨どんは何か知ってるのかね?」
「実は――祐佐久君は皆に内緒で逆鬼の練習を見ては一人で逆鬼真似事、基修行チックな事を梁山泊の林で行っていたんだよ。
そして、それを知った逆鬼は祐佐久君の事を思い、どうやって声を掛ければ良いのかと私に相談してきたんだ」
「グフフフ……実に至緒ちゃんらしいね♡」
「外野は黙ってろぉぉお!!」と逆鬼は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
祐佐久はというと、道場にあった練習着を拝借し、着替えをすませると逆鬼の元へと向かう。
「よぉし、それじゃあ一丁始めるとすっか!」
「よろしくお願いします!」
「まず初めに一つだけ質問だ。どれくらい強くなりたい?」
祐佐久は悩んだ。
どのくらい強くなりたいか――質問はシンプルであるが、子供ながら祐佐久は頭を抱えて悩む。そこらの子供なら世界一等などありふれた言葉を考えつくが、祐佐久は少しだけ違っていた。
子供の頃から征太郎に育てられ、多少なりとも武術的思想が育まれており、闇に属していた征太郎から〝正義とは何か〟についても聞かされた事がある。話自体かなり難解であった。子供にそんな事を聞かせるなよ、と終始思っていた祐佐久である。
そして話がおわり、征太郎にとある質問をされる。
『祐佐久よ、どれくらい強くなりた?』
『その質問難しいよ』
『ハハッ、だろうな。これはかなり難しい質問であり、人によってはその答えは全くと言っていい程に相違がある』
『難しい話の後に難しい質問しないでよ!』
『まあまあ、そう怒るなよ。これは今後を生きて行く上でかなり重要な事となる。これについては絶対である言っていい。君がこの世界を生きて行く上で、私は君にハッキリと聴いておきたいんだ。
さぁ、考えは纏まったかい?祐佐久の答えが楽しみだよ』
『そんな急かさないでよ……。うーん……。
今まで色々とあったしなぁ。辛かった時や楽しかった時、寂しかった時もあったし、とても幸せな時もあったよ』
『ほう』
『僕の答えは――』
「答えは――……」
「おい、祐佐久。大丈夫か?」
「あ、え、だ、大丈夫です!ちょっとだけ色々と思い出して……」
「そうか、良かった良かった。でだ、答えは見つかったか?」
「僕は――僕は、大切な人達が僕の目の前で死んで欲しくないから……。別に僕が死んでしまうのはいいんだ。でも大切な人達が傷ついていくのを見たくない……。今は全然力なんてないけど……けど――僕は皆を守れるくらいに強くなりたいんだ」
「――!!」
祐佐久の言葉に、梁山泊一同の目付きがガラリと変わる。この答えには全員が心を打たれた。
まだまだ彼は幼い。それ故に逆鬼も普通の答えが返ってくると思っていた。しかし、祐佐久は皆の予想を上回る答えを出した。
座っていた筈の秋雨や剣星、そしてアパちゃいも立ち上がり、皆、祐佐久の元へと歩み寄る。
「祐佐久君、空手を始める前にぜひ私が稽古をつけてあげよう。柔術を土台にすればきっと空手もスムーズに進むはずさ」
「何を言ってるね秋雨どん!ユウちゃんはおいちゃんと共に中国拳法をする事になってるね!」
「敵をブッコロスならムエタイが一番ヨ!ユウサクもムエタイやろうよ!オモシロイ事間違いないヨ!」
「て、テメェら黙りやがれぇぇええ!祐佐久は俺のもんだぁぁあああ!!」
大の大人が子供の前でどんちゃん騒ぎをして揉めている。祐佐久はポカンとした表情で、その騒ぎを遠目から見守るのであった。
「んー……みんなどうして揉めてるのかな……」
「オッホッホ、皆元気じゃのう」
「あ、長老!」
長老も祐佐久の言葉を聴いており、皆が一斉に祐佐久の元へと集まる姿を遠目から見守っていた。
向こうでは祐佐久がいないにも関わらず、終始言い争っており、それが止む気配が全くもって感じ取る事が出来ない。
しかし隼人も何故、皆がこうも言い争って祐佐久に稽古を付けようとしているのかがよく分かった。
約二ヶ月余り過ごしていたが、皆が武術を彼に勧めるタイミングを逃していたらしい。
そして逆鬼の事があり、その後に声を掛けようかと思っていた矢先に、逆鬼の質問に対する〝答え〟を聴いて黙っては居られなくなったのである。
「長老、一体どうすればいいんですか?」
「ほおっておきなさい。いずれ収まるじゃろうに。ささ、昼ごはんの用意も出来たことじゃし、行こうかのう」
「は、はい」
その後、〝祐佐久に誰が稽古を付けるのか〟の言い争いは深夜まで続き、アパちゃいを除く三人は翌朝まで言い争っていたそうな。結局皆でルーティンを組む事となり、争いは事なきを得た。
そしてそう遠くもない未来に、ある少年に修行を付けるかを言い争いになった際に、もう一人加わり、争いが余計にヒートアップした事はまた別のお話である。