光に生きる闇人 作:ギグC
梁山泊で武術を習う事になってから、朝起きる事が苦痛になった。梁山泊の中では美羽の次に祐佐久は若いので、前日の修行の疲労がスグに溜まってしまう。
若者は疲れが翌日に響き、少しでも歳をとるとスグには疲れが溜まらないらしい。
しかしあの人達(梁山泊の豪傑)をみれば、その様に言われている事はどうでも良くなってしまう。
「おはようございます――」
「おはようね、ユウちゃん。さ、朝のお散歩もガンバね」
アレが散歩であると言うのだから梁山泊の一同は末恐ろしい。
目をゴシゴシと擦りながら祐佐久は、門の前で首を長くして待っている秋雨の元へと向かう。
門前には秋雨が車のぶっといタイヤの上に座り込んでおり、祐佐久がロープを自らの身体に巻き付けるのを今か今かと待ち侘びている。
「さあ、早く進みたまえ。今日のノルマは梁山泊の周りを五周済ませてから、この町を三周しようか」
歯を見せながら、ニコやかに笑う。
実に爽やかだが、言っていることは相当えげつない。
「え、五周ですか!?昨日までは三周だったのに……」
「ハッハッハ、一体何を言ってるんだい。君も成長するならばまた、修行も共に成長するのもさ」
「うぅ、やるしかないのか……」
「さあ、行くぞォォォォオオ!!」
朝四時であるので、出逢う人は新聞配達員や健康に気をつけている爺さん婆さんばかりだ。
その人達から見ても、タイヤの上に胡座をかいて座っている大の大人を子供が引いている姿は、虐待等を通り越して滑稽である。
仮に家に逃げ込んでもどの道修行がまっており、ノリノリの逆鬼に扱き抜かれてしまう。
〝前門の虎後門の狼〟はまだまだ可愛い方であり、これではまるで〝前門の秋雨後門の逆鬼〟である。どちらも狼や虎を遥かに越えて強いので、虎と狼を出される方が随分とましである。
「ハァ――ハア――……秋雨師匠!」
「ん、どうしたんだい?」
「どうやったら秋雨さん達の様に強くなりますか?」
「地道に修行を続けていれば、いずれ大成する筈さ。もう、君は梁山泊という崖から今まさに達人に成るべくして転げ落ちているんだからねぇ。底にあるのは成功か死のどちらかだ」
聴いた自分が馬鹿だったと思い、歯を食いしばりながら祐佐久は必死にタイヤを引くのであった。やっとタイヤ引きが終わると、今度は修行の中で最も楽な町内のランニングが始まる。
その時が唯一の癒しであるので、祐佐久は出来る限り次の修行に響かない程度に、かるーく流しながらランニングを行うのであった。
ランニングが終わる頃には既に朝飯が用意されており、梁山泊に着くと同時に祐佐久は御飯をありったけ腹の中に流し込むのであった。それでよく吐いたりしていたので、美羽にこっ酷く叱られたのはいい思い出である。
「ふぅ、ご馳走様でした!」
「祐佐久さん。少しだけ宜しいでしょうか?」
「あ、またですか。全然いいですよ!」
二人が向かった先は美羽の部屋であった。
部屋の壁に凭れ、祐佐久は若干眠気に襲われ、頭を右往左往し、辛うじてだが意識を繋ぎ止めている。そして美羽は本棚からとある本と、年季が入ったノートと鉛筆を取り出した。
「それでは今週分の献立を決めましょうですわ!」
「献立かー……。今日はもう決まっているの?」
「うーん――確か、昨日残ったお野菜が少々、特売のお肉がまだまだありますわ。お肉は二日前の特売で買い込んだので安心ですわね。
問題はお野菜ですわ……。不景気とお野菜の高騰が被ってしまい、なるべく安く済ませたいですわね。今では家の家計は〝火の御車〟ですわ……」
梁山泊の経営・家計は全て美羽に任されていた。並の子供では到底なし得ないだろうが、彼女曰く『修行より全然らくで、寧ろ息抜きですわ』とのことである。いやはや風林寺家の血は恐ろしい。
祐佐久は美羽を心配し、自ら率先して修行の合間に家事や炊事を手伝うのであった。
今、二人は週に一度の作戦会議を催している真っ最中である。同年代の友達がいない美羽にとって、祐佐久は良き遊び相手であり、また良き理解者であった。
「ふぅ、やっと終わりましたわね。今日はこれで解散!ですわ!」
「んんー……やっと終わったぁぁああ」
「それじゃあ、またお昼頃に」
「はい、じゃあまた後で」
美羽の部屋を出ると祐佐久が向かった場所は秋雨達の部屋がある離れであった。
古びた階段を登っていると、いつも通りえろ本を手にしっかりと握り締めている剣星が横を通り過ぎる。一見すれば、スキが有るように思われる。しかし、一同だけ背後からボールを力一杯投げ付けると、すんなりと交わされてしまった事がある。
それからというと、剣星が通り過ぎると、絶対にイタズラしてやろうと心に決めた祐佐久であった。
今回は前々から用意していた泥団子を離れに向かう途中に拵えてきており、準備は万端である。
「スキあり!」
「甘いね!」
泥団子をコロの原理を利用した〝化勁〟でスピードをいなし、いとも容易く割れやすい泥団子をすんなりと手で受け止めた。
「くそぅ……」
「まだまだ功夫が足りんね。さ、エロ本の続きでも読むね♪」
剣星とのリアル通過儀式が終わると、祐佐久はアパちゃいの部屋の前に立ち尽くす。
アパちゃいの部屋には隠された〝財宝〟が眠っているのだ。部屋にこっそりと侵入し、部屋の隅の畳を持ち上げると、そこには大量のお菓子の山が存在する。
少しだけ取ってもバレないので、お菓子を拝借しすると部屋を後にした。
子供の暇潰しにはここは十分最適な場である。
道場のとある部屋の一角には、石製の投げられ地蔵がズラリと並んでいる。修行でも毎回毎回使うが、日に日に大きくなってきているので、初めは秋雨が言っていた事を信じていた。
しかしこの部屋を見つけた時にハッと気が付いたが、地蔵が成長するなんて馬鹿げた事を何故信じていたのかと今になり思う。
昼食をとり、一息ついた所で午後の修行が幕を開ける。ここからは一時間半毎にルーティンを組んだ秋雨達の稽古を受ける事となる。午前は基礎的なトレーニングであり、勿論筋トレは必要だが、今現在最も重要視されている部分は午後の修行の方であった。
「それでは祐佐久君、柔術の修行でも始めようか」
「はい、秋雨師匠!」
「今日のお題は――どうすれば相手の重心を崩せるかだ」
普通の子供であればこの様な問い掛けは難しく、駄々をこねるに違いない。しかし祐佐久は秘密裏に征太郎からの修行、基遊んでいたので技自体はいとも容易く会得してしまう。その際に色濃く小太刀使い独特の身体使いが現れてしまうが、それはそれで彼の武術的感覚を更に研ぎ澄ませる事となるのは少しだけ先のお話である。
本題に戻るが、先程も述べた様に祐佐久は技をスグに会得してしまった。それもあるが、何よりも祐佐久は頭を使うことの方がどうも好きらしい。
一度、秋雨の部屋で見つけた中学生様のドリルを見て、かなり興味を持ち、其処からは秋雨に勉学の教えを乞う程になったのだ。
「うーん……難しいなぁ」
「ハッハッハ、君くらいの年齢の子供にチト早すぎたかな?」
「自分の動ける範囲から重心がズレたら崩せる……とか?」
「当たらずしも遠からずだ。さぁ、考えるよりも先に生身の身体に刻み込んであげよう!」
それから一時間半の間に、祐佐久は数える事が出来ない程に投げ飛ばされ、そして重心崩すという事を幾度と無く経験した。
基本的に食らった技の感覚は翌日になっても覚えており、寧ろ技を食らうことに自ら重きを置いていた祐佐久は、かなり飲み込みが早かった。やはり征太郎が幼い頃から施してきた武術的思考・理解力は群を抜いてズバ抜いていおり、祐佐久の潜在能力は梁山泊一同が認める程であった。
秋雨の修行が終わると、次の修行は逆鬼の修行である。しかし今日は生憎だが席を外しており、剣星の修行へと移った。
「さて、始めるかね」
「えーっと、確かこの前は〝はきょくけん〟でしたっけ?」
「そうね。八極拳ね。今日は八極拳の基本となる技〝震脚〟について教えるね」
「〝しんきゃく〟ですか?」
「震脚とは、地面を強く踏み付けるようなような踏み込みの事を指すね。 八極拳では一撃の威力を極限まで高めるための発勁のために、この震脚を用いた動作を多用する傾向にある。
最終的には動作を極限まで小さくしていって、相手が全く気が付かない程の動きで震脚同様の爆発力を生み出す事が出来るようになるね」
剣星の修行は面白く、とても分かり易い。そして上手いこと雨とムチを巧みに使い分ける。ここの技術は流石元鳳凰武侠連盟の最高責任者であり、十万人以上の門下生を抱えていた者である。
比較的梁山泊の中でも常識人であるので、良く秋雨や剣星に相談事を持ち掛けていたものである。
「さて、それでは震脚の訓練でも始めようかね」
「了解です!」
「とりあえず……町を三十周してくるね」
「さ、三十周!?」
比較的常識人だが、修行に関しては良心もへったくれもない。
この修行はキツイとか身体的にくるのではなく、精神的にかなり疲れてしまう。
剣星の修行は初っ端からこの様なものであり、どれも精神的に滅入ってしまいそうになる。初めの頃は町の人達にも奇妙な視線を送られてきたが、今ではすっかり馴染んでしまい寧ろ日常的な光景にまでなってしまった。とは言うものの、恥ずかしいものに変わりはない。
(ああ、殺してくれ。いっそのこと殺せぇぇええ!!)
二十周を過ぎた所で、先程までケラケラと笑い、コンビニエンスストアの前で屯っていた若干高校生位の不良達からの哀れみの視線が痛む。
終いには祐佐久に近づいて来て、買ったばかりのポカリスエットを貰うのであった。
嬉しい事には違いないが、何とも言えない気分になった事は言うまでもない。
「はぁ、はぁ……やっと、やっと終わったぁぁあああ!!」
「お疲れ様ね。それじゃあ次はアパちゃいの番ね」
今日を締め括る最後の修行は、アパちゃい直伝のムエタイであった。
裏ムエタイ界の死神と恐れられている、アパチャイ・ホパチャイであるが、実際には心優しき者である。子供や動物達から好かれ、彼の周りには自然と人が集まってしまう程の不思議な優しいオーラを醸し出している。
祐佐久は一応だが子供扱いになるので、反射的に手加減を繰り出すアパちゃいである。しかし、将来的に祐佐久は少々痛い目を見ることは必至である。
「さー、ユウサク!ムエタイやろうよ!」
「うん、アパちゃい!今日は一体何をすればいいの?」
「今日はスパークリングをするヨ!」
「スパークリングって何?」
「ただただ殴り合う事ヨ!」
秋雨と剣星は、オイオイとツッコミを入れるが、あながち間違ってはいないので特に横槍を刺すこともなく、いつもの様に時間が経過するだけであった。
ボクシングとは似て異なるムエタイ独特の構えを取り、前後に六対四の割合で重心を掛ける。ムエタイでは〝蹴り〟や〝肘〟を重視して闘い、パンチ等は蹴りや肘等に繋げる役目を担ってる。
そんな事を一切しらない祐佐久であったが、アパちゃいの真似をしている内にシッカリとした構えを取る事が出来るようになり、肘打ちや蹴りのフォームも次第に様になっていくのであった。
「レウレウレウ!」
「うぉぉぉぉおおお!!」
「そこで避けるヨ!」
目にも止まらぬスピードのフックが祐佐久の霞目掛けて飛んで来たが、肘でアパちゃいのパンチをガードすると、カウンターを合わせる様に〝ティーソーク〟を繰り出す。
カウンターを合わせる様になった事は賞賛する以外ほかに無い。しかし、そこで慢心していてはまだまだである。
「ティーソークはこうヨ!」
「え」
次の瞬間、アパちゃいの右肘が祐佐久の眼前まで迫っていた。
死を覚悟したが、やはり相手は子供であるので肘がインパクトする瞬間に力を完全に殺しきり、アパちゃいの肘は優しく祐佐久の肌に当たるのであった。
「うぅ、死ぬかと思った……」
「大丈夫ヨ!アパちゃい、〝鉄仮面〟バッチしよ!」
「て、鉄仮面?」
アパちゃいとの修行が漸く終わる頃には、そろそろ陽が落ちようとしている頃であった。終わりと共に祐佐久は口をプクーと膨らませ、台所で待ち侘びている美羽の元へと急いで向かう。
祐佐久が着いた頃には既に下準備が済んでおり、やってしまったと内心申し訳ない気持ちで一杯になるのであった。
「もぉー!遅いですわ!」
「ごめんなさい、その、アパちゃいさんとの修行が長引いてそれで……」
「まあ、別に怒ってなどいませんけどね〜ですわ」
「ほ、本当かな……?」
「ささ、早く済ませてご飯を食べましょうですわ」
今日の晩御飯はトンカツにお味噌汁、煮物に昨日の残り物の煮付けであった。あれ、この献立はかなり豪勢ではないのかと疑問に思うだろう。梁山泊の家計は勿論厳いが、そこまで収入が少ない訳ではない。
梁山泊の主な収入元は、剣星が経営している鍼灸院と秋雨が経営している接骨院、そしてたまに逆鬼に入る警察からの依頼等等の収入から成り立っている。
梁山泊一同の食事は何処ぞの石〇さん家の家族の倍の倍掛かってしまう事も少なくはない。
「さ、皆さんご飯ですわよー!」
こうして梁山泊の一日が幕を閉じるのであった。
「あ、ユウサクのトンカツの方がちょっと大きいよ!」
「ちょっ、取らないでよ!」
こうして梁山泊の一同が幕を閉じるのであった。