光に生きる闇人 作:ギグC
ここはスポーツ化した武術界に馴染めず、武術を極めてしまった達人が集う場所――その名は梁山泊。
そこではとある少年が必死に修行に励んでいた。
現在、彼は秋雨が作の面妖で禍々しい機械の真ん前で立ち尽くしている。
「あ、あの……これは一体……」
「これは瞬発力と持久力を一緒に鍛える事が出来るまっしーん――その名も〝地獄絵図1号〟だ!」
(ああ、この人そろそろネジ1本ぶっ飛んできたな。これじゃあ修行よりも拷問だよ……)
「アッハッハ、何を言ってるんだい。君に修行を付けてから早くも6ヶ月が経ったよ。それで私は前々から温め続けていた〝地獄絵図1号〟をやっと君に実けん――試す時が来たのだよ」
心を読まれた事に驚きを隠せないが、それよりも目の前にある異彩を放っているマシーンに目が離せない。
〝地獄絵図1号〟はランニングマシーンとは似て異なる機械だ。普通なら途中で抜け出せるが、これは1度入ってしまえば鉄格子で幽閉され、速度は最初からフルスピード。そして鉄格子に触れた瞬間に電撃が流れる。
余りにも非人道的なこの殺人的機械をトレーニングマシーンだと断言する秋雨のマッドぶりにはたじろいでしまう。
元より投げられ地蔵の頃からその片鱗を見せられていたかもしれない。
「さぁ!〝地獄絵図1号〟起動だぁぁぁぁあ!!」
秋雨の叫び声と共に祐佐久は我先にとその場を後にする――が、逃げ切れる筈もなく逆鬼に連れ戻される。
「さ、逆鬼師匠!僕を殺す気ですか!?」
「バーロ、これは愛のムチだぜ」
〝アメは何処へ〟これが祐佐久の辞世の句である。
阿鼻叫喚ならぬ
「あぁぁぁぁあ!お助けぇぇぇええ!!」
「さて、このトレーニングをたったの――1時間続けてみようか」
爽やかな笑でえげつない内容の事をサラリと言い残し、秋雨はその場を後にする。
梁山泊での修行をいとも簡単にこなしてしまう祐佐久であり、この頃は少しばかり刺激が欲しいと口々に呟いていた事が敗因基全ての元凶である。
(ああ、これからは無闇矢鱈に呟いかないでおこう)
叫び声つつも黙々と修行をこなす祐佐久を見ていた逆鬼であったが、突然一張羅の中から着メロが鳴り響く。
「おっと、電話か」
ふと電話番号を確認すると、若干面倒くさそうな顔をし、その場を後にしながら電話に出る。
「もしもし。あ、おっさんか。――……なるほどな、そういう事か。その依頼乗った!今日は久し振りに大暴れ出来そうだぜ!――了解、じゃあ昼頃に」
電話の内容をあらかた予想した秋雨は、一応だが逆鬼に内容を尋ねてみる。
「おや、仕事の依頼かい?」
「あ、ああ。ちょーっとな」
「本巻警部からかい?」
「まぁー……そんな所かな?今日の昼頃におっさんが訪ねてくっから、それまではテキトーに暇でも潰すかなァ」
絶賛奮闘中の祐佐久をチラリと確認し、秋雨は黒い笑みを浮かべ出した。彼が笑みを浮かべる時は大抵何やら〝事〟を企てる時に限っている。祐佐久が来てからというもの、その笑みは増す一方であった。
フッフッフと低い声を上げながら笑っている秋雨を横目に、逆鬼は若干だが祐佐久が不憫であるなと考える。
「逆鬼君――」
「な、何なんだよ」
「すこーしだけ提案が有るのだが……」
「――おぉ、それは面白そうじゃねえか!」
「フフフ……だろう?」
「よし、乗った!」逆鬼の何かを決断した声が辺りに散漫する。その時の祐佐久は彼等の事をまだまだ把握してはいなかった。しかし時が経つにつれて次第に(鬼畜であると)理解する。
「それではこれの修行が終わった後に――」
「へっ、〝表社会見学〟――面白そうじゃねえかよ!」
「こらこら、まだ言っちゃいかんよ。一応だが祐佐久君には悟られぬ様に行動せねば」
「やべ、今の聞こえちまったかな」
二人は同時に振り返るが、微塵の心配も無用であった。あの非人道的マシーン基〝地獄絵図1号〟は、10分置きに早くなるという鬼畜仕様であり、今まさにギアが上がった直後である。
「ちょ、待って、さっきより早い……」
遠方から秋雨の解説が入るが、既に時遅し。今更その様な事を述べた所で非人道的マシーンは止まりやしない。
祐佐久の悲鳴が更に強まるのを確認すると、秋雨は握り拳を作り小声で「よし!」とガッツポーズ。
え、今ガッツポーズしたよね?と言わんばかりの表情を秋雨に向ける逆鬼であった。
「や、やっと終わった――」
「お疲れ様ね。これでも飲んで元気出すね」
「け、剣星さん……あんたは何ていい人なんだ!!」
「フッフッフ、おいちゃんは比較的此処ではまだマシな方ね。そいじゃ、昼飯が近いから着替えを済ませておくといいね〜」
剣星から貰ったアクエリアスをゴクゴクと飲み干した。若干アパちゃいの視線を感じたがそれはガン無視だ。ここではアパちゃいの視線をイチイチ気にしていては生き延びる事が出来ない。
「ふぅ――」
春風に吹かれながら地べたに寝転ぶ。
草木が青々と生い茂る季節になり、庭に咲いている桜が本当に美しい。
確かあの桜は秋雨が何処かのお偉いさんに気に入られて贈呈されたものだそう。記憶が正しければ、何処ぞの御国のお偉いさんに秋雨作の美術品をプレゼントした所、非常に感激されたらしい。しかしだ。祐佐久はそんな事を知る由もなく、秋雨の書斎に出入し、木製の玩具(骨董品)を持ち出して遊ぶのであった。
秋雨曰く〝ああ、それはただのお遊びで作ったものさ〟である。
ふと主屋の方に視線を注ぐと、何やら美羽がせっせと荷造りをしている様だ。
「美羽さーん!何してるんですかー?」
「――――」
「おーい!」
「――――」
どうやら声が届いていないようである。それよりもかなり集中している様だ。
荒方長老が世直しの旅に出るのだろうな、と。これが自分の荷造りであると微塵も思わない祐佐久である。
若干春の陽気のせいで寝かけていた祐佐久だが、秋雨に呼ばれ渋々だが主屋へと足を運ぶのであった。
扉をガラガラと開けると、逆鬼がリュックサックを片手に持っている。
「あれ、逆鬼さん」
「おせぇよ。さ、行くぞ」
「え、僕も――って、何処に!?」
状況を全く把握出来ずに、パチパチと何度も瞬きをする。それもその筈急に出掛けるなど梁山泊に来て一度も無かったからだ。
祐佐久君――と、秋雨が低い声で名前を発声する。
「な、何ですか?」
「たまには祐佐久君にも休暇をとってもらおうと思ってねぇ。今から逆鬼と出掛けて来ると良いよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ハッハッハ、私が嘘を付くわけないだろう」
予想外の出来事に辺りを駆け巡る祐佐久である。その様を伺い、提案して良かった、と小声で呟く秋雨である。それと同時に祐佐久に同情する逆鬼である。
「で!何処に行くんですか!?遊園地!?ユニバ!?ディズ〇ー!?」
「そんじゃそこらのテーマパークよりズッーと凄い所だよ」
「まじですか!」
「〝おおまじ〟さ。すりる満点のアトラクションがあり、そこら辺の子供達は絶対に経験する事が出来ないんだ!オマケに普通の大人も行けない様な所に君は脚を運ぶ事が出来るんだ、ヤッタネ、ラッキーだね!」
それが一時間前の出来事で、今現在彼等はとあるビルの一室に有るとある会議室の椅子に腰を降ろしている。
「何がテーマパークよりもずっといいんだ……」呪文の様にブツブツ呟く祐佐久を横目に逆鬼は何故か申し訳ない気持ちになるのである。
顔に似合わずかなり面倒見が良く、先程まではしゃいでいた祐佐久の落胆ぶりには目を覆いたくなってしまう。
「な、許してくれよ祐佐久。アイツもあれできちんと考えて――」
「遊園地……ディズ〇ーランド……ユニバーサル……」
「こりゃ相当落ち込んでんな」
逆鬼が慰めていると、ガタリと大きな音を立てて扉が開く。
そこには白髪混じりの子小太りの男が何やらファイルを持ち、前の机にドサりとぶちまける。
「よ、本巻のおっさん」
「いやあ、本当にすまないねぇ」
「いいって事よ。寧ろ息抜きに丁度いいからよ。それにこれくらいなら弟子の〝表〟社会見学にピッタシだぜ」
若干吹き出る汗を拭き取る本巻は、梁山泊とは末恐ろしいと解釈する。まだまだ幼い彼にとってはこのレベルの事件でさえも表社会見学であるのだ。一体裏社会見学とはどれ程なのかと考えるだけで身の毛もよだつ。
「本題に入りたいのだが――今回の内容はチト警察だけでは身が重たくてね」
「薬絡みか?」
「ご名答。実は近頃日本ではとある薬物が若者世代に蔓延していてね。それを突き止めていけばある組織に辿り着いたんだ。しかし警察では直接手出しにくく、オマケに梁山泊にも引けを取らないお抱え者がいるとの情報で更に困難を極めているんだ」
「大体の話は掴めたぜ。要するに俺はヤクザの事務所をぶっ潰せばいいんだな?」
「そうなってしまうな。非力な私共を許して欲しい。本当に申し訳ない!――……」
テニスの試合を観戦している様に祐佐久の頭は右往左往している。難しい話は良く分からないし、まだまだ裏の情報は全く知る由もない。
しかし1度だけテレビの特殊である題意について特集が組まれていた事をふと思い出す。
確かそれは――
「ねえ、師匠。今から〝やくぶつ〟を売り捌いている所を潰しに行くの?」
「おお、意外と鋭いな」
「この間テレビでやってたよ。おおきなグループで取引がどうのこうの……とか」
普通の子供は、薄氷を履む様な身内をみすみす見逃すまい。しかしそれは普通の子供であり、当事者が〝普通〟の大人であればだ。
逆鬼至緒――かれは梁山泊が豪傑が1人であり、〝普通〟の大人とは一線を画している。
寧ろ祐佐久は今から乗り込まれるであろうグループに対して心配を寄せるのであった。
「心配だなぁ。相手のそしきの人達も災難だね」
「まあ、安心しなって。俺達は活人拳だぜ?生かしはするがその代わり死ぬ程痛い思いをさせるだけだぜ」
「活人拳か……カッコいいね!」
やはり梁山泊の子も梁山泊の一同となんら遜色もないな、としみじみ思う本巻である。先程までは何故子供が着いてきているのかと疑念が浮かんでいたが、どうやらハッキリとした。
(一体何故梁山泊が弟子を取ったのであろうか……。今後の未来の為にも――いや、それならば風林寺隼人の娘さんがいるではないか……。一体彼は何者だ?)
何故梁山泊が弟子を取ったのかがどうにも疑問に残る。しかし何処かで見覚えがある様な記憶が脳裏をチラつく。
「あのー、逆鬼君。彼は一体……?」
「ああ、こいつはすまねぇな。梁山泊の一番弟子――祐佐久だ!」
「あれ、すまない。苗字を聞き落としてしまったようだ」
「ああ、こいつあれなんだよ。苗字を忘れたらしい。けど下の名前はハッキリと覚えてっから問題ねえかって事になったんだ。
確か最初らへんは〝らいごう〟だっけな?そんな事をいつもいつも呟いていたぜ。おっさん何か知ってるか?」
「さ、さあ。全く検討がつかないな」
来濠――苗字が無い――祐佐久――……
「お、おい。どうしたんだよ、本巻のおっさん」
「ああ、いやいや失敬失敬!少しばかり考え事を……」
「ああ、それは悪かったな。それじゃあ俺達はそろそろ此処を立つぜ。とりあえず今日中には片をつけるから宜しく頼むな!」
祐佐久は本巻を避ける様に逆鬼を盾にしてその場を後にした。
依然として、本巻は資料を黙々と眺め続けている。しかし全ての情報が右から左へと流れ、心臓がいつもとは異なったリズム刻む。
――まさか、そんな事は――いや、ある筈がない。きっとそうに違いない。そうだ、私の勘違いだ……。