光に生きる闇人 作:ギグC
夏草や兵士どもが夢のあと――
幾度となく漢達が歓喜し、あらゆる者が挫折し時には涙を流し、そして無謀さ故に命をも落としてしまう者もいる。彼等が挑むのは確率をも凌駕するその先の天国。しかしその蜜を知ってしまっては2度と後に戻ることは許されない。
ウィリアム・テル序曲が如何にも似合いそうな此処、松江名競馬場では今正に漢達が互いの
各々がベストだと予想する馬に全身全霊を掛け、それぞれの思いを馳せ、血眼になり声援という名の罵声を浴びせる。
そして、此処にも声を荒らげながら自らが予想した馬に声援基罵声を浴びせる豪傑が一人、存在した。
「そぅら、そこだ!いけいけ!!」
「師匠……」
「くそ!今のは抜けただろ!!後二周しか残ってねぇぞォォ!!」
「はぁ……」
楽しいテーマパーク。そんなものは最初から無かった。冷ややかな視線など物ともせず、逆鬼は声を上げている。あれから建物を出た後、少しだけ寄らせてくれと言われて早くも40分が経過中。
「あぁぁぁぁ!負けちまった!!くそ!!!」
「師匠!」
「何だよ!今はイラついてんだよ!」
「僕はもっとだよ!!!」
「そうカッカするなって。とりあえず金でもやるからジュースでも買ってきな。あ、因みに俺は缶ビールな。麒麟だぞ」
千円ちょっとを受け取ると、祐佐久はトコトコと会場内を歩き回り売店を目指す。所謂パシリというヤツだが、じっとしているよりかは数千倍マシだ。
やっと売店を見つけたと思えば今は改装中で、生憎の休業。仕方無く会場を後にすると、外にある自販機でビールが売っている物を黙々と探し続けるのであった。
漸く見つけた自販機は、街の不良達が集っておりかなり近づき難い。しかし祐佐久は全く動じずにズカズカと不良達のテリトリーに入り込む。
「おい、子供がこんな所に来ちゃ駄目でちゅよ〜」
「本当それな。早く帰りな」
「お兄さん達は優しいからね〜。早く帰ってママとお寝んねしてな」
「マジウケる」
一見すれば強そうに見えるが明らかに祐佐久よりも強は数段劣っているに違いない。しかし喧嘩などご法度だ、との征太郎の教えが頭を過り、握り締めた拳をポケットに収める。
しかし本当に口だけで弱そうだ。思わず本音がぽろりと漏れてしまいそうで、唇を少しだけ窄めてしまう。
「お前ら弱そうだな」
心の声を代弁してもらった様でスッキリしたが、同時に背後からの声にビクリとしてしまう。
突然背後からの声掛けには秋雨達から嫌と言うほど食らってきており、今では若干だが対応出来るまでのレベルには達した。
しかし一般人が自分の背後をいとも簡単に取ることは絶対に有り得ない。恐る恐る振り返るとそこには長身の男が毅然とした態度で腕を組みながら立っていた。
「やあ、とても勇敢な坊や。怪我は無いかい?」
「えーっと……大丈夫だけど。おじさんは?」
「アッハッハ、私はまだ25歳だ。次からはお兄さんと呼ぶように。因みに独身で子持ちだよ。子供も君と同じくらいの年齢だ」
「は、はぁ。――……?」
余りにも突拍子もない登場に不良達でさえも頭の処理が追い付かずにフリーズしている。
祐佐久自身も訳が分からずにペラペラと喋り続けていると、漸くだが不良達が声を荒らげ出す。
「やい!テメェは誰だ!」
「んー……強いていえば通りすがりの紳士――かな?いや、バツイチ紳士……いやいや、普通の紳士か――……」
「雑魚はすっ込んでな。怪我するぜ!」
割とキメ顔でそういう若干25のバツイチ紳士。
これがイケメンが言うのだからタチが悪い。しかし何処と無く武術の香りが漂っており、祐佐久は自然に身構えてしまう。
それに気がついた若干25歳のバツイチ紳士はクスリと笑うと同時に、不良達に怪訝な表示を向けた。
「おやおや、随分と強気なようで」
「はっ!オメーみたいなヒョロヒョロの長身イケメンに負けてられっかよ!」
「ヒョロヒョロの長身か……。グサッてくる言い方だなぁ」
「これを見ても威勢を張ってられるかな!!」
不良達はそう言い出すと、徐に服を脱ぎ捨て各々自慢の筋肉をむざむざと見せつける。
割と良いガタイをしているので〝頑張ったんだな〟と思う反面あの人達とは比べてはイケナイなと、ヒシヒシと感じる祐佐久である。
「へぇ、なかなかいい筋肉だ」
「だろ?オメーにもこれくらいあればいいのにな」
その言葉を皮切りにし、不良達は声を上げながら笑うのであった。
バツイチ紳士は若干悩むような素振りをみせ、意を決したのか自らも服を脱ぎ始めた。
服を脱ぐにつれ不良達の笑い声は消え、先程まで勝ち誇っていた一人は顔面を蒼白にし、一人はブルブルと震え、一人は腰を抜かす。これにも思わず祐佐久も声を上げてしまう。
「す、すごい!!」
男の身体には脂肪が一ミリもなく、洗礼された筋肉。見た目とは裏腹に研ぎ澄まされた一振りの刃その物で、壮絶な修行の末に辿り着いた結果であろう。
驚くべきは身体には刻まれた刃跡の生々しい数々。見たもの全てに何かを語りかけるその傷跡は、余りにも衝撃的で、凄まじいさを物語る。
「フフ、仕事柄拷問などが多くてね。今となってはいい思い出さ」
「あ、ああ……」
「で――俺と殺り合うのか……?別に俺はいいんだが……子供の前で凄惨な光景を繰り広げるのは勘弁してくれよ」
「ちょ、まって……――」
明らかに口調が変わり、男の辺りからは冷気のような物が醸し出される。スグには分からなかったが、それは剥き出しの殺気。幼い頃に1度だけ無理やり経験させられた事があり、耐性はついたいたが、身体が竦んで竦んでしまう。
不良達はというと、祐佐久の真後ろでガクガクと膝を震わせている。
そして男は静かに告げる。
「今なら見逃してやるよ。10秒やるから消え失せな。10秒後――まだ俺の視界に居るようならテメェの命はこれまでだと悔い改める事だ。早く散れ」
声ならならない様な声を荒らげ、不良達は我先にと一目散にして逃げ去った。去り際に「覚えてろよ」と言っていた事が余りにも滑稽で笑ってしまう。
この男はおそらく梁山泊側の人間であるなと悟ると同時に一体どの様な人物であるかが頭に浮かぶ。
男の無駄にでかい背中を眺めながらある事を尋ねてみた。
「あの、おじ――お兄さん」
「――ん?どうしたんだい?怖かったかい…………いや、怖い訳がないな。恐らくだが君は〝こちら側〟の人間であろう?私の殺気にいち早く身構えたのは君だ。あいつらは怯えてたけどね 」
「質問しようとしてた事言われちゃった……。お兄さんは多分めちゃくちゃ強いんでしょ?達人クラスだよね?」
「ああ、達人クラスさ。でもね、達人クラスにも色々と種類があるのさ。その中でも俺はどちらかと言うと比較的上位に位置するのかな?」
「特A級でしょ?」
ニコニコと笑いながら祐佐久は彼を特A級と言い張った。実際の所彼はそうである。しかし子供がそれを言い当てるとは想像が付かない。
目を細め祐佐久を頭から爪先まで眺めるが、彼は全く動じない。普通そこらの達人クラスの弟子ならば震え上がるであろう気を込めているが祐佐久はものともしなかった。
そして男は確信する。
(この子の師は特Aか――。ならば限られてくるな。一体誰が彼に武術を仕込んでいるんだ。これは人越拳神の弟子以来か……。燻ってきやがる)
「君はどんな武術を習っているんだい?」
「んー……空手……」
「おぉ、空手か。翔と同じか。偶然だな」
「空手、柔術、中国拳法にムエタイの4つかな」
(な!?まさかこの子は対極側の人間であったか!!面白い、面白過ぎるぞ――少年!)
思わぬ答えに男は只只笑うだけであった。
先程まで鬼の様な形相が今では無邪気な笑を浮かべている。コロコロと表情が変わるので少しだけ心配になってしまう。
(この人頭可笑しいのかな……。師匠に危ない人には危害を加えてはいけないって言われてるけど、これじゃあ僕が危ないよ……本当に)
「アッハッハ、実に愉快だ。確かに君レベルなら一般人の強盗や殺人犯をいとも簡単に倒してしまうだろうね」
(――……やっぱり達人嫌いだ)
「まあまあ、そう嫌がるなって。大人になれば君も出来るようになるさ、キットね」
「はぁ……本当に達人相手には人権なんてクソくらえです」
周辺では桜が栄え、花見にはもってこいだ。こんな日には酒を誰かと酌み交わすのもいいが、1人でチビチビと飲むのもまた乙なもの。
そして男はある事を思い出す。
(この少年……酒を買おうとしていなかったか?)
「君は確か――そう、酒を買おうとしていたのかい?」
「あ」
今の今までは完全に逆鬼の事を忘れており、恐らくだが20分以上経ったに違いない。
別に帰ってこないからと言って誘拐されたとか、悪漢に襲われたなど微塵も梁山泊の皆は思うだろうし、祐佐久自身も全く思わなかった。寧ろ返り討ちに出来るほどの実力は持ち合わせていると自負している。
「あー……そろそろ僕は戻るよ。多分怒ってはいないだろうけど心配してるかな」
「ああ、それがいいに違いない。これでお別れか――」
「それじゃあね、お兄さん!」
握手を交わすと、祐佐久はビールを両手一杯に抱え込み走り出す。背後から見るその様はかなり可愛らしい光景である。
背筋をピンと伸ばし、ただ走っているだけで有るのに彼からは武術の香りが醸し出されている。
「エッツィオ――それが私の名だ。宜しく頼むぜ、少年」
エッツィオは呟くと、ニヤリと口角をあげ空を仰ぐのであった。空では鳶が弧を描きながら優雅に空の遊泳を楽しんでいる。桜が舞い散り、木々の隙間から陽の光が差し込み、子鳥の囀りが気持ち良い。
幻想的な風景の中に彼は身を投じている自分がさながら絵画の中の人物であるなとクスリと笑を零す。
その陶酔し切っている様を少女は冷ややかな視線を送っていた。
「ダディー……ナニシテルの」
「あ、え、いや、これはあれだ」
「はいはい、いつもの奴でしょ。早くここを出ようよ。退屈だよ。動物園なんて全くの嘘じゃない」
「アッハッハ、悪い悪い。さ、行こうか」
(恐らく彼と相見える事は今は――無いが、いずれ対面する時が来るであろう。あぁ、少しばかりもどかしいな)
まだ幼い娘と手を取りながら、エッツィオは歩み出す。恐らく彼女も自分と同じ様な道を辿るのであろうと考えると若干だが気が引けてしまう。
傍らでは烏が雀を襲っている。この世では弱いものは抗えぬ事がものの道理。それはまるで――……。
「今から飯でもいこうか」
「うん!高いレストランね!」
「はいはい」
そして時刻は午後7時を回った頃。
逆鬼と祐佐久はとあるビルの前で突っ立っていた。どうやらここが目的のビルであるらしい。看板には〝
「逆鬼師匠。ここがテーマパーク……だった所ですよね?」
「んー、まあそうなるな」
「はぁ、早く行ってやっつけちゃいましょうよ」
逆鬼は突然祐佐久に質問をぶつけ出す。
「おい、祐佐久」
「どうしたんですか?」
「遊びたいか?」
「そりゃ勿論遊びたいですよ!」
「よし、それじゃあ……」
何処にでもいそうな少年がゴツイ看板が掲げられているビルにズケズケと入り込む様は正に滑稽。周囲が若干ざわついているが、祐佐久は気にも留やしない。
逆鬼から言われた一言、それは――
「それじゃあ、今からビルにいる全員を蹴散らしてこい!結構爽快だぜ。それを祐佐久に譲ってやるよ」
であった。
「確かに暇潰しにはなりそうだけどさ……普通子供にやらせるもんなのかな……」
些か疑問に思ったが至極普通に楽しんでいる祐佐久である。
梁山泊での生活のせいか、この様な事が普通であると錯覚してしまうまでに陥って(成長して)しまった。
世間から見れば異常極まりない以前の問題だ。
自分でも何故だか分からないが笑が零れてしまう。
「よし、始めるか」
重厚なトビラの横に設置されているチャイムを何度も何度も押しながら相手が出てくるのを今か今かと待ちわびる。
一応だが体裁を保つもクソもないが、笑顔だけは忘れない。すると数分後には蟻のようにワラワラと強面のおじさん達が現れるのであった。
「誰じゃ!」
「あ、どうも。けーさつです!」
思わぬ子供の訪問に強面の男達は皆一斉に笑い出すのであった。オマケに警察と言い出す始末であり、笑いに拍車が掛かる。
若干イラッときた祐佐久は挨拶がてらに一発ぶちかます。
「さ、僕ちゃん。ここは子供が来ていいような場所じゃないんだよ。帰った帰った――ってあれ?」
目の前に居たはずの少年が目の前から急に消えてしまう。次の瞬間、男の頭部に衝撃が走った。
「熊手連破!!」
指の第一関節を折り曲げる熊手での連続攻撃が男の頭部に放たれる。子供とはいえかなり洗礼された熊手はいとも簡単にコンクリートを貫いてしまう程の威力を秘めている。
しかし、彼は梁山泊出ある限り活人の道を歩まなければならない。加えて殺しは嫌いだ。
死なない程度の力である程度衝撃を与え、相手がふらついたスキにトドメの1発を放つ。
「ぐはッ――――」
「
空手の様々な技を繰り出して全方位の敵を一掃する技であるが、まだまだ全方位に攻撃を仕掛ける事が出来る訳がない。今の所対象者は1人だけであるが、空手のあらゆる技の数々が男の身体に刻み込まる。
とどめには正拳突きを繰り出し、男は吹き飛ぶのであった。
余りにも現実離れした光景が立った飯間目の前で起こってしまい、その場に居合わせた全員が唖然としてしまう。そして祐佐久の一言で男たちは我に帰るのであった。
「全員かかってこいや!!」