光に生きる闇人 作:ギグC
「覚悟!」
祐佐久の声が響き渡る。助走を付けた祐佐久の拳が秋雨に襲い掛かる。手刀で正中線を隠す柔術家独特の構えからのプレッシャーは他に類を見ない。
終始不動を貫いている秋雨は「流石だな……」と思わず言葉を零す。まだ武術を始めて数ヶ月程しか経たずして祐佐久は既に梁山泊のメンバーを相手にし、組手を行うまでに成長を遂げていた。
風林寺隼人が孫娘、風林寺美羽とは未だに勝ち越してはいないが、勝率は5分の1程度。
少し――いや、自分はかなり強くなっているな、と組手の最中であるにも関わらず口角が上がってしまう。
「――だが、甘い!」
祐佐久の拳をいとも簡単に受け止めると、そこを機転にし秋雨は攻撃に転じた。掌で受けた拳を自らの陣地に引き込むと同時に祐佐久の陣地を侵略し、がら空きの土手っ腹目掛け一蹴り。
これはやばい――と刹那、祐佐久に考えが過ると同時に腹部に強烈な衝撃が走った。
「ウグッ――!!」
宙へと舞う祐佐久。
並の達人であれば多少は加減をするのがセオリーである。しかし祐佐久が対峙する相手は岬越寺秋雨。『哲学する柔術家』という異名の名に恥じず、彼は常に達観し物事を分析し、最善の行動を起こす。
だが秋雨は決して手を抜く事は無かった。
自分が圧倒的に弱い事を逆手にとり、なんとかならないかと模索していた祐佐久の顔が引き攣ってしまう。
(クッソ!あの人の性格を忘れてた……。あーあ、ちょっとは手加減してくれてもいいのになぁ)
「フフフ……。私が君に手加減をするとでも思っているのかい?――それは甘い!この間のピーマンの件を忘れたとは言わせないぞッ!!」
「――――っそ、そんな事を根に持たないで下さいよ!あれはたまたまでー……って!さらっと心の内を読まないで下さ――」
「問答無用――覚悟!!」
地面を大きく蹴り付け、秋雨は祐佐久の背後に回り込む。しかしタダでやられる祐佐久ではなかった。
体幹とは日常生活において大いに役に立つ。それは武術においては尚更である。子供ながら祐佐久の体幹は既にその歳では有り得ぬほどの域にまで達していた。
梁山泊の一同はそれに早く気が付いていた。ここに来た当初から武術の薫りが微かに感じ取れたことは言うまでもない。
「やられてたまるか!」
空中でいとも簡単に大勢を立て直し、祐佐久は防御の構えを取る。祐佐久はただただ最善のカードを切る他に選択肢は残されていなかった。
ここで攻撃に出れば確実に仕留められ、かと言って守るだけであっては一方的な試合運びになってしまう。
祐佐久が取った構え――それは秋雨直伝『無構え』
(この際ヤケクソだ。どうせ投げられるに決まってるし、無構えなら最悪だけど、突きにも対処できる自信がある)
祐佐久の頭部を地面に向け、練習着の袖に指の第二関節辺りまで引っ掛ける。そして秋雨自身を中心とし、足袋を履いた足で空をエグる様に蹴りつけ一回転。
『遠心力』学校で物理を習ったことがあるものならば瞬時に理解すると同時に恐怖する。
「なッ!?」
「岬越寺流――自転投げ!」
余りにも急な回転に加わり、急激なGが祐佐久に襲い掛かる。
突然視界が暗くなり刹那、祐佐久は意識を失いかける。だが驚異的なメンタリティが祐佐久を支え、ギリギリの所ではあるが意識を保つ。しかし秋雨は休む暇を与えなかった。
グルグルと宙での回転を止まると同時に祐佐久は地面へと誘われた。
「ぐはッ――……」
身体が悲鳴を上げている事が手に取るように分かる。しかしここで寝てしまうようでは――
負けたくない――祐佐久はその気持ちだけで立ち上がる。負けたくない、ただそれだけの理由で。
その様に秋雨はかなり驚いた表情を浮かべていた。
「まさかまだ起き上がるとは……。一応手加減はしたのだが――正直なところあれを食らっては立ち上がる事は不可能だと思っていたよ」
「で、でしょうね……。だって今までとは比べ物にならない程の威力でしたよ!というかシャレになってないですって、あれは!!」
「まぁまぁ、そう怒らない怒らない。君がギリギリでへばりそうな位の力で技を使用したのだが、どうやら手元を狂ったようだ。いつもの力より大体――5割増しにしてしまった。アッハッハッハッ――」
「笑い事で済むもんか!それで前にこっ酷い目にあったのは誰のせいですか!?」
ついこの間の事。秋雨作の『地獄巡り1号』の試運転で強弱のスイッチを逆にセットしてしまう。祐佐久が半分死にかけたことは比較的最近の出来事である。
「まぁ、あれだ。今日の所はここまでにしようか」
「ふぅ……。了解です」
丁度時刻はお昼をゆうに過ぎた午後4時。
祐佐久の自由時間がやって来た。だがこれといってする事は無い。一応梁山泊には美羽という比較的歳の近い者がいるが、生憎彼女は稽古の真っ最中。
祐佐久は本当に暇な時はいつも縁側に座り、空を仰ぐかそのまま寝てしまうとの事。そして今は春真っ盛り。春の穏やかな気候が余計に彼を眠りへと誘うに違いない。
「はぁ〜……眠い……」
このまま寝てしまおうか、と縁側に横になり目を瞑る。
祐佐久は時折自分を見つめ直すことがある。それは本当に〝たまに〟だ。
そして今、ふと自分の出生について考える事にした――
「けれど……何も覚えてないんだよなぁ、これが」
驚く事になんにも覚えていなかった。
ある記憶は征太郎と過ごした日常生活。よく自分と遊んでくれた。特にチャンバラごっこが楽しかった。征太郎が一体何処で働いているのかは不明であったが、チャンバラごっこでは1度も勝つことはなかった。
「本当に強かったもんな。だって征太郎が紙で作った剣で自分が本物の刀で闘っても勝てなかったくらいだもん。絶対にあれはおかしいよ、本当に!
でも……なんで僕は――捨てられたんだろうか……」
実際、ここでの生活は楽しいものであった。多くの人達との交流で退屈した事はないし、何よりも寂しい思いをする事が決してなかった。
修行は少しばかり辛いものがあるが、これも祐佐久にとっては楽しい事であった。
しかし、何かが違う。
何かが違うのだ。
別にこの生活に不満が有る訳では無い。寧ろ楽しいくらいであり、前の生活の方が少々ばかり寂しい思いをする事も少なくは無かった。
しかし、何かが違う――
「征太郎……戻って……来てよ……」
祐佐久の手の甲に涙が一粒。男であれば決して泣いてはならぬ、との約束を思い出す。だがそれを思い返せば思い返す程に涙が零れ落ちるのであった。
道着の袖で目の下を擦る。しかし涙は一向に止まる気配をみせない。頭ではわかっているが、心は常に正直だ。
「くそ……止まれよ……止まっ……て……よ……」
何かが違う。それはたった今ハッキリとした。
征太郎は掛け替えのない存在であることを――肉親も親戚も誰1人として存在しない。そんな祐佐久にとって頼る大人は征太郎ただ1人のみ。
彼は、そう――親同然であった。
それ気が付いた頃にはもう遅い。一応声は押し殺してはいるが梁山泊一同が一斉にあつまる程の泣き様。
アパチャイは屋根から覗き「アパー……」と。
逆鬼は廊下の端っこからこっそりと覗き込み「ち、畜生……目に埃がッ――!」と。
剣星と秋雨は互いに見つめ合いながら、どうしたものか、と。
しかし皆が見守る中、ある人物が祐佐久の目の前に立ちはだかった。
「うぅ…………。征太郎…………」
涙のせいで視界がハッキリと定まらない。地上にいるがまるで海の中にでもいる様だ。
祐佐久が泣き止むまでに掛かった時間はおおよそ10分。その間に〝ある〟人物はずーっと祐佐久が泣き止む事を今か今かと待ち望んでいた。
「大丈……夫?」
この声は――と、思い前を向くとそこにはしぐれが佇んでいる。
このしぐれの行動に梁山泊の皆も驚いた様子であるが、実際に一番驚いている人物は当の本人である。
「し、しぐれさん!?」
「大丈……夫?」
「う、ううん。全然大丈夫……です、多分!」
「本当に……本当?」
「男なら――本当は泣いちゃいけないんだって。だから悲しくても、もう泣けないよ。でも、本当は……泣きたいよ」
祐佐久の隣にしぐれが腰を降ろす。それもピッタリとくっ付いている。余りにも突然の行動に祐佐久は驚くと同時に顔から煙が上がり、顔が真っ赤に染まった。
先ほどとは状況が一変し、悲しげな雰囲気から一気に良いムードが漂い始める。それを見兼ねた梁山泊一同は一斉にその場を離れた(剣星を除く)。
「祐佐久。なんで……泣いてた……の?」
「悲しくなったんだ」
「梁山泊が……い……や?」
「そ、そんなことは無いよ!ただ――」
ただ――。その後に続く筈の言葉が見当たらなかった。正確にはあるに違いない。しかしそれを探すにつれてまた涙が零れてしまうに違いないから敢えて探す事を拒んだ。
しかし、彼女にはキチンと返事をしなければならないと祐佐久は考えた。
考えればここに来てから一度も無い。自分の過去について聴かれたことを。
恐らく気を使っているからに違いない。自ら望んで言いたい訳ではない。しかし誰にも言いたくないかと、問われればそれは違う。
だからこそ――だからこそ祐佐久は心に決めた。
(しぐれさんが初めてだ……。初めて僕に理由を聴いてくれたんだ。しぐれさんには包み隠さずに打ち明けよう――)
「ただ――寂しかったんだ。でも!……別に梁山泊が楽しくない訳じゃないよ!?本当にここは皆が温かくて、いつも騒がしくて本当に楽しい!」
「そ……う」
「ここは本当に楽しいし、皆優しくて、僕を温かく迎え入れてくれた――まるで家族の様に!でもね、思い出すんだ。征太郎との日々を」
「征太郎……?」
「うん。何処で働いているかも知らないし、何処で出会ったのかも知らない。僕の親は生まれてすぐに死んじゃったらしいんだ。でも悲しくはなかった――征太郎がいてくれたから――」
時刻は夕方を回り、太陽に西に沈みかけている。
縁側の向かい側には今まさに太陽が地平線へと誘われている最中であり、ゆっくりとオレンジ色の光に陰りが見え始める。
祐佐久は言葉に詰まる。もしも今、次の言葉を話してしまえば恐らく涙のダムが決壊する――と自負しているからだ。
若干空を眺めながら唇を噛み締める祐佐久を横目にしぐれは「プッ――」吹き出す。
「その顔……面白い……な」
唇を噛み締め、天を仰ぐその様は傍から見てもかなり滑稽な様であることには違いない。
しかしここで笑われてしまえば涙すること間違いなし――だったが、先程までの気持ちはまるで消え失せてしまった。
涙をゴシゴシと拭き、横を覗く。
すると、そこには夕日を浴びながら微笑むしぐれの姿が映し出されていた。
(し、しぐれさんが笑った!?)
「ごめ……ん。でも、その顔……おもしろかった……よ」
「え、あ、うん。ありがとう?」
「へんな……の。笑われ……て、ありがとう……だなんて、へんな……の」
彼女の笑顔をハッキリと見た祐佐久は、何故だか何かの穴に落ちた様な気がした。それもハッキリと。
終始胸の鼓動が落ち着かない祐佐久を他所に、太陽は地平線へゆっくりと誘われ、そして夜が訪れる。陽は沈んだばかりであり、まだ地表には太陽の温もりが残っている。
しかし祐佐久はまだ熱いままであった。まるで40℃の熱をひいたかのように身体中が熱い。なんなら今現在進行形で頭から煙が上がっている。頑張れば水が沸騰する勢いだ。
「ご飯ですわよ〜!」
これまたいつも通り、美羽の叫び声が梁山泊に響き渡るが、それが全く耳に入って来ない。
祐佐久のフリーズした状態が10分ほど経過し、そしてもう1度、今度は美羽直々名指しの叫び声が小玉する。
「祐佐久さん!早く来てくださいまし!!
それにしぐれさんも早く!!」
祐佐久はそこでやっと意識を取り戻す。
「あ、そろそろご飯か」
「そだ……ね」
しぐれはスッと立ち上がり、祐佐久の手を取ると、引き上げる。祐佐久は驚いた様な嬉しい様な表情を浮かべ、しぐれと共に走り出す。
この時から、祐佐久の頭の隅には何故だがしぐれが姿を見せることとなったのは言うまでもない。