とある妖精の航海録   作:グランド・オブ・ミル

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幕間・考古学者と妖精

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この疫病神がぁっ!!」

 

違う…………!

 

「あんたの罪は生きてる事さ!!」

 

やめて………!!

 

「お前はこの世に生きてちゃいけねぇんだ!!」

 

やめてよ………!!

 

「へへっ……ガキのくせにこの賞金額だ。」

 

誰か……助けて………!!

 

「貴様の存在そのものが大罪なんだっ!!」

 

助けてよっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

悪夢に魘されていた私は目が覚めた瞬間がばっと身を起こした。背中にべっとりとかいた汗の量から考えて、今回はいつにも増して魘されていたようだ。

 

「ハァ……ハァ……久しぶりに見たわね……。」

 

20年の逃亡生活の中で浴びせられた数々の罵倒、拒絶、欲望、それらが永遠とも思える時間何度も流れていく悪夢。これを見たのは思えば久しぶりのことだった。以前はほぼ毎晩見ていたが、この船に乗せてもらってからは一度も見ていなかった。どうやら昼間青雉に会ったことは想像以上に私に影響を与えているようだ。

 

「…………………」

 

窓の外を見るとまだ真っ暗だ。東の空も闇に閉ざされていて、一向に光が訪れる気配がない。周りを見渡せば隣のベッドで船長さんが、他の皆は机や床で寝ていた。

 

「…………………」

 

私は突然胸の奥から込み上げてきた不安と恐怖に耐えるようにベッドの上で膝を抱えて座った。この気持ちは知っている。20年間ずっと抱え続けた気持ちで、この船で過ごす内にいつしか忘れ去っていた気持ちだ。

 

この船での生活はとても充実している。まるで子供の頃オハラで、図書館の皆と過ごした時みたいに毎日が楽しい。この船にいればどこまでも、それこそ私の夢を叶えるところまで行けるんじゃないかと、そう思える程に。

 

だけど、だからこそ怖くなる。結局彼らも私という存在の重さを知れば、いつか私を捨ててしまうのではないかと。いくら気のいい彼らだって、海軍の最高戦力や世界政府に追われるような私を受け入れてくれるわけがないと。結局私は永久に一人で、真の歴史を追い求めるなんて大層な理想を掲げた所で、叶えることなんてできないのではないかと。ここでの生活が充実していた分、捨てるのが異様に怖くなる。仲間に捨てられるなんて何回も経験したことなのに、今までにないくらい怖い。

 

ガチャ

 

「あれ?ロビンさん。起きてたんですか?」

 

扉を開けて、甲板から金髪の少女がふわふわと入ってきた。空島での戦いで着ていたドレスを失った彼女は航海士さんの白いぶかぶかのワイシャツを着て、片手には食べかけのパイを乗せた皿を持っている。

 

「…エレイン……ええ、少し眠れなくて……」

 

「ロビンさんもですか?私もなんです。」

 

そう言って彼女__エレインは私の側に近づいてきて、彼女の近くをふよふよと浮かんでいるクッションにポフッと腰かけ、空中を漂いながらぱくぱくとパイを食べ始めた。彼女が食べているそれはミートパイのようだ。肉と生地が余っていたので自作したらしい。

 

彼女は私がこの船に乗ってまだ間もない頃、嵐によって流れ着いた小さな島で出会った。太陽の光でキラキラと輝く金色の髪を揺らし、純白のドレスに身を包んだ少女の姿は神々しくも、少し乱暴に扱ったら壊れてしまいそうで不思議な魅力を持っていた。彼女はその後、彼女の持つ特異的な槍__今しがた彼女が座っているクッション__に興味を引かれた船長さんによってこの船に乗ることになった。

 

彼女は自分は記憶喪失だと言った。気がついたらあの小さな島で寝ていたという。だけど、私は彼女と生活する中でそれは嘘なのではないかと、薄々思うようになってきた。記憶喪失にしては普段の彼女の行動は迷いなくはっきりしてるし、時には自分の意見もはっきりと言うからだ。私は記憶喪失の人に実際に会ったことはないが、そういう行動はしないのではないかとなんとなく想像がつく。そうするとエレインは記憶喪失と偽っていることになるが、私は気にしないことにした。彼女がそうするのもなんらかの事情があるはずだし、それはとても辛いものであるかもしれないからだ。何より皆に自分のことを隠している私が聞くのは不公平だと思った。

 

出会った当初から私は彼女に親近感を抱いていた。今日、青雉の話でその理由が分かった。彼女は私と似ていたのだ。政府によって故郷を滅ぼされたことも、それまで孤独に生きてきたことも。だから私は同じ境遇の彼女に知らず知らずの内に惹かれていたのだ。

 

だけど、彼女は私と決定的に違っている。私が闇に生きているのに対し、彼女は光に生きている。ほら、今だって青雉から故郷を滅ぼされたことを聞いたのに、無邪気にニコニコ笑ってミートパイを食べている。私は恐怖と不安に押し潰されそうになっていたというのに……。

 

「ねぇ……エレイン……」

 

「もぐもぐ…ん?何ですか?」

 

「少し、話を聞いてくれるかしら…?」

 

気づけば私は目の前の少女に何もかも話し始めていた。オハラで起こったことも、今まで私がやってきたことも。何故なのかは分からない。20年の間にもこんなことは一度もなかった。もしかしたら私はもう限界だったのかもしれない。とにかく今は積もりに積もったこの気持ちを目の前の少女に吐き出したかった。

 

「………そうですか、それは辛かったですね。でも、それでどうしたんですか?」

 

私が話し終えるとエレインは少し陰が差した表情でそう聞いてきた。

 

「……別にどうもしないわ。ただ、今になって急に強い恐怖が込み上げてきただけ。青雉に会ったせいで疲れているのかしらね……」

 

そう言って私は笑顔を作るが上手く笑えていなかったらしい。ミートパイをテーブルにコトリと置いたエレインが心配そうな顔をして私の横にポフッと腰を下ろした。

 

「ロビンさん……」

 

「……結局、私は何も変わってないわね。この船の皆に囲まれて、前よりも笑えるようになって、少しは変われたかななんて、思っていたのだけど……」

 

「……ロビンさん、こっち向いてもらえますか?」

 

「?何かし……は?」

 

「にー!」

 

私が言われた通りにエレインの方を向く、彼女は可愛らしい笑顔を浮かべながら小さな手で私の頬を持ち上げ、無理矢理笑顔を作った。

 

「アハハハハ!いい顔してますよロビンさん!」

 

「……からかわないでくれるかしら。」

 

「ははは、すみません……ふふっ……!」

 

そっぽを向いた私に一応謝ったエレインだが、笑いをこらえながらでまったく反省の色がない。

 

「でもロビンさん、あんなにいい顔を作れるんですから、あなたはちゃんと変わってますよ。」

 

「………でも私は……」

 

どうやらさっきの行動は彼女なりの励ましだったらしい。けど私は自分が変われているとは到底思えなかった。こんな私が光で生きていくなんてできるはずがない……。

 

「だってこの船を見つけたじゃないですか。」

 

「……え?」

 

「あなたが20年、たった一人でフラフラと生きて、この船に乗り込まなきゃ何も始まらなかった。」

 

ピンッと私の額を人差し指で弾きながらエレインは話を続ける。

 

「こうやって、ウジウジと悩むことだってなかったでしょう。少しずつですが、あなたはちゃんと変われてますよ。」

 

「エレイン……」

 

「それに私はロビンさんのことを大切な仲間だと思っています。もちろん私だけじゃありません。船長も、ゾロさんも、ナミさんも、ウソップさんも、サンジさんも、チョッパーさんも皆そう思ってます。だからロビンさんも少しずつでいいので、私達のことをその巨人さんが言っていた仲間だと、そう思ってくれませんか?仲間なら、あなたの重荷を少し軽くするくらいはできますから。」

 

「………ふふっ、ありがとう。」

 

「どういたしまして♪」

 

今度は私はエレインに上手く笑いかけることができた。彼女もニコッと笑みを浮かべて返す。私の中で渦巻いていた不安や恐怖はもう大分治まっていた。エレインに話してみて良かったと思う。

 

「ねぇ、エレイン。あのミートパイを少し頂けるかしら?」

 

「あぁ、これですか?はい、どうぞ。」

 

気持ちが落ち着いたら少し小腹が空いた。私はテーブルの上に置いてあるエレイン作のミートパイが食べたくなった。エレインはミートパイが乗った皿をフォークと共に私に差し出した。私はそれを受け取り、フォークでパイを切り分けて口に運ぶ。

 

「……うっ………!?」

 

「どうですか?まずいでしょう。」

 

「……えぇ……とても……」

 

「やっぱり。」

 

私が口に広がった衝撃的で爆発的な味に顔を青くすると彼女は何故か得意そうな顔をして空中でむんっと胸を張った。

 

「いやぁ、暇がある時にサンジさんからご指導を受けてるんですけどねぇ、ちっとも上手くならないんです。」

 

そういえば時折コックさんが台所で青い顔をしていたが、なるほど、彼女の料理の指導をしていたのか。不思議だ。見た目はこんなにおいしそうなのに何故味がここまでひどくなるのか。

 

でも………

 

「さくっ……もぐもぐ……」

 

「ロビンさん?おいしくないのでしたら無理に食べなくていいですよ?」

 

味はお世辞にも、間違ってもおいしいとは言えない。だけど私はこのミートパイの暖かな味がとても好きでフォークが止まらなかった。

 

こうして二人だけの秘密の夜は静かに更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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