とある妖精の航海録   作:グランド・オブ・ミル

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エニエス・ロビー編9・青年と妖精

 

 

 

 

「ゼェッ!……ゼェッ!……」

 

「…………!!」

 

司法の塔の内部にて、二人の人物が相対していた。二人がいる部屋はメラメラと炎が燃え盛っている。相対する二人の内、一人は血のにじむメイド服に身を包んだ、まだあどけなさを残した幼気な金髪の少女、エレインだ。苦しそうに息を切らし、額から血を流して片膝を床につく彼女は、もう到底戦闘はできそうにない。この状況で唯一の頼みの綱である霊槍シャスティフォルも、彼女の傍らで槍形態のまま力なく転がっている。そんな状況であっても彼女は、額から流れる血が目に入るのか、片目を閉じ、自分の目の前の男を睨み付ける。

 

片やエレインの前に立つのは赤みがかった長髪を持つ、黒スーツに身を包んだ男、クマドリだ。彼もエレイン程ではないが、身体の所々から血を流し、戦いの中で傷ついている。その彼の後ろ、エレインから見て右側の辺りの壁には大穴が空いており、外の景色を見ることができた。夜が来ない不夜島であるエニエス・ロビーの空が広がっている。よく見ると部屋中の炎はその大穴から伸びていた。息も切らさず、じっと無言で正面を見つめる彼は、一見エレインよりも軽傷に見えるだろう。だが、彼はエレインと違って大きな傷害を負っていた。

 

彼の左肩から先がなくなっていたのだ。

 

「ガルルルァアッ!!」

 

ズムッ!!

 

「っ!?」

 

クマドリは突然雄叫びを上げ、エレインに突進し、杖でエレインの腹部を突いた。

 

ガンッ!!

 

「……ガボッ……!!」

 

強烈な一撃をもらったエレインは吹き飛ばされて後ろの壁に激突し、多量の血を吐く。

 

「"獅子樺蕪"っ!!」

 

ズンッ!!

 

「っ!があぁぁぁあっ!!」

 

クマドリは追撃として、先端を発火させた杖をエレインの腹部に押し付けた。ジュゥゥと炎が彼女の身を焼き、エレインは苦痛に顔を歪める。

 

ゴンッ!!

 

「あうっ!!」

 

そのエレインの脳天にクマドリは杖を放して拳骨を落とした。

 

「うぅ………」

 

ドサッと床に落ちたエレインは焼かれた腹部を苦しげに押さえる。

 

「死ね!死ね!さぁ!さぁ!さぁ!!」

 

「うっ……!ぐっ……!」

 

床に倒れたエレインをクマドリはガスガスッ!と何度も蹴りつけた。エレインはもうろくに動くこともできず、ただ顔を両腕で庇うのみだ。

それでもクマドリは蹴り続ける。

まるで死を恐れる獣のように何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も___

 

どうしてこんなことになったのか。時は数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神器解放っ!!」

 

「むうっ!?」

 

クマドリの髪に縛られたエレインが叫ぶと、エレインの背後に浮かんでいた槍形態のシャスティフォルがカッと光った。そして次の瞬間凄まじい魔力が放出され、そのほとばしる魔力が黄金の炎のオーラとなってエレインとシャスティフォルを包み込む。その力の波動に驚いたクマドリは拘束を解き、エレインから距離をとって警戒する。

 

「ぐぎぎぎっ……!!ぐがが……っ……!!」

 

黄金の炎に包まれたエレインは歯を食いしばり、自身の身体にのしかかる負担に必死に耐えていた。

 

エレインがやろうとしていることは神樹の"真の力"の解放である。エレインが使用する霊槍シャスティフォルは原作七つの大罪において、神樹から妖精王に選ばれたものに授けられるものだ。神樹の特性と鋼以上の硬度をあわせ持つその槍の力は、妖精王の持つ魔力"災厄(ディザスター)"によってのみ100%引き出される。

 

しかし、エレインが普段使用するシャスティフォルは力を抑えたいわば仮初めの姿なのだ。彼女の魔力によって真の力が解放された時、霊槍は本当の姿を現す。

 

だが、それには大きな負担がかかる。原作のキングも作中初めて使用した時の負担は相当なもので、爪は剥がれ、鼻血が吹き出し、ボロボロになりながらもなんとか使用できるという状態だった。しかもその負荷は発動中もずっとかかり続けるので当初キングですらも連発どころか維持することも難しい状態だった。

 

「あががが……!!ぐぅ…!!」

 

それはエレインであっても例外ではない。まるでトレーラーでも担がされているかのような尋常ではない負担に必死に耐えていた。もともとクマドリ戦でダメージを負っていたエレインにその負荷は耐え難く、彼女は目や鼻をはじめとする顔中の穴という穴、そして身体中の傷口から血を噴出させ、少女が出してはいけないような呻き声を上げる。

 

「俺……は…キングや……エレインみたいに……強い存在じゃ…ない……!並外れた…頭脳も……力強い…武力も……魔力…だって……持っちゃいない……!ただの…高校生だ…!!」

 

やがてエレインは負担に耐えながら口を開いた。

 

「けどっ……!こうして……ここにいる…以上っ!俺は……麦わらの…一味……雑用係…エレインだ!!仲間のために……命を懸ける……覚悟はあるっ!!」

 

その言葉は、今必死に耐えている自分自身に言い聞かせているかのようだ。

 

「よよいっ!な~に~を~ごちゃごちゃ言ってい~や~が~る~っ!!」

 

「俺はもうっ!失うわけにはいかないんだぁーーー!!!」

 

エレインが叫ぶのと同時に、シャスティフォルはより一層眩い光を発した。そして次の瞬間にはシャスティフォルはその姿を大きく変えていた。サイズは通常の槍形態のシャスティフォルを優に超え、少なくとも2倍以上はある。槍の刃先から柄まで黄金に彩られており、刃はメラメラと燃え盛る炎のような形状をしている。神々しさと荒々しさをあわせ持つ見事な一振りの槍がそこには存在していた。

 

「真・霊槍シャスティフォルっ!!」

 

「ぬっ!?"鉄塊"『剛』!!」

 

「ああぁぁぁぁっ!!!」

 

エレインは右手を後ろへ引き、槍投げのように思い切り前へ振り切った。それに合わせてシャスティフォルはゴウッ!と轟音を立ててクマドリの方へ一直線に飛んで行く。

 

「………うぅ!?」

 

出し得る最高硬度の"鉄塊"で受け止めようとしたクマドリだが、目前に迫ったシャスティフォルの迫力と圧力を見てその判断は間違いだったと気づき、呻き声を上げる。しかし、それは遅すぎた。

 

ウオッ!!!ゴゴゴゴゴ!!

 

シャスティフォルは着弾すると十字架のような大爆発を引き起こし、そこら一帯を火の海へと変えた。

 

「な、何だこの揺れは!?」

 

「落ち着けそげキング。下にとてつもなく大きな気を感じた。多分エレインが何かやらかしたんだろう。」

 

そしてその衝撃は司法の塔全体を大きく揺るがすものとなり、ゾロ達をはじめとする各階で戦う者達に動揺を与えた。

 

「ハァッ…!!ハァッ…!!」

 

大爆発によって炎と煙に包まれた前方を確認して、エレインはガクッと片膝をついた。真・霊槍の代償としてほとんどの魔力をごっそり持っていかれ、とてつもない喪失感と脱力感が彼女を襲い、意識まで持っていかれそうになる。

 

だが、まだだ。まだ意識を失うわけにはいかない。俺はロビンを助けに行かなければ。

 

そう自分を奮い立たせ、エレインは何とか意識を持ちこたえる。

 

「……さて、他の皆さんは……どうなったでしょうか。」

 

もうクマドリは倒した。

そう確信したエレインは皆の状況を確認しに行くべく、立ち上がろうとする。

 

カラァンッ!

 

「!…これは……!!」

 

そこに、前方の煙の中から何かが投げ込まれた。見るとそれは通常の槍形態に戻ったシャスティフォルだった。

 

「……まさか………!!」

 

エレインが慌てて前方を見ると、そこには左腕をばっさり失ったものの、真・霊槍の一撃から生還したクマドリが煙の中に立っていた。

 

「そんな……!!何でっ……!!」

 

クマドリが真・霊槍から生還できた理由。それはクマドリの経験の深さとエレインの浅さが一致したものである。

 

"鉄塊"を発動していたことでシャスティフォルが当たる直前までクマドリは動くことができなかった。しかし、クマドリは今までの経験から瞬時にシャスティフォルの狙いが彼から少しズレていることに気がついた。戦闘経験が浅いエレインには身体の強烈な負荷に耐えながら相手を正確に狙うことができなかったのだ。

 

それに気づいたクマドリは身体の欠損を覚悟の上で"鉄塊"を解除し、"紙絵"を発動した。攻撃を受け止める"鉄塊"と違い、"紙絵"は攻撃の風圧を利用して攻撃をかわす技。その一瞬の判断が功を奏し、直撃は避けることができたが、真・霊槍の威力は凄まじく、その余波によってクマドリは左腕を失う結果となった。

 

「もはや……、もはやこらゆる事ならぬぅ!!獅子吼雷落として候ぉ!!よよよいっ!!よいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして冒頭に戻る。エレインの底力によって生死の狭間を体験したクマドリは今もなおエレインを蹴り続け、必要以上に痛め付けていく。

 

もはや呻き声さえ上げることができなくなっても執拗に何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も____

 

「ハァ……ハァ……ハァ……!!」

 

やっと攻撃が止んだ時、エレインはもうピクリとも動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは……どこだ………?

 

気がつくと俺は満開の花畑で寝転んでいた。辺り一面、どこに目を向けても白、赤、黄色のコスモスのような小さい花が色とりどりに、ところ狭しと隅から隅まで咲いていた。

 

そんな花畑で、どうやら俺は眠っていたようだ。今もなお睡魔に襲われ、瞼がとても重い。身体だってせいぜい左腕を動かせる程度だった。

 

「あれ……?この身体………。」

 

左手を顔の前まで持ってくると、目に映ったのはエレイン特有のふっくらもちもちとした小さな手ではなかった。俺が17年間付き合ってきた男の手がそこにはあった。

 

俺はそのまま左手で自分の顔をペタペタと触ってみる。この平凡な輪郭、一般的な目と現代人らしいメガネ、極めて普通な鼻、少々乾燥気味の口、何とも言えない髪型、間違いない。これは俺の身体だ。よく見れば、服装も通っていた高校のものになっている。何故だか俺は自分の身体に戻っているようだ。

 

「だが……なぜ……?」

 

久しぶりに聞いた自分の声で呟く疑問。確か俺は何故だか知らないがワンピースの世界で原作より強力な力を持つエレインに憑依転生して、エニエス・ロビーでロビンを奪還すべく戦っていたはず。それが何だってこんなところで平凡な肉体に戻って寝転んでいるのやら。まるでちんぷんかんぷんだ。

 

というか、眠気がヤバい。こうやって考えることさえ困難になってきた。俺は早いとこエレインに戻って戦わなきゃいけないのに。

 

ファサッ

 

何とか身体を持ち上げようと上げていた左腕が落ち、花々にやさしく包み込まれる。まいったな、これでもう指一本動かせねぇや。睡魔も限界だし、いっそこのまま寝ちまうか。なんか色々楽になれそうだし。

 

俺がそう思っていた時だった。

 

「……………………」

 

「!……………あんたは……!」

 

いつの間にか寝転ぶ俺の左肩辺りに誰かが立っていることに気がついた。首を少し倒して横を向くとそこには金髪の少女が立っていた。背中に大きなリボンがある肩出しの白い清楚なドレスと、某楽園の巫女のようなドレスと同色の白い袖を身につけ、あどけなさを残す顔に埋め込まれた大きな瞳は髪と同じ、金色の眩い光を放っている。

 

「エレ……イン……?」

 

この世界に生を受けてから、俺は誰よりも目の前の少女のことを知っている。何故なら彼女はこの世界の俺そのものだから。

 

目の前で俺を見下ろすエレインの表情はあまり優れない。上手く言葉にはできないが、不安、やるせなさ、後悔、嬉しさ、等々様々な感情をごちゃ混ぜにして詰め込んだような、そんな顔をしている。

 

「……申し訳ないな…あんたの身体……ボロボロにしちまって……まだ…嫁入り前だろうに……」

 

彼女に何て声をかけていいか分からず、苦し紛れに俺はそんな軽口を口にしてみた。それに対してエレインは目を閉じ、首を左右に静かに振った。「気にするな」ということだろうか。

 

そのあとエレインは俺の頭の方へ回り込み、何を思ったのかその場に腰を降ろして俺の頭を自身の膝に乗せた。膝枕というヤツだ。

 

そしてエレインは俺の顔の前に右手をかざし、魔力を放出した。どうやら攻撃系の魔力ではないようだ。放出された魔力は俺の身体を包み込む。

 

暖かい

 

俺はそう感じた。まるで幼き頃、母親に身を委ねたあの時のようだ。エレインの魔力は俺だけではなく、周りの花達にも影響を与えた。俺の周りの花々がブゥンと淡く光り輝き出す。さっきまで力がまるで入らなかった身体に少しずつ力が戻ってくるのを感じた。

 

スゴイ。けど、エレインやキングの魔力にこんな力あっただろうか。記憶を探ってみるも、"神風(ミラクルウィンド)"にも、"災厄(ディザスター)"にも該当する能力はない。作中でも、こんな力の使われ方はしなかったはずだ。

 

『エレインっ!!』

 

「っ!?」

 

しばらく身を委ねていると、不意に脳裏に凛とした女性の声が響いた。いや、響いたと言うより甦ったと言うべきか。遠い記憶がフラッシュバックするように浮かんできたのだ。もちろん俺はその女性の声に聞き覚えがない。

 

『奴らは私達が食い止めるっ!お前は神樹と生命の泉を持って逃げろっ!!』

 

『そ……そんなっ……!!』

 

だんだん声だけではなく、情景まで浮かんできた。エレインと思われる少女が杖を持った妖精族の耳の長い少女から、やたら神々しく、崇高な何かを感じる木の枝と生命力溢れる液体がなみなみと注がれた美しい杯を押し付けるように渡されていた。エレインの目からは涙が溢れている。渡している少女は……七つの大罪原作のゲラードだろうか。そしてその二人の少女の周りは戦火が燃え盛る戦場の真っ只中だった。

 

『エレイン様~!』

 

『コケモモを見つけて来たれす!』

 

『ふふっ、皆ありがとう。』

 

また覚えのない記憶が甦る。さっきの戦場とはうって変わって穏やかな自然の中、大きな大樹の下でエレインが笑顔で大勢の小人達と戯れていた。エレイン達がいる森と大樹は見覚えがある。遠くには森の先に綺麗な河と湖が見える。間違いない。ここは俺が転生したあの島だ。

 

『あなたは……生きて……私も生きて……必ず…会いに行くから……』

 

『……バカ野郎』

 

今度の記憶は再び戦場に戻る。しかし今度の戦場はあの島のようだ。あちこちから火の手が上がる中、エレインは白い髪の鋭い目付きの青年に抱きかかえられていた。しかし、二人とも満身創痍である。エレインは腹部を大きく抉られ、息も絶え絶えであり、青年の方は全身が血まみれで左腕がなくなっている。青年に抱きかかえられるエレインは震える手を青年の顔に伸ばしていた。青年の顔には見覚えがある。七つの大罪原作に登場するエレインの恋人、〈強欲の罪(フォックス・シン)〉のバンだ。俺は彼の顔を見て何故かとても懐かしい気持ちになった。

 

「!…今のは……?」

 

記憶のフラッシュバックが終わったとき、エレインによる魔力の放出も終わっていた。エレインは俺の頭を膝から降ろし、ゆっくりと立ち上がってその場から去ろうと歩き出した。

 

「エレイン……?あんたは一体……」

 

俺が声をかけるとエレインは立ち止まって振り返った。その表情は相変わらず複雑で、目には涙が浮かんでいる。

 

「……ごめんなさい、どうか立ち上がって。それが私とあなたの想い人、何よりあなた自身が望んでいること……。」

 

そう言うとエレインは再び歩き出し、風に舞う花びらと共に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え盛る炎の中、塔の内部でクマドリは息を切らして足元に転がるエレインを見下ろしていた。必要以上に痛め付けられたエレインは全身アザだらけ血まみれのボロ雑巾のようになって倒れている。目は閉じられており、意識はとうにない。

 

「ぐっ……!あいや……天晴れ…。」

 

エレインを始末したと確信したクマドリは左肩の傷口を押さえ、よろよろとその場を離れる。傷口からは未だポタポタと血が流れている。直撃こそしなかったものの、真・霊槍の力は凄まじく、クマドリの左腕を奪っただけではなく、瀕死に追い込む程のダメージを与えていた。

 

この戦いの前、クマドリはルッチからエレインについて聞いていた。妙な槍を使う妖精族には気をつけろと。そいつはルッチの"鉄塊"を貫通して切り傷を負わせる程の奴だと。

 

クマドリは一切油断をしていなかった。ルッチからエレインの技を聞き、自分でも戦いながら分析し、適切な対策をとって戦った。戦い自体もクマドリが優勢なものだった。しかし、エレインの最後の攻撃、それによってクマドリは左腕を失うという重傷を負うこととなった。ルッチが言う通り、エレインはただの妖精族ではなかったということだ。

 

だが、重傷こそ負ったものの、エレインは始末した。他の連中もCP9のメンバーが直に倒すことだろう。自分はとにかく止血して休息を取らなければ。クマドリがそう思っていた時だった。

 

ピク……

 

クマドリの背後に倒れていたエレインの指がわずかに動いた。そして彼女は無言で、ポタポタと血を垂らしながらゆっくりと立ち上がった。

 

「な…なんと……!!」

 

振り返ったクマドリは驚愕した。あれほど徹底的に痛め付け、もう立つ所か意識が戻るかどうかすら怪しい所まで追い詰めたというのに、エレインは俯きながらもしっかり立っている。だが、驚くべき事象はこれだけではない。

 

「っ!!?」

 

エレインが俯いていた顔を上げ、その黄金の瞳をカッと開いてクマドリを睨み付けた。その瞳に先ほどまでの悩みながらも仲間のために戦う少女の姿はなく、獲物に狙いを定める猛獣の姿があった。その眼光にクマドリはたじろぐ。

 

「よよいっ!?」

 

そして次の瞬間、ブワァとエレインの血に濡れた金髪が巻き上がり、その金が根元から一瞬で漆黒の黒へと変化した。その変化に驚く間もなく、フッとエレインがその場から姿を消す。

 

ズンッッ!!

 

「えっ……ぐあっ……!!?」

 

クマドリが瞬きをした次の瞬間に、エレインはいつの間にかクマドリの懐に移動しており、握りしめた拳で彼の腹部に強烈なアッパーを叩き込んだ。

 

「あぐ……ぐ……」

 

クマドリは腹部を押さえ、ガクガクと後ろに後退りする。顔を向けると拳を突き出したままのエレインが相変わらず鋭い眼光を向けている。

 

「げぼっ……!」

 

やがてダメージの限界を超えたクマドリは血を吐き、ドサッとその場に倒れた。エレインの勝利である。

 

「何だこりゃあっ!!?」

 

静寂が訪れた部屋に聞き覚えのある声が響いた。エレインが顔を向けると、先ほどエレインが真・霊槍で開けた穴からフランキーが部屋に入ってきていた。

 

チョッパーから状況を聞いたフランキーは塔の屋外にてCP9の一人のまん丸の男、フクロウを下し、4番の鍵を手に入れていた。目的の2番の鍵を手に入れるべく、加勢をするために再び塔に戻って来たのだ。

 

フランキーはエレインの足元で倒れているクマドリを見て、戦闘の結果を理解した。だが、目の前の変わり果てたエレインがどう見ても普通ではないことも感じ取った。

 

「お前、あの小娘なんだよな?」

 

フランキーの問いに答えることなく、エレインはスタスタとフランキーのもとへ歩み寄る。

 

「お、おいっ!」

 

フランキーのもとまで来るとエレインはまるで猫のようにくんくん、すんすんと彼の匂いを嗅いだ。やがてピクッと別の何かに反応すると上を見上げ、ぐっと踏み込んで跳躍。ドゴォッと天井を破壊して上の階へ上がっていった。そこに普段の非力な妖精族の彼女の姿はどこにもなかった。

 

「…何なんだ?一体……。」

 

その場に残されたフランキーはポカーンとエレインが天井に開けた穴を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一体このガキは」

 

「何なんじゃろうのう……。」

 

司法の塔、4階"狼の間"。ゾロとそげキングがCP9のカクとジャブラと戦っていた部屋は困惑に包まれていた。海楼石の手錠によって繋がれたゾロとそげキングが二人のCP9から逃げ回っていた時、突如床を突き破って黒髪の少女が現れたのだ。その少女__エレインは尋常ではない威圧感を放ち、その場にいる者は皆警戒している。

 

「おい、あれはエレイン……だよな?」

 

「髪の色が変わっちまってるが、エレインだろ。あの顔と服で他に誰がいるってんだよ。」

 

ゾロとそげキングも例外ではない。床を突き破ってきた身体能力といい、今のエレインは彼らが知っている普段のエレインではない。

 

「何だか知らねぇが奴も海賊の一人だ。さっさと消しちま___」

 

ジャブラがエレインに近づいたその時だった。

 

ドゴォッ!!

 

「がふっ!?」

 

「何っ!?」

 

「「!?」」

 

エレインの姿がヒュッと消え、次の瞬間ジャブラの顔面を殴り付けた。その攻撃にカクは驚愕を声を漏らし、ゾロ達も彼女のあまりの変わりように驚いた。

 

「てめぇ…!!」

 

額に青筋を浮かべたジャブラはイヌイヌの実の能力を発動させて人獣型に変化し、狼由来の身体能力でエレインに襲いかかる。

 

ドカバキと殴り合う二人、その間もエレインは終始無言だ。六式を交えて戦うジャブラに、エレインは互角以上の力を見せる。

 

「いいぞ!何だかよく分からねぇがいい調子だ!頑張れエレインッ!!」

 

「あいつ……こんなに強かったか?」

 

エレインの強さに興奮するそげキングだが、ゾロはその力に疑問を持った。普段船のいかりすら持ち上げられないエレインがここまで変化するのはどう考えても普通じゃない。

 

「ぐっ!?」

 

しかも、よく見ると戦えば戦う程エレインの強さが増していってるような気がする。最初は互角だったが、今ではジャブラが押され始めている。

 

「仕方ない、ワシも加勢するか。」

 

エレインの予想以上の力に今度はカクが動いた。悪魔の実の能力を発動させて人獣型になり、エレインの背後から近づく。

 

ブゥン……

 

「何だありゃあ?」

 

「黒い……玉……?」

 

するとエレインは右手を上に向け、パチンコ玉程度の大きさの黒い塊を産み出した。それを振り向き様カクに向かって投げ飛ばす。

 

「がっ……!?」

 

瞬時に"鉄塊"を発動させたカクだが、黒い塊はそれすら貫き、カクの右肩を撃ち抜いた。カクは人型に戻り、右肩を押さえて膝をつく。

 

「ナメた真似しやがって!!"鉄塊拳法"!!」

 

ジャブラは自身の持ち技である、全身に"鉄塊"をかけた拳法でエレインに素早く拳を打ち込む。

 

ガッ!

 

「何っ!?ぐあっ!!」

 

しかし、それすらエレインは容易く受け止め、そのままジャブラを頭上へ持ち上げて床に叩きつけた。さらにジャブラを遠くへ投げ飛ばし、自身は凄いスピードでそのジャブラを追いかける。エレインが追いながら右手を後ろへ引くと腕から黒い影が吹き出してエレインの腕を覆い、ぐんぐんと後ろへ伸びて先の方で黒い拳が形成される。

 

「て、鉄か……ぐぼぉっ!?」

 

"鉄塊"を貫き、エレインの影の拳がジャブラを打ちぬく。ジャブラは吹き飛ばされて壁へと激突する。まだ意識はあるようだが、ゲホゲホと咳き込み、相当のダメージを負った様子だ。

 

「!あの技はルフィの……」

 

ゾロは、エレインがジャブラに叩き込んだ拳がルフィが先日のウソップとの決闘で放った"ゴムゴムの銃弾(ブレット)"に酷似していることに気づいた。

 

「ゴホッ……!こりゃあ……」

 

「本気を出さねばのう……」

 

ジャブラとカクが睨み付ける中、エレインはなおも変わらず無言、その瞳は"赤く"輝いていた。

 

ドズゥゥンッ!!

 

「ブオォォォオ!!!」

 

「!?」

 

「今度は何じゃ!?」

 

「あ!?」

 

「何だあれ!?チョッパー!?」

 

カクとジャブラが構えたその時、今度は上から巨大な怪物と化したチョッパーが落ちてきた。その後、すぐにナミが来てゾロ達に状況を説明する。

 

フランキーに状況を伝えたチョッパーはナミに加勢し、CP9の一人のカリファと戦うことになった。その戦いの最中ランブルボールを3つ服用したチョッパーはあの姿となり暴走、カリファは一撃のもとに倒したものの、暴走は止まらず、ここまで来てしまったようだ。

 

「あの女が持ってた2番の鍵は手に入れたけど……、ていうか、チョッパーもだけどエレインのあの変化は何!?」

 

「色んなことが起こり過ぎてるな。だが、2番の鍵を手に入れたってのは朗報だ。今のうちにこれを外してくれ。」

 

「わ、分かった。」

 

ナミの持つ鍵でやっと解放された二人。そんな中、エレインと怪物と化したチョッパーは睨み合っていた。何が起こるか分からない緊張した雰囲気の中、二人に襲いかかろうとしたカクやジャブラをゾロが斬撃で退ける。

 

「グルルルル……!!」

 

「………………………」

 

息を荒げ、唸り声を上げるチョッパーをエレインは無言で見上げる。一触即発の雰囲気の中の睨み合いは数分間続いたが、その終わりは突然訪れる。

 

「ルル……ル……」

 

「えっ!?嘘っ!?」

 

先ほどまで暴れまわっていた怪物チョッパーが急に声を静めてドズゥンと倒れた。そしてシュルルルと身体がみるみる縮み、気絶しているものの元のチョッパーへと戻った。その事にナミは驚きの声を上げた。

 

「ああ……あ……」

 

「エ、エレイン……?」

 

だが、今度はエレインに異変が起きた。先ほどまで鋭い眼光で敵を圧倒していたエレインが急に頭を抱えてうずくまったのだ。

 

「あああああああっ!!!」

 

「エレイン!!どうしたのよ!!」

 

そしてあろうことかその頭を床に叩きつけ、激しい自傷行為を始めた。その様子に慌ててナミが駆け寄り、エレインの肩を掴む。

 

「しっかりしなさいっ!!エレインっ!!」

 

エレインの身体をブンブンと振って、しっかり目を見ながら励まし何とか正気に戻そうとするナミ。エレインのその瞳は"ドス黒い赤"に染まっていた。

 

「大丈夫……。大丈夫よ。」

 

「あ……ああ……あ……」

 

ナミがエレインを抱き寄せ、ゆっくり背中を撫でてやるとエレインは徐々に落ち着きを取り戻した。それと同時に瞳の色が戻り、髪もスーッと元の金髪へと戻っていく。

 

「ハァ……ハァ……ナミ…さん?私は一体……?」

 

「!エレインっ!!良かった!!」

 

やがて正気に戻り、辺りを見回すエレインをナミは笑顔で抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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