とある妖精の航海録   作:グランド・オブ・ミル

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幕間・航海士と妖精

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい皆!今日はもうお開きよ!」

 

 そう言って私が手をパンパンと叩くと、新しい船サニー号の甲板で空になった皿や酒樽に囲まれてぐったりして眠そうにしていたルフィ達がのそのそと立ち上がってあくびをしながらそれぞれの寝床に向かっていく。

 戻ってきたロビンとウソップ、そして新しい仲間のフランキーとサニー号の加入を祝して今日は一日中宴をしていた。夢中でどんちゃん騒ぎをしていたらいつの間にかあたりはどっぷり夜になってしまっている。一日中騒ぎ続けてさすがのルフィ達も疲れたようだ。

 

「もうゾロさん、ちゃんと自分で歩いてくださいよ。」

 

「ぐぉ~!ぐぉ~!」

 

 ふと目を向けると腰に手を当てて呆れ顔のエレインが、彼女のいつも携帯するクッションを枕にいびきをかいて眠るゾロをクッションごとふよふよ運んでいた。妖精族である彼女は力こそまったくないものの、不思議な魔力で空を飛び、ゾロを男部屋のボンクに降ろして布団をかけた。

 

「ん~!あ、ナミさん。もうご就寝ですか?」

 

 私がその一部始終を見ていると、男部屋から出て気持ちよさそうに伸びをしたエレインが声をかけてきた。

 

「えぇ、エレインは?」

 

「私はまだ寝ませんよ。甲板をパパっと片付けた後、見張り番をする予定ですから。」

 

「えぇ!?今から片付けるの!?」

 

 私は改めて甲板を見る。一日がかりの大宴会の残骸として汚れた皿の山や酒樽が足の踏み場もないほど散らばっていた。これを夜も更けた今から片付けることを想像するとゾッとする。かく言う私も明日の朝に片付けるつもりでいた。しかも彼女はその後見張り番をすると言うのだ。どれだけ働くつもりなのだろう。

 

「お前、見張り番もあるのか?」

 

「あ、サンジさん。はいそうですよ。」

 

「ならやっぱ片付けはいい。今からやったんじゃ大変だろ。」

 

「何をおっしゃいますか!皆さんが気持ちのいい朝を迎え、より快適な冒険が出来るように努めるのが雑用係の仕事です。まだまだ働きますよ!」

 

「お、おぉそうか。」

 

 エレインのみなぎるやる気にサンジ君もたじろぐ。

 

「はい!それでは皆さんおやすみなさいませ!」

 

 私達にそう言うとエレインは早速作業に取り掛かった。彼女が魔力を甲板の芝生に流すと芝生が伸びて何本かの緑の触手になり、テキパキと皿や酒樽をキッチンへと運んだ。キッチンではエレイン自身が待機していて運ばれてきた皿やコップを慣れた手つきで次々に洗っていく。

 

 その光景を見て私はふと思った。仲間になってから彼女は日々私たちのために雑務をこなしてくれる。毎日の命がけの航海や冒険であまり意識したことはなかったが、彼女の仕事ぶり無しではこの船はもはや回らない。だというのに私は彼女の仕事のことをあまりにも知らなすぎると。

 

「……よしっ!」

 

 という訳で私は明日一日彼女の仕事を見ていこうと決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~!波は穏やか天気も良好と、気持ちのいい朝ですねぇ。」

 

 次の日の朝5時少し前、エレインは甲板で気持ちよさそうに伸びをしていた。その後箒やフランキー作の掃除機を使ってサッと軽くサニー号の掃除をする。私は普段より二時間早く起きてまだうとうとしているのに彼女は朝からすごく元気だ。

 

「おーいエレイン、そろそろ朝飯の準備だ。」

 

「はーい!」

 

 ちょうど掃除が終わるころにサンジ君が起きてきて、二人は朝食の準備を始める。朝からとてつもない量を食べるルフィ達の朝食を作るのはかなり大変でエレインが手伝ってくれるようになって大助かりしているとサンジ君が前に話していた。今日の朝食はサンドイッチのようで、二人は色んな具材を次々パンに挟めていく。

 

「ぐおぉ!?」

 

「ありゃ、これもダメですか。」

 

 その時、エレインが作ったサンドイッチを試食したサンジ君がまるで毒でも盛られたかのように呻き、キッチンで膝をついた。エレインはその隣で自分の作ったサンドイッチをムグムグと頬張って首をかしげている。彼女の料理の腕が絶望的なのはもはや周知の事実だが、どうやらそのひどさは想像以上だったらしい。ただ具材をパンで挟むだけのシンプルなサンドイッチでも殺人的なポイズンクッキングになってしまった。

 そんなことがありながらも二人は手早く朝食を準備し終え、自分達の朝食を簡単に済ませたところでエレインが皆を起こしに行く。

 

「皆さーん!朝ですよー!起きてくださーい!」

 

 時刻は午前7時半。エレインは男部屋に備え付けられたベルを鳴らして皆を起こす。けたたましいベルの音に皆起き出してあくびをしながらダイニングへ向かう。

 

「くかー…くかー…」

 

「ぐぉ~!ぐぉ~!」

 

 しかし、男部屋には若干二名の寝坊助が取り残された。ルフィとゾロだ。二人は未だボンクの上で気持ちよさそうに眠っている。そんな二人にエレインはふわふわと近づいた。

 

「ほら二人共!朝ですよ!起きてください!」

 

カンカンッ!

 

 そしてどこからともなくフライパンとお玉を取り出し、二人の耳元で強く叩いた。エプロンをつけてフライパンとお玉を持つその様はさながら寝坊助の息子達を起こすどこかの母親のようだった。小さなお母さん。そんな言葉が私の頭によぎる。

 そんなフライパン攻撃にようやくゾロが観念して起きた。だが、それでも起きない強敵が残っている。

 

「むにゃむにゃ……サンジ……飯ぃ………」

 

 ルフィだ。昨日あれだけ食べたというのに夢の中でもサンジ君に食べ物を要求している。ていうかそんなに食べたいならさっさと起きればいいのに。そんなルフィにエレインはめげずにフライパン攻撃を続ける。

 

「むにゃ………」

 

「ふぎゃっ!」

 

 しかし、あろうことかルフィが寝返りを打ったことでルフィの腕がエレインを吹き飛ばしてしまった。エレインは壁に叩きつけられ潰れた猫のような声を出す。その後エレインはゆらゆらと亡霊のように立ち上がる。

 

「いい加減に………起きなさーい!!」

 

「わっかりました~!!」

 

 そして大声と共に暴風を起こしてルフィを男部屋から叩き出した。風で吹き飛ばされたルフィは飛び起きてそのままダイニングへ向かう。

 こんな感じで彼女は朝から大忙しのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズザアァァァァ!!!

 

ガキンッ!ガキンッ!

 

 午前9時、朝食とその後片付けが終わるとエレインは甲板でゾロと訓練を始める。無数のクナイとなったシャスティフォルを雨のようにゾロに向かって降らせ、ゾロはそれを最小限の動きでかわし、かわしきれないものは刀を使って弾いていた。

 

「”三十六煩悩砲”!」

 

 クナイがすべて放たれた後、そのスキをついてゾロが空に浮かぶエレインに斬撃を飛ばした。

 

ザンッ!  

 

 その斬撃はクナイが集まって一本の槍となったシャスティフォルによって切り裂かれ、霧散した。そんな訓練が約二時間続き、終わるとエレインはストンッとゾロの前に降りて礼をする。

 

「ありがとうございました。」

 

「こっちもだ。大分動きが良くなったな。」

 

 ゾロが言ったことは素人目に見ても分かる。エレインとゾロの特訓は彼女が仲間になってからずっと行われてきたことだ。最初の頃はまだ戦闘にどこかぎこちなさがあったエレインだが、毎日ゾロと訓練を重ねていく内に、最近ではより高度で複雑な魔力操作ができるようになっていた。

 

「おーいエレイン!こっち来いよ!ウソップと射撃ごっこしようぜ!」  

 

 その時、船頭で遠くに浮かぶゴミや岩礁を撃って遊んでいたルフィとウソップとチョッパーがエレインを呼ぶ。エレインは「はーい!」と返事をしてルフィ達の下へ駆け寄っていった。度々こうやってルフィの相手をするのもエレインの立派な仕事の一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この戦では彼の策略が勝利の大きな要因となったと考えられているわ。」

 

「なるほど、こっちの資料によるとそのためにかなり前から下準備を進めていたみたいですね。」

 

 昼食も終わって午後1時。エレインは紅茶を飲みながらロビンと優雅に歴史の勉強をしていた。テーブルの上に歴史の本を何冊か広げ、二人で討論をしている。何でも学ぼうとするエレインに歴史を教えるのはロビンとしても楽しいようで、二人は真剣に、時折笑いながら楽しそうに1時間ほど話していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ん~♡最高ですぅ♡」

 

 ロビンとの勉強が終わるとエレインはおやつの時間になる。サンジ君の特製スイーツ、今日はイチゴをふんだんに使ったパフェを頬張り、ほっぺたを押さえながら至福の笑顔を浮かべる。その笑顔はまるで世界中の幸せがそこにあるかのような、見てるこっちがにやけてくる満面の笑みだった。自分が作ったものをそんな顔で食べてもらってキッチンのサンジ君も嬉しそうにしている。

 

「美味しかったです。ごちそうさまでした。これで午後からも頑張れます。」

 

 食べ終わった後も味の余韻に浸り、しばらく可愛くぽんやりしていたエレインだが、ハッと意識を取り戻すと恥ずかしそうにはにかみながらサンジ君にお礼を言ってダイニングを後にした。

 おやつを食べてエネルギーが充電されたのか、その後エレインは鬼神のように大浴場の掃除やサニー号の大掃除をこなした。あっちこっちに飛び回って掃除をするエレインの姿に私は思わず圧倒されてしまった。

 

 その後彼女は朝食、昼食と同じく夕食の準備をサンジ君としていたが半分ほど準備が終わるとサンジ君に断って途中でキッチンから出て行ってしまった。何事かと追いかけていくと、なんと彼女はフランキーの下へ行き、サニー号のメンテナンスの仕方まで習っていた。船の修繕はフランキーに任せるとして、日々のメンテナンスはエレインが引き受けるつもりらしい。

 

 午後7時半頃になると夕食の準備が整い、皆でダイニングに集まってわいわい騒ぎながら宴会並みの大騒ぎの夕食、それが終わると入浴の時間である。いつもは入浴するのは私とロビンとサンジ君くらいで、他の皆は週に数回しか入らないが、今日は時折開催される男の大お風呂大会の日だった。私とロビンが入浴を終えた後、男チームが大浴場でバカ騒ぎを始めた。

 その間もエレインの仕事はある。脱ぎ散らかされた男共の服を拾い集め、タライを使ってゴシゴシと洗濯をする。その服達をサニー号のジムへと登る縄梯子に干したところでルフィ達が上がってきて、ようやくエレインが入浴する。何度か一緒に入ろうと誘ったのだが、なぜかエレインは異常に恥ずかしがって必死に断った。

 

 お風呂から上がったエレインは、ロビンが選んだ可愛らしいピンクの水玉のパジャマを着ると私の下にふわふわと近づいてきた。

 

「ナミさん、今日は海図を書くご予定はありますか?」

 

 そういえば、と彼女に海図を書く手伝いを頼む時は大抵今くらいの時間だったと思い出した。彼女に海図の手伝いを頼むようになったのはやはり彼女が仲間になってから間もない頃だ。彼女が私の海図に興味を持っているようだったので教えてみたところ、かなり呑み込みが早くて驚いたのを覚えている。それどころか彼女は平面で地図を書き表すための投影法や緯度経度の基準や測量方法についてなど、地図の読み方を知らない素人がするには明らかにおかしい質問をしてきた。私は彼女にどこかで何か教育を受けたことがあるか聞いたが、本人は首を傾げるばかりだった。

 

 話は戻していつもなら手伝いを頼むところなのだが、今日一日を通して彼女の大変さを知ってしまったため、とても頼む気にならなかった。

 

 今日知った彼女の仕事はまだほんの一部に過ぎない。誰かケガをしたり病気になったりすればチョッパーの治療の手伝いをするし、ウソップやフランキーと一緒に兵器の開発をしたりもする。さらには私から航海術を学んで私の補助までするのだ。

 

 そう思うと、とたんに今まで何も知らなかったことの罪悪感と普段どれだけ彼女に尽くされているのか知ったことによる感謝の気持ちが私の中に込み上げてきた。私はその気持ちに流されるまま彼女を抱き上げる。

 

「へ?わわっ!?どうしたんですか!?」

 

「何でもないのよ……ぐすっ………いつもありがとねエレイン!」

 

「え?ナミさんどうして泣いてるんですか?ていうか恥ずかしいですから降ろしてください!」

 

 何故か涙まで出てきた私は困惑するエレインをしばらくの間抱きしめて離さなかった。

 そしてその日以来、私がエレインに異常に親切になるのはまた別のお話。

 

 

 

 


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