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現在決戦地ブリタニアにて、センゴクを始めとする海軍の面々は心の底から震え上がるような恐怖を感じていた。その恐怖は例えるならカエルが蛇に睨まれた時に感じるような、天敵に対するものに近い。本能的な恐怖を感じていた。
その要因となっているのはセンゴク達が政府の命で復活させてしまった目の前の化け物たちだ。
赤い甲冑のような姿をしてハルバードを肩に担いだ長身の老人、前髪がパッツンヘアーのピンクの髪を持ち白いレオタードを着て体の周囲に纏う闇が特徴的な少女、タコの触手のようなもので体を覆い隠す赤髪の少年、腕が4本あり肌が緑色の顔をボロ布で隠す巨人、禍々しい闇に仮面のような顔が無数に浮かんだ異様な姿の化け物、衣類を纏っておらず体の最低限の部分だけを闇で隠したオレンジ色の髪の猫目の女性、マントを纏ってストレートパートの髭を生やした黒紫色の髪の男性、紺色の服を着た銀髪で不気味な雰囲気を持つ男、赤い服を着た黒髪の少年………。
その誰もが四皇と呼ばれる海の皇帝達が支配する
そう思ったセンゴクは彼らの並々ならぬ脅威に思わず息を呑んだ。
「…ケツから言って、称賛ものだな」
突如オレンジ髪の女性が空を見上げてそう呟いた。それだけで海兵達はビクッと怯えて後ろに下がる。
「それは一度ならず二度までも我々をこの忌々しい女神の封印に追い込んだあの時の人間達の手腕は敵ながら称賛に値するものだ_ということか?」
まるでその女性の言葉を翻訳するかのような髭の男性の言葉に、オレンジ髪の女性は「ん」と返す。その会話を聞いていた赤い服の少年はギリッと歯を食いしばり、右の拳を力いっぱい握りしめる。
「………っ! メリオダスめっ……!」
その際、その少年から尋常じゃない殺気が放たれ、海兵達の何人かが泡を吹いて倒れてしまった。その中には、異常に高い見聞色の覇気の素質を持つコビーの姿もあった。そんな彼らをヘルメッポを始めとする周りの海兵が介抱する。化け物たちはそんな海軍のことなど意にも介さずに会話を続けている。だが、そのおかげでセンゴクは恐怖を和らげ、冷静になる時間が与えられた。
「(確かにこいつらは恐ろしい。だがここには私やガープ、ドーベルマン、そして海軍の最高戦力であるクザンもいる。さらにはベガパンクが新開発した”あの兵器”もある。何も恐れることはない。)」
「んんっ……」
センゴクがそう考えていると丁度気絶していたガープが目を覚ました。ガープは頭を押さえながら立ち上がると目の前の赤い服の少年を見て目を見開いた。
「ルフィ?あ、いやよく見たら違うか。すまんのぅ、髪の色が似とったから見間違えてしまったわい」
がっはっはっはと笑うガープを見てセンゴクはため息をつく。だが、そんなガープの戯言のおかげで化け物たちの関心がようやくセンゴク達海軍に向いたようだった。
「あー、まずは復活おめでとう。お前たちの封印を解いたのは他でもない私達だ」
まずはセンゴクが前に一歩出て最初に発言してその場の主導権を握る。場を制圧する第一条件としてまず誰よりも先に発言して存在感を示さなければならない。智将と呼ばれるセンゴクはその辺をよく理解していた。
「……何こいつ、人間?」
「にしては随分闘級反応が高いッスねぇ。信じられねぇッス」
ピンク髪の少女、赤髪の少年がセンゴクを見て何やら困惑の表情を浮かべている。主導権を握れたかどうかは不明だが、センゴクは少なくともなめられたわけではなさそうだ。
「お前たちを復活させた理由はただ一つ、我が海軍の軍下に入り、正義の戦力になってもらうためだ」
センゴクは要件を単刀直入に言った。力を持った相手には余計な長話は避け、そうした方がいいことを経験上知っていたからだ。化け物たちはそれに眉一つ動かさず、何も言わない。
「ククク……カーッハッハッハッハッハッ!! 愉快愉快!」
その静寂を破ったのは甲冑の老人だ。彼は体を反らして大層面白そうに大笑いする。
「あの裏切り者と結託したあの時の
そこまで話すとその老人と赤い服の少年の姿がフッと消えた。そして次の瞬間には二人は海軍元帥であるセンゴクですら追うことが困難なスピードでそれぞれの得物を構えてセンゴクの眼前まで迫っていた。
「この身の程知らずがっ!!」
老人のハルバードと少年の剣がセンゴクに迫る。
ガキィンッ!!
だがそれらはセンゴクに届くことはなかった。老人のハルバードをガープが、少年の剣をドーベルマンがガードしたからだ。ドーベルマンと少年は組み合ったままだが、老人とガープは互いに距離をとって好戦的な笑みを浮かべる。
「むぅ、お前さん中々やるようじゃのう」
「がっはっは! お前もな! 年甲斐もなく燃えてきおったわい!」
老人とガープはどちらも武人気質なところで気が合うのか敵同士でありながらも互いに笑いあう。
「やれクザン!」
そのスキにセンゴクは青キジに指示を出した。
「あいよっと」
青キジは軽い返事をしてセンゴクの命令を実行した。海軍大将の実力を遺憾なく発揮して化け物たちの間を目にも止まらぬ速さで走り抜け、彼らに銀の首輪を装着していく。
「! こいつは………」
首輪を装着された銀髪の男が体に起こった異変に気が付いた。
「それは”
腕を組んでそう告げるセンゴクだが、ガープと対峙している老人はフンっと鼻で笑う。
「我ら最高位の魔神に魔力を封じたくらいで勝った気でいるとは浅慮な男よ。貴様等ごとき今のままで十分じゃということを_」
「いや、分かった」
老人はハルバードを構え、センゴクに再び斬りかかろうとしたのだが、赤い服の少年は剣を腰の鞘に収め、戦闘態勢を切ってしまった。これには老人も驚きの表情を浮かべる。
「……そうか、分かってくれたようで嬉しい。ひとまずお前たちはこの島で待機していてくれ。任務があればこの電伝虫で指示を出す」
思ったよりもすんなり事が進んで腑に落ちないセンゴクだが、赤い服の少年に電伝虫を手渡して待機命令を出す。
「おいっ! どういうつもりじゃゼルドリス!!」
「黙っていろガラン」
老人_ガランはこの結果が気に食わないのか激昂するが、少年_ゼルドリスに言われて押し黙る。センゴクはこの時点でこのゼルドリスという少年がリーダー格なのだろうと判断した。
その後、センゴク達はマリンフォードに向けて出航し、島には十戒の面々のみが残った。
「…何故奴らに従ったの? ちゃんと説明してゼルドリス」
ピンク髪の少女_メラスキュラの質問に「ああ、分かってる」と答えた。その後、十戒は島の奥地へ消えていった。
▽
「いやぁ、美味しい料理、ごちそうさまでした」
「あの、それはいいですけど顔を拭きましょう?」
そう言って俺はサニー号のダイニングでソースや食べ物のカスで顔中を汚したガイコツにハンカチを渡した。このガイコツの名はブルック。航海中にひょんなことから出会い、ルフィが新しい仲間として勧誘した人物(?)だ。
ウォーターセブンを出航した俺達は次の島である魚人島を目指して順調に航海をしていた。その途中、毎年100隻以上の船が謎の消失を遂げる”
それはさておき、ルフィ以外の皆はブルックのことを怖がるか警戒している。まぁ怪しい海で怪しい人物に出会ったのだからそれが正しい反応だ。しかし、俺は兼ねてより彼のことを知っていたのでルフィと同様に極めて自然に徹する。
原作では彼は最初こそ皆に気味悪がられるものの、その義理堅さから後に受け入れられて麦わらの一味の一員となる。海賊であり、一度
そんなブルックは俺も好きだし、仲間になることに不満はない。あるとすれば美人に目がない彼がナミやロビンのパンツは見たがるのに、魅惑のエレインボディを持つ俺にはノーリアクションということだが、そこはどうでもいい。
しかし、ブルックを仲間にするのには大きな障害がある。実は彼は今、ある人物に影を奪われている状態で日の光を浴びると消滅してしまう体になっている。その人物の名は”ゲッコー・モリア”。世界でたった七人の政府公認の海賊”王下七武海”の一人でカゲカゲの実の能力者である。モリアは他人から奪った影を死体や物に入れることでゾンビの兵士を作り出すことができ、その力で過去に活躍した猛者達の無数のゾンビ兵を従えている。
ズズゥンッ!
「わわっ!?」
「おっと、大丈夫ですか!?」
「これは何の振動だ!?」
ブルックからモリアについての話を聞いていると突如サニー号が大きく揺れた。椅子に座っていた俺はバランスを崩して倒れ、ブルックがそれを受け止めてくれる。
「まさか! この船はもう監視下にあったのか!?」
ブルックは慌てた様子で甲板に飛び出すと目の前に広がる光景に目を見開いた。俺も甲板に出てみてその光景に「え?」と思わず言葉が出てしまった。さっきまで周りは何もない暗い海だったというのにいつの間にか不気味な雰囲気が漂う島が存在していた。
頼りない原作知識によると確かあれは”スリラーバーク”。モリアが所有する世界最大の海賊船だったはずだ。俺達はあのバカでかい海賊船に捕まった形になったらしい。
「あなた達はここを何とか脱出してください! 絶対に海岸で錨を下ろしたりしてはいけません!」
俺達の身を案じてブルックはそう言って自分の影を取り戻すべく、サニー号から飛び降り、海の上を走って単身スリラーバークに乗り込んでいってしまった。だが、冒険好きのルフィがそんな忠告を聞くはずもなく、俺達もスリラーバークに上陸することになった。
ナミとウソップとチョッパーは怖くて行きたくないということで、一先ずフランキー作の小舟を試し乗りすることになった。それがメリー号を模して造られた小舟ミニメリー2号だ。ミニサイズだが復活したメリー号に三人は大喜びで乗り回す。
ガコンッ!
ミニメリーの姿が霧のせいで見えなくなった時、変な音と共に三人の悲鳴が聞こえた。ミニメリーが島に乗り上げでもしたのだろうか。俺が空を飛んで三人の安否を確認しようとするが、突然サニー号の錨が勝手に下りたり、ハッチが勝手に空いたり、ルフィのほっぺたがむにょーんと伸びたりと不自然なことが立て続けに起こる。
「これは………まるで透明人間でもいるかのようですね」
「透明人間? んなもんどうしろってんだ」
「私に任せてください」
異変を感じた俺は目を瞑り、辺りに意識を集中させた。
妖精族に転生した俺だが、まだ人間としての意識が強いためか読心や変身といった妖精固有の技能は使いこなせていなかった。だが、エニエス・ロビーで真・霊槍を発動して魔力が刺激されたのか集中して心の声を聞こうとすれば見えない相手の気配くらいは察知できるようになった。
辺りを探ってみるとロビンに近づこうとする不届き者の気配を感じ取った。
「去れ曲者っ!」
ズドンッ!!
「ぐふぅ!?」
俺がその一見何もない空間に槍形態のシャスティフォルを飛ばすと確かな手応えと聞きなれない男の呻き声が聞こえた。ビンゴだ。
「おぉ! 本当にいた!」
「よく分かったなエレイン!」
透明人間はシャスティフォルに押されザザーッと甲板の芝生に足の跡をつけながら後ろへ滑る。その芝生の変化でルフィ達も透明人間の存在を確認した。俺の横に戻ってきた槍形態のシャスティフォルの刃の先端がほんの少し血に濡れている。本気ではなかったとはいえ、普通の人間ならば重傷を負ってもおかしくない力で攻撃したのに。透明人間は常人をはるかに超えた強靭な肉体を持っているようだ。
「ガルルルルル………!!」
「? 猛獣の声?」
バッ!!
「あ! こら待ちなさい!」
突然聞こえた猛獣の唸り声。恐らく透明人間が発したものだろうが、いきなり突拍子もなく聞こえたその声に俺は一瞬意識を反らしてしまい、そのスキに透明人間は船から逃走を図った。俺は再び気配を探って慌ててその後を追う。
「ホロホロホロホロ…♪」
「わっ! 何ですかこれ!?」
透明人間を追って島に飛ぼうとした時、突然どこからともなく間抜けな顔をしたゴーストが現れた。かなりの速度で飛んでいた俺はそれを避けきれず、ゴーストは俺の腹部辺りを通過する。
「……あうぅ………私のような者が……目障りにも空を飛んで………すみません………」
「おいっ! どうしたんだよエレイン!」
するとあっという間に俺の思考がすべてマイナス方向のものへ塗り替えられた。超ネガティブ思考になった俺はクッション状態のシャスティフォルに顔を埋め、体を丸めてふらふら宙を漂う。少しずつ高度が下がって海に堕ちそうになる俺をルフィが受け止めてくれた。
「何だ!? 小娘に何が起きたんだ!?」
「あのゴーストが何かやりやがったのか!」
「ちっ! とにかく船をつけるぞ! エレインがそんな状態じゃ三人を追えねぇ!」
「うぅ…私なんて…いっそハエに生まれれば良かったのに…」
「そんなことないわ。あなたは妖精族のエレインよ」
空を飛べる俺が行動不能になってしまい、ナミ達を素早く救出に行く手段がなくなってしまった。まだネガティブが続く俺をロビンが抱きしめて慰める中、ルフィ達は錨を上げたり、帆を張ったりしてスリラーバークへ上陸しようとする。
ドォ…ン…!
「何だ!?」
「波が!?」
しかし、まるで俺達の侵入を拒むかのように突如不自然な波がサニー号を襲い、船はどんどんスリラーバークから遠ざかる。
「いかん! ナミさんと逸れちまう!」
「フランキー! 船の秘密兵器で何とかしてくれ!」
「よしっ! 飛び出すびっくりプールってのがあるぜ!」
「「「楽しそうだなー、ってアホかっ!!」」」
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あの後俺達は不自然な波に翻弄され、俺のネガティブが解けた頃に巨大なクモの巣にサニー号が引っかかってようやく島に船をつけることができた。船をつけた桟橋には計算したとしか思えないくらい丁度よく島の正面入り口があり、怪しみながらもそこから島に入る。
「お! 何だありゃ?」
入り口を通るといきなり下りの階段があり、そこを下ると無数のガイコツが敷き詰められた趣味の悪い堀に出た。その堀の奥から何やら大きな獣がのっしのっし歩いてきて俺達を歓迎する。その獣は犬の身体に三つの尻尾、そして二つの犬の首に一つ狐の首が混ざった奇妙な出で立ちをしていた。
「一応…ケルベロスでいいんでしょうかねあれ」
「へぇ、地獄の方が安全だろうに」
「あら、可愛いわね」
「あいつケンカ売ってねぇか?」
「生意気だな」
「うめぇのかな?」
本来ならこういう異形な生物を目の当たりにした人間は恐怖したりするのだろうが、生憎そんな可愛らしい精神を持った者はこの場にはいない。俺を含めてな。ケルベロスも怖がる反応を期待していたのか、俺達の反応にガガーンという文字を背負ってショックを受けている。出鼻をくじかれたケルベロス。戦闘能力はそんなにないのか、虫取り網片手にじりじりと迫るルフィに後ずさる。
「にししっ! お手!」
「ワン!ワン!コォン!」
やけを起こしたのかケルベロスは手なずけようとしたルフィの身体に三つの頭でガブリと噛みついた。やはりケルベロスなのに一匹狐が混じっているのは中々シュールだ。噛みつかれたルフィにさほどダメージはなく、ケルベロスの犬の頭をポンポンと叩いてゆっくり離すように促す。
「こんにゃろっ!!」
ボカァンッ!
そして三つの頭をまとめて殴り飛ばし、ぐったりしたケルベロスに「ふせ!」と言って満足気な顔をした。
とにもかくにもケルベロスを手なずけた俺達は意気揚々と不気味な島に足を踏み入れた。ケルベロスに乗ったルフィが楽しそうに声を上げる。
「入ってすぐこんなオモロいの出てくんだからこの島楽しみだなー!」
「ケルベロスがいたんですからデュラハンとかも出てくるんですかね?」
「ふふっ、どうかしらね」
「元気ねぇなケルベロス、シャキッとしろ!」
「まぁ、敗者に妙な同情はしねぇこった」
「お~い!ナミさ~ん!どこだーー!?」