とある妖精の航海録   作:グランド・オブ・ミル

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スリラーバーク編5・待ちぼうけの妖精王後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある夜、ハーレクインは夢を見た。それは、ありし日の自分が過ごした記憶が夢となって現れたものだった。

 

『兄さんはやくー!』

 

『エレイン、待ってくれよ!』

 

 そこはいつか居眠りした時に夢で見たことのある森だった。ディアンヌと過ごすこの島では見られない不思議な植物が生えている森で、自分は白いドレスを着た金髪の少女と追いかけっこをしていた。二人とも妖精族なのだが、まだ魔力が目覚めていないのか、木々が立ち並ぶ森の中を楽しそうに走り回っている。エレインと自分が呼んだ少女も、自分もまだ羽が生えていなかった。

 

『おーーい! ハーレクイン! エレイン!』

 

 しばらく走り回っていると空から自分達を呼ぶ声が聞こえてきた。自分とエレインが空を見上げると、植物を象った杖を持った妖精が二人の前に降り立った。どうやら彼は自分達と面識がある妖精族の戦士のようだ。

 

『お前達こんなところにいたのか。早く森の奥に戻んな!』

 

『どうしたの?』

 

『人間達が集団でまた森に攻め入ってきたんだ。これから妖精王様と俺達とで戦いに行くのさ。』

 

 早く避難しろよ、と自分達に告げるとその妖精は羽を羽ばたかせて遠くへ飛んでいってしまった。自分とエレインはその背中をじっと見つめている。

 

『かっこいいな………』

 

『? どうしたの?』

 

 ふと自分が呟いた言葉にエレインが首を傾げた。

 

『いや、何でもないよ。ただ、魔力が発現したら、オイラもあんな風に妹のキミや、皆を守れるようになりたいなって思ってさ。』

 

 そう言って自分は照れくさそうに頬をかいた。エレインはキョトンとしていたが、すぐに嬉しそうに笑った。

 

『ふふっ、ありがとう。私も兄さんを支えられるような魔力を発現させたいわ。』

 

 夢の中で自分とエレインは楽しそうに笑っている。その光景を見てハーレクインは安心した。自分にエレインという妹がいることを思い出せたこともそうだが、その妹と仲良く、幸せに生きていたことが分かったからだ。

 

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

 

 

 

 だが、その安堵は瞬く間に消滅した。今まで穏やかだった夢の雰囲気が一変し、重く、暗いものへと移り変わる。自分とエレインの顔から笑顔が消え、そこら中から罵詈雑言の嵐が聞こえてくる。

 

『なんだよハーレクイン、まだ羽生えねえのか。』

 

『来年、新しい妖精王が選定されるらしいぞ!』

 

『すげぇ! エレイン何だその魔力!?』

 

『くそっ………! どうしてオイラは………!!』

 

『大変だ! エレインが”悪魔の実”を………!』

 

『えへへ………、私、兄さんの助けになったかな………?』

 

『エレイン………何で………』

 

『………今代の妖精王はハーレクインに決まったらしい。』

 

『何で神樹はあんなやつを………』

 

『………………』

 

 仲が良かったはずの自分とエレインの仲は引き裂かれ、だんだん距離ができていく。

 

 __妖精王………? 妹…エレイン……? オイラは……オイラは一体………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハーレクインッ!!」

 

「はっ!」

 

 不安そうに涙を浮かべ、必死に自分を呼ぶディアンヌの声に、ハーレクインは飛び起きた。呼吸は荒く、汗もびっしょりかいている。

 

「い、今のは……」

 

「だいじょうぶ? ハーレクイン、すっごくくるしそうだったよ?」

 

「な、何でもないよ。ちょっと夢見が悪かっただけさ。」

 

「でも……」

 

「大丈夫だって。今日は確かドレイクの所に遊びに行くんだったね。早く行こう!」

 

 そう言ってハーレクインは無理に笑うとディアンヌを連れて外へ出た。さっきの悪夢は間違いなく自分にとって重要な記憶なのだが、すべての記憶を取り戻すには何かもう一つきっかけが必要だった。

 

 ハーレクインとディアンヌは洞くつを抜けて海の方へ歩いて行く。余生をこの島で過ごすことに決めたドレイクは海岸に小屋を建てて魚を獲りながら暮らしている。

 

「わっ! すごーいっ!」

 

「いつの間にか小屋がたくさん………」

 

 いつも通る丘から海岸を見下ろした二人は目を見開いた。この前来た時はドレイクの小屋一軒しかなかった海岸に、いつの間にか小屋がたくさん建っていて一つの集落が出来上がっていたからだ。よく見ると小屋だけではなく、畑や牧場などもできている。

 

「わーっ! 巨人だ!」

 

「あのチビっ! 宙に浮いてる!」

 

 集落に近づくと広場で遊んでいた子供達がハーレクインとディアンヌに驚いた。子供達はハーレクインがこの集落のことを尋ねようとする前に逃げていく。

 

「おーい君達、もしかしてディアーネとヘレキンかい?」

 

「あ、ドレイク!」

 

「あれ? でもあんなに若くなかったような………」

 

 子供達が逃げた先には、ドレイクによく似た青年がいた。ドレイクにそっくりではあるが、最後に会った時より随分若いうえ、自分達の名前を微妙に間違っていることからハーレクインはすぐに彼がドレイクとは別人だと気づく。

 

「僕はドレイクの孫だよ。じいさんの昔の知り合いの人達が集まってできたこの集落で牧場をやっているんだ。」

 

 ディアンヌとハーレクインはドレイクの孫だという青年から詳しい話を聞いた。子供の頃、母親と一緒にこの島へ来たこと、ドレイクから自分達のことをよく聞いていたこと、牧場をやる傍ら、ドレイクのような海軍将校になるために日々トレーニングをしていること。

 

 ドレイクの孫と話す時間はとても楽しいものだった。だが、同時に二人は自分達と人間との時間の感覚のズレを肌で感じる。

 

「オイラ達にとっては昔のことでも、人間にとっては随分昔のことなんだね………」

 

 そして洞くつへと戻る帰り道、ハーレクインはふと海岸に停泊する一隻の船を見た。となりの島の大きな町に色々なものを買いに行くために集落から出ている船だ。その船に乗り込む人々や、となりの島で売るために積み込まれた作物を見た時、ハーレクインは欠けていたピースが揃ったような感覚を覚えた。

 

 

 

 そしてその晩、ハーレクインは記憶の全てを思い出した。

 

『妖精王様! 一大事です! ヘルブラムと共に森の外に出た連中が捕まりました!』

 

『相手は海軍の大将を名乗る男です!』

 

『きっと狙いは我々の羽だ! ”天竜人”が我らの羽が長寿の薬になるという噂を信じているとの話があった!』

 

『妖精王! このままでは彼らは………!』

 

 

 

 

「はっ!!」

 

 いつものようにディアンヌの隣で寝ていたハーレクインは飛び起きた。その顔は今までにない真剣な表情をしていて、ただならぬ雰囲気にディアンヌも起きる。

 

「どうしたの……? ハーレクイン。」

 

「………全部、思いだした。オイラは妖精界の神樹に住む妖精族の王で………たくさんの仲間と、大切な妹がいて………神樹を通して妖精界とこの世界を結ぶ妖精王の森を見守っていた。」

 

 だがある時、人間に興味を持っていた親友のヘルブラムが悪い人間に騙されて連れ去られてしまった。ハーレクインはそれを追って、たった一人の妹を森に残し、その人間に戦いを挑んだが、不意を突かれて海に落ち、この島に流れ着いたのだという。

 

ドォーンッ!!

 

「「!?」」

 

 ハーレクインがそこまで話すと突如轟音が響いた。二人が慌てて外に出ると集落がある方の空が赤く光っていた。火の手が上がっているようだ。

 

「ハーレクイン! はやくいこう!」

 

「いや危険だ! ディアンヌはここにいて!」

 

 ハーレクインはヒュッ、とディアンヌの前に浮かび上がってそう言った。

 

「ここはオイラが一人で行く。それが終わったらオイラは………」

 

「…おともだちをさがして、みんなのところへかえってあげて。」

 

 ディアンヌはそう言って寂しそうに笑顔を作った。だがハーレクインは振り向いてディアンヌの目を見てこう言った。

 

「必ず君の元へ戻る! 約束するよ!」

 

「…………うん!」

 

 ディアンヌは嬉しそうに笑った。その笑顔を見届けてハーレクインは集落に向かって全速力で飛んでいく。集落は家や牧場がメラメラと燃え上がって壊滅していた。そこに住んでいた人々は背中を無残に切り刻まれて絶命している。それは、連れ去られた仲間達が人間達にやられていた殺され方に酷似していた。

 

「まさか………あの海軍大将の男が………」

 

 そう思ったハーレクインだが、すぐにそれはないと思い直す。何せあれは数百年前の話だ。人間が生きていられるわけがない。

 

ザッ………!

 

 だが、その予想を覆す存在がハーレクインの前に現れた。

 

「なぜ……生きている!?」

 

 少し緑がかった短髪にもじゃもじゃの髭、そして特徴的な左目の眼帯にたなびく”正義”のコート。その男は間違いなく数百年前、ヘルブラム達を連れ去った海軍大将だった。血まみれのドレイクの孫を引きずって現れたその男を見てハーレクインは戦慄した。

 

「それはこちらのセリフだ………!」

 

 だが、その海軍大将もハーレクインの顔を見て驚いていた。

 

「俺っちを助けに来たチミは奴に不意を突かれて殺されたとばかり………だから今度は俺っちが奴の不意を突いて殺してやった。」

 

「その口調………! まさかヘルブラムなのか! その姿は何のつもりだ!」

 

 海軍大将の男がしゃべる独特の口調、それを聞いたハーレクインは親友の名前を叫んだ。すると男はポンッ、という軽い音と共に羽の生えた小さな少年の姿に変わった。その少年は間違いなく親友のヘルブラムだった。

 

「あの姿は人間への憎しみを忘れんためのものさ。」

 

「じゃあこの人達は君が……!? 君は人間が好きじゃなかったのか!」

 

「……うん、好きだったよ。弱くて愚かでも短い命を懸命に生きる人間が愛しかった。でも人間は………俺っちの仲間を騙し、その羽を奪ったんだ!!」

 

 途端にヘルブラムの顔が怒りと憎しみにまみれたものに変わる。

 

「任務のためだとか言って! 一人一人………ゆっくりと傷つけないように!! なぁ! 想像できるか!? 目の前で一人一人! メリメリブチブチって羽を引き裂きもがれるんだ! 今でもあの音と皆の悲鳴が頭にこびり付いているよ!!」

 

 涙を流し、憤怒の表情で人間への怒りを語るヘルブラム。だがハーレクインにはその声が「自分を止めてくれ」と言っているように聞こえた。

 

「俺っちは人間が憎い!! だから二百五十年間殺し続けた!! だけど足りないんだ!! この世界から人間を滅ぼすまでは!!」

 

 ハーレクインは傍らからバラの花を一輪摘み取り、魔力を込めてヘルブラムに放った。バラはヘルブラムの胸を貫き、白かった花びらが赤く染まる。絶命し、怒りと憎しみから解放されたヘルブラムは安らかな顔で倒れる。ハーレクインはその亡骸を抱えていつまでも泣き続けた。

 

 __オイラは償わなければならない。長い間、本当に長い間友達を苦しめてしまったことを。

 

 夜明け前、ハーレクインはディアンヌの待つ洞くつへ戻った。彼の姿を見て嬉しそうに笑うディアンヌにハーレクインは魔力を込めた花を放った。その花がディアンヌの首に当たると彼女は意識を失って倒れた。

 

 __ごめんねディアンヌ、君との約束は守れなかった。どうかオイラのことは忘れて生きてほしい。

 

 ディアンヌから自分との思い出を消したハーレクインは全焼した集落へ戻る。しばらくすると海軍の軍艦が島に到着し、海兵達はハーレクインを拘束した。やがてハーレクインは政府に事の顛末をすべて話し、それを受けて政府は彼に罪を言い渡した。

 

「長きに及んだ一人の妖精による人間の虐殺! その凶行を妖精王は知らず! 見過ごし! 放置した! 我々と不可侵の密約を結んだはずの妖精の長の罪は重い! 大罪人ハーレクインに〈怠惰の罪〉を言い渡し! インペルダウンに禁固千年の刑に処す!!」

 

 __ねぇディアンヌ。もしまたいつか会えたなら、もう一度君に………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どう思う? 今回の事件。」

 

「予想通りと言ったところか。やはり魔力とは実に厄介な力よ。」

 

「うむ、悪魔の実のように、海楼石で容易に制御することができん。そう言った意味では妖精族は今の世界では脅威となりうる存在。」

 

「左様、だから早い段階で奴らは消しておくべきだったのだ。」

 

「まあ良いではないか。今回の事件、我らにとっては非常に好都合。妖精王は消え、大義名分も充分揃っておる。」

 

「うむ、では指令を出す! 至急海軍本部元帥に伝えよ! ”準備が整い次第妖精王の森へ一斉攻撃を仕掛けよ”と!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻り、ここはスリラーバークの森。エレインとキングが戦う最中、ルフィはモリアを追いかけまわしていた。影を取られた者は太陽の光を浴びると消滅してしまう。全員の影をいっぺんに取り返すべくルフィは真っ先にモリアに戦いを挑んだ。だが、そんなことはモリアは承知だったようで、ルフィと真っ向から戦うことはせず、逃げ回って時間を稼いでいた。

 

「捕まえたっ! もう逃がさねぇぞコノヤロー!!」

 

 屋敷から追いかけっこをしてこの森でようやくルフィはモリアを捕まえることができた。腕を伸ばしてモリアの身体をガッチリ拘束したルフィだが、モリアはその拘束をニュルン、といともたやすく抜け出してしまう。

 

「え? カゲ?」

 

 今更ながらルフィは今まで追いかけてたモリアが全身真っ黒の偽物であったことに気づいた。モリアがカゲカゲの実の能力で作り出した偽物_”影法師(ドッペルマン)”はヒューン、とどこかに飛び去ってしまった。

 

「しまった~!! 騙されてた~! ここはどこだ~!?」

 

 夜明けまで時間がない中、大幅に時間をロスしてルフィは焦る。

 

「とにかく早くモリアを探さねぇと! どこにいるんだ!? 屋敷か!?」

 

 もう一度モリアに会うべくルフィは屋敷に向かって走り出した。

 

ビュンッ! ドゴォンッ!!

 

「わっ! 何だ!?」

 

 そんなルフィの目の前に何かが墜落してきた。その墜落によって巻き起こった砂ぼこりが晴れてくると落ちてきたものの正体が分かった。

 

「エ、エレインッ!」

 

「ゼー……! ゼー………!」

 

 ルフィはクレーターの中心で倒れるエレインに駆け寄った。彼女は身体中ボロボロで、吐く息も苦しそうだった。

 

「どうした!? お前の兄ちゃんにやられたのか!?」

 

「その通りですよ。」

 

「っ!」

 

 ルフィは声が聞こえた上空を見上げた。そこには頭の後ろで手を組んで寝転ぶキングの姿があった。彼の傍らでは魔剣がフィンフィンと回転しており、背後では何本もの触手がうねうねと動いている。

 

「さっきぶりですね、麦わらのルフィ。」

 

「お前っ! よくもエレインを!!」

 

ビュンッ!

 

 言うが早いか、ルフィは腕を伸ばして上空のキングを攻撃した。

 

「おっと、まったく何度も言わせないでくださいよ。今の私はモリア様の忠実な僕なんです。」

 

 キングはその拳をかわしながらヘラヘラと笑う。

 

「何だとぉ! 許さねぇ!!」

 

 その態度に頭にきたルフィはさらなる攻撃をキングにしかけようとする。

 

「待って………船長……」

 

 だが、その攻撃は後ろから待ったがかかった。エレインだ。彼女はボロボロの身体を何とか奮い立たせてよろよろと立ち上がった。そしてふわりと浮かび上がってルフィの隣へ来る。

 

「大丈夫ですから………彼は私が何とかします………船長はモリアを………」

 

 エレインはあくまで自分の役割を全うしようとしていた。何せキングは原作には登場しないイレギュラーだ。自分が何としてもこいつをここで食い止めて、ルフィ達と関わらないようにしなければモリア戦の勝敗に影響が出る可能性が大きい。例え勝てなくても、せめてルフィ達がモリアとオーズを倒すまで引き付けておかなければならない。エレインはそう考えていた。

 

「…………いや、いいよ。俺があいつをぶっ飛ばすからお前は休んでろ。」

 

 だが、ルフィはエレインの申し出を断った。ギア2を発動して身体中から蒸気を噴き出す。

 

「え? い、いや大丈夫ですよ船長! ちょっと傷が深く見えますけど、実際のダメージは大したことないんです! 魔力だってまだまだ残ってますし、私が何とか食い止めますから船長はその間にモリアを__!」

 

「いいんだ!」

 

 何とかルフィを説得しようとするエレインだが、ルフィはそんな彼女の言葉を大声で遮った。今までルフィにそんなことをされたことがないエレインはビクッ、と身体を震わせる。ルフィはそんな彼女の頬を指で触れた。

 その指は、濡れてしまった。

 

「え…………?」

 

「もうこれ以上、そんな顔で戦うお前は見たくねぇ。」

 

 そう言ってルフィはフッ、とその場から消えた。上空を見上げればルフィはキングと戦い始めていた。キングの木の触手による波状攻撃をルフィは”JET銃乱打(ガトリング)”で粉砕しながらキングに肉薄していく。

 

「これ………涙………?」

 

 エレインは先ほどルフィに言われて、初めて自分が涙を流しながら戦っていたことに気が付いた。何故だかは分からないが、涙はぽろぽろと止めどなく流れ続け、一向に止まる気配がない。

 

「何で私……涙を? いや、それ以前に………」

 

 涙もそうだが、そもそもキングと戦い始めてからおかしなことがあった。エレインの攻撃がまったくキングに届かないのだ。キングはこれは自分の妖精王としての器がエレインを上回ったためだと言っていたが、本当にそうだろうか。エレインはあまり納得できていなかった。

 

 止まらない涙、そして攻撃できない自分。それはキングによって妨害されているというよりも、まるで自分自身がキングを攻撃することを嫌がっているような、その方がしっくりくる。

 

「キングを攻撃することを嫌がる………あぁ、なるほど。そういうことか。」

 

 何で気が付かなかったんだ、とため息をついてエレインは目を閉じ、胸に手を当てた。そして自分自身に問いかけるように祈る。

 

__エレイン、聞こえるか。聞こえたら返事をしてくれ。

 

 すると、エレインの意識は自分の中へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと、ここは………」

 

 次に目を覚ました時、俺はエニエス・ロビーでの戦いで訪れた花畑にいた。身体も普通の男子高校生の自分のものに戻っている。どうやら俺の問いかけにエレインは答えてくれたようだ。少し遠くに、寂しげに膝を抱えて座るエレインの後ろ姿が見える。俺はゆっくりと彼女に歩み寄った。

 

「あんただったんだな、俺の攻撃を止めていたのは。」

 

「…………………」

 

 俺がさっきからキングを攻撃できなかったのは、キングの魔力が俺より上だとか、妖精王としての器だとか、そういうことじゃなかった。単に俺の身体であるエレインが実の兄貴と戦うことができなかった。ただそれだけだった。

 

「……分かっているとは思うが、あれはキングじゃない。モリアにいいように利用されてるだけだ。」

 

「…………分かってるわ、分かってるんだけど………ごめんなさい、私には兄さんと戦うことなんてできない………」

 

 そう言ってエレインはさらに顔を俯かせてしまった。血を分けた兄妹と戦いたくない。その気持ちは充分に分かる。だが、だからといってゾンビとなったキングをあのままモリアの好きにさせておくわけにもいかない。何とか彼女に戦ってもらわなくては。

 

「なぁエレイン、無理を承知で頼む。なんとか戦ってくれないか。でないと………!」

 

「嫌っ!」

 

 俺が言い終わらないうちにエレインは拒絶した。

 

「エレイン………」

 

「嫌よ! そんなのできっこないっ! 何百年も帰りを待ち続けたのよ! 何人もの悪意ある人間から森を守って、海軍の軍隊に襲われて、皆と離れ離れになって、それでも待って………やっと会えた世界でたった一人の兄さんなのっ!!」

 

「…………………」

 

「……だからお願い、兄さんだけは見逃して。他のことなら私、いくらでも力を貸すから。少し苦しい戦いになるかもしれないけど、あの船長さん達と力を合わせれば、兄さんを退けながらモリアを倒すことも__」

 

「…………あんたはそれでいいのか?」

 

 今度は俺がエレインの言葉を遮った。

 

「…………え?」

 

「兄妹と戦いたくない、その気持ちはよく分かる。だがあんたは本当にそれでいいのか? あんたも分かってるだろ? キングの力は強大だ。キングを退けながらモリアとオーズを倒すことなんていくらルフィ達でもできない。ここで倒さなきゃ確実に負ける。」

 

「………………」

 

「そうなればキングはこの先永遠にモリアに使われ続けるんだ。ゾンビ兵として、それこそ馬車馬なんて表現が生易しいくらいに。兄貴の身体がそんなことになって、あんたは、本当に満足なのか!」

 

「っ………!」

 

「……本心を聞かせてくれ。」

 

「………そんなの嫌に決まってる! 満足なわけないっ! でも私は………」

 

 エレインのその声が聞けて、俺は満足気に笑った。

 

「ならもう答えが出てるじゃないか。」

 

 俺はそう言ってエレインに手を差し出した。

 

「一緒に戦ってくれ、エレイン。」

 

 エレインはその手をしばらくじっ、と見つめていたが、やがて涙を拭うとその手を掴んだ。

 

「…………兄を、頼みます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわっ!」

 

 エレインに変わってキングと戦っていたルフィは森の木に叩きつけられた。キングの木の触手によって上空から叩き落とされたのだ。

 

「もうおしまいですか? 3億の首”麦わらのルフィ”。」

 

「くそっ! あんにゃろ中々やるな! ギア2も通用しねぇか!」

 

 あれからルフィはギア2の超スピードで攻撃を仕掛けていたが、キングの周囲の木の触手や、魔剣に防がれてあまりキングにダメージを与えられていなかった。

 

「よし! ならこれでどうだ!」

 

 そう言ってルフィは右手の親指を噛んだ。ギア3の構えだ。

 

「甘いですね!」

 

 だが、それを黙って見過ごす程キングは甘くなかった。ルフィの背後の木々からポポポッ、と無数の水滴の球が浮かび上がる。

 

「やべっ!」

 

「”養分凝縮(コンデンスパワー)”!」

 

 その水滴達はキングの合図で一斉にルフィに襲い掛かる。

 

ギギギンッ!!

 

「!?」

 

「なに!」

 

 だが、水滴はルフィに届く前に打ち落とされた。ルフィの背後では槍形態のシャスティフォルがフィンフィン、と回っている。

 

「遅くなりました船長。」

 

「エレイン、お前………」

 

 その霊槍の主、エレインがルフィの前にストッ、と降り立った。

 

「ご迷惑をかけて申し訳ございませんでした。私ならもう大丈夫です。船長は早くモリアを倒しに向かってください。」

 

「…………ああ、分かった!」

 

 決意ある眼差しでキングを睨むエレインの顔はさっきまでとは別人のように変わっていた。その顔を見たルフィはキングをエレインに任せ、モリアを探しに屋敷の方へ走っていった。

 

「逃がすわけないだろ!」

 

 だが、それをキングが見逃すはずもなく、彼は無数の触手を走るルフィの背中にけしかけた。

 

スパァンッ! 

 

「なっ!」

 

 だが、その触手たちは一瞬にしてシャスティフォルが切り裂いた。

 

「て、てめぇっ__!」

 

「黙れ。」

 

ズドォーンッ!!

 

 エレインに罵声を浴びせようとしたキングだが、その前に槍状のシャスティフォルの一撃で吹き飛ばされた。

 

「なっ………!?」

 

 さっきまでかすりもしなかったエレインの攻撃で吹き飛ばされてキングは困惑する。

 

ボフッ

 

 上空へ吹き飛ばされたキングをすごい速度で回り込んでいたシャスティフォルが第二形態に変形して受け止める。

 

「はっ!」

 

 キングは背後のシャスティフォルに魔剣を振るうが、当たる前にシャスティフォルは第五形態に変化し、キングの頭上へ舞い上がっていった。

 

「ぐわぁぁぁあ!!」

 

 そしてその無数のクナイ状のシャスティフォルによってキングは森へ打ち落とされた。墜落してできたクレーターからキングが血だらけになってよろよろと立ち上がると、そんな彼の様子を上空からエレインが冷たい眼差しで見下ろしていた。

 

「覚悟しろ。」

 

「っ………!!」

 

 エレインをギッ、と睨むとキングはエレインと同じ高度まで上昇する。

 

「何故だ、何故俺を攻撃できる…? 妖精王としての器は俺の方が上のはず………!」

 

「…キング、お前に入っているのが私の影なら知っているはずです。神樹は妖精界を悠然と見下ろす存在、そこに善悪の感情はありません。さっきまでは、ちょっとエレイン(私)の決心が揺らいでいただけです。」

 

「!………ごほっ! では何故!? 何故俺がたったあれだけの攻撃でここまでのダメージを………!? 羽が生えていないお前と俺とでは闘級にかなりの差があるはず……!」

 

 キングは血を咳き込みながらさらに疑問を口にした。何故4万超えの闘級を持つ自分がエレインの攻撃で大ダメージを負ったのか。その疑問にエレインはため息をつきながら答えた。

 

「本当にお前は私の影なんですね。ちょっと呆れます。」

 

「何?」

 

「『お前は全体的に動きに無駄がありすぎる。そんなんじゃすぐ息が上がっちまうぞ』、ゾロさんの言葉です。思い出しましたか?」

 

「っ!」

 

 エレインの指摘にキングはハッとした。

 

 それはゾロに稽古をつけてもらい始めたばかりの頃だった。当時まだ転生してから日が浅く、魔力の運用自体にも慣れていなかったので、シャスティフォルの扱いも今とは比べ物にならない程グダグダだった。そこをゾロにさっきの言葉で厳しく指導されて、今のエレインがいる。

 

 つまり、エレインの影で動いているキングは精神がまだ戦いにおいて未熟でありながら妖精王の強大な魔力を手にしてしまい、そのせいで慢心して無駄のない魔力運用を疎かにしてしまった。そしてそのままエレインやルフィと連戦した結果、気付かぬうちに魔力を大量に消費してしまって当初と比べて大幅に力を落としてしまったというわけだ。今のキングならエレインでも十分に戦える。

 

「ぐっ………!」

 

「さあ、決着を付けましょう。妖精王(バカ兄貴)。」

 

「だあぁぁぁぁぁあ!!」

 

 キングは残った魔力を大量に放出すると、魔剣を増殖させ、それらを高速回転させてエレインに飛ばしてきた。エレインは冷静に槍状のシャスティフォルを構え、迎え撃つ。

 

ギギギッンッ!!

 

 大きく円を描くように高速回転したシャスティフォルが盾のようにエレインの前に立ちふさがって魔剣を打ち落としていく。そうすることでキングに隙ができ、そこを突いて今度はエレインが槍状のシャスティフォルを飛ばして攻撃する。

 

ガキィンッ!!

 

「ぐっ…!!」

 

 キングはシャスティフォルの一撃を残しておいた魔剣の一本で受け止める。

 

「………負けるかぁっ!!」

 

グアッ!!

 

 キングはその魔剣をさらに分裂させてシャスティフォルを吹き飛ばした。キングはさらに数の増えた魔剣でエレインを猛撃するが、エレインはそれらを第五形態のシャスティフォルで弾いていく。

 

 もはや二人の実力差は逆転し、勝負はあった。それでもモリアのゾンビ兵であるキングは止まらない、止められない。

 

「ああぁぁぁぁっ!!」

 

「…………いいんだ。」

 

「あああぁぁぁあっ!!」

 

「もう休んでいいんだ。」

 

「ああああっ……!! ああぁぁぁぁっ!!!」

 

「「ハーレクイン/兄さん………。」」

 

 

 

 

 

 

ザンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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